星がこぼれる音を聞いたから   作:おかぴ1129

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※今回あきつ丸さんが出ますが、キャラ崩壊が激しいです……


4. フランス料理とラーメンと餃子とビール

「もし困ったら、あたしを見な」

 

 晩餐会会場に到着し、受付を済ませた俺の右隣に立つ隼鷹は、周囲に聞こえないような小さな声でぽそりとこう言っていた。

 

「ん?」

「テーブルマナーだけじゃない。社交の場には色々なマナーやしきたりがある。もしそれが分からなくて困ったら、いいからあたしを見るんだ」

 

 隼鷹を見た。イヤリングを輝かせて優しく微笑んでいる隼鷹は、なんだか別世界の人のようにキレイだった。隼鷹が体を動かし、イヤリングが揺れる度、髪が静かに動く度、俺の耳には星がこぼれる音が届き続けていた。

 

「……」

「ん? どした?」

「……いや」

 

 つい目で追ってしまうことがバレるのが怖くて、慌てて視線を外す。会場では俺と同じく燕尾服を着た男性たちや、隼鷹みたいにキレイなドレスで着飾った女性たちが談笑していた。

 

「やあこんばんは」

 

 燕尾服をビシッと着こなした一人の青年が、俺たちに声をかけてきた。なぜか体中に緊張が走る。

 

「陸軍の○○要塞司令官、柏原ヨシユキです」

 

 俺たちに話しかけてきた男性……柏原司令官は、穏やかにそう言いながら手袋を外し、俺に握手を求めてきた。俺と同じぐらいの年齢に見えるのに、要塞の司令官なんてやってるのか……エリートなんだなー……なんてぼんやりと思いながら、その手を握り俺も自己紹介をした。

 

「海軍××鎮守府提督、佐伯タカヒロです」

「ああ……あなたが……」

「?」

「お噂はかねがね……提督、こちらのご婦人は……」

「ああ……俺……あ、いや、私のずい……妻です」

「……はじめまして。飛鷹型航空母艦の隼鷹と申します」

「ああ、艦娘の方なんですね。よろしく」

 

 柏原司令官に対し、静かに手を差し出す隼鷹。俺との握手を終わらせた柏原司令官は、隼鷹のその手をそっと優しく握っていた。

 

 ……あ、なんか隼鷹の目がこっち見て、ニコッて笑った。

 

「しかしケッコンしてるとなると、あなたは相当な猛者のようだ」

「そうでもありませんよ? 私はまだケッコンできる練度ではありませんし」

「そうなのですか? ……あー」

 

 手袋をつけ直した手を顎に当てて考え込んだ柏原司令官は、思いついたようにポンと手を叩いていた。

 

「なるほど。羨ましい限りです」

「ありがとうございます」

「司令官にはいらっしゃらないんですか?」

「いるにはいるのですが……」

 

 優しく微笑んでいる柏原司令官に対し、少しだけほっぺたを赤く染めた隼鷹がそう答えていた。なんだか2人の会話についていけない……。

 

「このご時世ですからね。私も早く結ばれたいのですが……」

 

 柏原司令官が何かを言いかけたときだった。

 

「将校どのー。どこにおいででありますかー?」

 

 そんな少し可愛げのある声が待合室内に響いた。途端に周囲にクスクスという笑い声が聞こえ始める。

 

「ここだよ!」

 

 声が聞こえた方向を向いて、柏原司令官がそう声をかける。俺達の視線の先には……グレーのつややかなドレスを身にまとった……というより、なんだかドレスに着られてる感じがする色白の女の子が、ぴょんぴょん飛びながらこっちに手を降っていた。

 

「おー! そちらにおいででありますか!」

「ほら! はやくおいで!!」

 

 スカートの裾を持ち上げ、時々つっかえながらもこちらにパタパタとかけてきたその子は柏原司令官の横に並び、少し乱れた呼吸を丁寧に整えていた。柏原司令官は苦笑いを浮かべていたが、それでも彼女を見る目はとても優しい。

 

「紹介します。私の片腕として働いてくれてるあきつ丸です。……あきつ丸。こちらは海軍××鎮守府の佐伯タカヒロ提督殿と、その奥様の隼鷹殿だ」

「ハッ! 自分、特種船丙型、あきつ丸であります!」

「海軍××鎮守府、佐伯タカヒロです。よろしく」

「飛鷹型航空母艦の隼鷹です」

 

 さっきの柏原司令官と同じく握手をしようと俺が右手を差し出そうとしたその時。

 

「……?」

「……」

 

 右隣にいる隼鷹の左手が、俺の右手にスッと優しく添えられ、そして握られた。困った……これじゃ握手出来ないんだけど……

 

「あきつ丸……あきつ丸……」

「ハッ! な、なんでありましょうか将校殿?」

「手……握手、握手……」

「……ンハッ! し、失礼したであります!」

 

 柏原司令官に耳元でそう言われたあきつ丸さんは一瞬顔を赤く染め、そしてすぐにキリッとして俺に右手を差し出した。

 

 ……と同時に、隼鷹の左手が俺の右手から離れた。……ちょっと残念だなぁ……。

 

 あきつ丸さんと優しく握手を交わした後、柏原司令官の顔を見た。俺達と談笑していたときと比べて表情が少しやわらかい。

 

 あきつ丸さんは自身のことを『特種船丙型』と答えていた。ということは、俺たち海軍でいうところの艦娘みたいな存在なのだろうか。……そんな存在である彼女に向ける柏原司令官の表情はとても柔らかい。彼は彼女のことをきっと大切にしているのだろう。いい人だ。

 

 その後しばらく談笑した後、2人は『お互い楽しみましょう』という言葉を残し、俺達から離れていった。

 

「ああいう時は女性から握手の手を差し伸べるのが……」

「そ、そうでありましたか……」

 

 優しい2人の声でそんな言葉が聞こえてきた。だから隼鷹は俺の手を制止したのか……。

 

「そうだよ。男から女に握手を求めたらダメだからね」

 

 ここにきて妙に隼鷹の頼もしさが増した。でもそれ以上に……

 

「あんな感じであたしがフォローいれてくから。安心しな」

「じゃあずっと手を握っててくれよ」

 

 それなら、もうずっと手を握ってて欲しい。よけいな粗相をしないで済むし、何よりずっと手を繋いでいられる……そう思った俺は紳士失格か?

 

「何言ってんの!」

「いや、だってそれ忘れてまた俺の方から女性に握手を催促しちゃうかもしれないし」

 

 ほっぺたを赤く染めて、暁みたいにぷんすか怒る隼鷹もなんだか新鮮で面白い。

 

「そしたらアンタの方から握手を求められなくなるでしょ!?」

「その時は手を離してくれればそれで分かるよ」

 

 俺の追求? お願い? に対し、ドンドン顔が赤く染まってくる隼鷹。なんだか今日一日だけで、いろんな隼鷹の顔が見られるなぁ……つーか、早く手を繋いでくれないかなぁ。

 

「それではご準備が整いましたのでご案内します」

 

 係員と思われる男性の声が響いた。絶妙のタイミングで腰を折られた……どうやら会場の準備が整ったらしい。これ以上手をつなぐ必要はなさそうだ……なんて思っていたら。

 

「……ほら」

「?」

「手、繋ぎたいんでしょ?」

 

 真っ赤な顔した隼鷹が、俺に左手を差し出してきた。ちょっとだけ眉間にシワが寄ってるのが気になるけれど……

 

「……いいのか?」

「いいよ。あたしもハラを決めた。会場まででいいなら、繋いでやる」

 

 『では……』と静々と隼鷹の手を取った俺。そうして俺達は、手を繋いだまま会場へと向かい、自分の席を探して着席した。やはりというか何というか、俺と隼鷹は隣同士。隼鷹は俺の左隣の席に、星屑をキラキラと輝かせながら座っていた。

 

 向かいの席には……

 

「おや。偶然ですね佐伯殿」

「偶然でありますな」

「ですね柏原殿」

 

 先程の柏原司令官とあきつ丸さん2人が座っていた。

 

 その後静かに晩餐が始まった。テーブルマナーをまったく憶えてない俺は不安で仕方なかったが……

 

「……」

「……」

 

 そんな時は隼鷹の『困ったときは私を見ろ』の言葉を思い出し、隼鷹を見る。その時の隼鷹は、だいたい俺が知りたい動作をまさにやっている最中だった。例えば魚料理が出てきた時……

 

「ん……」

「……」

 

 切り身に残った小骨が口の中に残った。なんとなく手で取ってしまいたい衝動にかられたが、それがマナー違反であることはなんとなく想像出来る。困って隼鷹を見てみたら……

 

「……」

 

 隼鷹は静かに膝のナプキンで口を隠し、そして口の中の小骨を取って皿の奥に置いていた。

 

「……んしょ」

 

 おれもそれにならい、静かにナプキンで口を隠して小骨を取り、皿の奥に置いた。

 

「ご夫婦で同じ動きを同じタイミングでやっておりますなぁ」

「似た者夫婦という言葉もございます。仲の良い証拠とお受け取りください」

 

 途中、俺とは逆隣の老紳士にそう突っ込まれていた隼鷹は、しれっとそんな風に答えていた。

 

「夫婦……」

 

 隼鷹のこの言葉が、俺の心を再びコンコンとノックしていた。

 

「ん? どうしました?」

 

 TPOを考えてだろうか……隼鷹はいつもの調子でなく、姉の飛鷹をもっと丁寧にしたような口ぶりで俺に話しかけてくる。

 

「……いや」

「?」

「将校どの……このシャーベット、絶品でありますなぁ」

「うん。うまいな」

 

 向かいの席に座っている柏原司令官とあきつ丸さんの2人もおれの緊張をなごませてくれた。隼鷹と陸軍の2人……2人はそんなつもりはないだろうけど……3人のおかげで、俺は初めての晩餐会を大した失敗もなく、無事に終了することが出来た。

 

「ありがとう。お二人がいてくれて助かりました」

 

 帰り際、柏原司令官に呼び止められ、そう言われた。

 

「こちらこそ。お二人のおかげでリラックス出来ました」

「それはよかった。お役に立てて、何よりです」

 

 柏原司令官には失礼と思いながらも、つい隼鷹の姿を目で追ってしまう。隼鷹は今、あきつ丸さんと談笑をしているようだった。

 

「……あきつ丸に代わりお礼を言います」

「はい? 俺たち、何かしましたか?」

 

 隼鷹を見る俺に対し、同じくあきつ丸さんを眺めながら柏原司令官がそんなおかしなことを言う。別に俺たち、何かしてあげた覚えなんてないが……

 

「……失礼を承知で。あなたはこういう場でのマナーを熟知しておられないようだ」

 

 一瞬、嫌な鼓動が心臓を駆け巡った。けれど彼の口ぶりや声色からは、俺を嘲笑おうという魂胆は感じられない。むしろ、その声の奥底には精一杯の優しさと気遣いが込められたような……そんな穏やかな声だった。

 

「お気づきだと思いますが、私のあきつ丸もあなたと同じく、マナーは熟知しておりません。私もフォローはしていましたが……本人は不安で仕方なかったはずです」

 

 あきつ丸さんの気持ちはわかる。俺だって隣に隼鷹がいなかったら……テーブルマナーなんか何も分からずに右往左往して、この場を楽しむ余裕なんてなかっただろう。

 

「でも同じくテーブルマナーがよく分からないあなたを見て、緊張と不安が多少ほぐれたようです。……おまけに、あなたへの隼鷹さんのフォローが完璧だった。そのフォローが、あきつ丸にもいい手本になったようです」

「そうなんですか?」

「おかげで私のあきつ丸もリラックスしてこの場を楽しむことが出来たようです。本当にありがとう。彼女にとって今日はいい思い出になったことでしょう」

 

 そう言いながら、あきつ丸さんを見る柏原司令官の目を見た。……きっと彼の耳には、あきつ丸さんから聞こえる星がこぼれる音が届いている……そんな気がする、優しい眼差しをしていた。

 

「……早く終わらせたいですね。相手のためにも」

「……ええ。まったくです」

 

 その後は手を繋いで帰っていった柏原司令官とあきつ丸さんを見送った後、隼鷹と2人で会場を後にすることにする。

 

「隼鷹」

「んー?」

「ありがと」

「何が?」

「色々。フォローしてくれてたろ?」

 

 輝く雫をこぼしながら歩く隼鷹に、おれはそう言った。今晩の晩餐会がうまくいったのはこいつのおかげだ。こいつのフォローでどれだけ俺が助かったことか。

 

「いいんだよ。言ったじゃん。あんたがマナーに困ることなくしっかり出来りゃ、あたしゃそれでいいんだよ」

 

 周囲はもう暗い。外灯が申し訳なさそうに点灯しているだけの道路は晩餐会の会場ら比べてとても暗い。だがそれでも、隼鷹からこぼれる輝きは俺の目を奪い続けていた。

 

「隼鷹」

「んー?」

「手、繋いでくれるか?」

「なんで!?」

 

 なんでだろうなぁ……なんか、ずっと隼鷹に右手を制止しておいてもらいたいような……困ったように頭をボリボリと掻く隼鷹の左手には、トノサマ洋装店の店主からもらった指輪がキラキラと輝いていた。

 

「……わーかったよぉ!」

 

 観念したように、困った表情を浮かべながら……でもほっぺたを真っ赤に染めながら……隼鷹はキラキラと指輪が光る左手で、俺の右手を取ってくれた。

 

「ほら!」

 

 我ながら子供だ。こうやって隼鷹が手を繋いでくれただけで、耳に届くキラキラという音が大きくなった。

 

「ありがと」

「ったく……その代わりさていとくー」

「んー?」

「どっか寄ってかない? あたし堅苦しいの苦手でさ。あんま晩御飯食べた気がしないんだ」

 

 鎮守府に戻れば晩御飯の残りがあるだろうけれど……まぁいいか。紳士淑女の2人で居酒屋かどこかに入るか。俺もなんだかんだで食った気がしないしな。

 

「んじゃビールと餃子でも食べてくか」

「……サイッコーじゃん」

 

 帰り道にあった街のラーメン屋に入る。燕尾服にイブニングドレスの紳士淑女の俺達の前に並べられたのは、ラーメンと餃子という庶民グルメの代表格。酒もワインみたいな洒落たものではなくて、大ジョッキに注がれたビール。

 

「くふぉぁぁあああ……たまんねー……!!」

 

 ビールが届くやいなや隼鷹は盛大にビールを飲み煽り、口に真っ白い髭をつけながらおっさん吐息を吐き出していた。本人が言うには、ああいう格式張った場所というのは性に合わないらしい。確かに隼鷹にはこういうラーメン屋や場末の居酒屋の方が合ってる気がした。

 

 でも……飲んでいるのがビールでも、口に白い髭をつけていても、俺の耳に届く“星がこぼれる音”が途切れることはなかった。

 

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