立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

2 / 55
【提督という男?】

 

「じゃあ、行って来る」

 

 司令室の前で日向は足元の初霜に向けて言った。視線を下ろすと、ちょうど自分を見上げている彼女と目が合った。

 

「初霜もお供いたします」

 

「お前は関係無いだろう」

 

「初霜は日向様の盾でございます」

 

「話し合いに盾は必要ないだろう」

 

 そう言われて初霜は「ふむ」と顎に手を当てる。数秒の思考の後、大真面目な顔で答えた。

 

「精神的ダメージがあるかもしれませぬので」

 

 それを受け、今度は日向が考える。

 

「守ってくれるのか…」

 

 日向は一つ息をついて扉に手を掛けた。

 

「心強いな」

 

 頷いて、その小さな手を取る。

 まるで台本があるかのようなやり取りだが、二人は至って真剣であった。

 

 

 

 

「入るぞ」

 

 ノックも早々に扉をくぐる日向の後を追うようにして、初霜も慌てて部屋に足を踏み入れた。とたんに香ばしいコーヒーの香りに包まれる。初霜は普段見慣れない司令室の光景に目を丸くしていた。

 司令室の中は美しい調度品に囲まれた、まるで高級ホテルの一室のような空間であった。

 

 応接用に用意されているのは曲がった足を持つ丸みを帯びたテーブルと、専用にあつらえたレトロなソファー。アンティークだとかヴィンテージだとか、そんなものに詳しい初霜では無いが自分の部屋においそれと飾れる安物で無い事だけはわかる。

 海を見渡せる大窓は、サッシ部分が小さなカウンターのように突き出している。足元は収納になっていて、ガラス戸からは寝かされたワイン瓶が隙間なく並べられているのが見える。

 職務用の机はピカピカに磨かれ、今は書類の束の代わりに小さなコーヒーメーカーがぽこぽこと可愛らしい音を立てていた。

 

 机の前に立っていた長身の男性が、音に気が付いて振り返る。赤み掛かった髪が小さく揺れた。

 

「いらっしゃい」

 

 提督は手にコーヒーカップを持ったまま振り返った。両手にソーサーを持ち、まるで着崩した学生服のように軍服を肩から羽織っている。軍服の下は黒のタンクトップで、筋肉質な体を覆い隠している。

 

「お、おてつだいします」

 

 初霜が駆けて行ってコーヒーを受け取る。

 提督はわずかに目尻を下げると、切れ長の目で柔らかく笑った。

 

「サンキュー、初霜」

 

 無意識に初霜の頬が朱に染まる。

 

(こんなにカッコよくっちゃあ、少しくらい動揺しちゃうのも仕方が無いよね)

 

 初霜はコーヒーを机に運ぶと、提督の椅子を引いて自分もその向かいに腰を下ろした。初霜の隣には日向が座る。提督は一口だけカップに口をつけ、ゆっくりソーサーをテーブルに置いた。並んで座る二人を見つめて、面白そうに目を細めた。

 

「あんた達ホントに仲良いわねぇ。なんだか、お人形さんみたいで可愛いわ」

 

 しゃなりと、形のいい顎に指の先が触れた。男とは思えない細く繊細な指先は、ピンクのネイルにコーティングされピカピカと輝いている。

 

(オネェじゃなければなぁ…)

 

 初霜は、はぁとため息が漏れそうになるのをコーヒーの苦みで何とかごまかした。日向は流石に見慣れているのか、涼しい顔でミルクをかき混ぜている。

 

「まあいいわ。日向、最近の調子はどう?」

 

 提督がシュガーポットを取り出しながら聞いた、中から色とりどりの角砂糖を取り出し、胸ポケット引っ張り出したレースのハンカチの上に等間隔で並べ始める。

 

「知ってるだろう、風呂焚きに掃除にと大忙しだ」

 

 日向が砂糖を一つつまみあげてコーヒーに落とす。一口つけて、再度別の砂糖に手を伸ばした。

 

「それは結構。ならもう一度戦場に出る必要はなさそうね?」

 

 砂糖の色を選んでいた日向の指がピタリと停止する。

 

「今更こんな旧式に何の用だ。特攻か、囮か?」

 

 皮肉ではない。本心からの疑問であった。

 提督もそれを知っての事か、苦い顔ひとつしない。代わりに、口をつけたカップに広がる波紋を、長い時間かけてじっくりと眺めた。

 

「金剛ちゃんの事はご存じ?」

 

 知らない訳は無い。

 英国かぶれの高速戦艦姉妹の1番艦。鎮守府最強の一角にして、艦隊のエースオブエース。最新型戦艦の……あ。

 

「近代化改修、か?」

 

 提督はカップに口をつけたまま、小さく頷いた。

 

 近代化改装とは一定練度以上の艦娘が特定の設備により「肉体」と「艤装」を強化する改造手術の事である。「限定改造処理」とも呼ばれ、艦娘の専門を細分化し、より限定的に調整する事で稼働能力の最大値を大幅に上昇させる作業だという。

 

「イエース。ただね、女の子にはちょっと負担が大きいかもと思ってるのよ、アタシはね」

 

「金剛型が高速戦艦になったような?」

 

 提督は大きく頷いた。

 

「大がかりな作業になるわ。多分だけど、元の体に戻る事も出来ない」

 

「ほほう私の次は何だ?宇宙戦艦か?」

 

 日向は流星の合間を縫って航行する自分の姿を想像し「悪くない」と小さく頷いた。しかし、日向の冗談にも提督は眉一つ動かす事なく、机の一点を見つめている。

 

 提督は一瞬目を伏せ、次の瞬間まっすぐに前を、日向を見据えた。

 

「航空戦艦って知ってるかしら?」

 

 黒い水面が、動揺したようにゆらりと揺れた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。