立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【「けつい」のかけら】

「まてまてまてまてまてまてまてまてぇ!」

 

 加古は大声を張り上げながら、いつもの桟橋に走りこんできた。加古と江風が将棋をし、神通のつたない訓練の一部始終を見守ってきたあの桟橋だ。ついでに言えば、日向が何気なく足を運び続けたベンチもこの側にある。

 

 そこに「全員」が集まっていた。

 紙に名を書かれた、全員が。

 

 加古は桟橋に駆け込むと、先に来ていた者の背中をつかみ、ぜーぜーと肩で息をした。その手には紙切れが握られている。紙には「公開演習艦隊割」と銘打たれ、その第一に日向の名前が達筆で綴られている。その次、次点に続く「副艦」に名を連ねるのは間違いなく加古の名前である。

 

 加古は呼吸を整えようともせず、かすれた声で話し始めた。

 

「あたしは、確かに、艦隊に加わりたいと言った。言ったよ!だがな、なぜここに神通の名前があるんだ!こいつはまだ戦えるような体じゃない。あたしは反対だ!」

 

 加古が掴んだ手をぐいと寄せる。先に桟橋に立っていた神通は、加古に服を引かれてわたわたとのけぞった。

 

「わ、私が志願したのです。演習の出撃割を見て、日向さんにお声掛けしたのです」

 

 加古は神通の肩をつかんで無理矢理自分の方へ体を向かせた。両肩を支え、その瞳を覗き込む。

 

「どういうつもりだよ!自分がどういう状態か、わかって無い訳じゃないだろう!?」

 

 神通はおびえることなく、まっすぐに加古の視線を受け止めた。その輝きにむしろ加古の方がたじろぐ。決意と意志を備えた眼差し。戦士の瞳。

 

「私が、【川内型】だからです」

 

「…なんだって?」

 

 加古の疑問には日向が答えた。

 

「…川内の為に戦うか」

 

 日向の呟きに、神通は無言でうなずいた。

 

「出撃割?って、相手側の?川内が入ってるのか」

 

 川内はかつて軽巡一と謳われたトップエース。五十鈴に最強の名を譲っても、今回の演習に選ばれて不思議ではない。しかし…。

 

「川内は、先の攻勢作戦で負傷してたはずじゃ…。間違いないぜ、曳航したのはあたしの班だったはずだ」

 

「直前まで「医師」にかかってバケツ被って、後から演習に参加するそうです」

 

 バケツとは、艦娘用高速修復剤の事。艦娘の切り札である。

 緑色の粘性のある液体であるそれは、艦娘の筋肉を司る強化細胞に反応し、急激な心身代謝を促して傷の修復を早める。分類上は薬品として扱われるが、医療や医師の管轄ではなく、技師達の立会いのもと「装備」として使用される決まりがあった。

 肉体に対する負担が大きすぎるバケツの使用を軍医達は推奨していない。つまりはそういう事だ。外傷の連続的な修復は内臓に多大なダメージを与え、度を越えた連続使用がショック死を起こす事例も上がっている。

 諸刃の剣。しかし、その即効性から戦果を求める艦娘の間では使用の申請が後を絶たなかった。

 

「そんなん無茶だ、危険すぎるぜ」

 

「だから無茶しているんです!」

 

 神通は怒気を強めて言った。

 

「私がこんな体になって、那珂も攻勢作戦時(いま)動ける状態に無い!かつて軽巡に川内型ありと謳われた栄誉や誇りは、現在姉さんの無茶の下に成り立っているのです」

 

「しかし軽巡には今「長良の天才様」が」

 

 日向の言葉に、神通は力強く頷いた。

 

「軽巡の強さも誇りも、そんなもの本当は重要じゃないんです。でもそんな言葉に素直に納得する(ひと)じゃありません。自分の命を燃やしてでも、この演習で軽巡最強の勝ち名乗りを上げるつもりなんです。その働き、灯滅せんとして光を増す。そうしたくありません」

 

 両手を握り締め、グローブが軋んだ音を立てる。決意と熱が、静かに全身に広がる。これが、あの気弱な神通の背中なのか。

 

「姉さんを止める為なら。この神通、また鬼にも成りましょう」

 

 彼女の意志は強く。どこまでも清い。

 

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