立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【さよならのうた】

 古鷹に叩き出される様な形で司令室を後にし、日向は向かいの廊下で崩れるように壁に手をついた。扉の前で待っていた初霜が不安そうに自分を見上げていたが、とても気になど留めていられるような状態ではなかった。

 

「解体、解体、解体ね」

 

 うわごとの様に呟きながら廊下を歩く。全身がだるく、持ち上げた足は鉛のように重い。

 

 今まで自分がやっていた事はなんだったのか。航空戦艦とは、戦艦の新時代とは、そもそも艦娘「日向」とは、一体なんだったのか。

 寄りかかった窓に自分の姿が移り込む。鏡合わせの自分は、可笑しくなってしまったかの様に笑っていた。今にも泣き出しそうな、子供のような目をして。あての無い助けを求めて、ただ虚空を見つめている。

 

「ははは、私は、何の為にこんな体になったんだ…」

 

 女を捨て、人を捨て、体中傷だらけにして。力を追い求め人から離れすぎた体。振り上げた拳は振り下ろす先を失い、ただ腐り、朽ちていく。

 

 よろよろと足を止めては、壁に寄りかかり肩を震わせた。

 

「何の為に…クソっ!」

 

 怒りのまま壁を殴りつける。

 戦艦の強靭な握り拳が、まるで剃刀を握り締めたかのように痛かった。

 

「日向様…」

 

 背後に迫る小さな足音。かすれた声に、心臓がズキズキと痛んだ。

 

 ああ神様、私が何者でもなくなっても、この子だけは絶対に私の隣にいてくれる。それが解っているのに。

 それだけが、救いなのに…。

 

「消えろ初霜」

 

 それなのに…。

 

「…え?」

 

 足音が、止まる。

 

「消えろ」

 

 初霜の心が揺れる。手に取るようにわかる。

 何故だ初霜…。

 

「は、初霜は日向様の、お側に」

 

 何故お前は、どこまでも私を追い詰める。

 

「お前に守られる価値などあるか。この私に」

 

 声が震えるのは、全身の震えを抑えているからだ。

 

「日向様には、戦艦の未来を担う志がございます。この初霜…」

 

「お前の期待も憧れも!全部、全部重荷だ!」

 

「日向様!」

 

 初霜が、一歩近づく。

 その一歩にどれだけの勇気が含まれているのか。

 

「五月蝿い」

 

 その勇気を、私は一蹴した。

 

「【日向】!」

 

 ああ、初霜。お前は本当に。

 急に、大声を、出すんじゃない…。

 

「目障りなんだよっ!【初霜】!」

 

 ああ、早く。

 早く早く早く。

 

 足音が遠ざかっていく。

 足音が、遠ざかってく。

 愛しき足音が、遠ざかっていく。

 

 もうあの足音を聞きながら海辺を歩けないのかと思うと…。

 辛くて、辛くて。

 

 声を殺して、泣いた。

 

 

 遠くの空で、一機の飛行機が高く尾を引いている。

 立ち上る雲が長く、長く青空を二つに分けた。

 

 

 




前篇終了
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