【おるすばんせんかん】
「おおおおおおおん」
雄叫びのような声を受け、飛行機が飛ぶ。
高く舞い上がった機体は太陽を隠しながら高空を滑空し、少女の指先の動きに合わせ、くるくると曲芸のように宙を舞った。緩やかな海面がゆらりとひるがえり、降り注ぐ日光を反射して瞬いている。その照り返しを受けて、機体の両翼が深く鮮やかな緑色に輝いていた。
飛行機が円を描きながらゆっくりと高度を下げる。飛行場の代わりに高く掲げられた少女の手の中に、機体はすっぽりと納まった。
「上手いものだな」
後頭部に声を投げかけられ、少女は驚いて背後を振り返った。生垣の高い草に隠れるように、建物の窓が並んでいる。そのうちの一つから恰幅の良い女性が窓枠に肘を乗せて顔をのぞかせていた。少女と目が合うと、軽く腕を上げて挨拶した。
「見てたんですかい、旦那もお人が悪い」
巡洋艦「加古」は艦載機をしまいながら、ぼさぼさの頭を掻き毟った。視線を逸らして、唇を尖らせる。
「あたしなんかまだまだでさぁ、古鷹の奴なんか今日もこの後出撃だっつて、あたしゃあ置いてけぼりですよ」
「私もさ」
哀感漂うその言葉に、加古は驚いて顔を上げた。しかし、すぐさま高い汽笛の音が鳴り響き、窓の女性と共に後ろの海を振り直った
桟橋を滑り降りるように数人の少女達が海面に降りていく。着水した者から先陣を切り、美しい隊列となって航行する。
先頭を走るのはセーラー服の小柄な少女だ。ともすれば女子高生にも見まごう出で立ちだが、その清楚な顔立ちに似合わぬ重厚な艤装が彼女の姿をまさしく軍艦たらしめていた。眩しく輝く左の瞳が一瞬だけ陸に向けられる。
巡洋艦「古鷹」を旗艦とし、続々と後続の船がそれに続いた。
その中の一隻、一際目を引く長身の艦娘を見て、加古は声を上げた。
「見てくださいよ旦那、金剛型ですぜ」
「ああ」
最後に水に足を付けたのは巫女のような白装束に身を包んだ、身の丈のある美女だ。腰まで伸びる長髪は、まるで宝石のようにキラキラと眩くきらめいている。背中に背負った主砲は他の艦とは比較にならぬ重厚さで、他艦の追随を許さぬ力強さを醸し出していた。整った輪郭の中の、一際大きな瞳がカッと見開かれた。
「HEY!ミナサーン!何があっても、ワタシがいればNo Problemデース!」
英語交じりの、奇妙な言葉使い。
戦艦「金剛」。巡洋戦艦から高速戦艦へと改装された、まさしく次世代型戦艦とも呼べる軍艦であった。
窓枠に肘をついた女性は、その堂々たる後ろ姿を複雑な表情で見送る。彼女も、また戦艦であった。かつては旗艦として隊を先導し、海戦においては自慢の火力で敵陣を薙ぎ払った。しかし、そんな栄光も今や過去の産物。
戦艦「日向」は大きくため息をつきながら、部屋の中に身を引っ込めた。差し込む日の眩しさから逃げるように、大股で廊下を歩く。
「私だって仕事が山積みなんだ」
この後は盤木を
「…なんだかな」
日向は曲がり角の影で立ち止まり、両の拳を固く握りしめた。
出撃割に最後に名前が挙がったのはもう半年も前の事だ。かつて艦隊一と謳われた火力も装甲も、今はただ薄暗い倉庫の中で錆び朽ちるのをひっそりと待つだけだ。
「日向様」
「ただの戦艦の時代は終わったか…」
ひとりごちる。
ただもどかしく、無為な日々を過ごす。戦えない私はいったい何者なのか。
日に日に全身の細胞が死んでいくのを感じる。毎日の訓練を欠かした事は無い。それでも、あの戦場の「空気」の様な物が、私を艦娘たらしめていたのは疑いようも無い事実であった。
「日向様」
せめて戦いの中で死んでいくものとばかり思っていた。いや、戦えぬ私など、今は死に体も同然なのだろうか…。
「ひ・ゅ・う・が・さ・ま!」
「ん?」
ふと視線を上げると、自分の目の前に小柄な少女が両手を腰に当てて仁王立ちしていた。長い黒髪の内側で両の瞳がしっかりと日向を見上げている。
「初霜か…、急に大声を出すんじゃない」
「急ではありませぬ。この初霜、ずっと日向様の御傍についておりました」
初霜が握り拳を作りながら声を張り上げた。どうやら考え事に夢中で気づかなかったらしい。
「そうか…。で、何か用か」
そう声をかけて再び歩き出す。初霜はまるで日向の従者の如く、彼女にぴったりとついて歩いた。
「はっ、提督がお呼びです」
「提督が?今更私に何の用か、さては私もついに解体に名が挙がったか」
「日向様!そのような事を言ってはなりませぬ。提督は日向様に大層期待を寄せておられます!」
「ならいいがね」
そっけなく答える日向に、並び歩く初霜は眉を「へ」の字に曲げて、頬を膨らませた。
提督の司令室はこの棟の三階にある。
正面扉に背を向け階段方面へ足を歩を進めると、日向は突然キュッと靴の先を鳴らして立ち止まった。
先導していた初霜は、その音を聞いて不思議そうに日向を振り返る。前方に視線を戻す前に、背中にどんと強い衝撃がぶつかった。
倒れ込む初霜に日向が手を伸ばす前に、ぶつかった少女が二人の間に割り込む様に立ちはだかった。
「ご機嫌よう、日向さん」
絡みつくような声に、うんざりとした様子で日向は返した。
「榛名か…」
日向と向かい合った戦艦「榛名」は、先ほど出撃を見送った「金剛型」の3番艦である。
金剛と同じ白装束に、袴の様な赤いスカートを履いている。麗しい黒髪をなびかせる少女は、艶やかな髪をかき上げながら、まるで可哀そうな物でも見る様な目で日向をねめつけた。
「「榛名か」は無いでしょう?
露骨に視線を揃えてくる榛名を、日向は真っ向から相手しなかった。軽く一瞥し、足元の初霜を心配そうに見つめた。榛名の顔を見ることなく、気が抜けたような声で呟く。
「お手柔らかにな」
自分の目を見ようともしない日向の様子に、榛名は真意を推し図るかの様に訝しげに目を細める。しかし興味を無くしたのか、ため息をつきながらも身を翻して道を譲った。
日向が初霜に手を伸ばす。その一瞬、屈んだ耳元に榛名が口を寄せた。
「鉄クズ風情が、せいぜい榛名の「的」役がお似合いですわ」
日向の眉間に稲妻の如く血管が浮かび上がる。榛名はそれを見て口の端をいやらしく吊り上げた。
「あらあら、榛名ったらはしたない。それでは御機嫌よう日向さん」
言ってひらひらと手を振りながら榛名は踵を返した。
「日向様…?」
初霜の不安げな声が響く。日向はその手を強く握って、精一杯微笑みかけた。
「立てるか?」
「はい、少し足をくじいただけです」
日向の手を取って立ち上がる。榛名は結局一度も初霜を気にかける事は無かった。
「日向様、初霜はあの方が好きませぬ」
「そのような事を言うものじゃない。同じ
握られた手に力がこもる。「痛い」と声に出す事は、今の初霜には憚られた。