立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【おまつりのにおい】

 部屋中に柔らかな茶葉の香りが広がる。横須賀の提督、丁嵐誠一は大きな職務机に寄り掛かりながら窓の外を眺めていた。手に持ったティーカップの表面が波打つ。赤みがかった髪を掻き上げ、優雅にカップの縁に唇を寄せる仕草はまるで洋画の一場面を思わせた。

 整理されたテーブルの上に、一枚の書類が風に揺れている。その名簿を手に取って、秘書艦である古鷹が告げた。

 

「初霜がポップコーンの屋台の設営に、第二演習場を希望してきていますが…」

 

 第二演習場は横須賀唯一の陸上戦闘用の演習場だ。出撃用の桟橋から近く、海沿いに面した広い敷地である。観艦式の季節になると、公開演習の客席が近い事もあり出店の申請が集中する激戦区と化す。最終的な申請の承諾は、提督である丁嵐に一任されていた。

 

「アタシの分のポップコーンを確保するという条件で許可しようかしら」

 

「提督、それは賄賂というものではないでしょうか。私の記憶の限りでは、大変な規則違反であると記憶しております」

 

「古鷹、あんただってあのおチビの新作食べたいでしょ?」

 

 古鷹は表情を変えずに、丁嵐の視線を追って窓の外を眺めた。そこには訓練より帰投する航空戦艦と黒い従者の姿があった。

 

「はい。私もぜひ頂きたいです」

 

「なら素直にアタシに従ってなさい。去年の人気を見てもあの子が妥当な事くらい他の子だってわかってるわよ。この様子じゃあね」

 

 そう言いながら丁嵐は自分の傍にあった書類を古鷹に向けて滑らせた。それも初霜のものと同じ出店のスペース確保の申請書である。六駆のかき氷や足柄のカレー、霧島のメガネ屋など押しに押されぬ人気店揃いだが、彼らが指定しているスペースは激戦区の第二演習場では無く第三航空演習場だ。

 第三航空演習場、通称「三空」は新着の空母が陸上で発艦の訓練をするスペースである。数少ない陸上演習場の一つで、こちらもたがわず人気が高い。しかし公開演習場から遠く、客寄せという点においては第二演習場に続く二番手に甘んじているというのが現状だ。

 

 彼女達があえてこの場所を選んだのは、第二は今年は初霜に取られると確信があるからだ。第二の抽選ではじかれて遠くのスペースをあてがわれるより、初めから三空の空きスペースを確保しておこうという魂胆だろう。それほど去年の初霜のポップコーンは凄まじかった。今年はそれを目的にやってくる者達も多いだろう。今年の経営申請にポップコーン屋が3つもある事からも、どれだけ初霜が意識されているかが伺える。

 

「出し物と言えば、日向の件は?」

 

「それは、アタシから伝えるわ」

 

 カップの縁をなぞりながら丁嵐が漏らす。窓から差し込む光に照らされた横顔は、堀の深い顔により色濃く影を落としていた。

 

「提督の招待リストも届いています」

 

 古鷹が自分の持っているボードに目を落とす。指で文字をなぞりながら、上から順に読み上げた。

 

「大本営からは栄吹中将と秘書艦の長門、ブインの田中大佐と秘書の那智、A-4基地の荒神中佐と秘書艦補佐の霞、それから呉の松崎…えっと」

 

 古鷹の言い淀む仕草に、丁嵐は小さくカップを鳴らした。その音に気付き、古鷹が名簿から視線を上げる。

 

「じょうすい」

 

「え?」

 

 脈略の無い丁嵐の発言に、古鷹が首をかしげる。丁嵐はカップをソーサーに上において、窓の外を見つめたままぽつりと呟いた。

 

「呉の松崎城酔(まつざきじょうすい)、アイツが来るのね」

 

 呉鎮守府現提督「松崎城酔」。階級は丁嵐と同じ少将。陸上がりの変わり者で、最前線の呉を統率する古兵。謎の多い経歴の持ち主で、「亡霊」の名で知られる曲者だ。

 

 この松崎という男。海軍内で対立する「大島派」の唯一の少将でもある。同じく大島派の大古株は、丁嵐より階級の高い中将が訪問してくる。

 

 観艦式に乗じて派閥の人間が派遣されてくる事はあらかた予想通りであったが、そのどちらもが特務権限を持つ将官。しかも「呉の亡霊」まで引っ張ってくるなんて…。

 

「目障りな虫が」

 

 醜く肥え太った豚と、死臭に這い寄る亡霊。

 丁嵐は歯噛みした。

 

 虫どもめ。

 目障りだ。障害、邪魔者。いい気になってガサガサガサガサわめきやがって。

害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫害虫

 

 ドンと机を蹴り飛ばしながら立ち上がる。丁嵐は薄笑いを浮かべながら、持ったカップを古鷹に手渡した。目を丸くする古鷹を無視して、一人優雅な足取りで入り口に向かう。呆然と見送る秘書艦を残して、音を立てて司令室の扉を閉めた。

 

(誰もアタシの邪魔はさせない。もし奴らがその気なら、こっちから打って出てやる)

 

 去年と、同じように。

 




「松崎城酔」のキャラクターは『僕と久保』様作、『艦隊これくしょん/木漏れ日の守護者』よりお借りしています。
本編はここ↓
Pixiv
http://touch.pixiv.net/series.php?id=693268
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