何分間、全力で走っただろうか。
通常の人間ならば恐らく既に息は上がり、疲れ果てているに違いない。
しかし、彼らは普通の人間とは違っていた。
彼らは人間をベースとした合成獣(キマイラ)。
動物と同等の身体能力を活かし、保安局の特殊部隊として活動している。
「もう!ちょこまかと隠れて、どこにいるのよっ!」
走りながら、一人の少女が癇癪を起こしていた。
「次の角を曲がった先だな。反対側は凛が先回りしてるだろう、これで袋の鼠だ。」
微かな匂いを嗅ぎつけ、遥斗は犯人の逃走経路を推測する。
彼らは強盗未遂の現行犯を追っている最中であった。
犯人は道中、奪取したバイクを使用したようだが、今こうして後一歩のところまで追い詰められていた。
「見ぃつけたっ!」
角を曲がり、逃走犯の後ろ姿を捉えた飛鳥はその驚異的な脚力を用いて加速する。
それに気づいた逃走犯は再び駆け出そうとするが、行く手を阻む新手に驚きを隠せない様子であった。
「大人しく投降しなさい?今なら怪我しないで済むわよ。」
超音波を用いて正確に相手の位置を特定し続け、常に相手の先を行く、これがコウモリの能力を持つ凛の強みであろう。
「く、くそぉ!!」
残された道、それは狭い裏路地であった。
そこに駆け込むが...。
「行き止まりっ!?」
少し進んだ先は壁となっており、行き止まりであった。
路地の入口には遥斗、飛鳥、凛が立ち塞がるように待ち構えている。
「往生際が悪い奴は嫌いだ。さっさと捕まれこの野郎。」
冷静な表情とは裏腹に強いニュアンスを含む遥斗の言葉に、犯人は睨み返すのみ。
「う、うるさいぃ!俺は!俺は!」
懐に手を突っ込み、引きずり出したのはロングタイプのマガジンを備えた拳銃。
いわゆる、マシンピストルである。
「おじさん、随分と物騒なもの持ってるね!」
飛鳥がバタフライナイフを抜き、そう言った。
彼女が言える言葉ではないのだが、敢えてそれはスルーする。
マシンピストルを持つ手は震えており、撃ち慣れていないのがまるわかりであった。
「どこから手に入れたんだか...。」
遥斗が呆れて溜め息をつくと、今度は凛が突然、パチンと指を弾いて音を響かせた。
逃走犯も遥斗も飛鳥も、その行動に意識を引かれた。
が、次の瞬間。
凄まじい音と共に犯人の背中側の壁が吹き飛び、破片もろとも犯人まで吹っ飛ぶ。
「ぐあぁっ!?」
そのままぐったりと倒れる犯人。
恐らくは頭を強打して気を失ったのだろう。
遥斗と飛鳥は突然の出来事に目を丸くしたが、それも無理もない。
いきなり壁が壊れたのだから。
「さすが凛だな。計算通りだぜぇ。」
壁が壊れた際に巻き上げられた砂埃から見える巨体。
それは、彼ら『キマイラ』の一員、真田 大和の姿があった。
「凛に言われて壁の裏側で待機してたけどマジで誘導するとはねぇ。」
愉快そうに笑った彼の両手には金属製のグローブ。
それを装着した腕だけで、この壁をぶち抜いたのだ。
「相変わらずの腕力だな、大和。」
「前回行けなかった分、張り切ったからなぁ。はっはっは!」
大和はバイソンと合成されたキマイラである。
単純なパワーならば、『キマイラ』の中で右に出る者はいない。
凛が犯人の位置と遥斗たちの位置から予想される逃走経路を推測し、その上で犯人が何かしらの隠し玉を持っていると仮定しての作戦であった。
現に犯人はマシンピストルを所持していたため、この予測は見事と言わざるを得ない。
流石に犯人も、背後から壁越しに奇襲されるとは思っていなかっただろう。
「皆、ご苦労様。今回は私の作戦勝ちってことで。」
涼しい顔をして言う凛であるが、それをやってのける頭脳には脱帽するしかない。
彼女はきっと、キマイラじゃなかったとしても、問題なく社会で活躍することができただろう。
だが、自分はどうだろうか?
遥斗はそんなことを思う。
親に捨てられ、身寄りがない上に特別優秀な訳でもない。
それでもこうして、社会のために働けるのはキマイラとして生まれ変わったからだ。
キマイラてしての特異性がなければ、社会的にも淘汰されていただろう。
そう考えて、心に影が落ちた気がした。
所詮、自分はキマイラとして生きていくしかないのだと。
『普通の人間』としての生に憧れても、虚しいだけだ。
遥斗は邪念を振り払うかのように小さく頭を振り、傍に倒れている犯人を一瞥した。
「さて、こいつ持って帰るとするか。」
保安局に戻った『キマイラ』の四人は、すぐさま彼ら用の部屋に戻される。
四人で生活するには狭いものの、大型のテレビや横に長いソファーなどが備えられ、設備だけを見るとかなり優遇されているように見える。
しかし、1つだけ異様なものがあった。
ガシャン!
彼らが部屋に入るなり、ドアの外側に鉄格子が下ろされた。
「毎度毎度、この鉄格子が下ろされる音には腹が立つ。」
遥斗が表情を変えずに呟く。
「仕方ないでしょ。彼らはこうでもしないと私たちを『飼えない』んだから。」
この鉄格子は、キマイラを閉じ込めておくためのものであった。
保安局は『キマイラ』を飼い慣らすため、こうして檻に閉じ込めて、その力を勝手に行使させないようにしている。
自分達の都合の良いようにキマイラを使役し、自由は与えず隔離しておく。
保安局にとってキマイラは、扱いに気をつけなければならないペット同然であった。
こうした扱いに凛は慣れろと言うが、彼女自身も不愉快に思っていることを隠し切れていない。
きっと、大和も不満を溜め込んでいるだろう。
飛鳥は――――
「ねぇねぇ、先にお風呂入ってもいい~?」
たぶん、あんまり気にしてないのだろう。
いつも通り、マイペースである。
「おお、いいぞ。入れ入れ。」
仕事の後は順番にバスタイムということになっている。
飛鳥は何かと風呂が好きらしく、1番風呂に入りたがる。
風呂好きはいいのだが、1つだけ困ることが。
「飛鳥、ここで脱ぐなと言ってるだろ。」
脱衣室に入る前に服を脱ぎ捨てていく飛鳥。
長い間共に生活しているためか、この四人の中ではあまり恥じらいがないらしい。
思春期真っ只中の年頃なのだから、もう少し何とかしてほしいと思わずにはいられなかった。
何より、目のやり場に困る。
「いいじゃん別にぃ。それよりさ、凛ちゃんも入ろうよ~」
「え?いや、私は後ででもいいんだけど...。」
突然、風呂に誘われた凛が珍しく言葉を濁す。
遠回りしに一緒に入るのを拒否しているように見えた。
「仕事の後は早くお風呂に入らないと遥斗に色々言われちゃうよ~?さぁ、脱いで脱いで!」
「ちょ、ちょっと飛鳥!」
凛は呆気なく飛鳥に連行されていく。
脱衣室に消える直前、凛がこちらを睨み付けたのが見えた。
確かに汗とかの匂いにも敏感だが、それは犬の嗅覚を持つ遥斗にしかわからない程度のものであり、決してそれについて指摘したことはない。
それに、この嗅覚は仕方がないのだ、自分に非はないと遥斗は言い聞かせる。
凛が飛鳥と風呂に入りたくなかった理由。
恐らくは、嫌でも比べてしまうためだろう―――上半身の二つの膨らみを。
飛鳥は精神年齢の割りには大きい。
逆に凛はぺったんととまではいかないが、膨らみに欠ける。
「どこ触ってるのよ!飛鳥いい加減に」
間もなく風呂場からは楽しげな声が聞こえてきた。
そして大和は―――
「女子(おなご)同士の絡みは実にええのう。」
いきなりおっさん染みた発言をする。
聞いてるだけでも幸せ、といった様子である。
「まったく相変わらずだな。」
遥斗は呆れてそっぽを向く。
しかし内心、大和の言葉を否定しきれない自分がいることに気づき、謎の悔しさを感じていた。
「で、どう思う?」
一通り風呂を終えた彼らはリビングのテーブルを囲んで話し込んでいた。
テーブルの上には数枚の写真、保安局の捜査班から送られてきたものであった。
写真に映っているのは先程取り抑えた犯人が所持していたマシンピストル、そして、先日の無人工場区で取り抑えた犯人が所持していたダイナマイト。
他にもいくつか、重火器などの写真があった。
「これらに共通するのは、このマークか。」
遥斗が拡大写真に映っているマークを指差した。
中心の円から、それに沿って外側へ向けられた矢印が8本。
写真の武器全てにこのマークがあったのだ。
「どこかの武器商がこの街に入り込んだとしか言えないだろうなぁ。」
大和が一番考えられる推測を口にする。
同じマークが記されている以上、生産場所も同じと考えるのが普通だ。
だとすると、その生産場所から販売を委託された武器商が売り捌いた、ということになる。
他のメンバーも同じ考えだろう。
「うーん、誰なんだろうね?暴力団とかかな?」
その線もあるだろう。
だが、凛は別の考えを持っていた。
「暴力団は少なからず前から存在していたし、急にこのマーク付きの武器が流通するってのも変な話だと思う。」
確かに、このマークのついた武器を回収したのは最近になってからの話であった。
そして、事件が凶悪化しているのも。
仮に裏社会において武器の流通が円滑になっていたとしたら、これには説明がつく。
だが、その武器を売ったという者の存在がはっきりとしないのだ。
「それに、暴力団関係ならば敵対する組に武器を売るとは考えにくいわ。」
しばしば抗争を起こす彼らが、わざわざ敵に武器が渡るリスクを犯してまで金を集めるというのも不自然であろう。
「ならば、それとは関係のない個人か、或いは組織か...。」
捕らえた犯人どもから情報を引き出せない限り、その武器商の正体に検討を付けるのは難しいだろう。
「物騒な物が流通するとまた事件が起こるわ。早いところ武器商を見つけないと。」
何か嫌なものを、遥斗はそのとき直感的に感じ取っていた。
それは、これから起こる戦いを予言するかのようなものであった。
とある裏路地。
深夜ともなると人気はなく、犬の遠吠えが聞こえてくるのを除けば沈黙だけが流れていた。
こういう場所は昔から、裏取引が行われる場所というイメージが強いだろう。
この場所も、例外ではなかった。
「あんたが武器商人のガドエルか?」
ガドエル、と呼ばれた金髪の男はアタッシュケースを手に立ち上がる。
無論、ガドエルという名はコードネームであり、彼が商人として活動するときの名である。
「てめぇが今回の客かい?注文の物はここにある。」
アタッシュケースを放り投げ、客として現れた男が慌てて受け止める。
すぐに中身を確認すると、小さく頷いた。
「確かに受け取った。」
そう言いながら、大金の入った紙袋を取りだし、ガドエルへ渡す。
柄の悪い笑みを浮かべたガドエルは金額を数え、満足そうに笑った。
そのとき――――
「そこで何をしている!」
警察の決まり文句に近い言葉が飛んできた。
ガドエルは鬱陶しそうに振り向き、現れた警察と対峙する。
ちっ、と小さく舌打ちするガドエル。
取引場所は絶対に人の来ない場所と限定しているのだが、今回は運が悪かったらしい。
「ど、どうすれば...。」
「てめぇはさっさと行けよ。ここは俺が片付けてやる。」
その言葉を聞いた客は一礼し、すぐにそこから走り出した。
「おいっ!待て!」
警察が強化警棒を取りだし、追いかけようとする。
しかし。
「おっと、この先は通せねぇなぁ。」
ガドエルが立ち塞がっていた。
こちらを睨み付ける警察は警棒を振り上げ、そのまま勢い良く振り下ろす。
ひらりと回避し、ガドエルは手袋を外し掌で警察の顔を掴んだ。
そして建物の壁に押し付ける。
「貴様...!公務執行妨害だぞ...!」
「悪いな警官さんよぉ。チェックメイトだ。」
間もなく、警官の体に変化が現れた。
膝から崩れ落ち、胸を押さえて転げ回る。
呼吸は乱れ、まるで心臓病の発作が突然現れたようにも見えた。
それから1分も経たない内に、警官は息絶えた。
ただ触れるそれだけで、ガドエルは人を殺すことができたのだ。
「さて、一旦『城』にでも戻るか。」
周囲を見渡し他に誰もいないことを確認し、ガドエルは人間離れした跳躍力で飛び上がった。
塀と建物のダクトを足場に屋根まで上り、その場から姿を消し去った。
今回は、いわゆる敵役となる存在の一部をお見せする感じになりました。
次回から本格的に敵も活動を始めます(予定)