立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【「ほこり」のかけら】

 公開された「公開演習艦隊割」に綴られた名前は5名。旗艦「日向」、副艦「加古」、雷撃艦「神通」、砲撃艦「名取」、水雷駆逐艦「江風」。

 観艦式の公開演習での編成は艦娘6隻と決められている。これは、艦隊戦において最も効率がいい「六艦編隊」に基づいた、訓練としてのルールである。

 

 皆が持つ紙には最後の6隻目が空欄になっている。その最後の行を指先でなぞり、加古は間延びした声を上げた。

 

「んでー、最後の一人はどうするんで?どうやら駆逐艦が足りて無いようですが?」

 

「ぐ」

 

 日向が顔をしかめる。

 

「はー、どっかにいい駆逐艦はいないかねぇ。律儀で義理堅くてさぁ、信頼できるチビはいないもンかね?」

 

「ぐぐ」

 

「日向さんと仲がいい方などはいらっしゃらないのでしょうか?」

 

「ぐぐぐ」

 

「か、可愛い子がいいなぁ」

 

「名取、お前まで…」

 

 全員の視線が桟橋の先端に立つ日向に注がれる。押し迫るプレッシャーに気圧され、日向は大きくため息をついた。肩を落とし、人差し指を立てて額を押さえた。

 

「わかったよ」

 

 その一言で全員の表情が花開く。渋く目元を捻じ曲げているのは日向唯一人だ。

 

「言っておくが、私から呼べた義理では無いというのは全員承知という事でいいな!それをわかった上で私に「やれ」と言っているんだな!」

 

 その念押しに、その場にいた全員が沸く。

「はやくやれー」だの「ちゃんとごめんなさいしてください」だの「会いたいくせに」だの言いたい放題言いやがって。貴様らこの為に志願したんじゃなかろうな!

 

 日向は全身の力を抜いて、大きく、大きく息をつく。空気の変化を感じたのか、騒ぎ立てていた全員も口をつぐんだ。しんと静まり返った桟橋の上で、自分の心臓の音だけが嫌なくらい大きく聞こえた。

 

 今から呼ぶぞ、お前の名を。どこにいても、どれだけ遠くにいても、お前の耳に届くように。お前は、どこにいたってきっとこの声を聞いてくれる。それを聞いてお前がここに来てくれるかはわからないが…、いや。

 

 再度肺の中の空気を入れ替える。冷たい空気に反して、全身はこれでもかと熱く煮えたぎっていた。

 

 信じるぞ!私たちの絆が疑いに陰る事など無い事を。来る。絶対に来る。来い、私の所に。来い、来い、来い、来い来い来い来い来い来いこいこいこいこい、こおおおおおおおいっ!

 

 

「はつしもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!」

 

 

 話は変わるが、この日観測された津波は最大4mを記録した。荒れる大波は近海を哨戒していた駆逐隊を転覆させ、医療の緊急出動を要した。観測隊記録に長く謎として残ったこの大津波。その最大の疑問点は、津波が海の中のとある1点から360度全方位に広がるように発生したという点である。ついで、この津波と共に謎の怒声を聞いたというものもいるが関係性は不明である。

 以上の例を見て、此度の津波は深海棲艦の新兵器の可能性もあると見て警戒を高めている。

 

 今後長く鎮守府七不思議として名を連ねる事になる日向の「雄たけび」は、発声から5分以上続いた。この雄たけびを最も近くで聞いていた4隻の艦娘は、その間まるでハリケーンに立ち向かうかのごとく桟橋にしがみついていなければならなかった。

 

 嵐が止んだとき、桟橋の上には空を見つめる日向と、膝を突いて肩で息をする4隻の艦娘達がいた。各々がよろよろと立ち上がり、周りを見回す。あたり一帯はまるで周囲の生物が全て死滅してしまったかの如く静寂に包まれていた。

 

「…来ませんね」

 

 30秒ほどして、誰かがそう言った。

 皆が胸の奥底に可能性を感じつつ、決して言葉にはしなかった事。鎮守府から誰かが来る気配、それがまるで無い。小さな足音も、まだ届かない。

 

 加古は恐る恐る日向を見上げた。日向は難しい顔をして空を見上げている。その胸中は、加古にはとても計り知れない。

 「何か」が起こってほしかった。この静寂を崩す「何か」が。加古の心の底のこのわだかまりを崩す「何か」が。

 

 そして「何か」は、底から現れた。

 心の底ではなく、皆が立つ桟橋の底から。

 

 ざばぁっ、と海の中から白い手が飛び出した。

 

 その細腕は、桟橋の木片をがっしと掴み、その全身を海底から露にした。黒い塊は桟橋の上を転がると、日向の足元でぶるぶると体を震わせた。

 

「ひゅうがさ、げっほおえ、初霜はここに」

 

 初霜だった。

 

「初霜!なぜ海の中に!?」

 

 駆け寄って手を伸ばす。

 よろよろと立ちあがった初霜は、子犬のようにぶるぶると身を震わせて水滴を払った。

 

「げっほげほ。いや、日向様が桟橋に向かわれるようでしたので。身近でお守りするならやはり海の下かと」

 

「なんという根性、見上げた女だ!天晴れ初霜!」

 

 握り拳を震わせながら目頭を熱くする日向。向かい合う初霜はまるで勲章でも授けられたかのように、誇らしげな顔で胸を張っていた。

 

「ツッこめよっ!」

 

 加古の叫びは、熱狂する二人を除く全員の総意であった。

 

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