「航空甲板なんてつけたってイイコトないわよ、あたしみたいにね」
「君が言うと重みが違うね」
軽空母千歳はかつて、水上機母艦と呼ばれる艦載機運用を主とした軍艦であった。多数の水上機を搭載し、移動基地として活躍していた。
しかし、深海棲艦との戦いにおいて空母の重要性が高まるにつれ、予備空母としての扱いが増えていく。そして、ついに4年前に妹艦の千代田と共に軽空母へと改装された。
二人の新型空母は目覚しい戦果を上げたが、目まぐるしい戦闘機の進化について行けず、任期後期には事故が多発。結果的に妹艦千代田の轟沈という形で千歳型航空母艦は艦娘としての幕を閉じた。
姉の千歳は轟沈こそ免れたが、両足を負傷、右足を切断し、1年以上の療養期間を経て医療婦艦として復帰した。
兼ねてよりの大酒飲みであった彼女だが、復帰後は「依存」「中毒」と言って差し支えないほど酒に溺れるようになる。鎮守府ではそんな彼女を煙たがる者も少なくない。
「あんたは古臭い戦艦がお似合いよ。無理に背伸びしたって大事な物を失うだけよ」
千歳は右足を引きずりながら、日向の方へ体を傾けた。開いた足を強くさするその仕草は、さながら歴戦の老兵を思わせた。
「上の軍人どもがどれだけ無計画で行き当たりばったりな艦隊運用をしてるか知らない訳じゃないでしょう?あんたがどれだけ無策無謀な戦闘狂で、艦代きっての死にたがりでもあたしは止めやしないよ。でもね、手前の我侭に初霜を連れてく様な事があれば、あたしはあんたを絶対に許さない」
千歳は落ち着いた、静かな声で告げた。日向の心臓をなでるその冷たい切っ先は、彼女の昂ぶりかけた精神を冷やすには十分すぎる鋭さを兼ね備えていた。
「わかってるさ、甲板を積めばそれだけで強くなれるとは思っていない」
今日の演習の結果だけを見ても、私と榛名の差は単純な性能差だけではなかった。
随伴艦に艦載機を満載し、榛名のみを砲台とする奇抜な戦法。それを可能とする個としての性能と旗艦としての指揮能力。少数精鋭で的を小さく、旋回能力とスピードを重視した編成。榛名自身は砲撃に集中する為、自らには艦載機を乗せずに大型電探を積んで感を強める。
自らの火力に対する自信と、艦隊運用能力が両立できていなければ成立しない戦法だ。
艦隊戦闘の形を維持しながら、大戦時代ではなしえなかった「艦娘としての戦い方」に特化させた戦略と戦法。次世代を体現しているのは榛名の艦娘としての「ありかた」そのものだ。
「あんたの貧弱な甲板じゃ流星は操れない」
「そして艦隊運用を前提とした船はもう古い。わかっているさ」
それでも、それでも私は…。
ひょいと手の中の流星を取り上げられる。千歳はそれをベッドの横の小机の上に戻した。よく見ると、他のベッドにも別々の艦載機が飾られている。千歳なりのインテリアか何かなのだろうか。
カーテンの隙間から見えるベッドの奥。日向の視線はある一点に注がれていた。壁際の机の上に、それはいた。
「…なんだあれは?」
無意識に声が漏れる。千歳は一度日向の顔を覗き、すぐさまその視線の先に目を向けた。
「あれって、瑞雲の事?」
日向の視線の先、壁際のベッドのそばに先ほどの流星と同じように一機の飛行機が飾られている。しかしその「足」には、流線形のフロートが取り付けられていた。
「ずい、うん?」
日向はつぶやく。さっきから頭に浮かびあがった事を口から垂れ流している気がする。それくらい、日向の頭は真っ白だった。ただあの淡い緑色の機体に魅せられていた。
自分の中の夢と期待が、飛行機の形をして目の前に現れたかの様なそのフォルムに、焦る気持ちを隠せないでいた。
「偵察機か…」
その言葉は、自分の意志とは逆の事を言っている。私が本当に聞きたいのは、私が本当に望むのは…。
「瑞雲は攻撃機よ。多目的水上機、と言った方が正しいでしょうけど」
これが、日向と「導きの雲」との出会いであった。
旧題「はろーはろー ずいうん」