「そもそも何故我々は過去の軍艦をモデルにされたんだ?近代兵器やイージス艦ではだめなのか?」
工廠から戻る途中、日向が千歳にそう投げかけた。すっかり日の落ちた外の景色を眺めていた千歳は、日向の質問に視線を廊下の先に戻した。
「イージス艦レベルの高度な情報処理システムを艦娘が背負うのは無理があるのよ。イージスシステムは「索敵」「情報処理」「攻撃」の三つの要素を連続させつつ、同時に管理・計算を行うシステム。でもその維持にはとんでもないエネルギーと設備が必要なの。もちろんお金もね」
まるで教師のように言葉を区切る千歳の話し方に、日向はひとつの解を得ていた。親指で顎を撫でて、ポツリとつぶやく。
「艦娘用にレベルを下げている?」
「ご明察。艦娘運用のレベルにあわせつつ、最大の戦果を挙げる為に旧戦中の兵器の再現が最も効率が良いと結論が出たの。これは妖精のスピリチュアルな計算式で導き出したんじゃなく、軍上層部が円卓で肘を付き合せて決めたモノよ」
足音を響かせながら千歳が続ける。珍しくぺらぺらと話す唇を気にしながら、ワンカップを呷ってその潤いを維持していた。
現在時刻は午後9時。艦娘がやっと気兼ねなく酒を口にできる時間だ。もちろん彼女がそんな事を気にする訳が無いのだが。
日向はそんな千歳の様子に呆れながらも、頭の片隅では近代化改装の行く末の事が引っかかり続けていた。戦艦を捨てるという事、在りし日の記憶をめぐり、航空戦艦に「成る」という事。
「日向は航空戦艦の事、どれくらい知ってる?」
まるで日向の表情を察したかのように千歳が切り出した。それに特別驚いた様子も無く日向は返す。
「ミッドウェー敗戦を区切りに空母不足に悩まされた旧日本海軍が、その穴を埋めるために
迫りくる戦闘機を航空戦で圧倒し、敵艦の装甲を主砲でなぎ払う。海と空との立体的な戦術展開により戦場を切り開く。それが「求められた」航空戦艦の姿であった。
「……」
千歳は日向の話に黙って耳を傾けている。まるで聞き飽きたおとぎ話を、まどろみの中に聞き流すかのように。口を挟む事も無く、唯々熟知した結末を待っている。
「しかし現実は違った」
日向の口調が、少し引き締まったものに変わった。ワントーン下がったその声を響かせる心情は、戦艦としての過去に起因するものなのか、それとも航空戦艦としての未来に向けられたものなのか。
「その甲板から戦闘機が飛ぶことは無かった。戦況が彼女を空母として活かす事を拒んだ」
「そうね」
千歳は日向の言葉を遮らない様に小さく頷いた。
「無理して描いた理想が現実を追い越してしまう事は、往々にして良くある事だわ」
その言葉に日向は何を返す事も無く、唯黙々と歩を進めた。医務室の扉が見えてくる。直前の角を曲がった所で千歳が早足で先行し、背後へ振り返った。腕を組んで見上げるように日向と視線を合わせた。
「心配?」
「どうだろうな。艦暦と艦娘としての性能が吊り合わない事など、珍しくも無い事だ」
足を止め少し考え込む。目を瞑って唸るような仕草をした後、ゆっくりと時間をかけて言葉を捜した。医務室の中で、ガタンと物音が聞こえたような気がする。
「負けられない理由もある。運命や理想に振り回されてやる余裕も無いしな」
「それって榛名嬢の事?あんまりムキになっちゃだめよ」
「それだけではないさ…」
音を立てて医務室の扉が開く。
顔を覗かせたのは初霜だ。あわてたように周囲を見まわし、勢いよく廊下に飛び出す。その瞬間に扉のサッシに足を取られ頭から壁に激突した。
「それだけでは、な」