宇宙の星の光の向こう   作:パラボラアンテナ

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 光る夜空に俺の魂は吸い込まれてゆく。その魂の輝きがきっと星の光なのだろう。そんな錯覚を覚えるほどに満天の星空は輝いていた。きれいな星の光を見ていると俺の存在が宇宙に溶けていくようなそんな気がする。

 

 ちっぽけなこの俺の、数奇な運命が動くのはきっと今日なのだろう。その予感が俺にはあった。きっとこれがニュータイプの感覚というか直感なのだろう。

 

 後悔の念はあまりないが、申し訳ないという気持ちはある。あの少女、ハマーン・カーンにはかなりの重りを背負わせてしまうだろう。そして、それを今まで通りに支え合うことが出来ないかもしれない。

 

 それでも、俺は彼女に変えてほしいから、このことを後悔することはないだろう。

 

 俺のエゴで変えてしまうことを彼女はなんというだろうか。

 

 まあ、強い女性だ。折れることはあるまい。案外、俗物がとかなんとか言ってそれで終わるかもしれない。

 

 きっと、俺がいなくなっても彼女は大人として役割を全うするだろうし、俺なんかよりもよっぽどうまく大人として振る舞えるだろう。

 

 だから、ちっぽけなこの俺の、数奇な運命が動くのはきっと、今日この日なんだろう。

 

 暗い。暗い。暗黒の宇宙。俺は今日、星になる。

 

 だから、お前たちも一緒に来るよな? 星の海にさ。

 

 なあ? モーゼス博士?

 

 

 

 

 

 

 俺が転生という奇妙な出来事にあったのが五年前。

テム・レイと別居して少し経った頃のカマリア・レイの息子として生を受けた。生後間もなく環境の変化や状況が呑み込めず、四六時中泣いてばかりだった俺は孤児院に預けられてしまった。

カマリアはどうやら行きずりの男と出来てしまい、俺をうっとうしく思っていたようであった。捨てる瞬間の顔はいつまでも忘れることはできないだろう。カマリア・レイという名を聞いたのはその時が初めてだったことと、その衝撃は忘れないだろう。

 

 そしてその孤児院がジオン系で、ザクⅠの量産が決定したころからいくつかの検査をされ、一定以上の基準を満たした者はサイド6に輸送された。このころはまだフラナガン機関はできておらず、MSパイロットの養成についてを研究しているだけの研究所だった。

このころになると、ここは機動戦士ガンダムの世界なのだなという実感がわいてくる。ザク、ジオンの二単語を聞けばいやがおうにも理解させられるというものだ。

 

 そこで一年ほど過ごした後、また別の研究所に連れて行かれた。

 

 その研究所はニュータイプについてのものだった。

 

 投薬から始まった実験は次第にエスカレートし、倫理を犯したものになるのにそう時間はいらなかった。俺もその扱いを受け、苦痛やストレスにさらされ続けた。いくつもの薬物を投薬され、いくつもの実験を行われ、転生して成熟した精神でなくては到底耐え切れないだろう痛みにさらされてきた。

 

 当然、その狂気の被害者は俺だけではない。何人もの少年少女たちが苦痛の末に幼い精神に歪みを見せていた。

この状況に、何もしなかったわけではない。俺にはここにいる子供たちよりも長く生きてきた経験がある。精神は大人なのだ。事ここにおいて俺は誰よりも強く、誰もを守れるだけの精神的余裕がある。

 

 今、俺は子供だ。それを理由に何もかも見て見ぬふりをして、自分の苦痛のみを癒すためにただひたすら逃げることだってできる。しかし、自分の中の何かがそれをさせてくれなかった。偽善かもしれないし、ただ優越感に浸りたかっただけかもしれないが、確かに分かるのは少なからず俺の良心であるということだけだ。

 

 生きるのに誰もが必死で、みんなが自分の為にだけ行動する。そんな光景を見ていてただ悲しくなった。それを見て見ぬふりをする大人もいれば、何とも思わない大人もいる。どちらがひどいという話ではなく、どちらもひどいのだ。それがここ、ニュータイプ研究所という場所だった。

 

 俺はできる限り子供たちを励まし、時に支え、彼らの慟哭を聞いた。誰もかれも、優しさにあまり触れることなく育てられた悲しい子供たちだ。俺はただ彼らに優しく接する他に何かする術を知らなかった。

 大人だなんだと言っておきながら所詮俺は子供の一人もできたことのなかった男だ。子供に対する接し方は自然と不器用になった。だがそれでも、彼らの痛みが少しでも取り除ければと思い行動したことは間違いではないはずだと信じている。

 

 そしてUC0078、ついにフラナガン機関が設立された。正式名はまだ決まっていないみたいだったが、研究所の所長がフラナガンになったのでそうとみて間違いがないだろう。

同時に、実験は激しさを増した。なんとか耐えていた子供たちの中から死者が出てしまった。

いつもなら、どうにかして止めさせるか俺が代わりに受けるような実験を子供が受けてしまったのだ。その一件以来、俺以外のモルモットはそのクラスの実験を耐えることができないと判別したのか専らこちらにかかりきりになり、研究による苦痛を受けるのが俺だけになったのは良いことではあるのだが死者が出たということにかなりのショックを受けた。

 

 この時にハマーン・カーンと知り合った。彼女は政府高官の娘なのだがニュータイプの素質を見いだされて研究所に来た。研究所では簡単な検査やニュータイプについての座学が中心的に行われているらしく、まだ研究に対する嫌悪感を抱いていない様子だった。

 

 そんな彼女を見て、俺は暗い感情を抱いてしまった。

俺は、耐えているのに。俺は、頑張っているのに。なんで、君はそんなに楽なんだ。なんで、君は健やかなんだ。

思う気持ちはとめどなくあふれ、それを自覚して自身に嫌悪する。その頃からだろうか。クルスト・モーゼス博士が俺に対して接触してきたのは。

 

 モーゼス博士は俺の居た研究所とはまた別の研究所からフラナガン機関に合流した研究者であり、EXAMシステムを開発する人物である。彼の研究所にはマリオン・ウェルチというニュータイプの少女が居たらしいが、ニュータイプ研究は俺を重点的に解析することで十分なデータが取れているらしく、研究を施した際の医療費や維持費の観点から彼女は今、素質を無理なく伸ばす程度の教育を受けているらしい。

 

 「ニュータイプの連中はお前一人に苦痛を強いて、自分たちは楽をしている。それを憎いと思わないか?」モーゼス博士がそう言った。

そのまま、黒い感情が吹き出ようかというときに、俺の中にある何かがそれを押し止めた。

 

 本当に、そうなのか? 俺は彼らからそんな悪感情を受けたことがあったか? 子供たちは自身が受けた苦痛から当たり散らすことがある。でもそれは、モーゼス博士が言うような打算的な悪意ではなくて、純真な感情じゃないか。彼らはいつも、まっすぐな思いを俺にぶつけてきてくれたじゃないか。

 

 そして俺がそれを受け止めたのは、大人としての義務からだけではなかったはずだ。

 

 頭の中にあった霧が晴れたような気がした。そして、わかってしまった。実験の中で何度も行われてきたもの。

これは、強化人間に施される再調整の前身的技術なのだろう。洗脳。ブレインコントロールとも呼ばれるそれを知らず知らずのうちに施されていたのだ。それに気が付くと怒りで頭の中が燃え上がると同時に恐怖によって冷静になる自分がいた。

 

 どうしたらいい。調整されたように演技したらいいのか? しかしそれだと原作通りに強化人間が生まれ、過酷な道を歩ませてしまうかもしれない。かといって調整されてないように振る舞ってその技術を諦めるような連中だとは思えない。また同じように、あるいは強力に洗脳されたとき、今のように気が付くこともできないかもしれない。

 

 こういうことが、今までも何度もあった。自分の判断ひとつで今後の人々の運命を決めてしまうということ。ターニングポイントを知っているということの、原作知識の重みは半端ではない。

 

 俺は、モーゼス博士の博士が望むような言葉を返し、調整は順調だというように見せかけた。

結局、今までも一緒だった。流されるままに。研究者たちの思惑通りにされることしかできない。自己犠牲を払って、子供たちを助けていると思っていて、結局死なせてしまった。

 

 そのまま、実験の日々が続いた。


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