立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【伍】山羊将官

      

「古鷹、ケーキを取ってきて頂戴」

 

 コーヒーのおかわりを注ぎながら丁嵐が古鷹に命じた。古鷹は小さく頷くと、丁嵐の後ろを抜けて隣の部屋に消えていく。大淀がチラと覗いた部屋の中は、どうやら業務外の私室のようである。

 丁嵐は全員分のカップをふたたび満たすと、元いた椅子へ腰を下ろす。カップを傾けながら扉が完全に閉じたのを確認すると、タイミングを計ったかのように口を開いた。

 

瓦谷(かわらや)の刑が確定したのね」

 

「ご存知でしたか」

 

 神妙な面持ちで語る丁嵐に、松崎は表情を動かさずに答えた。

 

「途中経過は知らされてたわ、書類でだけどね。でも結局裁判には一度も顔を出させてもらえなかった」

 

 深い息を吐く丁嵐の横顔を、大淀は小さくのぞき見る。

 

 瓦谷永世(かわらやえいせい)はかつての東の少将。去年の観艦式で西の左官殺しを古鷹に命じたとして、「表向き」の罪を問われた人物である。彼は事件当日にこの横須賀鎮守府との通話記録が残っており、それこそが古鷹に殺人を指示した証拠だとして憲兵が捜査に乗り出した。その後、彼のデスクから兵器開発科の派閥外秘資料や深海棲艦研究の兵器転用指示書などが見つかり、彼はスパイ容疑で身柄を拘束された。その後も、事前に古鷹に指示を与えていたと思われる通話の録音やデータのやり取りが見つかり、裁判はとんとん拍子に進んでいる状態だ。彼は今、着実に執行に向かっている。

 

「当事者のあなたが座って結果を待つだけなんて、不服でしょうねぇ?」

 

 おかわりのコーヒーの中に追加の砂糖を溶かしながら、松崎が問うた。

 

 丁嵐は事件当日は基地指令として観艦式の切り盛りを行っていた。しかし事件そのものとの関係性は認められず、結局罪に問われる事は無かった。西側も「敷島派」の筆頭将官である瓦谷の首根っこを掴んだ手前、真実はともかく騒ぎを無駄に大きくしたくなかったのだろう。下手に丁嵐に騒がれて、瓦谷に逃げられるくらいならと彼を放置したのである。せいぜい責任をとらされての左遷、誰しもがそう思っていた。

 

「あの事件の後「少将」になったアタシに、言える権利が無いのはわかってるけどね」

 

 事件当時「大佐」であった丁嵐は、大方の予想に反して事件直後に「少将」へと昇格した。もちろん敷島派、ひいては東の思惑である。筆頭将官である瓦谷を失った敷島派が、将官に穴を開けるのを嫌がったのだ。これは西も予想できなかった事だった。しかし丁嵐は急場の付け焼き刃であり、彼が西の脅威になるとはこの時誰も考えていなかった。

 

 そして現在に至る。

 丁嵐は昇格後、陸軍とのコネクションを使い、東の艦娘開発の増強を図りはじめた。海の妖精にばかり目を向けていた海軍を出し抜くかのごとく陸戦兵器の増強、そして現代兵器を基にした新たな深滅兵装の開発に着手した。技術者を源流とする敷島派は着々とその勢力を伸ばし、新兵器の開発に難航する大島派の大きく先を行くことになる。

 丁嵐は、今や瓦谷を大きく凌ぐ東の参謀長となっていた。

 

「誠さんには最近不振な事などは起こっていませんか?」

 

「アタシに?心配してくれてるのかしら?」

 

 驚いたというより、松崎を皮肉ったような笑みを丁嵐は向ける。松崎ももちろん笑みを持ってそれに返した。

 

「ええ、もちろん。瓦谷の執行まではまだ時間がありますからね。派閥の者もこれから本腰を入れて動いてくると思います。誠さんは同じ東の将官とはいえ、彼らがどんな「細工」をしてくるかわかりませんからねぇ」

 

「そうね……ろく、でもないものね、何処もかしこも」

 

「…」

 

 ピアスの穴を引っかきながら考え込む丁嵐は、しばしの沈黙の後に「あ」と小さく声を上げた。

 

「攻勢作戦の折に横須賀(うち)に来た娘達が怪しいわね」

 

「怪しい?」

 

 丁嵐はうなずく。そして大きな背中を丸めて、わざとらしく声を潜めて言った。

 

「だって舞鶴の控え艦娘達よ。舞鶴は怪しいわ、提督クラスですら所属を明かさないやつらばっかりだしね。大淀ちゃんも気をつけなさいよ。舞鶴の潜水艦よ」

 

 わっと両手の指を立てて大淀を襲うフリをする。話をふられた大淀は、コミカルな丁嵐の動きに苦笑して小さく肩をすくめた。

 

「舞鶴は駆逐艦の所属が多いですからね、急な入れ替わりがあっても隠蔽が容易、というのもありますね」

 

 うんうんと丁嵐がうなる。「舞鶴は怖いわー、うんうん」と一人で納得したように相槌を繰り返す。

 

「お待たせしました」

 

 そこへ隣の部屋から古鷹がお盆を持って帰ってきた。

 

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