「というわけでさ、見かけだけでもその…普通の人っぽくできないかな…」
ロンはおずおずと切り出した。
話題はズバリ《その外見目立ちすぎ》
これでは人里に降りた瞬間にマグルに通報されてしまう。
「やだな。そのための透明マントだろう?」
「ハリー、君気づいてないのかもしれないけどそのマントは君の上半身しか覆えてないよ」
「あっ本当だ」
ハリーたちは筋肉の化け物となってからもまだ飽き足らずに筋肉を増やそうとしていた。
そのせいか最近は心なしか頭も筋肉になってきた気がする。
「見かけだけでも、ね。確かに最もだわ。いくら鍛えたとはいえいく先々で呪文をかけられたら鬱陶しいもの」
鬱陶しい程度で済むのだろうか。ロンはぼんやり心の中で突っ込んだ。
「それもそうだね」
「早速魔法をかけましょう」
ハーマイオニーがハンドバッグからおもむろに杖を取り出す。ハーマイオニーが杖を出すのは久々だ。
「いくわよ…あっ!」
バキッと乾いた音がしてハーマイオニーの杖が粉になった。
「ど、どうしましょう。力んだら砕けちゃったわ」
「ぼ、僕がやるよ!」
慌ててロンが制止し、自分の杖をふるった。
呪文に自信はなかったがこの調子じゃハリーも杖を粉々にしてしまうだろう。そうなれば結局やるのはロンなのだ。
幸い魔法はうまくかかり、ハーマイオニーは数ヶ月前の華奢な女の子に戻った。
「体が軽いわ。とっても不安になる…」
ハーマイオニーはガクガクと震えだした。
「筋肉がないと人ってこんなに弱いのね…私、知らなかったわ!ああ…怖いわロン。戻してちょうだい!」
「我慢するんだ!ハーマイオニー」
小さいハーマイオニーならまだ強気に出れるロンだった。ハリーにも呪文をかけようとしたが、ハリーは大きな手でロンを制した。
「断る」
「な、何を言ってるんだい?一番君が目立っちゃいけないんだよ?」
「絶対にやだ」
頑ななハリーにロンは少し苛立ちを感じた。筋肉、筋肉、筋肉。こんなの全然魔法使いらしくない。
もう別の世界から来たかのような二人は嫌だった。ロンは多少辛くても苦しくても今まで通りの二人と戦いたかった。
「だ、大丈夫だよ。筋肉がなくても」
「そんなことないッ!!」
ロンの言葉に、ハリーは激高した。
「君は筋肉がないからそんなこと言えるんだ!!筋肉をつけたらわかる!これで救えた命がいくつあるか、僕の腕の筋繊維一本一本が教えてくれる!これさえあればヘドウィグは死ななかった!ムーディーだって死ななかった!ダンブルドアも、シリウスも!!」
ハリーは轟音を立ててテントの支柱を殴った。
めきめきと音を立ててテントが崩壊し、ハリーの肩にふんわりした布がかかった。
ハーマイオニーはそんなハリーを黙って見ていた。
ロンは今度こそ本当にハリーたちとはやっていけないと悟った。
「残念だけど、僕はそんなゴツイ体にはなれないよ…散々君たちのトレーニングに付き合ってきたけど、もう限界だ」
「そんな!ロン、考え直して。貴方の筋肉は絶対成長しているはずよ」
「論点はそこじゃないよ!!いい加減にしてくれ。僕は降りる…」
ロンはテーブルの上のランプと自分のリュックをひったくりテント跡から出て行った。
「ロン、行かないで!ロン!」
ハーマイオニーが必死に追いかけるが、筋肉のない彼女の足では全速力で駆けていくロンに追いつかなかった。
曲がりなりにも数週間トレーニングをしていたロンはちょっとした陸上選手並みの速さで森を駆け抜けていった。
「筋肉さえあれば…」
佇むハリーの元に帰ってきたハーマイオニーは力無くつぶやいた。
「しかたない。これからは2人で分霊箱を破壊するしか…」
「でもロンにかけられた魔法が解けないことには私は戦力にならないわ」
「確かにそうだ。ロンに魔法を解いてもらわないと!」
ハリーはクラウチングスタートのポーズをとった。力を込めた太腿の筋肉がはち切れんばかりにブワッと膨れ上がる。
「乗って、ハーマイオニー」
まるで大きな魔獣にしがみつくようにハーマイオニーはハリーの大きな背中にしがみついた。
そこにあるのは確かな筋肉。
肩甲骨よりも硬くしなやかな筋肉。
安心と信頼の筋肉。
「すぐ追いつくさ」
ハリーは土が消し飛ぶほど強く、地面を蹴った。
「はあ…!はあ…!」
ロンは五キロほど全速力で走ったところでやっと止まった。
現時点でロンに知る由もないが、彼の走るスピードは当時の世界記録を上回るほどだった。魔法を併用した筋トレと走り込みは常人をはるかに超えた効果をもたらすのだ。
「絶対に家に帰るぞ。ヴォルデモートなんて知るか!」
鬱蒼とした森はだんだん開けていく。
草原が木々の隙間から見えた時、突然体が石のように固まった。
「…!」
声さえ出せず、ロンは目だけ動かして周囲を確認した。
「おっと赤毛だぜ」
軽薄な声が背後から聞こえた。目の前にも数名、浮浪者のようなヒッピーのような柄の悪い大男が現れた。
「えーっと、赤毛は場合によっちゃすげー金になるんだよな?」
「ウィーズリー家の奴らだったらな」
ロンはゾッとした。こいつらは人攫いだ。しかもロンには懸賞金がかけられてる。
「おっ!ビンゴだ。しかもハリー・ポッターの親友のロナルド・ウィーズリー様じゃねえか!」
「大当たりだぜ!!」
下卑た笑いが森に響いた。ロンは石のようになったままされるがままに鎖を巻かれ拘束されてしまった。
「マルフォイんとこ行くぜ」
ロンは二人から離れたことを後悔した。筋肉さえあればこの状況を回避できたのかもしれない、と一瞬頭によぎったがすぐに打ち消した。
「お、おい。なんかくるぞ!」
人攫いの一人が上を見上げて叫んだ。
遠くの方でめきめきと音を立てて大木が次々に倒れて行ってるのだ。
「巨人か?!トロールか?!」
「やばい、ずらかるぞ!!」
人攫いが姿くらましする直前、ロンは確かに見た。
ハーマイオニーを背中に乗せて弾丸のように飛んでくるハリーを。
ハリーの鷹の爪のような手が届く前に、人攫いはロンを連れてバシッと虚空へ消えてしまった。
「ロォオオオオオオオオーーーンッ!!!!」
ハリーの大砲のような声が森じゅうに響き渡り、びりびりと空気が揺れた。
ハーマイオニーはがっくりとうなだれた。
「そんな…ロンが連れ去られてしまうなんて!なんで!なんで私には筋肉がないの!?」
「僕のせいだ。その気になればすぐ追いかけられたのに…」
しかしハリーはくじけていなかった。獣よりも鋭い聴覚で人攫いたちの行き先をしっかり聞いていたのである。
「マルフォイの家に行こう。ロンを取り返しに!」
「ええ!当然よ」
二人は立ち上がった。ハーマイオニーは小さいままだったのでハリーが杖を貸し、ハーマイオニーには久々に魔法を使ってもらうことにする。
「マルフォイの家に着いたら何よりも先にロンを奪還して、君の魔法を解いてもらうんだ。そしたら手当たり次第に壊そう」
「まって。それよりもいい案があるわ」
「なんだい?」
「マルフォイの家にはぜったいにマルフォイがいるわ」
「当たり前じゃないか」
「そこへハリーの親友で今まで行方不明だったロンが連れてこられる、ということはきっと死喰い人のうちヴォルデモートに近い人が派遣される」
「まとめてやっつけよう」
「やっつけるけどちょっと待って。分霊箱の一つのリドルの日記は、確かルシウス・マルフォイに預けられていたのよね?それなら他の部下にも何か預けてると思うの」
「なるほど!聞き出すのか!」
「そうよ。そのためにはまず死喰い人を誘い出さなきゃいけないわ。つまりこっそり様子を見て待たなきゃいけないの」
「わかった。僕は三キロ先なら建物内の音を聞き分けられる」
「ええ。万が一ロンだけじゃ獲物として弱かったり殺されそうになったら私が出るわ。うまいこと時間を稼いで死喰い人が来た場合と、私も殺されそうになった時はあなたが来て」
「君が先に?危ないよ、そんな体じゃ」
「貴方が捕まるのが一番まずいのよ。それに今筋肉があるのは貴方だけだわ。切り札は最後に切らないと」
「それは、筋肉の流儀に反する」
「とにかくうまいことロンに魔法を解いてもらうわ。そしたら思う増分力を振るえるはずだから」
「筋肉がないと、君は臆病だね」
「人間はそういうものみたい。不完全なのよ」
ハーマイオニーは小さな手を突き出した。
「準備は?」
「いつでも」