立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【はくいのてんし】

 眼前に広がる真っ白な天井を見て、日向は全てを察した。

 皆に背負われて桟橋に来た時は、かろうじて意識を保っていたはずだった。しかし、その際の記憶は今の彼女の中からはすっぽりと抜け落ちていた。自分が覚えているのは、赤く燃える海と背中を炙る炎、そして…。

 

「初霜…」

 

 わずかに首を持ち上げると、すぐに真っ黒な少女の姿が目に入った。小さき従者は日向の眠るベッドの横で、備え付けのパイプ椅子に腰を下ろしていた。だらんと手足を伸ばし、俯きながらだらしなく口を開けている。病室にはまるで息をひそめたような、小さな寝息が充満していた。

 

 その手に、何かが握られている。

 

 上半身を持ち上げて、ゆっくりと手を伸ばす。背中がじくじくと痛む。肩が外れそうになるまで腕を伸ばすと、やっと指先が硬いそれに触れた。手に取ったそれは、一機の飛行機であった。

 

 前頭部が尖った、砲弾型のボディ。主翼が小さく、正面から見ると翼の両端がややU字型にせり上がっている。「逆ガル」と呼ばれる翼の形で、爆弾を積みやすくする為に機体の全体の高さを抑える意味合いがある。たったそれだけで、この機が攻撃に特化した艦載機である事がうかがえた。

 

「ダメよあんた。絶対安静」

 

 カーテンの奥から白衣の女性が顔を覗かせる。

 美しく染まったグレーの髪を頭の後ろで結い、古風な額当てで前髪を揃えている。大きな黒縁眼鏡で輪郭を隠しているが、それでも線の細い美人である事がうかがえた。

 

「お前だって、禁酒してたんじゃなかったのか」

 

 日向の言葉を受けて、白衣の女性は苦笑いする。伸ばした彼女の手には巨大な一升瓶が握られていた。

 

「あれはダメよ。やっぱり人間の医者はヤブね。お酒やめたら次の日から頭痛が止まらなくて、決死の迎え酒により昨日無事生還した所よ」

 

 女性は言いながらくわえた煙草を揺らした。先に火が灯っているが、煙は出ていない。他の患者に配慮して煙の出ない煙草を吸っているのだ。だったら吸うなと言えば、きっと彼女は酒の量を倍にするだろう。

 

 軽空母「千歳」は、そんな「やさぐれ」医師であった。

 

 

 

 

 千歳は仕切りになっていたカーテンを大きく開くと、隣のベッドからパイプ椅子を持ってきて、日向の隣にどっかりと腰を下ろした。胸ポケットから取り出した筒状の灰入れを指で弾くと、煙草を吐き出してすばやく蓋をした。それを再度胸元に収めながら、組んだ足に肘をつく。ぐっと身を寄せて、寝ている日向に顎を寄せた。

 音を立てて一升瓶を足元に置くと、中の液体が海原の如く飛沫を上げて波打った。

 

「そんな事だから医師の蟒蛇(うわばみ)などと囁かれるのだ」

 

「蛇野郎っていうのは大方間違ってないと思うけど?健康の秘訣は「酒」「煙草」「SEX」、これだけはやめられないわ」

 

 三本の指を立てて千歳はげらげらと笑った。日向はため息をつくのも億劫だと言った様子で、依然眠りこけている初霜に目を向けた。

 

「二度と初霜の前でそんな事言うなよ。こないだなんかキミに処方されたと言って、べろべろに酔っぱらって帰って来たんだ」  

 

「だって、可愛いんだもんカノジョ。お酒弱いくせに、真っ赤な顔でヒューガサマヒューガサマってさ。あたしならほっときゃしないのに」

 

「よしてくれ、君と一緒にするんじゃない」

 

 日向がぶんぶんと腕を振るう。

 千歳は同姓愛者(レズビアン)であった。医務室の扉に張られた「看護婦募集中」とはすなわちそういう事である。

 そんな事だから怪我人すら寄り付かんのだ。

 

「あら、流星がお好み?」

 

 日向の手の中の艦載機を見て、千歳が小さく笑った。

 

「あんたには似合わないわ。航空甲板なんてね」

 

 彼女の酒臭い声が1トーン下がったのを、日向は聞き逃さなかった。「お前には関係ない」と突き放すのは、とてもではないが難しい相手。

 航空甲板。その言葉の意味に、何を思い、何を思い出しているのか・・・。

 

「提督から聞いたのか」

 

 日向は気まずくて話題を変えた。

 

「あいつったら、さっきまで初霜とあんたの寝顔を見てたのよ。真剣な顔しちゃってさ、気持ち悪いっちゃありゃしない。あんた男らしいからね、ケツの穴狙われてるかもよ」

 

 下種な笑みを浮かべて、千歳が視線を向けてくる。日向は頭痛のし始めた頭を押さえて、大きくため息をついた。

 

「ややこしすぎるわ、大馬鹿者…」

 

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