丁嵐に連れられ、松崎とお付きの巡洋艦「大淀」は長い廊下に足音を響かせていた。外の喧騒に比べ、建物の中はとても静かだ。人の気配もなく、ただ自分たちの足音だけが響く。
「皆出払っちゃってるのよ。なにせこのお祭り騒ぎでしょ。貴方たちも後で見ていってちょうだいね」
丁嵐が白い軍服をなびかせながら、後ろに続く二人に告げる。松崎はしらじらしいほどの笑みでそれに返した。
「ええ、ぜひそうさせて頂きます」
大淀は自分の大将の肝の太さに、呆れたように眼鏡を押さえる。そのまま手をおろし、スカートの上から太ももに固定した銃の感触を確認した。ボディチェックもされないとは意外だった。
横須賀の丁嵐誠一。
話ではかなり大胆かつ狡猾な男だと聞いている。ド派手なオカマ野郎というイメージは、彼を本質を実に巧妙に覆い隠していると言えるだろう。
丁嵐は敷島派の筆頭将官でありながら、去年の観艦式での対立派閥に関する左官暗殺の疑いがかけられていた。事件の顛末としては当時の将官が殺人教唆で連行されているが、その後釜に座った丁嵐こそが真の首謀者だというのが上の考えだ。
「どうぞ、入ってちょうだい」
ひときわ大きな扉を潜ると、眼前に広がる光景に大淀は絶句した。
(うっわ…)
扉の上に「司令室」と書かれたその部屋は、大淀の見慣れている司令室とは似ても似つかぬ代物であった。
壁一面に花柄の壁紙。部屋の一角には高級そうなソファーにガラス張りのテーブルが置かれている。今回の会談用に準備されたと思われるテーブルとチェアーは、一目でそれとわかるほどのヴィンテージ品。壁際のシェルフにも凝った装飾が施されており、そこに並ぶティーセットの照り返しを受けてまるで宝石箱の様に輝いている。窓際のバー、並ぶワイン。風になびくカーテンですら高級品に見えてくる。部屋の隅の柱時計が、それを肯定するかのごとく物々しく鳴いた。
「この部屋も相変わらずですねぇ」
松崎が漏らす。その言葉に、ここまでずっと押し黙っていた古鷹が口を開いた。
「松崎少将は、丁嵐提督とお知り合いなのですか?」
松崎は一瞬丁嵐の方へ目を向けるが、丁嵐は小さく笑ってシェルフのティーカップを選んでいる。それを肯定と受け取ったのか、松崎は古鷹に向き直り話し始めた。
「ええ。私が元
「3ヶ月くらいの間だけどね。その後は、ねぇ?」
カップを両手に丁嵐が微笑みかける。松崎もそれに頷いて返した。
「それはお互いに」
視線を合わせ、微笑みあう。
二人の間に漂う雰囲気は旧友か、まさに戦友と言った感じだ。自分の提督にそんな相手がいるなんて、互いの秘書艦すらも知らない事であった。
「懐かしいわねぇ。もう5年になるかしら」
ティーカップを取り出して、テーブルに並べ始める。
「8年になります」
「あらごめんなさい。座って。ほら、古鷹も」
丁嵐が思い出したかのように用意されたテーブルへ一堂を促す。松崎が最初に腰を下ろし、その隣に大淀が座った。最後までカップを並べるのを手伝っていた古鷹も、丁嵐にせかされて大淀の向かいに座った。
「城君は紅茶かしら、それとも珈琲?」
「珈琲でお願いします」
「お嬢さんは?」
「え、ああ、では同じものを」
自分の事を言われたのだと気付き、大淀が背筋を伸ばす。その様を見て丁嵐は小さく微笑んだ。
「こちら私の秘書艦をして頂いています、大淀さんです」
松崎に紹介され、大淀は頭を下げる。
「呉鎮守府、秘書艦の大淀です」
「ふふ、かわいらしいお嬢さんね。城君は迷惑かけてない?」
その問いかけに、大淀は即答した。
「提督はいつもめちゃくちゃな事ばかり仰るので気が休まりません」
「そんな事は無いでしょう」
松崎の抗議を無視して、大淀はすました様に顔を背ける。呉の提督を勤める松崎であるが、その破天荒な作戦と、ひと癖もふた癖もある艦娘達は海軍内において提督本人の名前よりよほど有名なのであった。