星がこぼれる音を聞いたから   作:おかぴ1129

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11. 紳士と淑女と親友と妖怪

 俺の机の上にある履歴書と職歴書には、今日からこの鎮守府に来てくれる新しい美容師の経歴が、若干クセのある文字で書かれていた。前任者がいなくなってからずっと司令部に要請していた件なのだが……やっと鎮守府内美容院の後任の店長が見つかったようだ。

 

 ただ一点、気になる事がある。今回に決まった美容師は、自称『床屋』な点だ。履歴と職歴を見る限りは一応美容師免許と業務経験もあるみたいだから、問題はないとは思うが……。まぁ美容院だけじゃなくて床屋の仕事もやってくれるなら、俺もひげそりをしてもらえるし……いい方向に捉えようか。

 

 その自称床屋の実家と思われる、緊急連絡先の住所に目を通す。トノサマ洋装店店主の引越し先にかなり近い。意外と世界は狭いもんだと驚いた。

 

「うぃ〜……ていとくー……」

「んー?」

「今日さー……新しい美容師の人が来るんだっけー……」

「……確か隼鷹は今日はこれから哨戒任務だったよな?」

「うん……でもさ……」

「ん?」

「頭痛い……二日酔いだー……」

 

 そう言って俺の隣で頭を抱える隼鷹を見ながら、俺は苦笑いをすることしか出来なかった。

 

 俺が隼鷹にプロポーズしてからもうだいぶ経つ。あれから鎮守府も悪い意味で様変わりした。あのあとしばらくして、この鎮守府は激しい戦闘に巻き込まれ、その危機を大きな犠牲と引き換えに切り抜けた。

 

 あの戦闘で、あの時俺を制止してくれた古鷹と、隼鷹と俺の姉である飛鷹は轟沈した。今ではこの鎮守府のメンバーも、数えるのみとなっている。隼鷹を筆頭に、ビス子、暁と加古、川内……球磨と北上……俺がこの鎮守府に来た頃と比べると、十分の一以下の人数だ。壊滅寸前と言っていい。

 

 だがそんな状態でも、みんなは希望を捨てずに毎日楽しく過ごしてくれている。ココの子たちには本当に頭が下がる思いだ。

 

 窓の外を眺めながら、フとそんなことを考えふけっていた。時計を見ると、そろそろ哨戒任務が始まる時間だ。

 

「隼鷹」

「んー? なにー?」

「そろそろ哨戒任務が始まるぞ」

「んー……向かい酒とかしちゃダメかな?」

「アホ」

 

 『しゃーない……』と腹を決めたのか、隼鷹は頭を抱えたまま立ち上がり、その青白い顔を俺に向けた。頭を抱えるその左手の薬指には、あの日俺が通した指輪がキラキラと輝いている。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫……淑女の隼鷹さんは〜……キチンと紳士の元に~帰るのさ〜……」

 

 青白い顔でフラフラと左右に揺れながら、足取り怪しく執務室を出て行く隼鷹。今日隼鷹と一緒に哨戒任務につくのはビス子だったか……戻ったらビス子に謝っておこう。

 

「その代わり! 帰ってきたら向かい酒だぁぁあああヒャッハァアアアアア!!!」

 

 執務室の外の廊下から、不意にそんな声が聞こえてきてびっくりした。あれだけ元気なら大丈夫かもしれん。ビス子に謝るかどうかは、帰ってきたときの様子を見て決めよう。

 

 トノサマ洋装店は、俺が隼鷹と結婚して二ヶ月ほど経った頃に閉店した。奥様の生まれ故郷で、小さな喫茶店を開いたそうだ。あの上品で威厳のある店主のことだ。きっと喫茶店も雰囲気のよい素敵な店なのだろう。一度だけもらった手紙に同封された写真には、店主と奥様の仲睦まじい姿と、洋装店によく似た、ノスタルジーな雰囲気が素敵なお店が写っていた。

 

 店主に俺達の結婚を報告した時のことを思い出す。店主は俺達に対し、こう言っていた。

 

――うんと幸せになりなさい。私が仕立てた紳士と、その淑女なのだから

 

 任せて下さい。隼鷹と俺は幸せになります。

 

――ちゃんと隼鷹を幸せにするのよ?

 

 連想的に、飛鷹の言葉も思い出した。飛鷹はあの日以降、俺に姉貴ヅラをするようになっていった。確かに関係性は義理の姉弟で間違いはなかったが……。

 

――妹と弟を守るのは姉の役目よ!  あなたは提督の元に帰りなさい!!

 

 防衛線が押し込まれ撤退を余儀なくされた時、飛鷹はそう言って部隊の殿をつとめ、そして轟沈していったそうだ。隼鷹を俺のもとに無事送り届けてくれた飛鷹本人は、二度と俺達に姉貴ヅラすることなく、この鎮守府を去った。

 

 俺達が結ばれた次の日、隼鷹はいの一番に飛鷹にそのことを報告したのだが……飛鷹はその時、しらばっくれていたらしい。まるで俺と隼鷹の関係性に気付いてなかったかのように、明るく気丈に振舞っていたそうだ。

 

――妹の幸せの為に頑張るのは姉の努めよ?

 

 飛鷹は、姉として立派に妹を守っていたんだ。そして、義理の弟である俺自身のことも。

 

 今でこそ戦闘は小康状態となっていて、相手に目立った動きはない。ココ数ヶ月の間は、目立った戦闘もなく、小競り合いが続いているだけだ。こちらの犠牲も、飛鷹と古鷹の2人以降、出ていない。

 

 だからといって安心は出来ない。これからも小康状態が続くとは限らないからだ。再び戦争が激化し、あの時のように俺達は多大な犠牲を払うのかも知れない。……ともすると、この鎮守府は崩壊し、俺達は全滅することになるかもしれない。

 

 でも、だからこそ毎日を精一杯、楽しんで生きなければ……俺は姉の飛鷹に隼鷹のことを頼まれた。トノサマ洋装店の店主に『うんと幸せになりなさい』と言われた。ならば少しでも幸せにならないと……今よりももっともっと隼鷹を幸せにしないと、店主との約束を果たせなかったことになる。なにより、あっちで姉に顔向けが出来ない。先に逝ったみんなに合わせる顔がない。

 

「ちょっと提督!!」

 

 執務室の扉がドバンと開き、息を切らせた隼鷹が姿を見せた。

 

「ん? どうした?」

「一大事だよ!!」

 

 フと、隼鷹の左手が視界に入った。あの、キラキラと輝く指輪が俺の視界に飛び込んできて、俺の耳に、あの時と変わらない、星がこぼれる音が聞こえた。

 

「隼鷹」

「ん?」

「……やっは綺麗だなぁ」

「……バッ……ちょ……何言ってんの!?」

 

 顔を真っ赤にしてそう狼狽えて照れる隼鷹の髪が、揺れ動く度にキラキラと音を立てていた。あの時と変わらず、隼鷹の輝きはくすまない。

 

「それはそうと提督! 球磨が……」

「球磨がどうした?」

「なんか正門のところに不審人物見つけたらしくて、ぶん殴って成敗したあと執務室に連れてくるって息巻いてたよ?」

「……!?」

「今日って確か……」

 

 新しい美容師……いや床屋か……いやどっちでもいいか……がそろそろ到着する時間のはずだ。まずい……球磨は相手のことを拘束してぶん殴るつもりだ。早く止めないと。

 

「球磨は!?」

「今ちょうど正門に行ったとこ!!」

「分かった! 俺も行く!!」

 

 一刻も早く球磨を止めなければ。あいつはとぼけた顔をしているが、実は意外と血の気が多い。早く止めないと、艦娘に一般人がぶん殴られるというとんでもない事態に陥る……!!

 

 執務室の出入り口のところにいる隼鷹と視線を重ねた。隼鷹はこれから哨戒任務に出る。その隼鷹と俺は、晩餐会の帰り道のときのように左手同士を重ねた。

 

「隼鷹」

「ん?」

「……気をつけて」

「大丈夫だよ。あんたの淑女の隼鷹さんは、ちゃんとあんたのもとに戻ってくるから」

「そだな」

「だからさ。安心しなって。それよりも球磨、早く止めなきゃ」

 

 隼鷹のこの言葉で、俺は床屋の命が風前の灯であることを思い出した。こんなところで自分の妻といちゃついてる暇なんてない。早く床屋の命を助けに行かなければ。

 

「……ハッ!? そうだ! 行ってくる!!」

「はいよー」

 

 俺は暴走する球磨を止めるべく、球磨が向かったという正門に向かうために執務室を走り出た。

 

 しばらく走ったところで、後ろを振り返る。俺だけの淑女が……俺が惚れた隼鷹が、笑顔で俺を見送っていた。

 

「隼鷹!」

「んー?」

 

――君は意外と本音が口から漏れやすい

 

「大好きだ! 愛してる!!」

「バッ……ちょ……いきなりなに言ってんの! 早く行って!!」

 

 俺の口から漏れてしまった本音を聞いた隼鷹は、顔を真っ赤にして指輪が光る左手で、シッシッと俺を追い払う。ごめんな隼鷹。店主の言うとおり、俺は口から本音がボロボロ漏れやすいみたいだ。これからもお前をきっと困らせるだろうな。こんな風に。

 

 でも。

 

「ったく……タッハッハッ……」

 

 ほっぺたを真っ赤に染め、そう苦笑う俺だけの淑女からは、キラキラという星がこぼれる音が聞こえていた。

 

 その音だ。その音を聞いたから、俺は隼鷹と結ばれた。星がこぼれる音を彼女のそばで聞きたいから、俺は何度でも本音をこぼすんだ。何度でも、彼女に本音を伝えるんだ。

 

 隼鷹に見送られ、俺は正門へと走る。正門を視界に捉え、あと数メートルという所まで来た時。すでに球磨はその床屋の店長と接触していたらしく……

 

『うおッ!?』

『覚悟するクマ不審者ぁぁああああアアアッ!!!』

 

 という、考えうる限り最悪の叫びが聞こえてきた。球磨は床屋の店長を一本背負いで倒した後、その腹にコークスクリューパンチを突き刺すという、オーバーキルもいいとこの過剰防衛を働いていた。……いや彼は襲いかかってはいないはずだから、単なる暴行だ。

 

「コラーッ!! 球磨! その人は……」

 

 俺は急いで、今日来る予定だった床屋と思われる男と、球磨の元へと走った。

 

「……今日来る予定の!! 床屋さんだー!!!」

「クマッ!?」

 

 現場に到着した俺が見た光景……それは、球磨にコークスクリューパンチを突き刺されて、ピクピクと痙攣しながら泡を吹いて気絶している床屋の店長――後に俺の親友になってくれる男――と、その店長に『妖怪アホ毛女』と揶揄されることになる球磨の、青ざめた姿だった。

 

 

 

『鎮守府の床屋』へつづく

 

 

 

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