星がこぼれる音を聞いたから   作:おかぴ1129

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10. 酒と星

 飛鷹もいなくなり厨房に一人残された俺は、隼鷹が来るまでの間にツマミでも作っておいてやろうかと思い、何を作るか考えていた。

 

『そうだなぁ……なんかリクエストあるか?』

『豚汁!!』

 

 昼間のそんな会話を思い出す。豚汁はまだ充分残ってるし、卵焼きでも作っておこうか。俺の師匠……瑞鳳の直伝にして、大根おろしを乗せた俺オリジナル。

 

――あんたが大根をおろす音が聞きたいから

 

 そういやそんなようなこと言ってたなぁ隼鷹は。大根おろしの音が心地いいだなんて、なんつー口説き文句だ?

 

 瑞鳳から受け継いだ通りの卵焼きをこしらえ、大根も今のうちにおろしておく。隼鷹は『音が心地いい』と言ってはいたが、別に絶対に聞かせなきゃいかんというわけでもないだろうし……なんて思っていたら。

 

「おーいていとくー!」

「おっ?」

「ヒャッハァァアアアアアア!!!」

 

 なんだか久しぶりに聞いた気がする隼鷹の世紀末な叫び声だ。隼鷹は食堂から俺がいる厨房を覗き込んでいた。その手には、『獺祭』というラベルが貼られた小瓶が握られていた。その瓶とガラスのおちょこ2つを高々と掲げ、俺に誇らしげに見せてくれる。

 

「一緒にのもー!」

「……飛鷹が言ってたぞ? それ、隼鷹の秘蔵なんだろ?」

「そうさー」

「そんな大事な酒をいいのか?」

「大事な酒だから今日飲むんだよヒャッハァアアアアアア!!!」

 

 いつもより、なんだかテンションが高い気がする隼鷹を食堂で待たせ、俺は卵焼きと大根おろし、そして温めなおした豚汁をお椀に汲んで運んでやった。

 

 隼鷹が選んだ席は、窓際の席。今日は昼間から天気がよく、夜になっても窓からきれいな月がよく見えた。俺はそんな隼鷹のさし向かいに座ることにする。

 

「お?」

「お、すまん……」

「いや別にいいけど」

 

 いつもの癖で、あやうく隣りに座りそうになったのは秘密だ。

 

「おっ。いつぞやと同じ献立だねー」

「まぁな。言っても晩飯の残りだし」

 

 任せろ。その酒が合うかどうかは分からんが、今日は特別な夜にしてやる。

 

 隼鷹が獺祭の蓋を空け、澄んだガラスのおちょこに注いだ。いつぞやここで2人で飲んだ日本酒と変わらない色なんだろうけど……少しだけ輝いて見えた。

 

「んじゃ提督」

「ん」

「「……乾杯」」

 

 2人で軽くおちょこを重ね、チンと鳴らす。その時おちょこから鳴り響いた音は、隼鷹から聞こえる音と同じぐらいに美しい音だった。2人で同じタイミングでおちょこを煽り、そして同じタイミングでそのおちょこをテーブルにタンと置いた。

 

「くぁぁ……美味しいねー」

「うん。うまいな」

「さすがあたしのとっておき」

「さすがですなぁ隼鷹さん」

「まぁねー。もっと褒めるがいい~ダハハハハハ」

 

 満足そうな笑みを浮かべながら獺祭を再びおちょこに注ぎ、豚汁をすすりながら卵焼きを頬張っていた隼鷹は、本当にいつもどおりの隼鷹だった。

 

「やっぱ料理うまいね提督ー」

「ありがと。先生がいいから」

「あたしも一応、同じ先生に学んだはずなんだけどなぁ……タッハッハッ……」

 

 そう言いながら頭をポリポリとかき、恥ずかしそうな苦笑いを浮かべる隼鷹を見て、俺は隼鷹に夕食を頼んだ時のことを思い出した。

 

「でも隼鷹、別にヘタってわけじゃないだろ?」

「そお?」

「ただ、作る料理がいちいち酒のツマミになっちゃうだけで」

「タッハッハッ……やっぱあたしが酒飲みだからかねぇ……?」

 

 そう。隼鷹が作る料理は、なぜかいちいち酒のツマミに変貌していく。それはそれでうまいしご飯のおかずにもなるから、いいといえばいいんだが……

 

「やっぱ晩ご飯としての料理は、提督には叶わないよ」

「そうか? やっぱ鳳翔のおかげか?」

「うん。もう立派な鎮守府のオカンだね」

「なんだそりゃ……でも納得しちゃう自分がイヤだ……」

 

 他愛無い会話が弾む。しばらくそうして話しながら獺祭を楽しんだ頃。

 

「ふぃ〜……」

「ん〜……ちょっと回った……かな? 提督は?」

「酔ってはないな」

 

 なんせ酔っていられる余裕がないからな今。

 

 隼鷹のほっぺたがだいぶ赤くなってきた。おちょこを置き頬杖をついて外を眺める隼鷹は、妙に艶っぽく見えた。

 

「ねぇ提督……」

「ん?」

「昼間、トノサマ洋装店行ったでしょ?」

「行ったな」

 

 まさかその時の話をむし返すつもりじゃないだろうな……!? 俺の方から言う前にそっちから話を降ってくるつもりじゃないだろうな!? と俺は妙な不安感に襲われたわけだが……隼鷹が話したい内容は、どうやらそれではないらしい。

 

「あの時さ、提督……店主のコーヒー、美味しくないって言ってたよね」

「“好きじゃない”だけどな。美味しいとは思ったよ。でも好きじゃない」

「それ……なんでかなーって思って」

「理由なんてない。俺は好きではない。ただそれだけのことだ」

 

 ……ウソだけど。本当はお前が淹れたコーヒーと比べたからだけど。

 

「逆に聞くけど、お前もパンプキンパイはうまくないって言ってたよな?」

「うまくないなんて言ってはないけど、もっとうまいパイはあるとは思ったね」

「なんでだよ? あんなうまいパンプキンパイ、そうないだろ?」

「んー……」

 

 俺の指摘に対し、困ったように唸りながらも艷やかな笑みを浮かべたまま、再び外の景色を眺める隼鷹。俺は、窓に映る隼鷹の顔を見た。

 

「……」

 

 言おうか言うまいか……そんな二択のどちらを選ぶか迷ってる……でもそれが楽しい……そう言いたそうな彼女の顔は、本当に綺麗だった。

 

「……提督ならきっと、もっとうまく作る」

「?」

「あんたなら、もっと美味しくてあたしが好きになりそうなパンプキンパイを作ってくれる……あの店主のパンプキンパイを口に入れた途端、そう思ったから……かな?」

 

 こちらを振り返り、ニコッと笑ってそう答える隼鷹のほっぺたは、さっきまでよりも赤い。それが酒のせいなのか、それとも恥ずかしさからなのかは俺もわからないけれど。

 

 頬杖をしている隼鷹の左手の薬指には、あの指輪が輝いている。俺の耳に星が輝く音を届けてくれるそいつが、俺の目を離さない。

 

 キラキラという、星がこぼれる音が鳴った。

 

「……隼鷹」

「んー?」

 

 ……よし。言う。

 

「指輪外してくれ」

「へ? なんで?」

「いいから。外したら俺に貸してくれ」

「いいけど……」

 

 口では『いいけど』といいながらも腑に落ちない顔をした隼鷹は、頭の上にぐるぐる線を作りながら指輪を外し、『ほら』と言いながら俺に渡してきた。

 

「うん。ありがと」

「なにすんの?」

「左手、出して」

「……?」

 

 真っ赤な顔を横に傾け、きょとんとした顔で俺を見ながら、隼鷹はしずしずと俺に左手を差し出してきた。差し出された左手はとてもしなやかで綺麗だが……やっぱりこの指輪がついてないと、少し物足りない。

 

「……一回目は、店主のいたずらに流されてだった。晩餐会のためって理由だった」

「?」

「二回目は、お前に催促されてだった」

 

 分かるはずだ。俺とずっと一緒に過ごしてきたお前なら、俺が何を言っているか……何をしようとしているのか分かるはずだ。

 

――……あたしでよかったの?

 

 こう聞いてたよな? ……今から答えてやる。

 

「だから三回目は、ちゃんと俺の意思で、お前の薬指に指輪を通す」

「……え」

「俺は自分の意思で、お前の薬指にこの指輪を通す……この意味は分かるか」

「……」

 

 今まで以上に顔を真っ赤にした隼鷹が、恥ずかしそうに口をむにむにと動かしたあと、俺から視線を外して顔を真っ赤にしてうつむいた。俺に左手を取られたまま、微動だにせず、ただ俯いている。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 あれ……隼鷹からの返事を待ってるんだけど……

 

「……」

「……」

「……」

「……つまり平べったく言うと、けっこ」

「平べったく言いなおさなくていいッ!!」

 

 うつむいたまま突然大きな声を出されるから、すごいびっくりしたー……

 

「お、おう」

「……」

「……」

「……ていとく」

「ん?」

 

 相変わらず隼鷹はうつむいてるから、どんな顔をしているのか俺からは見えない。見えないが、テーブルの上には、星のような雫がポタポタと落ちている。どうやらそれは、目の前にいる俺が惚れた女が、流しているようだった。

 

「他にも強い子いるだろ? その子じゃなくていいの? あたしゃ練度足りないよ?」

「強くなって欲しいから結婚するんじゃない」

「あたしゃ年中酒飲んでるよ?」

「それでもしっかり仕事してるだろ?」

「品がないよ? フランス料理よりもラーメンと餃子とビールの方が好きな女だよ?」

「サイッコーじゃんか」

 

 体中をわなわなと震わせ、相変わらずうつむいて涙をポロポロとこぼしながら、隼鷹は俺に向かって何回も何回も、自分でいいのかと問いかけてきた。でも何度聞かれても、俺の意思は変わらない。

 

「ぐすっ……飛鷹のほうが……おしとやかで、お嬢様だよ?」

「……そら確かに」

「ぶっ」

「ん?」

「そこは……ぐすっ……『お前だっておしとやかだ』て言うとこでしょ提督!」

「ウソはつけない」

「ひどっ……ぐすっ……」

「……でもな隼鷹」

 

―― 彼女に聞かせなければならない話だ

 

 ええ。店主……今俺は、彼女にキチンと伝えます。

 

「……星がこぼれる音」

「? ……ぁあそういえば、昨日あたしにそんなこと言ってたね」

「晩餐会のときからずっと……いや多分その前から、お前からは、星がこぼれる音が聞こえてた」

「……」

「俺は、お前から聞こえるその音が好きだ。横でずっと聞いていたい」

「ぷっ……なにそれ……」

 

 隼鷹が顔を上げた。涙でくしゃくしゃになった顔は真っ赤っかだ。でも顔が赤いのは、きっとアルコールが原因ではないだろう。窓の向こう側にうつる星空と満月を背景に涙を流しながら満面の笑みで俺を見つめる隼鷹は、本当に綺麗だった。

 

 キラキラと星がこぼれる音が耳に届く。彼女にキチンと意思表示をして欲しくて……俺みたいに、改めて意思表示しなければならないハメには、ならないように。

 

「隼鷹」

「ん?」

「指輪を通す前に聞いとく」

「うん」

 

 手に持った指輪を、隼鷹の左薬指のそばまで持ってきて、一度止める。彼女の、最後の意思表示さえ聞くことが出来れば……

 

「隼鷹。俺と一緒に……人生を歩んでくれないか」

 

 目を閉じ、俺の言葉の意味を繰り返し味わうように何度も軽くうなずいた後、隼鷹は涙で顔をくしゃくしゃにしながら言った。

 

「仕方ないなぁ……ぐすっ……隼鷹さん、あんただけの淑女に……ぐすっ……なるよ」

「……ありがとう」

「いいよ。……でもこれであんたも……あたしだけの……ぐすっ……紳士だよ?」

「おう。……隼鷹?」

「ん?」

「お前が好きだ」

「……うん。あたしも」

 

 俺は、隼鷹の薬指に静かに指輪を通した。

 

 静かに少しだけ、でもハッキリと、星がこぼれる音が聞こえた。

 

 

 

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