もう思い出さないようにしていた。
思い出すとあの時の記憶が蘇り、押し潰されそうになるから。
あのときは必死だった。どうにかしないとまた自分にとって大切な人が目の前で消えてしまうことになるかもしれないから。幸い私の大切な人はまだ生きている。でも大切な人が目の前で消えるはもう嫌だった。
だから私は必死だった。
それでも私のしたことは他の誰かにとっては大切な人を奪われる行為であることは間違いない。
そんな現実を受け入れきれなくて、考えないようにしていた。
「意味が、分からないのか?」
目の前の男は続ける。
あのマークはSAOの中にいた人間なら知っている。全プレイヤーに恐怖を植え付けた存在だ。
まさかこんなところで目にするとは思わなかった。
何か、答えないと。
「なんのことか、分からないな」
「・・・そうか。なら、いい。」
男は少しの間を置き答えると、背を向けた。
「だが、名前を騙る偽物か・・・もしくは本物なら・・・いつか殺す」
男はそう答えると立ち去っていった。
シノンは1回戦の相手にヘッドショットを決め、総督府の地下の会場に戻ってきた。
本気で優勝を目指しているのだ。こんなところで手こずってなんていられない。キリトとユカは大丈夫だろうか。正直始めたばかりの初心者がBOBの本戦に出場するなんてことは難しい。他のVRMMOのガンゲームで上位に食い込むほどの実力があるならまだしも二人ともそんな感じではなかった。
でも二人とも悪いやつじゃないし、このゲームを通じてもっと仲良くなりたいとも思う。だから素直に二人には勝ち進んでほしかった。
ユカはやけに自信満々だったからまだいいとして、キリトは大丈夫だろうか。・・・試合前に恐ろしい思いをしてメンタルブレイクしていたから心配だ。
会場を見回すとユカが一人で座っていた。初の戦闘に疲れたのか下を向いてうなだれいてる。
「ユカ!おつかれ。試合の方はどうだった?」
私はユカに声をかけると、ユカは顔を上げた。でもその表情は暗い。試合前までの元気が嘘のようだ。負けてしまったのかな。
なんて声をかけようか考えていると、ユカが私の手を握ってきた。
「ちょ、ユカ、どうしたの?」
ユカは何も言わずに私の手を握ったまま俯いている。・・・握っている手が震えている。
「・・・ユカ。何があったの?」
シノンはそう尋ねると、顔を上げたユカと目があった。
私はこの目を知っている。助けを求める目だ。自分ではどうしたらいいか分からなくて、どうにかしたいと思っていてもどうしようもなくて、何かに押しつぶされてしまいそうで、不安で助けを求める目だ。
「ユカっ!」
ユカに詳しく話を聞こうとしたとき、ユカの体が光に包まれた。試合前の待機空間に転移したのだ。なんとも間が悪い。
でもなにかがあったんだ。ゲームの試合では無い何かが。転移したということは1回戦は勝利したということ。あんなに元気だった子が、試合に勝ってあんな表情になるわけがない。ユカにとって大事な何かがあったんだ。
シノンがユカのことを心配していると、キリトが試合を終えて会場に戻ってきた。
シノンはキリトを見つけるとキリトに声をかける。
「キリト!」
キリトはシノンを見つけると。シノンがいる席まで歩いてきた。
「シノン。おつかれ。試合はどうだった?」
「試合は問題ないわ。こんなところで負けていられないし。」
「そうかー。俺も何とかなったよ。やっぱり銃と剣じゃ戦い方や立ち回りもぜんぜん違うな。」
「当たり前じゃない。・・・そもそも前提としてメインを剣で戦うようなゲームじゃないんだから。」
「それもそうだよな。でもまぁ、何とかなりそうではある。」
キリトは気持ちよく勝利することができたのか、試合前の出来事から立ち直っていた。更衣室に行く前のテンションに戻っている。
「・・・ねぇキリト。ユカの調子がおかしかったんだけど、何か知らない?」
「ユカが?調子がおかしいってどんなふうにおかしかったんだ?」
「私がここに戻ってきたとき、俯いて座っていたの。何かあったんだと思うんだけど心当たりない?」
「そう言われてもなぁ・・・。ユカが気にしてるようなことかぁ。」
キリトは少し考え込むと、微妙な表情をした。
「あー・・・、まぁ、あいつがよく気にしていることはあるが、それにはあまり触れないほうがいいぞ。過去そのことに触れてきたやつはひどい目にあっているからな。」
「・・・ユカが俯いて座るようなことよね?ひどい目にあってきたってどういうこと?」
「それはだな、男の俺からは言いにくいことなんだが。」
「何よ。はっきり言いなさいよ。」
「まあ、あいつも女だからな。自分の体型なんかが気になる年頃なんだよ。体型の話なんかになると過敏に反応するからな。ときにはどうすれば体型の話につながるのかわからないほど神がかり的な拡大解釈でいきなりキレ始めることもある。」
キリトは深刻な目をして話した。実際キリトも今までユカの理不尽なキレ方の被害にあったことがあるがゆえに、しみじみと話した。アスナ曰く大抵がキリトのデリカシーの無さによる部分も大きいとのことだが、デリカシーのないやつがそんなことに気づくはずもない。
過去にあったことを思い出しているのか、目をつむりながら僅かに顔を上に向けているキリトをシノンは冷めた目で見ていた。
「・・・違う。そうゆうのじゃなくて、もっと深刻なことが過去にあったんじゃ・・・いや、何でも無いわ。」
シノンは先程のユカの表情が他人事とは思えなくて、食い下がろうとしたが思いとどまった。只でさえオンラインゲームでは現実の話を詳しく聞いたりするのはご法度なのだ。ユカのあの表情から察するに余程のことがあったのだろう。それをゲームで出会って数時間の私が詳しく聞くのもおかしな話だ。私が逆の立場であったなら詳しく話なんてしないだろう。
「まあ、ユカの調子がおかしかったことは分かったよ。教えてくれてありがとうなシノン。俺の方からユカに聞いてみるよ。」
キリトはシノンがユカのことを心配していることを汲み取り、そうシノンに声をかけた。これ以上踏み込むのは良くないと思い話を止め、伏し目がちになったシノンを元気づけようと笑いかける。
「わかったわ。お願いねキリト。・・・それにしても、笑った顔もホント女にしか見えないわね。」
「・・・そんなになのか。」
「ええ、ほんとに女にしか見えないわよ。しかも整った顔の。私が男だったら今ので惚れていてもおかしくないくらいには美少女よ今のあなた。」
「・・・やめてくれ。嫌なことを思い出しそうだ。」
このとき席に座り話をしているキリトとシノンを見張る者がいた。