目覚ましのアラームが鳴る前に、すっかり目が覚めてしまった。
横になったままで時刻を確認してみたが、何と朝六時。冗談抜きで新記録だった。このままデートの集合場所まで立ち寄ったところで、あと四時間もの猶予がある。
呆れる。まあ、早期覚醒は予想していた。
何せ初デートだ。その先日ともなれば興奮するに決まっているし、その境目ともなれば猶更だ。まるで寝た気がしない。
だが、覚えてもいない夢を見た気はする。なので一応の睡眠はとったのだろう――朝早いというのに、まるで眠くもない。
ベッドから生き返り、アラームのスイッチを切る。そのままカーテンを開けるも、空は未だ薄暗いままだ。
さて、これからどうしたものか。
部屋を一瞥し、まずはテレビに火をつける。天気予報によると、今日は晴れとのことらしい。よし。
次に目にするは――窓際に置かれた植木鉢だ。現在植えられている花はカランコエ、花言葉は「幸福を告げる」。まるで今の自分だ。
自分は、ルミと結ばれた。間違いなく告白して、告白された。
大学生だから冷静ぶっているものの、実際は浮かれに浮かれている。自室へ戻った際は、「あー……」と深呼吸したものだ。
落ち着かないので、少し散歩でもしてみようか。水やりを行うにしても、いくらなんでも早すぎるし。
よし、そうしよう。
服を着替え、背筋をうんと伸ばし、無理矢理欠伸をひり出す。眠気なんて、既に土の中だった。
清々しい朝を体感するか――部屋から出ようとして、テーブルの脚に小指をぶつけた。
―――
悶え苦しみながらもご近所を散歩して、後は適当に帰宅して水やりを行った。
そうしてあっさりと午前九時を迎え、「もうこんな時間か」とぶつくさ呟いて鞄を持つ。
忘れ物は無い、顔も洗った、髪も変じゃない、メシだって食った、水やりもキチンと行った。思い残すことはない、いざ突撃して「今きたとこ」作戦を実行し――
「お、早く来たんだね。えらいねえー」
街中のど真ん中で、紺野は敗北を喫した。
思うと、戦車道履修者は「待つこと」が得意そうな気がする。よくよく考えてみれば、試合中における膠着状態なんて日常茶飯事なわけだし。
最初から、分の悪い作戦だったわけか――そんな悲しみをよそに、ルミは「何処行こうかなー」と笑顔を浮かばせていた。
ルミを見る。
今日のスタイルは、紺色のテーラードジャケットにレディースジーンズ、そしてレースアップブーツと、完全にカジュアルに特化している。めちゃくちゃ似合っていた。
「ルミ」
「うん?」
口元を曲げたまま、首を少し傾ける。紺野は、多少ながら恥じらいつつも、
「すっごい似合ってる。可愛いというか、かっこいいっていうのかな」
ルミがこくりとうつむく、顔は既に赤い。
「あ、ありがと……」
いつものルミとは違う、か細い声だった。
その言葉を耳にして、紺野のしみったれた敗北感は霧散していく。
午前十時を迎え、街が息を吹き返していく。店が次々とオープンしていき、閉ざされたシャッターがうなり声を上げた。心なしか通行人も増えていって、改めて「ああ、今日が始まったんだな」と思う。
空は今日も、寂しいくらいに青い。見れば見る程、肌寒くなってくる気がする――そろそろ、今の花達ともお別れか。
「……さ、さてっ。今日は、何処へ行く?」
「あ。そうだなー、うーん」
実のところ、プランなんてろくすっぽも考えていなかったりする。肝心なのは、「一緒に歩けるかどうか」だったから。
ショッピングにしろ、映画にしろ、食事にしろ、それらは単なる付属品でしかない。ルミと一緒にいられれば、そこがデートスポットだった。
「じゃあ……買い物、してみる?」
ルミが、人差し指を立てながら提案する。
久々に百貨店へ足を踏み入れ、「ほー、こんな場所だっけ」と紺野が漏らす。ルミは、「ここでいつも、服とか買ってるんだ」と教えてくれた。
全部で八階構成で、フロアは全体的に白でまとめられている。店内にはジャズが流れていて、なるだけ疲れさせないようにする配慮が行き届いていた。
年配の女性二人組とすれ違う。他にも若い女性が一人、老夫婦がちらほら、おばさんグループが視界に映る。雰囲気から察するに、女性寄りらしかった。
移動しよう。
エスカレーター付近に設けられたガイド板によると、三階が婦人服売り場であるらしい。ほうほうと紺野が頷き、「あ」と閃く。
「ルミ、三階で買い物してみない?」
「え、いいの? 待たせちゃうかも」
「いやいや」
にやりと、紺野が悪そうに笑う。ルミは「はて」と顔で告げ、
「! もしかして、お着替え狙ってる?」
「よくわかったね、偉いねえー」
「それくらい予想つくわよ、バカッ」
頬を赤く染めながら、しかしエスカレーターへ乗っかり、
「しょうがないから、あんたの望みを叶えてあげる」
瞬間、手をぐいっと引っ張られる。紺野の体なんてあっさりと引き寄せられ、あっという間にエスカレーター行きとなった。
一段上で、ルミが紺野のことを見下ろしている。その表情はとても明るくて、楽しそうで、手を離しはしない。
改めて思う。結ばれたんだなって。
婦人服コーナーへ到達し、紺野の口元がみっともなく釣り上がる。ルミは「まったく……」と溜息をつくが、何だかんだで勇み足だった。
やって当然だとばかりに、ルミのファッションショーが開催される。手馴れたもので、服の選び方に躊躇が無い。
白のセーターと紺色のロングスカートの、女性的な組み合わせは、
「可愛い……」
「そ、そう? そう」
シンプルな灰色のトレーナーと、デニムからもたらされる男性的な組み合わせは、
「やっぱり、こういうのがルミらしい気がするなあ」
「そ、そお?」
シンプルに、紺色のクラシックワンピースの着心地は、
「ルミ、モデルやれるんじゃない?」
「いやいや、私は戦車道の女だから」
「そう? ああ、この人が俺の彼女なんだもんなぁ」
「ば、ばかっ」
この後も、紺野はルミのモデルっぷりを見せつけられていく。
清楚にまとめたり、活発系で勝負したり、時には女の子らしさを特化させて――結果として、男性的な格好がベストだと直感した。ルミは、真っ直ぐなファッションこそが丁度良いのかもしれない。
なので、紺野は言った。「こんな格好良い女性と結ばれて、俺は幸せだ」と。
そして、ルミは言った。「そんな風に見てくれるなんて、まったくもう」と。
その服を買うことになったが、先手必勝とばかりに紺野が財布を取り出す。ルミは「え」と声を漏らしたが、すぐに意図を察したのだろう。紺野の手首を掴み、「だめっ、私が出す」と言って譲らない。
紺野は「まあまあまあ」と抵抗するが、ルミは「だめだめだめ」と主張し続ける。店員は、そんな争いを微笑ましく見守っていた。
――最終的に、半々出すということで落ち着いた。その時、ルミからは、
「……ありがとう。いつか、借りは返すからね」
面白くなさそうに唇を尖らせて、拗ねたように目を逸らして、手を軽く握ってくれていた。
「さて」
手提げ袋を片手に、ルミが悪そうに微笑む。その目から察するに、何かロクでもないことを考え付いたに違いない。
「じゃ、紺野のファッションショーも開催しますか」
百貨店から逃げ出そうとしたが、腕までがっしりと掴まれた。無駄な足掻きだった。
「本気?」
「ほんき」
――その後は、また誰が出すか出さないかで揉めに揉め、最終的には割りカンで落ち着いた。そんな仲である。
―――
気づけばもう昼間で、早速とばかりに腹が鳴った。何処で食うかなと街中を覗い、
「紺野」
「はい?」
ルミの鞄から、青迷彩の包みにくるまれた二段箱が、唐突に飛び出してきた。
それが何なのか、何を意味するのか、最初は把握出来なかった――「あ」と間抜けな声が出て、ルミが「じゃん」と自慢げに口にする。
ルミの手作り弁当、それもスペシャルバージョンだった。
街中のベンチへ座り込み、早速とばかりに包みを解いていく。太ももの上に弁当箱を置いているわけだが、ずっしりとした重量感がよく伝わってきた。
これは中身によるものか、それともルミのお手製だからか。たぶん両方だろう――そして堂々と、二段重ねの弁当箱がその姿を現す。「おお」と感嘆の声が漏れる。
「さ、どうぞ」
ルミに促され、蓋を開ける。上段はふりかけつきの白米がぎっしり、下段は卵焼きにハンバーグ、ミニトマトにししとうの肉詰め、おまけにクラッカーと、徹底的な手作り弁当だった。
備え付けの箸を手にとり、静かに深呼吸する。ルミの顔をちらりと見るが、「食べて」と微笑んでくれた。
よし。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
過剰なまでの丁寧な手つきで、箸でししとうの肉詰めをつまみ取る。
料理に関してはド素人だが、まるで失敗らしい失敗が見当たらない。食欲を誘う焦げ目が、濃いめの緑色が、紺野の食欲を沸き立たせていく。
シンプルに総括すると、「絶対に美味そう」だった。
肉詰めの一部を噛みちぎり、何度も何度も咀嚼する。ルミが、表情だけで「どう?」と聞いてきたが、そんなもの決まっている。
「うまい」
ルミの顔が、電球のように光り出した。
「そ、そう? 本当?」
「うまいうまい。将来、いいお嫁さんになるよ」
後はもう、勝手に手だの口だのが動く。ししとうの肉詰めを飲み込み、お次はミニトマトへ目をつけた。
ルミも一区切りついたのか、弁当箱の蓋を開け、卵焼きを箸で摘まむ。
「うーん、うまい」
「うん。毎日、これを食べられたら幸せだろうなあ」
「あ、ホント?」
紺野が、きっぱりと頷く。
「いいなあ、羨ましいなあ、ルミの彼氏が」
「ばーか」
ルミがけらけらと笑う。卵焼きを飲み込み、ししとうの肉詰めを回収した。
「……紺野」
「何?」
「紺野には、感謝してる」
何かしたっけ。上の空で思考していると、
「あなたと出会わなかったら、料理なんてできないままだったと思う」
「大袈裟だよ。いずれは、料理に興味を持っていたさ」
紺野が気楽そうに言い、気安く笑う。
けれどルミは、何処か真面目そうに微笑して、
「それはないよ」
「そう?」
ルミが、断言するように首を振った。
「こんなにも、私のことを『女性』として見てくれたのは、紺野が初めて」
ルミがししとうの肉詰めを頬張り、「うまいな」と飲み込んだ。
「これが、最初で最後だと思う。私を『見て』くれたのは、紺野だけ」
紺野の顔を見て、にこりと笑った。
息が漏れた。
「紺野」
「う、うん」
「……ダメだよ? 別れたりなんかしたら」
そんなの当然だった、そんなの当たり前だった。ルミを手離すなんてことは、自分の存在意義を破壊するにも等しい。
――それを証明する為に、
「あっ」
箸を左手に持ち、ルミの肩を抱き寄せた。最初は小さく震えていたが、やがては受け入れるように静かとなる。
どうしようもないくらい温かかった、こんな自分を見て笑顔を作ってくれた。自分の顔なんて、真っ赤になっていたと思う。
後はそのまま、小さくキスをした。
――何事も無かったかのように、ルミが箸で、紺野の弁当を指す。
「――さ、食べて食べて」
「ああ」
再び、食事シーンに移行する。腹が減って仕方が無かったのか、心地良い気まずさに捕らわれていたからか、しばらくは何も物を言わなかった。
卵焼き、白米、ハンバーグ、ししとうの肉詰め、再び卵焼き――時の経過で、少しばかり醒めていった気がする。頭の中から、共通の話題を必死こいて発掘して、
「そういえばルミはさ」
「うん?」
「どうして、戦車道を歩み始めたの?」
箸の動きを止め、ルミが「あー」と唸る。そして、回想するように「んー」と声を漏らし続けた。
「……カッコ良かったから、なんだよね」
眉をハの字に、照れくさく言葉を発した。
最初は「へえ」と思ったが、同時に「ルミらしいな」とも思った。
「なんだろ、子供の頃からああいうの好きだったんだよね」
「わかるわかる」
「それで、いつか絶対戦車道やるぞーって張り切ったわけ」
何も口にすることなく、沈黙の同意を示した。
「で、中高ともども戦車道を歩み続けたよ。特に高校の頃は大変でねー、もう戦車が足りないの何の」
明るいトーンを保ったまま、ルミがハンバーグを噛み砕いていく。
「無茶な走法もこなしたっけかなー、片輪走りってヤツ。あの頃は楽しかった、若かった」
ルミの箸の手が止まる。何処か遠い目で空を眺めていて、その先には「あの頃」が映し出されているのだろう。
今のルミに、触れることは出来ない。たぶん、すり抜けてしまうだろうから。
「うん、本当、若かったなーあの頃は……」
ルミが両目をつぶる、上映が終了する。
――風が、静かに吹く。肌寒い気がした。
「――けどね」
ゆっくりと、目を開ける。
「私は、今の方が好きだよ」
今のルミの瞳には、紺野の顔が反照されていた。
「あなたがいる今の方が、私は好き」
言葉を見失う。
過去も含めて、今が好きだと言ってくれたルミに対して、紺野は静かに頷いた。
「紺野」
「……うん」
「私ね、戦車道のプロになろうと思うんだ」
「好きで好きでしょうがないからかい?」
「うん」
やっぱりか。心が通じ合ったようで、何だか嬉しい気分になる。
「だからさ」
「うん」
「……応援してくれると、嬉しいかなって」
ああ、
そんなの、何を成すよりも最優先事項に決まっている。
「勿論する。だって俺は、ルミ推しだからね」
うまく笑えたと思う、よく言えたと思う。
だからか、ルミは声に出して笑った、笑ってくれた、笑いかけてくれた。
残り少なくなった弁当の中身を、お腹の中に入れていく。食欲も、心の奥底も、満たされていく。
「紺野」
「何?」
「あんたってさ」
ルミの手が、紺野の頬に添えられる。
「ほんと、心優しい人だね」
ああ――
生きていて、本当に良かった。
―――
その後は、適当に街中を歩んだりした。新しい飲食店を発見したり、横切る戦車を前にして「おっ、パーシングじゃん」とルミがコメントしたり、アズミとメグミの馴れ初めについても語ってくれた。
そして、まったくの偶然で花屋の前を通りすがった。紺野の足がぴたりと止まり、ルミが「寄ってく?」と誘ってくれた。
同意するように、紺野は頷いた。
花屋の中は広すぎず狭すぎず、白をテーマとしているようだった。色とりどりの花が鉢植えで販売されていて、種の種類もかなり豊富だ。「全種類あるのかな?」と、ルミがコメントするほどに。
息をするたびに、慣れ親しんだ香りが感覚を刺激する。ルミも、浸るように両目をつむっていた。
「俺さ」
「うん?」
「……まあ、その、花屋を開くのが夢なんだよね、うん」
ルミが「ああ」と声を出して、
「紺野らしいね」
「なー、捻りがないよなー」
たははと、力無く苦笑する。けれどもルミは、見守るように紺野を見つめたままだ。
「ストレート、いいじゃない。大好きなんだね、花」
「ああ、好きだよ」
そして、
「ルミの次に好きだよ」
ルミの口元が、への字に曲がる。周囲に客がいなくて本当に良かった。
「馬鹿なことを言わないのっ、たく……」
拗ねられてしまった。ルミは、あくまで不機嫌そうな顔でリュウキンカの花を眺めている。
「ほんと、困ったファンね」
「本当にね」
「そういう言い回し、大人っぽいとは思わないからね」
「ごめんごめん」
どうしようかなあと店を一瞥した時、紺野の首が、視線が、意識が、「それ」に集中した。
そういえば、あの花の花言葉は――
「あ、ちょっと種買ってくる」
「うん? うん」
紺野は、いつだってルミのことが好きだった。本気で愛していた。
ジャーマンアイリスの種を目にした時、ある一種の閃きが紺野に下った。その時の紺野ときたら、「俺らしい発想だな」と、たまらなくおかしくなったものだ。
破顔をせき止めるよう、自分の頬をぴしゃりと叩く。もう少しで本心が告げられると思うと、みっともない顔にもなってしまう。
さて、買おう。そして、渡そう――自分の一番の夢を、ルミに伝える為に。
花屋から出てみると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
やることをやり終えてみれば、何だか体の力が抜けていく。それはルミも同じだったらしく、両腕を上げて背筋を伸ばしていた。
――初デートだからこそ、色々なことがあった。これから先も、そうなるのだろう。
受け入れるように、口元を曲げる。
「じゃあ、そろそろ帰る?」
相変わらず、ルミは清々しい笑みを浮かばせている。紺野はもちろん、ルミもデートが楽しかったに違いない。
「あ、待って」
だからこそ、ジャーマンアイリスの種袋を差し出す。
ルミが「ん?」と首を傾げ、
「あれ、プレゼントかな?」
「それもあるんだけど」
もう我慢できなかった、どっと笑いが出た。ルミは「え?」と、可哀想な人を見る目つきになる。
「ああごめんごめん、俺は大丈夫だから。――その、ジャーマンアイリスっていう花の種なんだけどさ、花言葉で検索をかけて欲しい」
ルミが、どれどれと携帯を取り出し、操作する。
「それで……『良かったら』、この種を受け取って欲しい」
ルミの指が動くたびに、紺野の心臓が締め付けられる。けれど不快ではなくて、むしろ高揚でしかなくて、ここまで来たんだなと涙が出そうになって――
「……はっ……」
ルミが、声にならない声を発した。表情が失われていった。
恐る恐る、紺野へ視線を向けていって、その瞳は夕暮れの海のように揺れていて、
「ねえ」
「ん?」
「あなたって、本当に花好きなのね」
「そうだね」
我ながらキザだと思う。
けれど、それの何が悪い。想いが伝われば、愛が届けば、やったもの勝ちじゃないか。
「でも、花より大切な存在が、俺にはいるよ」
その時、ルミがゆっくりと、首を横に振った。
「それは撤回して」
「え」
ルミが、紺野へ一歩踏み出す。
「私は、花が好きな紺野が好き」
ルミが、紺野へ腕を伸ばす。
「私も、花が好き」
ルミが、ジャーマンアイリスの種袋をそっと掴む。
「だから、いいの。『花と同じぐらい好き』で、良いの」
ルミが、ジャーマンアイリスの種袋を、胸に当てた。まるで祈るように。
「――いいよ」
ルミの瞳から、
「卒業したら、私と――」
ルミを愛して、ルミから愛されて、ルミと結ばれて――
それは間違いなく、「素晴らしい結婚」となるに違いなかった。
―――
アズミが戦車道のプロになって、三年くらいが経過した。年を取ると、月日の流れすら適当に受け入れられるようになる。
だからこの先、数日が経過しようとも数か月が経とうとも3007日間くらい過ぎ去っても、「ああ、もうそんな時間か」と思うのだろう。
それよりも重要なのは、つかの間の休息だ。
プロになると、これがもう本当に忙しい。試合はもちろん、地元ファンとの交流にインタビューと――ここまでは良い、前もって把握はしていた。
ところが、自分は容姿端麗だったらしい。なので、「戦車道の看板」として一に撮影会、二に撮影会、三に試合をして四に撮影会と、同じプロである、ルミとメグミよりもクソ忙しいのだった。
だからこそ、休息が恋しくて恋しくて仕方がない。時折、何でプロになったんだっけ? とか世迷い事を抜かすこともあるが、そういう時は「彼」が支えてくれた。
彼とは、もうじき結婚する予定だ――なので、「先輩」であるルミと会い、色々とご享受をいただく。
住所をメモった携帯を頼りに、アズミはふらふらと街中を歩んでいく。今日は休日ということで、随分と人が多い。
家族連れとすれ違って、アズミはにこりと笑う。そろそろ、私もああなるのか。
若いカップルへ道を譲って、アズミは島田愛里寿のことを思い起こす。最近は同年代のボーイフレンドが出来たらしく、よく画像付きでメールが送信されるのだ――その世界の中の愛里寿は、とても幸せそうに笑っていることが多い。少しばかり寂しい。
もう少しで到達というところで、街中の花壇が目に入る。「あ」とメグミのことを思い出す。
メグミは、ヒマさえあれば虹の花壇の手入れを手伝っている。相変わらず赤い花が好きらしくて、今年はマツモトセンノウに夢中だとか。
ここまでならよくある話しなのだが、最近になって男友達が出来たらしい。その男友達とは新人のサークルメンバーで、メグミと同じく赤い花が好きだとかどうとか。その縁もあって、色々とやりとりを交わしているらしいが――これ以上の詮索は余計だろう。「ふたりの秘密」というやつだ。
さて、目的地が見えてきた。せっかく花屋へ寄るのだし、アドバイス料金として種でも買ってみよう。
よし決まり。アズミは、上機嫌になって花屋へ入店する。
「いらっしゃ――ああ、アズミ」
花屋の店主である紺野が、伊達眼鏡装備でアズミに声をかける。心の中で、「どんだけ好きなのよー」と苦笑してしまった。
アズミが「こんにちは」と、手で挨拶をする。奥から「ああ、来たんだ」と、聞き覚えのありまくる声が聞こえてきた。
――ルミもプロだろうに。お疲れ様。
「相変わらずラブラブだそうで」
「ああ。この前なんか――」
「ちょっと、アズミに余計なことを吹きこんじゃ駄目ッ!」
不機嫌そうな顔とともに、エプロン姿のルミがカウンターから寄ってきた。
銀色の指輪が、ちらりと目につく。一番先に結婚しようと思ったんだけどなあ、まあいいか。
「ったく――で、何か用だっけ?」
「ああ、うん。メールで伝えた通り、彼とさ……」
ルミと紺野が互いに見やり、にこりと笑う。これから先、為になるんだかならないんだかのアドバイスを聞かされるのだろう。
でも、恋なんてそんなものだと思う。なかなか思い通りにいかなくて、もどかしくて、長くて、時にはアドリブも必要になって――それでも、やめられないのだ。だって好きなんだから、どうしようもなく愛しているのだから。
うん、頑張ろう。この想いを、必ず咲かせてみせよう。
さて、アドバイスを聞く前に――
この店のおすすめは、ロベリアとアイリスらしい。どっちの種を買おうか。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
これにて、ルミの物語はおしまいです。短編ですが、長かった気がします。
この話を書くのに、一から園芸の勉強をしました。特に「水やりのやり方」と「水やりの時間」は重要で、何度も見直しました。
ルミさんのお陰で、自分は花について学べました。
また、メタルな恋愛が書けました。
少しお休みをいただいてから、また何か書いてみようかなと考えています。
その時は、また読んでいただければ嬉しいです。
ご指摘、ご感想、いつでもお待ちしています。
それでは、最後に、
ガルパンはいいぞ。
ルミは魅力的だぞ。