Chimaira――キマイラ――   作:リボーンズ

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狩人

「逃走犯は無人工場区へ逃げ込んだ模様!部隊を突入させますか?」

 

ある日の深夜の工場区。

普段は無人となっている静かなはずのこの地区は、とある事件によって慌ただしいことになっていた。

パトカーのサイレン音が鳴り響き、照明の光が辺りをイルミネートしている。

 

「ダメよ。大人数で追い込もうにも、奴は入り組んだ地形を利用して逃げると思う。―――彼らの到着は?」

 

現場の指揮官は照らし出された工場区を睨みながら補佐官に訊ねる。

指揮官が彼らと称したのは、保安局が抱える特殊部隊のことである。

 

特殊部隊、通称『キマイラ』。

 

彼らは保安局上層部の一部にしかその実態が知られていない。

保安局内部の多くの人からの認識は、単なるエリート集団というものであった。

 

任務成功率100%。

 

失敗知らずのエリート部隊。

どんな犯罪者も彼らにかかれば即、檻の中行きである。

 

今回の事件の犯人は、それだけのエリート部隊が必要な程に危険な相手であった。

無数の凶器で人を殺めた殺人鬼。

保安局はようやくその所在を掴んだのだが、どうやら彼は逃げ足が早いらしく、すぐに逃走を開始した。

そして逃げ込んだ先がこの工場区。

地形に詳しくない者からすると迷宮とも言うべく複雑な構造となっている。

隠れる側には好都合だが、追う側としては厄介なことこの上ない。

 

駆けつけた数名の保安局員が先行して内部へと侵入したものの、暗がりから急襲されて負傷。

加えて工場の廃熱機器によってサーモモニターも使えないという。

 

「全ての出入り口を封鎖して。彼らが到着し次第、ネズミを追い詰める。」

 

指示によって慌ただしく保安局員たちは動き出す。

ここ数日の連続殺人事件に終止符を打つため、彼らは躍起になっていた。

 

できれば、キマイラを召集したくなかったのだが仕方ない。

これ以上犠牲者を出さないためにも、キマイラの起用を決定したのだ。

 

「全出入り口を封鎖しました。後は彼らの到着を――」

 

副官が報告にきたと同時に、彼らの元へ『キマイラ』を乗せた車両が姿を表した。

 

「ようやくお出ましってとこね。これで事件も解決。」

 

しかし問題は、ここからだった。

 

車両から降りてくるのは、3人の少年少女たち。

黒いコートに身を包んだ、まだ若干の幼さを残す彼らは、真っ直ぐとこちらに向かってくる。

 

「あとはこちらにお任せください。」

 

黒髪ロングの少女は現場の指揮官にそう言い残し、工場区へと入ろうとした。

その後ろを、少年と少女が続く。

 

「逃走犯は生きたまま捕まえりゃいいのか?」

 

通りすがりに少年が目だけを向けて、質問を投げ掛ける。

 

「できれば逮捕。でも、抵抗が激しいようなら反撃も許可するわ。」

 

曖昧な指示と言われれば、その通りだ。

実質、彼らの好きにしてもよいとも取られかねない。

 

「我々の仕事は他言無用でお願いしますね。いつも通り、ただ無事に任務を遂行した、ということで。」

 

彼らのリーダー格であろう黒髪の少女が、有無を言わさぬ口調で念を押した。

 

「さぁて、狩りの時間ね!」

 

もう一人の少女が手にしたバタフライナイフを閃かせ、意気揚々と声を上げた。

 

 

 

「ここからは手分けするわ。見つけ次第連絡を。―――わかってるとは思うけど身柄は拘束すること。」

 

黒髪ロングの少女、彼らのリーダー格である如月 凛は後ろの二人にそう指示を出す。

簡単に殺せば、その犯人が単独犯なのか、組織で動いているのか情報を得ることもできないからだ。

今回は単独犯である可能性が高いが、その思い込みが致命的となる場合もある。

 

「でもでも、反撃はありなんだよね?」

 

血気盛んな茶髪の少女、三宮 飛鳥は自らの得物を見つめながらそう言った。

喧嘩っ早い性格の彼女はトラブルメーカーでもある。

対人戦能力は一番であるが、問題行動も多く、決して単独で行動させることはない。

 

「やりすぎには注意ね。遥斗、ちゃんと見張ってなさい。」

 

遥斗、と呼ばれたのは現在唯一の少年である。

東雲 遥斗、それが彼の名だった。

チームでは冷静かつ行動的な性格故、実働隊の中心的な役回りも多い。

今回は凛がいるため、サブリーダー的色合いが強いのだが。

 

「ああ、わかってる。」

 

短く返しながら、握った拳銃に弾を装填した。

使わないに越したことはないが、自分の身は自分で守らねばならない。

 

「凛、相手の動きは?」

 

「待ってなさい、動きを察知するから。」

 

そう言うと、凛は目を閉じて意識を集中させた。

僅かに口を開き、人には聞こえない音域、いわゆる超音波を発する。

 

それから数秒、沈黙が流れた。

 

「――足音は聞こえない。動いてる様子もない。どこかに潜んでると思った方がいいわね。」

 

相手の動きを読み取る能力、それはコウモリが超音波を用いて使用するものと同じ力だった。

凛のこの能力は捜査の起点として機能する、故に彼女は『キマイラ』のリーダーであるのだ。

 

「ねえ凛、早く指示して~。逃げられちゃうよ?」

 

飛鳥が待ちきれないといった様子で凛の服を引っ張る。

 

「待ち構えてると思った方がいいわ、奇襲に気を付けて。遥斗、位置の特定できる?」

 

すんすん、と鼻をひくつかせる遥斗。

それは犬が微かな匂いをキャッチする仕草に似ていた。

 

「うーん、飛鳥がくさくて分かりにくいな。」

 

「えーー!ひっどーい!」

 

遥斗の言葉に飛鳥が大声で抗議する。

そんなやり取りには一切目を向けない凛であったが、飛鳥の大声に思わず顔をしかめた。

彼女は超音波を操ると同時に、コウモリ並の聴覚を有するのだ。

 

「犬の嗅覚にとって香水は天敵なんだ。つける量減らせって言ってるだろう。」

 

冷静に、だが少し意地の悪い笑みを浮かべて遥斗は言った。

対する飛鳥は頬を膨らませて怒っているようだが。

 

まったく、これから犯人を取っ捕まえようとしているのに呑気なものね、と凛は小さく呟く。

 

「地下の方だな。300メートルくらい先ってところかな。―――俺と飛鳥で先行する。動きがあれば連絡頼む。」

 

微かな匂いを嗅ぎ分け、遥斗は相手のおおよその位置を特定した。

 

「わかった、油断しないでね。いくら私たちがキマイラだからって。」

 

キマイラ。

その単語は彼らのチーム名を示すだけではない。

 

彼らの存在、そのものを示す言葉である。

 

とある実験で生み出された人間ベースの合成獣。

それが彼らの正体であった。

見た目は人間そのもの、しかしその身体能力は合成された獣を引き継いでいる。

 

「了解っと。んじゃ、行ってくる。」

 

明かりの無い暗闇の中へと、遥斗と飛鳥は飛び込んでいった。

 

 

 

「目標は近いぞ。飛鳥、気をつけろ。」

 

遥斗は常に匂いを嗅ぎ、相手の位置を把握し続けていた。

特に動きはないため、恐らく奇襲を仕掛けてくるだろう。

 

「あたしは夜目が利くから、闇討ちなんて無意味よ。」

 

と、凛の忠告を無視するように余裕な態度を取り、手にしたバタフライナイフをくるくると回して見せた。

 

悔しいが、全体的に運動神経の高い彼女は多少の強敵だろうとも返り討ちにできる。

訓練の組み手では遥斗でも敵わない。

遥斗自身、体術はそこそこの自信があったのだが。

 

しばらく歩き、不意に遥斗は立ち止まる。

匂いが近くなったということだろうか。

 

「そこにいるのだろう?出てきた方が身の為だ。」

 

通路の曲がり角、その向こうに向けて遥斗は言った。

飛鳥も嗅覚こそ劣るが、何者かが潜んでいる気配を本能的に察知している。

 

「随分と可愛らしい突入部隊だなぁ。まだクソガキじゃねぇか。」

 

諦めたのか、姿を晒したのは長身の男。

両手には凶刃を備えたナイフ。

 

「大人しく捕まって欲しいんだが、その様子じゃあ抵抗する気満々だな?」

 

「それは、どうかなっ!」

 

そう言うなり、男が動いたのを感じ取った。

その直後―――

 

「遥斗っ!」

 

飛鳥の声と同時に足払いをされ、遥斗はその場に倒れ込んだ。

 

壁に何かが突き刺さった音が鳴り、男が遥斗に向けてナイフを投げたのだと認識した。

明かりの無い暗闇において、嗅覚だけで完全に相手の動きを察知するのは厳しいものがある。

夜目が利く飛鳥に助けられたのだ。

 

「いい反射神経だな、嬢ちゃん。」

 

遥斗と飛鳥が体勢を崩している隙に男は逃走を試みる。

彼にはわからないことだが、捕まるのは時間の問題である故に遥斗たちも急ぐことはなかった。

恐らく凛も男の動きを認識しているだろう。

 

「飛鳥、助かった。暗視ゴーグルつけてくるべきだったか。」

 

全自動の無人工場区とは言え、まさか通路に電気が通っていないとは思わなかった。

いや、犯人が電力を落とした可能性もあるが...。

 

「怪我ない?」

 

「ああ、大丈夫だ。それにしても、獣もナメられたものだな...。」

 

ナイフの先が僅かにかすった程度の傷で済んだのは飛鳥のおかげであろう。

流れる血を擦り、遥斗は立ち上がる。

 

「行くぞ、匂いが遠くなってる。」

 

 

 

カンカン、と床を蹴る音が響き、犯人の逃走は続いていた。

既に距離は詰めており、一直線の通路を走っていた。

 

「飛鳥、行けるか?」

 

「任せてっ!」

 

飛鳥が急加速して犯人に近づく。

その速度は人間を遥かに越えるもの。

チーターの能力を受け継いだ飛鳥にとって、一直線での追いかけっこは得意分野である。

 

「こいつ、化け物かっ!」

 

飛鳥は壁を蹴って宙を舞い、男を追い越して着地した。

前を塞がれ後ろを振り向いた男だったが、そちらも塞がれている。

 

「ここまでだ。抵抗するなら、殺すぞ。」

 

拳銃を取り出した遥斗は真っ直ぐにその照準を向ける。

この歳でも拳銃の扱いには慣れている。

撃つことなど、躊躇うこともない。

 

しかし。

 

男はいきなり飛鳥に向けて突進した。

その手には予備のナイフが握られている。

直後、飛鳥のバタフライナイフと斬り結ぶ。

 

「止まれ!」

 

拳銃のトリガーに指をかける遥斗であったが、この状況では飛鳥に当たるリスクもあった。

 

「そんな玩具で俺を殺れんのか、嬢ちゃんよぉっ!」

 

左右から繰り出す斬撃を難なく避ける飛鳥。

その口許には笑みすら浮かんでいる。

 

「セリフが三流以下よ!」

 

飛鳥の回し蹴りが空を切った。

男もなかなかの反射神経を持っているのか、寸前で回避。

 

僅かに飛鳥と距離を取るこの瞬間を待っていたのだ。

 

遥斗は照明弾を投げると同時に照準を向け、1発、2発とトリガーを引く。

その弾丸は男の手にしたナイフに吸い込まれ、その手から弾き飛ばされた。

 

「くっははは...!やるなぁガキ共!―――でもよぉ!」

 

ゆらりと立ち上がる男は羽織っていたパーカーを脱ぎ捨て、その内側に隠していたダイナマイトを見せつけた。

右手には火のついたライターも見える。

 

「この閉鎖空間で起爆したらどうなるか、わかるよな?」

 

考えるまでもなく、巻き込まれる。

今から逃げれば間に合うかもしれないが、これがハッタリだとしたら、男に逃げる機会を与えてしまうことになる。

 

「一連の犯行、動機はなんだ?」

 

一瞬の隙を探すため、遥斗は男に話しかける。

 

「強さの証明、とでも言っておこうか。」

 

男は自嘲気味に笑った。

彼の犯した連続殺人、被害者は全て仕事の同僚だという。

何かしらの恨み、復讐なのだろうか?

 

だが、そんなことで強さの証明など、馬鹿げている。

 

「殺す寸前、あいつらは泣いて命乞いしてたぜぇ。俺に対する仕打ちも忘れてなぁ!」

 

復讐のために強さを求めて、その挙げ句の果ての犯行。

望まずとも強さを持たされたキマイラが、それを裁かねばならない。

 

「強さは、使い方を間違ってはならない。」

 

「ガキが俺に説教か?生意気だなぁ、てめぇ...。」

 

男が再びライターに火を灯す。

それを腹部に巻き付けたダイナマイトに近づけて―――

 

「っ!?」

 

そのとき、遥斗と飛鳥は何かを感じ取った。

耳の奥、神経と脳を直接刺激する不快な音波。

 

次の瞬間、男はライターを落とし意識を失って倒れ込んだ。

 

飛鳥の後ろから、誰かが近づいてくるのを感じる。

 

「ご苦労様。ホントは超音波をこんな風に使いたくないんだけどね。」

 

凛が発する超音波が、男の意識を失わせたのだった。

キャッチできる音域が違うキマイラにはただの不快な音で済んだが、男には耐えられないものだったらしい。

 

「美味しいところは凛に持っていかれたな。」

 

何はともあれ、任務は完了した。

凛が外部に通信を入れると同時に保安局員が流れ込んでくる。

ようやく、連続殺人事件の犯人が拘束されたのだった。

 

 

 

 

「見事な手際でした、本当にありがとう。」

 

現場の指揮官は凛たちに向けて頭を下げた。

ようやく解決したということもあり、現場には安堵の空気が流れていた。

 

「いえ、我々の任務を果たしただけです。」

 

そう言い残し、彼らは専用の車両に乗り込む。

 

背を向ける寸前、彼らの目にあったもの。

 

それは、獲物を仕留めた獣の瞳そのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




妄想から生まれた物語第2弾です。
実生活がけっこう忙しく、更新は不定期となりそうですが頑張って終わりまで書けたらいいなと。
何より、個人的に楽しんで書いていけたらいいなと思っておりますm(__)m
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