戦闘民族は迷宮都市の夢を見るか 作:アリ・ゲーター
ただ何となく、このまま冒険者になり、ダンジョンに潜り、人には有り余るこの体の力を存分に使って儲けてやろう。
そんな風に思っていた。
養父は結構な駄目人間だが、それでも大食いの俺をずっと養ってくれた。読み書きは怪しいものの喋る方の
義理もあるし、感情的に恩も感じている。
だから冒険者となって、一稼ぎし、常々溺れるほど飲んでみたいとか言っている大好物の『
□
季節は回り、俺自身も多分八歳。記憶としては五年間が過ぎた。
思えば知識や記憶に対して脳とかがまだまだ発展途上だったのだろう。今思い返すと六歳になるまでの期間はどこか夢をみていたようなぼんやりとした感じに思える。
このところ、俺には悩みがあった。
俺に……というか俺と養父にだが。
どうも金欠のようなのだ。
ぐぎるる、とせつない声を上げる腹にちょっと待てと声をかけ、近所とも言えるダイダロス通りにひょいひょいと入って行く。
一応入り口から出口まで迷わないよう、矢印が壁面に刻まれているのだが、よく見るとそれとは別の記号がいくつも書き込まれている。θという、丸に横線の入った記号を右、φ丸に縦線、ちょっとアレなイタズラ書きに感じなくもない記号を左にといくつかの路地を曲がっていくと人の話し声が聞こえはじめた。
ダイダロス通りの中程にある広場、そこで付近に暮らす住民たちが集まっていた。
「次ぃー、【デメテル・ファミリア】からの仕事だ! 肥料の運搬、雑草取りの仕事、体の頑健な者10名求むぅー! 賃金は一日500ヴァリス!」
輪の中心に居る帽子を被った男が何ぞやが書かれている板きれを手によく通る声を張り上げると、俺が、いや俺がやるぞと声を上げ、手を上げた
帽子の男の隣に立っていた、体つきの良い男二人がそんな手を上げた者達をじろじろと眺め、お前は良し、お前は駄目だと、豆をふるい分けるかのように選別していく。
当然のことではあるが、ダイダロス通りの住民達も全員が全員こそ泥であったり、乞食であったりするわけじゃない。こうして毎日訪れる口入れ屋に日雇いの仕事を仲介してもらい、それなりに働いて稼いでいる者が大多数だ。
もちろん子供、大人の区別などもなく、めぼしい仕事がないかと集まった者達の姿はそれこそ子供から老人まで、
「次ぃー、【ディアンケヒト・ファミリア】からの仕事、ポーションの治療試験を行うため老人二名、若者二名、子供二名の募集だ。経過観察のため七日は現場に居て貰う、飯代は向こう持ち、七日で4000ヴァリスだ!」
「おーう、酒は飲めるんかい?」
「当たり前な事を聞くんじゃねえ、七日間は酒禁止だ!」
そんな問答があるも、好条件に手を上げる人は多い。特に肉体労働が難しい老人や子供が多いようだ。
俺はといえば、この一連の【ファミリア】系が終わった後の募集、一般の業者からの仕事を待っていた。
なんだかんだで潤っているのか【ファミリア】からの仕事は賃金も割高になるし、体面があるためか、賃金の踏み倒しなどもないらしい。何も問題がなければ俺もそちらの仕事を請けたいのだが、冒険者登録もされていない身ではあるけど【ソーマ・ファミリア】の身内としての扱いはされてしまうのだ。他の【ファミリア】の仕事をこっそり請けるというのは不可能ではないが、バれた時に非常に大変な事になるのだった。
以前、【アストレア・ファミリア】の仕事に、対立派閥らしい【ファミリア】の息のかかった男がそれを請け、スパイじみた事をしたらしい。その末路は──やめよう。思い出しただけで震えが来る。
あれでは命が助かっても男としては……もう。
ゾクゾクと背筋に走る寒気を追い出すように首を振る。
ちょうどほどよく、北東地域の資材搬入の仕事が紹介されたので、やるぞーと言い、手を上げた。
□
ちょっとしたバイトを終え、その賃金でパンを買い、食材、酒を買う。
家に戻ると、既に養父はダンジョンから戻った後だった。傷を負ったらしく、自分で包帯を巻き手当をしている。
「おせえぞ!」
怒鳴り声が飛んできた。機嫌が悪いらしい。俺はとりあえず酒瓶を渡しておく。
「チッ」
一瞬、複雑な感情を込めた目で俺を見て、養父はそれを一口飲み、安酒じゃねえかと文句を言う。
「メシ用意すっから待ってろよ、今日は良いベーコンがあったんだ」
残り物のベーコンだが、切れっ端という事で安くしてもらった。暖房も兼ねた竈に火をかけ、鉄板にパンとベーコンを乗せて同時に焼き付けていく。
カリカリベーコンになるまで焼き、その油をパンで吸い取る。
卵があればベーコンエッグにしたい所だが、実のところ卵はけっこう高い。
皿にトーストの上にベーコンを乗せただけの食事を出すと、養父は無言で頬張った。
「よお」
酒を一口煽り、言う。
「もっと稼げねえのか?」
忸怩たるものを覚えつつ、俺は何でもないように返した。
「冒険者登録すれば、俺も魔石を金に替えられるよ」
ギルドも無制限に魔石の換金を引き受けているわけではない。冒険者登録が必須であり、それには当然【ファミリア】の団員である事の届けが必要だった。
いや、かつてはそうだったらしいが、冒険者同士の魔石の強奪が相次ぎ、さらには冒険者として登録されていない、それでいて冒険者を専門に『狩る』者らさえ出てきてしまい、制限をつけざるを得なかったらしい。
ちっ、と養父は舌打ちをして押し黙った。
養父は変わっていた。
きっかけはおそらく一年前。ザニス、という男が副団長に昇格した、というのをひどく気に食わなさそうに言っていたのを覚えている。
そしてほどなくしたある日は酷く荒れた。
良い酒といつもより二倍増しな美味い物を買ってきて、やけっぱちのように飲み、食らい、荒れた。
それまでずっと【ソーマ・ファミリア】を支えた団長が死に、副団長のザニスが団長となった。そんな日だった事を知ったのはかなり後の事だ。
荒れた養父は団員からも敬遠されるようになってしまった。
いや、余裕が無くなってきたのは養父だけではないのかもしれない。ある程度親しくしていた
ただ、子供をなるべく一人にさせたくない。そんな気がして、時間を作っては会いに行き、外に連れ出した。同い年の子と遊ばせるようにするも、気づけば俺も巻き込まれている事が多い。
そして、そんな子供達の遊びの定番の一つが、やはりそういう英雄ごっことでも言うべきもだった。
「ぶもおぉぉぉぉぉっ!」
「うおー来たァー! ミノタウルスだぁぁぁ!」
「逃げろぉー!」
俺が囚われの王女様のリリを背に追いかけると蜘蛛の子を散らすように子供たちが逃げていく。
何をしているのかと言えば、アルゴノゥトの牛人役だった。
ここまでは定番の流れで、ばらばらに逃げる冒険者役の子供たちをこれから鬼ごっこの要領で俺が捕まえるのだが……最後まで捕まらなかった子に牛人役が「お前が最後の一人だ」と言うと、物語で定番の台詞を喋り、牛人を打倒する。最後は王女様も加わって牛人役フルボッコという、どうにもこちらにはいたたまれない結末だ。
そんな遊びに付き合い、
なかなか背が伸びてくれない俺と
季節の移り変わりを感じさせる乾いた風が吹き抜ける。
肌寒い風に心寒さでも覚えたのか、リリが首を肩に乗せてきた。
そのまま耳元で言う。
「にーちゃん、リリが困ってたら助けてくれる?」
「おうよ。そりゃ助けるさ、困ってんのか?」
「んーん」
リリはそう言い首を振った。
「なんだそりゃ」
変な奴だなと笑うと、釣られたのか背中でころころと笑う。
「じゃあね、じゃあね。リリもにーちゃんが困ってたら助けてあげる」
「頼もしい事言うなあ、よっしゃ! いざって時は頼むぜ?」
「ん!」
リリが心持ち陽気になったような気がして、なんとなく、俺の足も軽くなったように感じた。
□
──馬車に乗っていた。
ごつごつとした地形の起伏を捉え、馬車は揺れる。
視線を上げれば、死んだような目つきの子供達。年頃は俺と同じくらいかもっと上。種族はばらばらだ。
自分もこんな目つきをしているのかと思うと胸に苦いものが、そしてもやもやとした、曖昧な怒りがこみ上げた。
気づかぬ間に養父の白髪が増え、一気に老け込んだ気がしていた。
ダンジョンに潜る時間も日に日に減り、怪我が増えていくようになる。
上層で堅実に稼ぐのが良いんじゃないかと言った事もあるがなしのつぶてだ。拳骨が降ってきた事もある。その力の弱さに、俺の方が悲しくなった。
ある日バイトを終えて帰り、いつも通りメシでも作ろうかとしていた時だった。
養父と、眼鏡をかけ怜悧な印象の男、そして
養父は「これからお前はルーファスさんの言う事の通りにしろ」とだけぽつりと言った。背中を見せあぐらをかき、酒を飲んでいた。呼びかけてもこちらを見ようとはしない。
眼鏡の男は最初から興味がないように、俺をじろりと一目見て、キャラバンの男達と話していた。
ルーファスと名乗った男は粗暴な男だった。
鞭を見せ、鳴り響かせ、驚かせれば子供などは言う事を聞くものだと思っている。冒険者にもこの手の荒くれた男は少なくない、慣れてはいたがあまり楽しいものではなかった。
──逃げてしまおうか。
そんな考えが頭をかすめたが、実行はできなかった。
「暴れられても困るのでね」
眼鏡の男がそう言い、押さえつけてきたからだ。細面で力があるようには見えないが、もがいてはみたがビクともしない。俺の首と後ろ手をぎちぎちと縛り上げると、ルーファスに向かって言った。
「ガキとはいえ
「そうさなあ、縛ったまま行くか。頑丈にもなるんだろう?」
「ああ、ちょっとやそっとじゃ死なないよ。まあおいおい試すんだね」
「そうだな、そうしよう」
男達の会話を背に、俺は養父を見ていた。
頑なに向けられた背中、何も語らず酒を飲んでいた。
──頭では理解していた。知識としてはそういったものが世界にあるのだという事は知っている。
俺は売られたのだった。
□
奴隷。あいまいなイメージだけの知識しかなかったが、それはただ人を右から左に流せば良い、というものでもないらしい。
ルーファスは俺
ルーファスは暴君であり父だった。
反発の芽を見ればすぐさま鞭を振るい、言う事を聞く者には温顔を見せる。
効率的に子供を躾けるため、意図的にそういう事をしているのだとはすぐに判ったが、だからどうというものでもない。
俺は自分でも不思議に思うくらい、従順に言う事に従っていた。
多分、ルーファスに対して俺はひどく無関心なのだろう。ルーファスはこちらを品物としてしか見ておらず、俺もまたそんな目で見る人間を人とは思えなかった。
一週間ほどは拘束されたままだったが、あまり従順だったためか、拘束も解かれる事になった。
昼間の移動中、馬車はおそろしく揺れる。
常に地震で揺れている部屋に居るようなものだ、途中から入ってきた子供はこの揺れで何度も吐き戻していた。
慣れたとしても体力の消耗はひどく、夜になり、ようやっと落ち着いても食事の後の躾が待っている。
終われば眠るだけだ。
饐えた臭いのする馬車で、保温性だけは中々良い藁の中に身を潜らせる。
その繰り返しが幾日も過ぎた。
俺が売られたのは、大きな開拓農場だった。
見渡す限りが切り開かれた農場。
その光景に、無感動になっていた俺もさすがに驚きを感じた。
ルーファスから地主に羊皮紙の束が渡される。奴隷の売買証明書だ。逃げ出したとしても、その先で見つかり、司法の場に証明書の持ち主がそれを手に現れれば無条件で引き戻される。
ルーファス自体はそれを魔法の証書のように教え、決して逃げられないように言っていたが──漏れ聞いた話を継ぎ合わせればそんなもののようだ。
列に並ばされ、それまで着ていた服をはぎ取られる。虫避けのためか、もうもうと立ちこめるヨモギの煙の中に十つ数えるまで居させられ、それを出ると水をかけられ、乱暴にぬぐわれる。
流れ作業である程度身綺麗にされ、カゴに山盛りになっている服の山から合うのを着ろと指示される。
色も生地もばらばらの服だ。古着をかき集めたらしい。買われた中では俺が一番体が小さかったが、それでも何となく手にとった小さめな服を着込む事ができた。
灰色の
皆に服が行き渡った頃合いで、号令がかけられた。
集められると、中心の木箱に先程の地主が乗り、買われた皆を見渡す。
その足下に立つ背の高いやせぎすの男が大声を出した。
「これよりお前達の主人であるルブエントス領主、アントン・シモン伯爵──その代人である家宰、ヨーゼフ様からお言葉をいただく。静かに聞け!」
地主ではなかったらしい。そのヨーゼフ様とやらは初老と言っていい年頃らしく、髪も髭も白いものの方が多い。細い目、への字に結んだ口はいかにも気むずかしそうでもあった。
話自体は妙に長くなった。言葉をまとめきれない人なのかもしれない。
要点は、開いた土地からの収穫の一割を奴隷の収入とし、貯めれば自分の身の上を買う事も出来る、という事。奴隷達の看守であるローレンはかつて冒険者であり、Lv.2の力を持っている事。
そして、長々とかかっていたのはこの土地の状況説明だった。
なんでも隣国に絶えず圧迫されているこの王国は状況を改善しようと、直轄地だったが人のほとんど住んでいなかった北部地域を貴族達に開拓させ、新たな収入源にしようとしているらしい。
貴族達にも十分にうまみがあり、5年間の収穫からの非課税、そして開拓地の八割を貴族は得る。
……だそうだった。最後には自分の言葉に酔っていたような感じでもある。忠誠心豊かで、そのアントン伯爵様へ誠心誠意お仕えしようではないかと言っていた。聞かされている方はどうにもぽかんとするしかない。どこかの校長先生のような人というのはどこにでもいるようだ。
寝起きはここでせよと言われた部屋は四畳ほどの小部屋だった。窓は無く、壁には棚や何かを下げていたらしい釘が見える。倉庫に使っていたのだろう。
入り口に下げてある布を下ろすと真っ暗になりそうな部屋だ。情けのように、古ぼけたカンテラが壁に掛けられており、その下には
部屋には俺も含めて三人が入れられた。
小麦色の髪を持つヒューマンの少年、赤毛の
少年はロイ、少女はミレイと言った。どちらも同じ馬車の中では見た事がない。他の奴隷商人が連れてきたのかもしれなかった。
「こんな境遇だけど、鉱山や傭兵に売りつけられるよりずっとマシだよ、チャンスもあるし腐らず行こう」
ロイは随分と前向きだ、13歳だという、三人の中で一番年長のようにも見えた、そんな自分が頑張らないと、なんて思っているようだ。
「ミレイ……」
と言ったきり黙ってしまった少女は引っ込み思案、というより自分に降りかかった変転に対応できず、自分を閉ざしてしまった目をしている。揺れる馬車の中ではよく見た目だ。
ロイはそれを見ると膝立ちでミレイに寄り、正面からのぞき込んだ。
「ミレイは何歳?」
「……10」
「どういう所で育ったの?」
「シュメン……って町、村?」
「海は見えたかい? それとも山の中?」
「……海は、あった。お日様が沈む海」
それを聞くと、ロイは首を傾げ、数秒黙考した。
「紅フア貝……えーと、内側がちょっと透き通った、手のひらくらいまで大きくなる貝はあったりする?」
ミレイの目にはじめて感情が揺れた。
「……あった。
「うんうん、『白い海』の東海岸でしかとれない貝なんだ。上手く加工するのが大変らしいけど、職人さんが螺鈿と組み合わせて使いたがってたね、色合いが凄く綺麗になるんだってさ」
ぽかんとするミレイに、ロイは頬を掻いて言う。
「父さんが交易商だったんだ。破産しちゃったけどね。『シュメン』産の貝は質が良いって言うんで扱い量を多くしてくれって顧客から言われた事も多いよ、それに確か角を持ったエイが居るんだっけ?」
「んー……
ミレイはまばたきをした。
初めて目の前の
「ロイ……ロイは凄いね、なんでも知ってる」
「そうだよ、僕はちょっとした物知りなんだ。だから困ったり泣きたくなったら言ってくれよ。何とかなるかもしれないから」
ミレイはまだ笑顔を作れない、ただその目は先程の閉じこもった目とは違っていた。
「……まるで女を口説いているような」
「ぶぁッ……何を言うんだい!?」
「口説く?」
首を傾げるミレイに、ロイは顔を真っ赤にして言う。
「い、いや! その、元気づけようとね! 口説いたんじゃなくてね!」
口説くの意味が分からずにいるのか、頭が追いつかないのか、疑問顔になりながら、ミレイは頷き、ありがとうと返す。
そんな様子を見守り、俺もまた、いつからか燻っていた怒りのようなものが蓋をされ、鎮まるのを感じる。
自嘲か、賞賛か、自分でも判らない感情がよぎり、小さく笑った。
「すげーなあ、お前」
どんな境遇にあっても自分一人で帰結する事もなく、人と手を携えていける人間なんだろう。
ある意味とても健康な、人らしい『強さ』に触れた気がした。
返答に困っているらしいロイを見て、俺もあぐらをかいて座り、向き直って言う。
「アウル──ただのアウルだ。8歳、一番年下だけどよろしくな」