立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【とべよずいうん】

 雲一つない快晴の空、穏やかな波。遠方の島には新緑が伺え、海鳥の影が夏の始まりを思わせる。

 闘争とは無縁の静かな海。その只中に日向は一人佇んでいた。僚艦もつけず広大な海にただ一人、海の彼方を眺めている。体を持ち上げて艤装を背負い直す。新品の航空甲板が、眩しいほど日の光を照り返していた。

 耳にはまったインカムを指で押さえ、日向は水平線の遠くに目を向けた。

 

「準備はいいか?」

 

 数秒のタイムラグの後、電子音に乗って澄んだ声が飛び込んでくる。

 

「こちら初霜。ブイの設置完了」

 

 日向はその声を受け、誰にともなく頷いた。

 

「了解。2000まで距離を取り待機。弾着頼むぞ!」

 

 マイクに話しかけながら艤装を展開する。

 両肩に背負った主砲が、駆動音を響かせながら駆動する。右手で腰の下のレバーを引き、主砲の角度を調整する。手元の安全装置を握りながら、車のギアを操作するようにレバーを左右に切り替える。その上で脊髄と直結した艤装が、脳からの電気信号を受けて大きく左右に開いた。

 主砲そのものを固定するアームを停止させ、その後砲角を調整する。標的の姿は見えないが、電探とつながった神経を通して頭の中でしっかりとブイを捉えていた。

 

「第一から第四まで砲門開け!」

 

 号令と共に砲に弾を込める。ドカンと鉄蓋を閉める音が聞こえ、同時にアームが少し沈んだ。微調整はしない。計算の上での先の展開だ。

片目を瞑ってじっくりと照準を絞る。黒点と化した初霜の離脱を確認してから、思い切り引き金を引いた。

 

「全門斉射っ!」

 

 轟音と共に巨体が震える。激しく左右に揺れる振動を、足の筋肉だけで無理やり制御する。後方に流れる勢いには逆らわず、海面を後退しつつ反動を逃がした。

 黒煙を纏った徹甲弾は、瞬く間に空の中に消えていく。遥か遠くで水柱が上がると、日向は素早くインカムを指で押さえた。

 

「第一射!遠近よし!」

 

 初霜の弾着報告。

 本来であれば瑞雲を飛ばして確認を仰ぐ所だが、今日は別の任務で水上機は出払っていた。無計画で海上に出た挙句、どうしたものかと思案していた所に、待ち構えていたかのように初霜が現れたのだ。

 

「どうだ?」

 

 日向が先を促す。停止した的相手に電探で位置を把握していれば、この距離であろうと命中は難しくない。日向が気にしているのは、その後だ。

 

「駆逐艦大破、戦艦小破!」

 

 その報告に、日向は小さく肩を落とした。

 

轟沈()とし切れないか…」

 

 航空戦艦になって3日目。2回目の訓練。

 新しい艤装を体に馴染ませる為の、艦隊も組まない流し訓練である。しかし慣れない己の性能に、日向は早くも難色を示しつつあった。

 

 一番の弊害は火力の低下である。なにせ主砲を2本も撤去してしまった為、単純な砲撃火力は大幅に低減してしまっている。しかしそれは改装前から了承済みの事であって、現在の火力不足には、また別問題が絡んでいた。

 流星隊の解体が、ここにきて大きく響いていた。

 本来航空戦艦へ改装後、主砲の撤去によって低下した火力を補うのは戦闘機による航空攻撃であった。艦載機による爆撃と、砲撃を両立させる事による立体的な攻撃こそ航空戦艦の強みであった。

 しかし、航空火力は改修前の予定より大幅に低下してしまっている。艦上戦闘機を撤去し、多目的水上機「瑞雲」を中心とした航空機運用に切り替えたためだ。

 瑞雲も「偵察」「爆撃」「観測」と幅広く運用可能な高性能機であるのは間違いない。しかし攻撃に特化した機体に比べると瞬間的な火力には劣るうえ、全隊を攻撃に割けない以上スペック通りの成果は出せないでいた。

 砲塔より伸びる煙を眺める日向に、遠方より影が迫る。視線を空に移すと、隊列を組んだ11機の瑞雲が頭上を大きく旋回した。Uターンの際に左右二組に別れ、次々着水していく。日向は足元に滑ってきた一機に手を伸ばし、救い上げるように機体を持ち上げた。甲板の上に置き、状態を確かめる。

 

「まだ燃料にも余裕があるし、飛行は順調か」

 

 拾い上げた瑞雲を甲板の裏側のスロットに収容する。甲板の裏には艦載機をセッティングする「マガジン」が取り付けられている。今そこに待機しているのは、「装填」済の11機。そこに今の1機を足して合計12機。

 

 甲板から突き出した二門のカタパルトを雲の隙間に向ける。マガジンよりエレベーターによって押し上げられた瑞雲が、甲板の上をレーンに沿って滑る。流線形の機体が、カタパルトの先端に納まった。日向は甲板を支える左腕を持ち上げるように、右手を添えて構えを取った。

 一瞬の沈黙の後、吠える。

 

「第二次隊、発艦はじめっ!」

 

 金属の衝突音に重なり、風が唸る。

 弾かれたカタパルトの勢いに沿って、緑色の機体が空高く上がった。

それに続き、二門のカタパルトが次々に水上機を射出していく。中央のエレベーターがせわしなく動き、カタパルトが交互に唸りを上げる。その間日向は甲板が大きく動かないように、波の上で己の巨体を支えなければならなかった。

 

 最後の一機が上空に放たれた時、日向はやっと静止を解いて素早く時間を確認した。

 12機発艦まで6分8秒。その数字に日向は何とも言えない表情を見せた。1機の発艦にかかる時間およそ30秒。この数字は決して遅くは無い。いや、むしろ妖精機を飛ばすには十分すぎる速度を保っていると言える。しかし、通常の巡洋艦や戦艦の様に2~3機の偵察機を飛ばしている訳では無い。10機~20機の航空隊を操る艦娘としてはむしろ時間がかかっている方と言える。

 現に大航空隊を操る空母艦娘にカタパルトを搭載している艦は存在しない。ほとんどの者は矢に封じた妖精機から高速で機を撃ち放つ。術式甲板より式神を打ち出す者もいるが、初速を取るか機体数を取るかで原理は同じだ。

 

 海上で動けぬ五分間。戦場においてこれが無視できぬ時間である事は誰にでも想像がついた。

 

 雲の中に消える瑞雲を見送り、日向はため息をつく。課題は山積みだ。

 

 ふと視線を落とすと、足元に先ほど帰投した瑞雲がぷかぷか浮かんでいた。気が付いて周りを見渡すと、10機の瑞雲たちがわらわらと日向の周りを囲むように浮かんでいる。

 

「これを全て私で片さねばならんのか…」

 

 課題は山積み。

 日向は再度大きくため息をついた。

 

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