立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【しっかりもの】

 深海棲艦の補給路の分断。それが、今回日向達に下された作戦の概要であった。アリューシャン方面より南下してくる深海棲艦群。それらは度重なる鎮守府の反復攻撃を凌いで、本土に迫ってきていた。大湊が中心となり3度に渡りそれを迎撃したが、今奴等は四度目の突撃に向け体勢を立て直している。

 海域上に補給地がある。それが大本営の出した結論だった。

 

 横須賀のメンバーはこの補給地の探索と、対空部隊の補強に従事。日向は強化された対空砲を使い、迎撃隊として作戦に参加した。大湊について3日の後に戦艦金剛率いる捜索隊が補給地を発見。多数の補給艦を撃沈し、補給路の分断に成功した。その間日向は鎮守府に駐在し、対空警戒と哨戒に努めた。

 その後大湊が4度目の迎撃に成功。殲滅戦に向け進行を開始。金剛隊がそれに続くように殲滅戦に参加。日向と数隻の巡洋艦を含めた対空補助隊は、戦力過多と判断され一足先に鎮守府に帰投した。帰りの作戦報告の中で金剛が敵旗艦を轟沈させたと報告を受けた。

 

 日向は負傷した駆逐艦を曳航し鎮守府へ。沖からおぼろげに見える鎮守府の灯が、遠い陽炎のようにちらついて見えた。

 重い体を引きずって桟橋に上がると、帰投の喇叭が鳴り止まぬうちに演習場より初霜が駆け寄ってきた。

 

「ご苦労様ですっ!」

 

 鋭い敬礼に、その場にいた全員が肩を張る。疲弊した筋肉を無理やり鼓舞して礼を返した。満足したように微笑む初霜の後ろから、白衣の影がのっそりと顔をのぞかせた。

 

「駄目よ初霜。急に気を張ると貧血を起こす娘だっているんだから」

 

 千歳がバットを担ぐかのように、手に持った一升瓶を振り上げる。突如現れたその異様な風体に、並んだ駆逐艦達は一斉に身を引いた。分厚いレンズ越しに千歳の眼光が駆逐艦達を射抜く。その中でもとりわけ負傷の激しい二隻を見ると、不機嫌そうに煙草を揺らした。

 

「初月と皐月はすぐに艤装の調整。他の子はお風呂行っちゃいなさい」

 

 一瞬放心する駆逐艦たちが、「指示を出された」という事実に気付いて一斉に動き出す。初月と皐月そして日向を残して、どたばたと千歳の脇をすり抜けるように駆け出した。

 

「高角砲二人はあたしとおいで。まったく、無茶するんじゃないよガキが」

 

 初月と皐月は襟首を掴まれたまま、ずりずりと引きずられていく。ぽつんと日向だけが取り残された。陸に立つ初霜と目が合う。日向が口を開く前に、聞き覚えのないハスキーボイスが日向を呼びとめた。

 

「お疲れ様です、『航空戦艦殿』」

 

 いつの間に現れたのか、長身の女性が初霜の背後――桟橋の縁に立っている。スラリと足が長く、気怠るそうに胸の前で腕を組んでいる。整ったショートボブが海風に揺れていた。

 初霜が背後を振り返るより先に、日向が海から上がって初霜と女性の間に割って入った。すばやく自分の後ろに初霜をかばい、自分はぐっと相手へ顔を寄せる。長身の日向の威圧を受けても女性はひるむことなく、訝しげに眉を寄せた。

 

「私、何かしたかしら?」

 

「君の「姉」には随分世話になっているよ」

 

「そんなに警戒されるほど、榛名が迷惑をかけているかしら」

 

 女性が顔をそむけながら、鼻の頭に引っ掛けた眼鏡を整えた。高速戦艦「霧島」は、ため息をつきながら一歩引き下がった。

 

「提督が、あなたをお呼びよ」

 

「これは、かの『高速戦艦殿』がわざわざお使いとは恐れ多いね」

 

 日向の芝居ががった台詞に、眼鏡の奥で不機嫌そうに瞼が狭まる。不満を隠せぬ正直な瞳の色は、実に榛名に似ていた。

 

「その程度の嫌味に目くじらを立てていては、金剛型(あのコたち)の末妹は務まらないわ」

 

 つまらなそうに霧島が鼻を鳴らす。その様子を見て、日向はやっと警戒を解いた。腰にしがみついた初霜がおずおずと顔を出す。その頭の上にぽんと手を添えた。

 

「すまない、気が立ちやすい性格でね」

 

 霧島は口の中のため息を飲み込むと、目をつむって肩をすくめた。羽織った千早の袖が、安堵したかのように左右に揺れた。

 

「構わないわ。その程度の偏見で気を落としていては、榛名(あのコ)の妹は務まらないわ」

 

 頷いて小さく口の端を緩める仕草には大人びた落ち着きがある。金剛とも榛名とも違う、寛大に物事の成り行きを楽しむ余裕を感じる。次女はもっと活発なタイプだと聞いているので、きっと彼女独自のものなのだろう。

 攻撃的で恐れを知らぬ金剛型の精神だが、霧島にはそこに奥ゆかしい思慮深さを感じる。榛名がその心をひとかけらでも持ち合わせていれば…。

 思い浮かべておいて、自分の考えにあきれる。

 榛名とは傲慢な精神の代名詞であり、思慮深く寛容な心があればそれはもう()()榛名とは別物だ。

 

 日向の表情を見て思考が知れたのか、霧島は口元に手を当ててクスクスと笑った。

 

「似ていないでしょう。榛名にも、お姉様方にも」

 

「よく言われそうだ」

 

「どこへ行ってもよ!もう、偉大すぎる姉を持つのも考えものね」

 

 そう言って肩をゆする霧島に、日向は苦笑する。

 我の強い姉達を見ているからこそ、強くそれらを受け入れられる寛容さがあるのではないだろうか。ふとそう感じた。

 

 

 

 

 司令室へ向かう日向の背中を見送った後、霧島は視線に気が付いてふと目線を落とした。自分の足もとに立っていたのは初霜である。彼女は自分と同じく日向の背中を目で追っている。今にも駆け出しそうなその進行を霧島が優しく止めた。

 

「初霜さんは、お留守番していましょう。提督とは、大切なお話があるそうよ」

 

 初霜が不思議そうに霧島を見上げる。赤茶けた瞳。その淡い色に、つい引き込まれそうになる。

 

 不思議な少女であった。

 

 実直な芯の強さを感じさせる強い瞳。それはあの日向を思わせる。しかし、不用意に他者を傷つけるような気概は持たず、むしろ霧島はこの少女から小動物のような愛らしさすら感じていた。

 

 霧島がそっと手を伸ばす。

 指先がその髪に触れた瞬間に、初霜の体が強く硬直するのを感じた。反射的に指先を離すと、初霜は瞬く間に霧島の脇を抜けて日向の背を追ってしまった。

 

 小さな背中を振り返り、霧島は悲しそうに目を細めた。

 

「偉大すぎる姉を持つのも考え物ね…」

 

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