古鷹に叩き出される様な形で司令室を後にし、日向は向かいの廊下で崩れるように壁に手をついた。扉の前で待っていた初霜が不安そうに自分を見上げていたが、とても気になど留めていられるような状態ではなかった。
「解体、解体、解体ね」
うわごとの様に呟きながら廊下を歩く。全身がだるく、持ち上げた足は鉛のように重い。
今まで自分がやっていた事はなんだったのか。航空戦艦とは、戦艦の新時代とは、そもそも艦娘「日向」とは、一体なんだったのか。
寄りかかった窓に自分の姿が移り込む。鏡合わせの自分は、可笑しくなってしまったかの様に笑っていた。今にも泣き出しそうな、子供のような目をして。あての無い助けを求めて、ただ虚空を見つめている。
「ははは、私は、何の為にこんな体になったんだ…」
女を捨て、人を捨て、体中傷だらけにして。力を追い求め人から離れすぎた体。振り上げた拳は振り下ろす先を失い、ただ腐り、朽ちていく。
よろよろと足を止めては、壁に寄りかかり肩を震わせた。
「何の為に…クソっ!」
怒りのまま壁を殴りつける。
戦艦の強靭な握り拳が、まるで剃刀を握り締めたかのように痛かった。
「日向様…」
背後に迫る小さな足音。かすれた声に、心臓がズキズキと痛んだ。
ああ神様、私が何者でもなくなっても、この子だけは絶対に私の隣にいてくれる。それが解っているのに。
それだけが、救いなのに…。
「消えろ初霜」
それなのに…。
「…え?」
足音が、止まる。
「消えろ」
初霜の心が揺れる。手に取るようにわかる。
何故だ初霜…。
「は、初霜は日向様の、お側に」
何故お前は、どこまでも私を追い詰める。
「お前に守られる価値などあるか。この私に」
声が震えるのは、全身の震えを抑えているからだ。
「日向様には、戦艦の未来を担う志がございます。この初霜…」
「お前の期待も憧れも!全部、全部重荷だ!」
「日向様!」
初霜が、一歩近づく。
その一歩にどれだけの勇気が含まれているのか。
「五月蝿い」
その勇気を、私は一蹴した。
「【日向】!」
ああ、初霜。お前は本当に。
急に、大声を、出すんじゃない…。
「目障りなんだよっ!【初霜】!」
ああ、早く。
早く早く早く。
足音が遠ざかっていく。
足音が、遠ざかってく。
愛しき足音が、遠ざかっていく。
もうあの足音を聞きながら海辺を歩けないのかと思うと…。
辛くて、辛くて。
声を殺して、泣いた。
遠くの空で、一機の飛行機が高く尾を引いている。
立ち上る雲が長く、長く青空を二つに分けた。
前篇終了
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