戦闘民族は迷宮都市の夢を見るか   作:アリ・ゲーター

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7.まろばし

 地に足を付け、自然体で立つ。

 呼吸を細く緩やかに。ただ立つという以外、何も力を使わない。全身から力みを抜き去る。

 長く続けているうちに半ば寝ているような気分にもなる。夢か現か、時間の感覚は引き延ばされ、あるいは圧縮される。

 木の葉が一枚、落ちる。

 視認し、腕が動いた。

 

「……はあー」

 

 葉っぱを指でつまんでため息を吐く。

 まだまだ無駄な力みが抜けていないらしい。腕の動き出しで体が揺らいでしまった。

 静から動、動から静への瞬時の転換。

 気取った言い方をすれば無拍子。予備動作を無くし、最も単純な動きで攻撃まで繋げる。

 これを気を併用し、用いる。

 気を殺した状態から瞬時に最大まで高めた気で攻撃。

 攻撃のみではない。全ての動きにこれを応用すれば、どうなるだろうか。

 ──(いかづち)の如く動いてみろ。

 武神の言った言葉が頭によぎる。

 

「……ぐぬ」

 

 言われずとも。

 俺は再び体の隅々までも静かにし、地味で迂遠にも思える修行を続けた。

 

 □

 

 武神タケミカヅチ。

 俺が会ったのはそんな神だ。

 迷宮都市(オラリオ)で育った俺からするとどうも『神』というのは享楽的で胡散臭いところがあり、近寄るのをためらうものがあったのだが、彼の神はある意味で珍しい人格者、もとい神格者だった。

 相手が神であるという事からあまり関わりを持つ気にもなれず、一週間ほどは隠れ見ていただけだったのだが、さすがに限界がある。それに性にも合わない。

 当たってみるだけ当たってみようと、賽物代わりの米一俵を抱えて(やしろ)を訪ねてみたら、多少の問答の後、こちらが拍子抜けするほどにあっけなく武術を教えてくれる事になったのだった。

 なんでも恩恵(ファルナ)欲しさに取り入ろうとする人間も結構いて、その欲求そのものは構わないものの、あまりに【ファミリア】に入る事を軽く考えている者が多いのだという。そういう手合いの者は断っているが、逆にそれ以外──タケミカヅチの『神』としての力ではなく、『武』を求めてくる者は珍しく、なかなか嬉しかったらしい。

 ただ、その後は一筋縄で行くというわけにはいかなかった。

 最初にどれだけ出来るのかを見せる事になり、一通りの演武めいた事をしたら大層怪しまれてしまったのだ。

 

恩恵(ファルナ)を受けているようには見えなかったが、見誤ったな。どうしたものか」

 

 そう言い、困り顔になる。

 他【ファミリア】に入っているわけでも神の恩恵(ファルナ)を受けたわけでもないと正直な所を言うと今度は頭を抱えてしまった。

 俺は頬を掻いて嘘じゃないんだけど、と言うと、神は頭痛をこらえるような顔で手を振った。

 

「嘘をついていないのは判ってる。だがな、それが問題なんだ」

 

 直截に聞く。と前置きし、神タケミカヅチは真顔とも、表情を消したとも、言いようのつかない不思議な顔になり、問う。

 

「お前、人間(ひと)か?」

「……宇宙人?」

 

 神の威厳もなんのその、なんだそれはと言わんばかりにその場で崩れ落ちた。

 

 俺は洗いざらい、というほどじゃないが、外宇宙から小型の宇宙船で幼い時にこの星に来た事を明かした。

 サイヤ人という種族、フリーザ軍という、惑星規模の侵略、売買をする強大な組織についてもまた。

 なにせ神を前に隠し事をしても意味がない。これから教わろうってのにそんな事で怪しまれるのもシャクだ。

 一通り聞き終わると、神タケミカヅチは難しい顔で、うむむと呻り、息を吐き、頷いた。

 

「うむ。まぁ……いいか。アウル、お前は別にこの世界をどうこうする気はないのだろう」

 

 いいんだ、と心の中でツッコミつつ、頷く。

 生まれる前の精神や知識が影響しているにせよ、俺は宇宙ポッドで仕込まれた命令に従うつもりなんてさらさら無い。

 

「そのフリーザ軍というのがタチが悪そうだが、そいつらから見て辺境……という事はすぐにどうこうという話でもあるまいしな」

 

 しかし俺達も舐められたものだ、とむすっとした顔をする。

 確かに舐められているのだろう、サイヤ人とはいえ三歳児を送りこんで制圧可能と見込まれたわけなのだから。なぜこの星の戦力が低く見積もられているのか俺も不思議なところだ。

 調査方法が間違っていたのか、そもそも認識できない力だったのか。はたまた、俺自体の価値があまりに低すぎて捨て駒扱いだったのか。

 

「しかしそうだな、その話は口にしない方が良いだろう。特に他の神連中には注意しておけ。絶対面白がってオモチャにされるぞ」

 

 出来た神様だ。眷属(ファミリア)ではないこちらの心配までしてくれる。

 その後は再び俺の現在の力を確認する作業に戻ったが、気の扱いについては何か思うものがあるようで、助言を貰った。

 

「『気』をあって当然のものだと思え。手が指を曲げ物を掴むように意識せず、当たり前のように在るものにするといい」

 

 聞くと、『神の力(アルカナム)』と通じるところがあるかもしれん、と言う。

 あるいは、と何か考え、わからんな、と首を振る。

 何か思い当たるものはあったが、推測もいいところ、と言った感じだろうか。

 何はともあれ、こうして俺は神タケミカヅチに師事するようになったのだった。

 

 □

 

 笹の藪の中からじっと機を窺う。

 秋も早々と去ろうとしており、笹の葉も色あせて見える。

 寒風が木々の梢の中を通り抜け、枝を揺らし、葉を散らせた。

 野の獣にとってはこの時期は生命線だ、たっぷり食って肥り、冬に備えなければならない。そのための食い物は森が恵んでくれる。

 元気の良い気が近づいてきた。

 人のものではない。

 獣道をガサガサと草葉を揺らし、近づいてくる。

 それは間近に潜んでいる俺にも気づかず、通り過ぎようとしていた。

 

「ふっ」

 

 浅い一息。片膝立ちの姿勢から予備動作をつけず動き出し、獲物を抑えるように掌底。

 額に手を当て、気を『通』す。

 ──だいぶ形になってきた。

 一瞬で意識を失って倒れた猪を肩に担ぎ、そう思う。

 無拍子での移動と攻撃、気を融和させ、それが当たり前であるかのように動けるようにする。

 おそらく突き詰めると構えが要らなくなる。

 俺はそこまで行き着いていないし、それに重力がある以上、地の支えが要る以上は構えも、わずかな拍子も出てしまう。解消の方法は既に思い描けているが、それはもっと高みにありそうだ。

 血抜きをし、内蔵(ワタ)を抜いた猪を手土産に(やしろ)に行った。

 階段を掃き、落ち葉を掃除する少女、(ミコト)が俺に気づいた。

 

「アウルさん、す、すごい猪ですね!」

 

 律儀に箒の先についた葉を払い、木に立てかけてからこちらに走り寄る。

 ヤマト・(ミコト)(やしろ)で育てられた孤児、年長組の一人だ。そろそろ11歳になるらしい、几帳面でしっかり者、まだまだ遊びたい盛りのはずだが、年少の子供達の世話をし、時には麓の町で畑を手伝い日銭を稼いだりもしている。えらい。

 

「よっ、お疲れ。この時期のだからな、脂がのってて美味いぞ。ちゃっちゃと捌いちゃおう。手伝ってくれるか?」

「はいっ!」

 

 今日はしし汁にしましょう、と早くも料理を浮かべる(ミコト)。石段を登ると古くに建てられた立派な鳥居があり、それをくぐると、石が敷かれた開けた場所があった。

 手前の拝殿は部屋のしきりがなく、十分な広さのある造りになっていて、日頃は子供達の道場として、あるいは来客時の応対や麓の町の人達が日頃の息抜きに演劇などやる際、貸したりもしている。

 そこからさらに奥の本殿、拝殿よりさらに大きい建物が皆の住処(ホーム)だ。

 ここの主神であるタケミカヅチ、そして他の神様、ツクヨミやフトダマ、ウケモチといった神様達がそれぞれの眷属(ファミリア)、そして引き取った孤児達と共に住んでいる。

 戦争、モンスター、疫病、様々な事情からこの国は荒れている。

 一応戦争はひとまずの片がついたらしいのだが──それにしてもすぐに国が落ち着くわけもなく、食い扶持に困って捨てられた、あるいは親を亡くした、そんな孤児達が結構多い。

 ここの神様達は確かに神によくあるように享楽的ではあるものの、根が善い。神の力(アルカナム)を使えない状態でも手の届く限りは何とかしようと、そういう孤児達を引き取り育てている。

 それだけに猪一頭、70kg大の肉でもあまり長期保存を考える必要もない、一週間もあれば食べきってしまう。俺が本気を出すと一日になってしまうが。

 

「アウル、火を持ってきたよ!」

 

 孤児達の一人、鏡という男の子が松明(たいまつ)に火をつけ持ってきてくれた。

 

「おっし、んじゃーしっかり毛を焼いてな」

 

 言い、猪を土間の近く、板の上に置く。

 毛皮は極東だと北の方以外は使われていない。日本と同様高温多湿な気候のせいだろう。皮を剥いでなめすよりも、毛を焼いて皮も食べてしまう。そしてまた猪の皮というのが脂の美味さも手伝い絶品なのだ。

 塩で締め、脂ごと炭火でじっくり焼き上げた皮、このぱりさくじゅわーの三連コンボは人を虜にする。うまし。

 もっともそれはやるとしても後だ。短刀で腹を割き、足と腕を分割する。

 大ざっぱに割けた肉を(ミコト)に渡すと、骨と肉を綺麗により分け、骨は大鍋に入れていく。

 ざっと解体が終わった所で、千草(チグサ)が年下の子供達を連れ、篭に野菜を入れて持ってきてくれた。(やしろ)の中に作った畑で採れた野菜、近場の沢で群生している山菜もある。

 後は任せて下さいと言うので、(ミコト)千草(チグサ)に任せ、子供達を連れて台所を離れる。

 料理上手な二人だ、あまり人手がいても邪魔になってしまう。

 

「まだかなー」

 

 などと気の早すぎる事を言う子供の頭にチョップを食らわした。

 空を仰げばまだ明るいものの既に日は山の稜線に近いところまで落ち始めている。

 この分だとちょうど日の暮れた頃にはでき上がりそうだ。

 遊び始めた子供達をツクヨミ様に任せ、近場の川で汚れでも落として来る事にした。

 

 獣脂で作った蝋燭のほのかな灯りの中、子供達が賑やかに椀をかっこんでいる。

 神様達もその様子を見つつ箸を動かす。

 大鍋一杯に作られたしし汁──味の濃い豚汁のようなものだが、野菜もふんだんに入り、こればかりは買ってきたものらしい芋がごろごろ入り、薬味として刻んだ野蒜(ノビル)が浮かんでいた。

 今日は普通に味噌仕立てのようだ、こってりとした猪の脂に負けないよう熟した味噌を使ったらしい。

 タケミカヅチ様などもお代わりを(ミコト)によそってもらっている、ついでに要らぬ一言「これならいつ嫁に出しても恥ずかしくないな」などと言ってしまい「お嫁になんて行きたくないです」と半泣きになった(ミコト)に肉無し汁を出されていた。ツクヨミ様や他の神様からも「無いわー」と駄目出しを食らっている。本人はまるで判っていない様子だったが。

 

 

 食事の後、(タケミカヅチ)様と連れだって、(やしろ)の裏山へ行く。

 日はすっかり暮れ、虫の鳴き声の中、雑木林の中に開けた場所で五歩の距離を置き、向かい合った。

 

「よし、いつも通りだ。来い」

 

 組み手は互いにゆっくりとした動きで行っている。

 一般人と同じ力でしかない神様に本気で動けば力とスピードだけで圧倒できるのは当たり前だ。それでは稽古にならない。

 10手、20手、と攻防が繰り返される。

 互いに同じ速さで動き、打ち終わりは相手に触れず止める。

 はたから見れば遊んでいるようにも見えるかも知れない。

 だがこれは寸止めであっても実際にその攻撃を受けたらどうなるのか、それを頭に思い描きながら行う稽古だ。常に真剣、緊張もする。しなければ意味がない。

 タケミカヅチ様によれば戦いとは突き詰めたところ、相手を動かすか、自分から動くかの二択しかないという。そして俺の相手をしている間は、常に自らは動かず相手を動かすという戦い方をしていた。

 技の起こりを打つ。技の終わりを打つ。いわばカウンターを中心に据えた『待ち』の戦い方だ。

 ある程度まで武を高めれば融通無碍、相手がどう動こうとそれに応じた対応が自在に取れるという。

 当たり前だが俺はまったくそこまで行きつけていない。今は相手の動きに動かされないように動く事で精一杯だ。この組み手だと結局一度も勝った試しがない。伸びてないのかと悩む俺にタケミカヅチ様は大笑して言っていた。

 

「当たり前だ、年季が違う」

 

 確かに神様に寿命は無い。それもそうかとも思うのだが、毎回負け続けではさすがに悔しい。

 ──32手。

 肋への一撃をかろうじて躱すが体が崩れた。

 思いつきでさらにそのまま体を崩し、後ろ蹴りへ移行。

 意表をついたかと思ったが甘かった。それは悪手とばかりに姿勢を低くし躱し、軸足を払われる。

 

「参った」

「うむ」

 

 目前で止められた拳。

 もし相手が俺と同じだけの力を持っていればこれで頭を砕かれて終わりだ。もっとも、実際にやるのであれば気の要素も絡み、さらに複雑化するのだが。

 組み手を終えた後はタケミカヅチ様には少し離れてもらい、気を用いた体術を見せ、細かな指摘を貰う。

 闇雲に鍛えるだけでも地力は上がるのだが、どうしても制御が甘くなる。気の制御が甘くなれば技の正確さ、体さばきにブレが生まれ、頭で意識した動きと体がずれ、体感的には上手く噛み合っている時より半分程度の強さになってしまう感じだ。

 そういえば、と思い出す。

 ドラゴンボールなんて物語の中で、ギニューが孫悟空の体を奪った事があった。

 全く力を発揮できずという落ちがあったが、逆に言えばそれまでボディチェンジしてきた相手の力は十全に引き出せたという事でもある。

 それが示す事は、孫悟空は高いレベルで気をコントロールし、体術、技と合わせ練り込んでいたからではないだろうか。

 推測に過ぎない。だがベジータが急激に強くなっていったのも地球での戦いを経て気の制御というものを目の当たりにしてからだった。

 おそらく、コロンブスの卵のようなものなのだろう。

 多くの宇宙人──宇宙ポッドで記憶させられたものだが、その大半は身体的に地球人より遙かに強い。また『気』も生まれながらに扱えるものさえいる。そんな状況では体、技、気、全てを練り込み複合的に鍛えるという発想自体が生まれないのかもしれない。

 

 鍛錬を終え、タケミカヅチ様を(やしろ)に送る。

 時間にすれば一時間ほどだったろうか、桜花(オウカ)(ミコト)千草(チグサ)と一緒に修行をしないのはそれなりに理由がある。

 刺激的過ぎる、らしい。

 

「お前に引っ張られて無茶をしすぎても困る」

 

 なんて言われた。

 申し訳なさそうに言うからこっちとしても困る。

 俺は未だ(タケミカヅチ)様の【ファミリア】に入ったわけでもないし、いわば外弟子のようなものだ。何も納めずには悪いと思うのでちょこちょこ食料の差し入れはしているが。

 まったく人の善い神だ。と少し矛盾した思いを抱き、何となく自然と口が綻んでしまった。

 かつて養父の絡みから保護されていた事になっていた【ソーマ・ファミリア】、そしてその主神をふと思い出す。

 遠目に見たかの姿は、まったく人に興味を失っているように見えた。

 

「リリの奴はどうしてるかねえ」

 

 妹分、と言っていい存在を連想した。

 会いたいという気持ちと会いたくないという気持ちが同時にある。

 養子とはいえ子供を奴隷として売る親、そんな事を知って欲しくはない。知れば怖がるだろう、それにもしかしたら俺の養父を恨むかもしれない。

 頭を振る。

 この手の事は考えれば考えるほどドツボにはまる。いけない。

 リリ自体しっかりしていたし、父母そろって結構元気だった。俺のようにはならないだろう。

 かつて見知った星座とはまったく違う星空、そんな夜空を眺め、意味もなく浅い息を吐いた。

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