【完結】パワー系ハリー・ポッター   作:ようぐそうとほうとふ

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「筋肉のおかげ」

ズボンしか身につけていないハリーと、最低限の部位しか隠していないハーマイオニーは閑静な住宅地には掃き溜めに鶴だった。ロンは仕方なく空き家からカーテンを持ってきて二人のマント代わりに手渡した。

しんしんと雪の降る夜。教会からは聖歌が聞こえてきた。

三人は気づいていなかったが、今日はクリスマスだった。去年の今頃、ハーマイオニーと喧嘩していたっけ。ロンはぼんやりそう思いながら、二メートル以上ある二人のゴツゴツした背中を見上げた。

どうしてこんなことになったんだろう…。

ロンは逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。

「墓地だ。…父さんと母さんに祈りを捧げてもいい?」

「ええ。私たちここで待ってるわ」

ポッター家のあった場所でもあるゴドリックの谷。どこにヴォルデモートの罠があるかわからないが、今の彼らが罠にかかってどうこうなるとは思えなかった。

しかし、死喰い人たちは躊躇いなく禁じられた呪文を使う。

筋力をあげたハリーたちは死の呪文に太刀打ちできるだろうか。もし二人が筋肉を過信するあまり不意をつかれたら?そう思うと義務感からかロンは逃げ出せなかった。

ロンは世紀末覇者のようなハーマイオニーの横でしんしんと降る雪を見た。

「なんだか思い出すわね」

遠くでチラチラと光るろうそくの明かりをみて、ハーマイオニーが言った。

「何を?」

「去年のクリスマスよ。私はスラグホーンのパーティーに行ったけど本当に散々だったわ。言ったかしら?」

「いいや。聞いてない」

この雪を見て同じことを思い出していたんだ。過ごした時間が長いからきっと考えることも似ているんだろう。

ロンは心が温かくなるのを感じた。もはやハーマイオニーは家族と同じくらい大切な存在だった。ちょっと…いや、かなりムキムキになっても彼女の心は変わらないはずだ。

「ハーマイオニー」

今なら彼女にキスできるような気がした。

いくら筋肉がついて背が伸びても彼女はロンの恋した女の子に違いない。そう思ってハーマイオニーの唇へ背伸びすると、驚くべき光景が広がっていた。

ハーマイオニーの髪の毛はほのかに逆立ち、まるでライオンのようになっていた。目はまっすぐと虚空を射抜くように見開かれ、白眼に真っ赤な血管が走っているのがわかった。

ぴき、ぴき、と筋肉が臨戦態勢に入る音が聞こえる。

「誰かあそこから見てるわ」

悲鳴をあげることすら覚束ないロンに、ハーマイオニーは蛇の声みたいに静かでシューシューした声で警告した。獣のような瞳の向く方向は闇が広がり、ロンには何がいるかわからなかった。

「あれは…バチルダ・バグショットだ」

「ひっ!」

突然暗闇から音もなく現れたハリーにロンは悲鳴をあげた。闇に溶け込む体と気配だが、メガネだけがろうそくと月明かりを反射して輝いている。

「彼女は確かダンブルドアと旧知だ。何かしら分霊箱について知ってるかもしれない」

「大丈夫さ」

無言で進んでしまうバチルダの後を三人は追った。ロンは不安でいっぱいだったが、筋肉の鎧を身につけた二人はずんずんと進んでいってしまう。

バチルダの、あばら家みたいな家に着いた。廃屋に等しい家はハリーとハーマイオニーの重みに怪しく軋んだ。ロンはもし家が倒壊した時のためにとっさにフードをかぶって頭を保護した。

バチルダは不気味なほど無言だ。

家に着くとハリーにだけ目配せをして、二階へ行こうとする。

「私たちも行くわ。危ないわよ」

「僕たち二人が二階に登った方が危険だ」

ハリーの言うことは最もだった。階段はハリーが足を置いただけで今にも折れてしまいそうな音を出している。

「二人で死喰い人が来ないか見張っててくれ。なにかあったら天井をぶち抜いてくれ」

「わかったわ」

ハリーはロンとハーマイオニーを残してバチルダとともに二階へ上がった。

家は不快な臭いで満ちており、本当なら鼻と口を覆いたいくらいだった。しかしそんなことしたら失礼だ。ハリーは鼻周りの顔の筋肉を引き締めることでまるで蛇のように鼻の穴を閉じることが可能だった。感覚器官はたとえ嗅覚だって塞ぐのは危険だ。全ての感覚を研ぎ澄ませば済ますほどに筋肉の鋭さは増す。

的確に敵を狙い撃つには五感全てを使う必要があるが、正確性を棄てるほどにきつい臭いだった。

 

『…ハリー・ポッターか』

 

バチルダがやっと口を開いた。

『そうです』

『本当にハリー・ポッターか』

念も押されるのも当然だと思った。ハリーも自身の変身ぶりは自覚している。体重は倍以上になっているし、今はシーカーというよりもキーパーやビーターをやったほうがいいほど肩に筋肉がついている。

『そうです。ハリーです』

バチルダはぴくりとも表情を変えなかったが、疑っているような空気が漂っている。しかし妙だ。筋肉で感じるこの場の空気は底冷えするほと冷たく、そして澱んでいる。

とても老婆が若者を歓迎したり秘密を話す空気ではない。

そう、この空気は幾度か森で遭遇した肉食獣を相手にした時のような…。

「ハリーッ!」

刹那、空気がビリビリと震えた。ハーマイオニーの怒声が木の天井を貫きハリーに突き刺さった。反射的に左腕を突き出すと、バチルダの口が大きく裂けて大蛇が飛び出していた。

ナギニ。ヴォルデモートのそばに常にいるはずの、あの蛇がバチルダの死肉を纏いハリーを待ち受けていたのだった。

「くっ…!」

左腕にナギニの牙が食い込んだ。

ハリーの判断は早かった。蛇は牙に空いている極小の穴から血管に通常毒を注入する。

ナギニのような魔法で作られた大きな蛇の場合、血管でなくとも肉体から中を溶かしてしまう。

忘れもしない。二年前のクリスマスにロンの父親、アーサーがナギニに噛まれて毒にやられて暫く苦しんでいた。

「ふんっ…!」

ハリーが噛まれた部位に力を込めるのと同時に、乾いた音がしてナギニの牙が砕け散った。そして傷口から挿入された毒が血とともに吐き出された。

一瞬のことで、ナギニは自身の牙が砕け散ったことを理解できなかった。

「牙というにはあまりに脆いぞ!」

ハリーはそのまま左腕をぐっと胴へひいた。筋力を集中させ、一撃に全てを込める。

ハリーの左腕が唸ると同時に、床が崩れ落ちた。

バランスを崩したハリーはナギニを仕留め損ね、空を切った拳は風圧でナギニを吹き飛ばしただけだった。

ナギニは窓を破り、バシッと音を立てて虚空に消えた。

「ハリー!無事だった?ロンが死体を見つけたの」

瓦礫の中、ロンを庇うようにハーマイオニーが屈んでいた。

「あ…あ…」

「バチルダは死んでたんだ…まさかナギニが待ち受けているなんて…」

ハリーは左腕をさすり、患部を確かめる。毒はほとんど外に出せたようだった。左手でそのまますっかり怯えたロンの背中をそっと撫でてやった。

「噛まれたの?」

「ああ。でも筋肉のおかげで助かったよ」

「鍛えておいてよかったわね」

「でも筋肉のせいで仕留め損ねたよ…蛇の体はああ見えて筋肉質だ。僕の拳の風圧を筋肉で防いだんだ…。僕はまだまだ力が足りないッ…!」

悔しそうなハリーを信じられないと言いたげにロンが見つめた。ハーマイオニーはもっともらしく頷いているが、ロンはもう二人についていけなかった。

「とにかくここはもう危険だわ。行きましょう」

姿くらましをするために重ねた二つの手のひらはあまりに厚くて硬く、ロンはもう自分がどうすればいいかわからないまま為すがままに年相応の手をそっと上に置いた。


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