戦闘民族は迷宮都市の夢を見るか   作:アリ・ゲーター

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3.ただ生きる中で

 おとなしく奴隷なんてものをやっていると季節の移り変わりも早い。

 奴隷──と言っても、四六時中酷使され、鞭打たれ、使い潰されるものでもなく、そこそこ値の張る財産といった扱いだ。最低限の衣食住はあるし、むやみな暴力は──もちろん陰では色々あるが、表だっては無い。使われている身からするとどうだか知らないが農耕馬かその延長のような気分で使っているのかもしれない。

 とはいえ、俺の今の仕事は農耕馬とはほど遠いものだった。

 

「おう! 近いな、近いぜ、20は群れてやがる。臭いの固まりだ、臭ェったらありゃしねえ」

 

 先行する犬人(シアンスロープ)のグレイがその名前の通りの灰色の尻尾を持ち上げ、軽く揺らせている。警戒心とちょっとした不快って所だろうか。

 藪の隙間を抜け、木々の根を踏みしばし。

 グレイが立ち止まり、巨木に隠れるように身を潜めると右手を横に出した。ここまで来れば俺にも鳴き声──しゃべり声なんだろうか、で判る。コボルトだ。ダンジョンでは知らないが野生のコボルトは群れる事が多い。そして夜行性だ、狼の群れのように家畜を襲い、時には人を襲う。道具は使わないが爪や牙はそりゃ不潔なもので、傷を付けられると感染症で死ぬ事もあり、他のもっと強いモンスターよりよほど嫌がられていた。

 ハンドサインは『巣穴有り』、そして数は27。俺はいつも通り『突っ込む』と示す。グレイは頷き、『散ったのは任せろ』とサインを出し、腰の槌矛(メイス)を手に取り構えた。

 それを横目に木々の間を走り、少し開けた場所に出る。

 襲撃に気づいたらしいコボルトの見張りがその犬頭をこちらに向け、声を上げようとするも、その前に拳が心臓を打ち抜く。柔な骨が砕ける感触、吹き飛び盛大な音がして、コボルト達が目を覚まし、地面に斜めに掘られたあちこちの巣穴から首を出してきた。

 固まっているもう一体の見張りの首をへし折り、派手に()()()()をかけられ巣穴から這い出るも半ば恐慌状態にあるコボルト達を走りざまに蹴散らしていく。

 数えた数は25。

 近くに撃ち漏らしが無いか確認していると、グレイが梢の間から出てきて、手を振り、終わったぞと声を掛けてきた。

 

「悪ぃ、ちょっと逃げたみたいだ」

「おお、気にすんな。水飲みに離れる所だったらしいぜ」

 

 そう言い、グレイは槌矛(メイス)についた血を振り払う。

 

「ほんじゃ後はダニィの奴らに任せっか」

「あー、確か隣の方まで出張してるんじゃ?」

 

 俺がそう言うと、グレイはげんなりとした顔で肩を落とす。

 

「そういやそうだった。仕方ねー、手伝うか」

「取り出しとくくらいはなー」

 

 何をしているかと言えば農場周辺のモンスターの討伐だった。

 迷宮都市(オラリオ)のダンジョンでなくても野生のモンスターは存在する。

 聞いた話では古代にダンジョンから地上に出たモンスター達の末裔らしい。繁殖能力を持ちながら、同時にダンジョンのモンスターと同じように核となる魔石も存在する──のだが、繁殖の過程で子孫に魔石を削り削り残していった結果、コボルトだとほぼ砂粒みたいなものだ。

 ただこいつらを殺して放っておくと『死体食い』に来るのだ。同種か、他のモンスターが。魔石を無駄にしないためだろうとは言われている。

 なので討伐した後は魔石のある周辺部位、心臓あたりをえぐり取り、焼いて灰にするのだった。もちろんその灰を水の中でふるいにかけてやれば魔石も回収できる。コボルト程度だと砂金のようなもので、よほどまとまらないと売ることもできない。

 ダニィというのはその心臓部分の処理班だ、心臓部分だけとはいえ灰になるまで焼くというのはこれで結構時間がかかる。群れを討伐した場合なんてそれはもう一晩掛けて焼かないと中々灰にまではなってくれない。

 元石大工だったというダニィがそれならばと焼却炉を作ったところ、これが大成功だった。

 焼却時間も短時間になり、話を聞きつけた隣の農場まで頼ってくる事になったのだ。ダニィも処理班の班長に任命され「なんでこんな血生臭い事やるハメに……」と落ち込んでいたのはさすがにちょっと不憫だったが。

 内側にたっぷり油の塗られた革袋に心臓を詰め込み、大量の(なきがら)を後に山を下った。

 

 □

 

 話の長いヨーゼフさんが言っていた通り、この開拓農場は国策で行われているらしい。大量に奴隷を買い付け、それを労働力にしている。労働力にならないためか小さい子供の数は少なく、買われる奴隷のほとんどは成年で、子供もそれなりに体格が良いか、獣人、とりわけ猪人(ボアズ)のように体力に恵まれた者が多い。

 女の奴隷も同じくらい買われている、単純に炊事や洗濯といった家事、家畜の世話、日々酷使される服の繕いなど、やはり男だけでやろうとすると荒っぽく雑然としてしまう。それに人は奴隷だけでなく、貴族の元の領地から連れてきた領民や仕えていた奉公人達も多い。奴隷を監督して仕事をする彼らの暮らしぶりは当然ながら奴隷より段違いで良い。彼らの世話をするのもそうした女の奴隷が多いようだ。

 さらに言えば若くて美しい奴隷が選ばれ、そこにはやはり、よくある生臭い理由も存在している。

 

「アウルッ! アウル、居るか!?」

 

 慌てた声と共にロイが小屋に飛び込んできた。

 どれほど急いで来たのか、吹き出した汗で小麦色の髪がべたりと額に張り付いている。転びでもしたのか、膝が泥にまみれていた。

 常ではないその様子に、俺は無意識に口を結んだ。何が起こったのかはわからないが、とりあえずと水桶から土器(かわらけ)の器で水を取り、渡す。

 

「まずは飲め、そんで息が落ち着いたら話せ。どうしたんだよ?」

 

 ロイは目をまたたかせると、頷き、水を飲む。深呼吸を一度、二度し、ごめんと言った。

 

「ミレイが奉公人達に連れて行かれた、頼む……!!」

 

 ロイが泡を食うはずだ。

 奉公人も自由民である伯爵の領民も、表だって奴隷をどうこうするってのはない。

 だがバレなければ良い、女一人手込めにしたところでバレるわけがない。そう考える奴はやはり居て、ましてや大人連中もそのくらいは『ちょっとした遊び』程度に考えてるふしもあり、大目に見られているというのもまた現状だった。泣き寝入りしている女──一部の見目麗しい少年もだが、は、決して少なくなかった。

 

「とりあえず行く、乗れっ、場所は!」

「ラクランの所だ! きっとあいつらの遊び場所だ、納屋に行ってくれ!」 

 

 分かったと言ってロイを背負い、走り出す。

 急ぐ。ここは農場でも一際森に近い、外縁部なのだ。

 整地もされていない、道もまだ作られていないむき出しの地面を蹴る。

 背中で呻く声が聞こえたが、構う余裕はない。走るというより跳ねる、といった方が近いかもしれない。

 ミレイが目を付けられたのはこれが初めてではなかった。

 元々早熟だったのかもしれない、会って一年も経つ頃にはふとした時にドキリとするような女っぽいものを漂わせていた。背も大きくなり、胸もまた。

 俺自身はサイヤ人の特性みたいなものか、枯れてしまってるのか、逆に子供すぎるのか、あまり気にする事もなかったが、ロイには相当目の毒というか……気の毒というか、うん。

 ロイも14歳、思春期真っ盛りの時にそんな少女が無邪気に甘えてくるのだからたまったものじゃなかったかもしれない。深呼吸をして心を落ち着けている姿を何度か見かけたような気がする。

 そしてそんな少女に目をつけた男というのも多分少なくなかったんだろう。

 将来有望そうな奴隷に唾でもつけておこうという気だったのか。

 ……さすがにあの年頃がどストライクという連中じゃない事を祈りたい。

 

 神の恩恵(ファルナ)を受けているという触れこみがあったからか、俺は農作業は一年の間だけやらされ、その後は農場の看守でありモンスター討伐の責任者でもあるローレンの下に預けられた。特殊な立ち位置だけに奉公人や自由民もおいそれと手を出しにくい。

 だからこそ、時には露骨に睨んで牽制したりもしていたが、結局はあいつらからすれば、奴隷は奴隷という事だったのかもしれない。

 モンスター狩りで離れている時にやることをやってしまえば文句は言えまい。

 そう考えていたのだとしたら。

 

「チッ」

 

 舌打ちする。あいつらに対する怒りというより、それに触発されたどろどろした荒々しい感情。形容しにくいそれを身のうちに感じて。

 

「……ッごめん、僕は何もできなくて」

 

 舌打ちを別の意味に捉えたか、単にそう考えていたのか、背中のロイがそう言った。

 

「馬鹿言うなよ。俺は体を張るしかできねえからな。後はお前に丸投げだよ」

「……ああ!」

 

 話しつつ、足は緩めていない。ごうごうと風を裂きながら走る俺に、すれ違った作業者達が何があったのかと驚いている。

 畑の脇を抜け、小川が迫る。

 北の山から流れる川の分流だ、小川といっても8M(メドル)はあり流れも速い。増水に備えて土が盛られている。

 

「跳ぶぞ! 舌噛むな!」

 

 言うが早いか、川縁を蹴り、対岸に着地、勢いは前に進む速度に変える。

 ショートカットだった。上流と下流に橋があるがこの一番急流になっている場所を渡ってしまうと、麦畑を一つ挟んですぐがラクランの持つ納屋だ。

 

「……っいよし! ロイ! ビンゴだ!」

 

 納屋の前で俺の姿を見たのか、慌てて中に入る見張りの姿が見えた。

 なるべく背中に負担を掛けないように足を止め、スピードを殺す。背中でガチガチになっているロイを、悪ぃと言いながら地面に落とし、薄暗い納屋に入る。

 

 ミレイが赤子のように体を丸め転がされ、男達に囲まれていた。

 服は乱れ、破れている場所もある。

 抵抗したのか、頬を殴られたようで口の端には血、腫れていた。

 一人の長髪の男がミレイの膝に手を掛け、そのままの状態でこちらを見て固まっている。

 

「ま、待……」

 

 男の一人が何かを言いかけたが無視した。誰かが行動を起こすより早く動き、ミレイを抱き起こして肩に担ぎ、そのままバックステップ、一足で納屋を出る。

 硬い顔になっているロイに、間に合った、と頷き、ミレイを預けた。

 

「お、おい! ガキにゃわからねえだろうが、まだ何もしちゃいねえからな!」

 

 そんな声がかかった。出てきた納屋の入り口を見ると、焦った顔でこちらを見ている長髪の男が居る。

 男というには若いかもしれない、三白眼で、くすんだ金髪、中背。確か、この辺一帯を仕切っているラクランの次男坊。

 なにもしてないらしい。まだね。

 あー、うん。

 これはだめだ。

 思いっきりぶん殴ろう。

 ──なんて、感情にまかせて動ければ楽だった。キレやすい子供と言われてもいい。

 サイヤ人なんてそっちが正解だ。よほどの力量差がある相手でもない限りは感情に歯止めなんてきっと掛けない。場合によっちゃ下級戦闘員と宇宙の帝王ほどの差があっても怒りのままに。

 だがそれをやったとして、その先どうするのだろう。思い切りぶん殴ったりしたら間違いなく殺してしまう。

 

「世界は強い奴に優しくない」

 

 この農場唯一のLv.2、ローレンはそう言う。

 元迷宮都市(オラリオ)の冒険者、恩恵を受け力を持つからこそ、それが一般人に牙をむいた時、それがたやすく一般人を殺せるものだと気づかせてしまった時、強者は怪物(モンスター)となんら変わらなくなる。

 恩恵を受ける者と一般人、長い歴史を持つオラリオでさえ両者の軋轢は避けられない。

 外の世界ではなおさらだ。

 モンスターに刃を向けている間だけ重宝される。そう言い、注意深く力をさらけ出さないローレンの処世術はきっと正しく、賢い。

 

「アウル」

 

 ロイが俺に声をかけ、腕を掴む。真っ直ぐな目で俺を見た。

 

「後は僕に丸投げにするんだろ?」

 

 目を閉じる。

 息を吐き、意識して肩から力を抜いた。

 

「そうだな、そうだった」

 

 そう言って俺は何と無いきまりの悪さを覚えて頭の後ろをガリガリと掻いた。

 ロイは、緊張が解けたのかぽろぽろと涙をこぼすミレイを抱きながら、その目を納屋の男達に向けた。

 

「……ルドル・ラクラン、マイル・アーウィス、フィルディン・ボロ、エイン・ティン、イーラ・ウェルシダ、アレイ・ヴォイチェク」

 

 一人一人の名前を挙げてゆく。

 まさか農奴の一人にここまで名前が知られているとは思っていなかったのか、驚いたように男達の視線がロイに集まった。

 

「僕は、忘れない」

 

 区切るようにそう言い、行こうと俺の肩を叩く。

 

「なんでぇあいつ……」

 

 納屋に背を向ける俺達に、どこか気味悪そうな呟きが聞こえた。

 

 山間から吹き抜ける乾いて冷たい風が頬を撫でる。

 帰り道、最初はロイに横抱きに抱えられていたミレイだったが、途中で落ち着いたのか、少し恥ずかしそうにしながら自分で歩くと言い、下ろされた。

 

「ロイ、アウル……その、ありがとう」

 

 どうなるかと思った、と腫れた頬をさする。どうも違和感があるようで、むずがゆい顔をする。

 

「歯、抜けちゃった」

「おいおいマジか……?」

「子供の歯かい?」

 

 ミレイは頷き、ぐらついてたから、と言う。口の端から流れていた血はそれのようだ。

 よほど強く殴られたのかと一瞬不安に感じた俺は、どこか拍子抜けしたような気がした。同時に、まだそんな年ごろなんだよなあとも思う。遊び半分だったとしても、子供相手になにしてるんだよと、怒りなのか呆れなのか分からない感情が沸いてきた。

 ……考えてみれば俺も子供だったか。そんな自分への突っ込みも共に。

 しかし、と歩くロイを見て言う。

 

「あれでよかったのか?」

 

 名前を呼んで、忘れないと言っただけだ。彼我の立場を考えればあの連中、明日にもそんな事は忘れているだろう。

 ロイは頷いた。どこか『少年』というものを捨てたような、目的を持った者の顔をしている。

 まるで別人を見てしまったようで、少しはっとした。

 

「うん、あれで良い。彼らもこれから色々分かってくる。それとさ……僕はここで足場を固めるよ。そう決めた。よほどの我が儘でも通せるくらいになってやる。その時になれば『忘れない』の意味があいつらにも伝わるさ」

 

 これは。

 すごい怒っている。そしてそれだけじゃない。

 ロイは、このわずかな時間で、一枚も二枚も自分の殻を破ってしまった。

 

「……あー、かなわねえなあ」

 

 強い力を持っていても、色々な記憶や知識を持っていても。人間的な部分で。

 ミレイもロイの言った意味は分からなくても、何か感じるものがあったのか、はにかむように笑った。元気なく垂れ下がっていた尻尾がゆらゆらと揺れる。

 

 □

 

 ミレイの一件があった後、どんな伝手を頼んだか分からないが、ロイとミレイはベッジフ翁と呼ばれる、奉公人の中でも顔役と言っていい人の預かりとなった。住み込みで世話をし、時には来客の応対までもしているらしい。

 話を聞くと、伯爵の元に居れば悠々自適の隠居生活が出来たにも関わらず、働かねば体が腐るとばかりにこの開拓に参加してきたという。

 引退しているとはいえ、権威でもある人の預かりになった事で、ミレイに対するちょっかいはぱったりと止んだ。

 ロイはあの時の言葉通り、とにかく色々動いているようだ。元々良い教育を受けていた事から、ベッジフ翁の書類仕事の手伝いや、奉公人や自由民に対しても口添えをし、恩を売り、奥方衆への配慮も忘れていない。

 傍で見ているミレイが心配になってしまうほど働いているらしく相談された事もあった。

 

 三人が放り込まれていた狭い部屋も、今は再び倉庫になっている。

 俺は俺でローレン預かりの身となってからは、外縁部に建てられていた仮小屋に寝泊まりしている。モンスターが迷い込んできた時に駆けつけて対処するためだ。何しろ神の恩恵(ファルナ)を受けているのはこの農場で五人しかいない。うち一人というか俺はそう思われているだけなので実質四人だ。

 さらにその中の三人は伯爵が後援者(パトロン)となっている【ファミリア】からの応援らしく、それなりの配慮をしなければならない。住処も農場中央にある奉公人達の住居が集中している場所の、それなりに大きな家が提供されている。討伐時には問題ないものの、侵入してきたモンスターに対しては初動が遅れてしまうのだ。

 そして最後の一人のローレンは唯一のLv.2であり、名目上のとはいえ看守としての役も兼任しているので、中央からは外せない。

 そうなると俺が来る前はどうなっていたのかと言えば、一般人でもある程度対処できるゴブリンやコボルトのような低級モンスターでない場合、避難を優先させつつ弓矢や投石で時間を稼いでいたらしい。家畜や畑に被害が出る事もあり、結構大変だったようだ。

 そう、神の恩恵(ファルナ)の価値は高い。

 自分が特別だと増長しても困る、とあえて一年の間、通常の農奴と同じ扱いで置いたらしいが、俺自身は相当な値段で取引されたらしく、当初から対モンスター用に買ったらしい。

 そして、ローレン預かりになってからは、戦力になるよう形式を問わず戦闘訓練をさせられ、モンスターを退治し、それ以外は比較的自由に過ごしている……といっても、勉強するタイプでもなければ、じっと寝て過ごせるタイプでもない、大抵は山に分け入っている事が多かった。

 

「ブギァッ!」

 

 断末魔、というには短い叫びを上げて猪が倒れる。

 額には陥没痕、目玉も軽く飛び出ていて、グロいといえばグロい。

 やった事は単純で、真っ正面から走り寄り、猪が気づいて反応する前に殴った。

 必殺技『まっすぐ行ってぶっとばす』だ。それなりに訓練にもなる。意外と猪は俊敏で、猪突猛進なんて言葉があるが、全力走行中にターンしたり、跳ねたり、蛇行して木々を避けたりなんてのはお手のものだったのだ。この世界の猪が特別だったのかは分からないが、正直そこらのモンスターよりよっぽど速くて強い。最初は逃げる猪を追って飛びつき、馬乗りになって格闘したものだったが、今では俺も随分成長したらしく、今のような真似もできるようになっていた。

 よっこいせと無意味に声を掛けながら首部分を肩にかついで持って行く。本当はこう、プロレスのアルゼンチンバックブリーカーみたいに担ぐと楽なのだが、死ぬとやはり緩むのか、脱糞やら失禁やらをされる事があるのだ。一度は酷い目にあってしまった。

 近くを流れる沢まで下り、猪の首にロープを巻き付けてそのまま水中に沈める。

 冬でもなければこうして冷やしてやるのが一番てっとり早い。体温が高いままだと皮が脂でぬるぬると削ぎにくい上に肉も持ちが悪く、なにより不味くなる。

 獲物を冷やしている間、何となく体を動かした。

 殴り、避け、虎爪、避ける動作から思い切った踏み込み、斜めに打ち下ろす肘。

 大槍が迫る。避けられず弾くしかない絶妙の速さ。裏拳で弾き、身を前に。だが槍の引き手の方が速い。先読みに置いて負けている。次の突きをかろうじて体を倒す事で躱すも、そのまま振り下ろし。

 

「ぐぬぅ……」

 

 気づけば対ローレンのイメージトレーニングになってしまった。

 そして前回の模擬戦の焼き直しのように、俺が負ける。

 ローレンは強かった。

 【ステイタス】に頼るだけでない強さがある。30代にしか見えないが、その実もっと10くらい年上で、長いキャリアを持っていてもおかしくない。

 そしてローレンには俺が神の恩恵(ファルナ)を受けたわけではない事を見抜かれてしまってもいた。

 

「お前の強さは【ステイタス】に根付いたものじゃないな。種族特性……その尾、聞いた事がないが猿人(ワーエイプ)とでも言うのか?」

 

 そんな事を言われたものだった。

 なぜ気づいたかと聞けば、【ステイタス】更新も無しにそこまで異常な早さで強くなるのはおかしい、と言う。

 隠したいならもっと上手く隠せとも。

 ローレンはその事を雇い主に報告しなかった。

 自分自身がオラリオから逃げ出した身だからとも言っていたが。その辺りの心情はよく分からない。

 

「らぁっ!」

 

 かけ声と共に岩を殴る。

 割れた。というより破裂させた。破片がびしびしと当たる。

 人の身に余るほどの力は身につけた。

 同時に、この程度なのかと言う思いもある。

 この程度ではないだろうと、自分の体が疼いている。もっと強くなれる。もっと破壊できると。

 慣れ親しんで来た感じさえするその衝動を、震脚のごとく足を踏み、細く息を吸い、吐く事で抑えた。

 

 猪を持ち帰り、内臓を抜き取り皮を剥ぎ取る。

 肉と骨になったら、肉部分は大ざっぱに切り分け、骨は奥方衆(おかみさん)への土産にでもロイに持たせてやるとしよう。良い出汁が取れるのだ。

 はぎ取った皮を加工するため板に打ち付けたところで、その知らせはもたらされた。

 

 隣国のラキア王国がこの地に向かい、出兵したと言う知らせだった。

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