立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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中章【かけらをあつめて】
【いもうとと】


 じゃあ、今日から『日向様』。

 

 はぁ?

 

 決めました。今日から『日向様』です。

 

 私は、伊勢のようにはなれないよ。

 

 私は『日向様』に『伊勢様』を重ねている訳ではありません。

 

 …。

 

 私は…いや、この初霜は日向様に一生お仕えする所存でございます。

 

 おいおい…。

 

 この身に変えても、お守り致します。

 

 わかった。わかったよ…『初霜』。

 

 

 これで私たちは、

 

 

 死ぬまで戦える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初霜と日向がケンカぁ?」

 

 重巡洋艦「加古」は読んでいた文庫本から顔を上げると、かけていた読書用のメガネを手の中に握りこんだ。

 消灯前の巡洋艦寮のひと部屋。二畳半しかない『医療』の狭い自室に、三人の艦娘が寿司詰め状態で顔を突き合わしていた。狭いベッドの上で加古が膝を抱え、駆逐艦「江風」がベッドの残りのスペースに身を広げる。行き場のない軽巡洋艦「神通」は床の上に座り込んで、ベッドに肘をついていた。

 

「マジだって。あの初霜が、旦那の背中に「殺すぞっ!」って…」

 

「言ってないです。「日向っ!」て大声で。でもすごい剣幕でした」

 

 二人は興奮冷めやらぬといった様子で、先ほど廊下で盗み見した様子を話し続けた。

 事の起こりは特別出撃で休憩がずれ込んだ神通に、江風が誘いの声をかけた所からであった。神通は船渠に戻る前に資料室に寄って行くと言い、その帰りに日向と初霜の一連の騒動に立ち会ったのだ。

 

 日向の背中に詰め寄る初霜。

 二人の言い争いと、日向の激昂。

 初霜の涙。

 走り去る初霜とすれ違ったが、彼女はこちらに気付く様子もなく廊下の角に消えていった。

 

 加古は二人の話の大よそを把握すると、大して興味もなさそうに再び読みかけの本に視線を落とした。

 

「まあ二人もいい歳だし、ずっと姉妹仲良くって訳にも行かないんじゃない?」

 

 その言葉に江風が目を細める。神通も寝そべっていた頭をゆっくりと持ちあげた。

 

「姉妹?伊勢型の日向(ダンナ)と初春型の初霜が?」

 

 訝しげに語る江風にならって、隣の神通も興味深そうな視線を加古へ向けた。少女は本から視線を上げずに答えた。

 

「あの二人は艦娘になる前からの血縁なんだよ」

 

 二人は目を丸くする。

 降って湧いたその新事実は、すっかり盛り上がったていた二人にとって絶好の燃料であった。

 

「とても気づきませんでした…」

 

「はえー、にてねー姉妹(きょうだい)

 

 各々の感想で盛り上がる二人に対して、加古は「若いねぇ」と小さくため息をついた。

 

「意地っ張りで信念を曲げない所なんかそっくりだと思うがね」

 

 もともと初霜と日向は横須賀の中ではかなり古参な船である。二人の仲の良さを普段から目にしている者達でも、二人が実の姉妹だと知る者は少なかったはずだ。

 

「二人とも示し合わせる事も無く艦娘になって、偶然同じ鎮守府に配属になったんだ。着任して半年間お互いを知らなかったってんだから傑作だよ」

 

 言葉とは裏腹に加古は淡々と語る。それに江風は納得いかなそうに眉をハの次に歪めた。わざとらしく手のひらを天井へ向ける。

 

「あれが姉妹ねぇ?姉と妹で「日向様」ってか?」

 

 からかうようなその口調に、加古は活字を追う目をわずかに細めた。

 

「それこそお前たちが首を突っ込むような問題じゃないと思うけどね。そこら辺の事情は初霜本人に聞きな」

 

「だから初霜さん、あんなに気を落としらっしゃったのですね」

 

 黙って話を聞いていた神通のふとした呟きに、江風も加古も言葉を止めた。

 しばしの沈黙を生んだのが自分の一言だと気が付くと、神通は少し驚いたように身をすくめた。

 

「落ち込んでた?初霜がか?」

 

 神通は肩を縮めたまま、首だけ大きく頷いた。

 

「ええ。日向さんに「初霜っ!」って拒絶されたとき、何か…そう、裏切られたような沈んだ眼をしていました。次の瞬間、堰を切ったように泣き出してしまって」

 

「言っとくが、二人を仲直りさせようなんて考えるなよ」

 

 二人とも加古へ視線を向ける。江風は首をかしげて難色を示した。

 

「なンでさ?みんなでパーッと騒げば旦那の機嫌だって良くなるさ」

 

「さっきから首突っ込むなっつってんだろ!あんなに仲の良かった二人の問題なんだ。藪から棒につつくと()()()()()()のカミナリが落ちるよ」

 

 加古に一括され、江風は大げさに肩を落とした。いじけたように唇を尖らせる。

 

「まあ、旦那は怒ると怖そうだけどさ」

 

「旦那。そう、旦那もね」

 

 一瞬加古の瞳が泳ぎ、何事もなかったかのようにまた活字を追い始める。

 

「…姉御、様子が変だぜ?」

 

「いいから、余計な口出しするんじゃないよ!」

 

 加古は無理矢理話を打ち切り、結局その日はお開きとなった。

 

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