手に持ったプレートに並んでいたのは、小さなカップケーキのような蒸し菓子である。小皿に取り分けられたそれを各人の前に並べていく。その所在は、まるで先代から仕える老年の召使いのように洗礼されていた。
「おお、プディングですね」
松崎が目の前に置かれたケーキを見て声を色めかせる。
全員の前に置かれたのは、お椀をひっくり返したような山形の蒸しケーキである。「プディング」という名称は蒸し料理全般に使われる名称であり、今目の前にあるものは一般に口にする所謂「カスタードプリン」とは大きく異なる。
「簡単なものでごめんなさいね」
フォークを指先でつまみながら丁嵐が破顔する。
どうやら丁嵐のお手製であるらしいケーキを大淀はまじまじと見つめた。ふんわりと蒸しあがった生地から、ココアを焦がしたような香りが漂ってくる。地味でコーティングなどはされていない簡素なケーキ。だが頂点に鎮座した生クリームが、ケーキ全体を引き締め、かなり「それっぽく」見せていた。
「遠慮なさらないで、どーぞ」
大淀が勧められてフォークを手に取る。先端で表面をつつくと、あっさりと生地が破けて中のチョコレートが顔を出した。表面を崩しつつ、柔らかなチョコレートにそれを浸す。最後にわずかにクリームの白を添えて、フォークの上に積み重なった甘美な断層をまとめて口の中に放り込んだ。
口の中に広がる甘みで、自然に頬が緩む。
(「ダイエットは明日から」ンッン~名言だな、これは)
ひと噛みするたび、重なった甘さの層が凝縮されていく。生地そのものはしっとりとしていてクセが無く、濃いチョコレートの甘さが生地の食感を引き立てている。生クリームは見た目ほど甘くなく、生地とチョコレートの濃縮された甘みにやわらかな調和をもたらしていた。
「ふう」
コーヒーを飲んで息をつく。妖精のシュガードールが無くなって残念!と思っていたが、ブラックは正解。口をすっきりさせて再びケーキと向き合う。フォークの先にクリームを乗せ、それだけをただ口に運ぶ。
(あれ…)
甘い。甘いぞ。チョコレートと一緒に食べたときは濃厚なチョコに惑わされてあまり甘みを感じないが、クリームはクリームで甘い。つまり…。
(表面の生地とクリームを…っと)
フォークで器用にクリームと生地の表面をすくい口へ。生地そのものの優しい甘みを、クリームがしっかりと支えている。チョコレートがないと生地のふわふわな噛み心地も味わえてより甘さを噛み締められる。
でも、でもやはりチョコだ!
開いたケーキの断面にフォークを突き刺し、すくいあげたチョコレートを口の中のクリームと混ぜ合わせる。
(糖分が、女を狂わせる…)
気がつけばもうケーキの半分近くを食べ終わってしまっている。大淀はフォークを縦に、開いた断面の生地を上から削り取っていく。それを口に。これを溜飲したらコーヒーで一息ついて次は…。
フォークを口に含んだまま、大淀が固まった。
丁嵐、古鷹、松崎までもが柔らかな笑みでコチラを見つめている。硬直する大淀を眺め、楽しそうに丁嵐はカップを傾けた。
「お気に召してくれて嬉しいわ」
ゆっくりと閉じた唇からフォークを抜き取りつつ、皿の上へ。三人の視線から目を背けつつ、赤くなった顔で下を向いた。
もぐもぐと口だけを動かし、飲み込もうとした瞬間。カチリと下の歯に何かがぶつかった。硬い、金属のような「何か」だ。
驚いて顔を上げる。舌先で押し出したそれを、口から出して指先でつまみ出した。
「あら」丁嵐が声を上げる。大淀の手の中にあったのは、シルバーの硬貨。大淀の口の中、つまりケーキの中に入っていたのだ。50円玉ほどのサイズの銀貨の表面には、髪を上げた婦人の横顔が彫られている。
「ラッキーガールが誕生したわね」
状況が読めず困惑する大淀に、隣の松崎がケーキをつつきながら説明した。
「プディングの中の6ペンス硬貨は幸運のおまじないなのです」
山盛りのチョコレートをほおばりながら「あれはクリスマスプディングですがね」とつけたす。大淀は手の中のコインをどうしていいのかわからず、丁嵐に視線をよこした。
「幸せは肌身離さず持っておくものよ」
丁嵐に促され、大淀はその銀貨を胸ポケットの中にしまいこんだ。ポケットの上から手のひらでそれを押さえ込む。その仕草を見届けて、松崎は皿の上に残ったクリームをすくいとって口に運んだ。
「そろそろお暇しましょうか」
時計を見れば観艦式の開始までもう時間が無い。席を立った松崎を見て、大淀も急いで残りのケーキを胃に放り込んだ。松崎の敬礼に遅れて、もぐもぐと口を動かしながら大淀も敬礼する。答礼した丁嵐と古鷹は部屋の扉に手をかけて、流れるような動作で二人を見送った。
「この後は?」
「少し観艦式を見ていきます。航空戦艦も見ていきたいですし、後は例のポップコーンも」
「目ざといわね…」
視線を合わせてニヤリと笑い合う。横須賀のポップコーンは今や提督たちの間ですらその存在を知らぬ者はいないようであった。
「どうも、ご馳走様でした」
扉の反対側で大淀が頭を下げる。
「大淀ちゃんも、またいらっしゃい。今度は妖精達の砂糖工場を案内するわ」
「はい、是非」
扉が閉まった後も、大淀はしばらく部屋の外で頭を下げたままだった。
こうして、熾烈なる派閥間争いはその第一幕を閉じた。