日向は正確には逃げた訳ではなく、走っていた。人ごみをかき分け、携帯電話に耳を押し当てる。
艦娘に支給されている携帯電話に着信があったのは、丁嵐の演説が始まった直後の事だった。日向は盤面の番号を確認するなり、店をほっぽり出して風を切っていた。
「人が多すぎて判断できんのだ!どこまで来ている!?あー?よく聞こえん!?」
生憎丁嵐の演説があったので、道を埋め尽くす人の波はかなりまばらだ。かといって日向の巨体でその隙間を縫うのはたやすい事ではない。
日向は演習場を北に抜けて鎮守府の外を目指す。演習場の周りは観艦式の客達でごった返しているが、海から反対側は作業中の工員達が出入りの制限をしているはずだ。まずはそちらへ向かい、合流場所を確認しなくては。
「お前今どこにいる!?正面口か?もう鎮守府に入ったのか?」
『へいへい、今門で止められてまーす。へるぷみー』
工廠のシャッターの前でぐるりとあたりを見回す。高い壁が設けられた外周の外に一際大きな影が見える。鉄柵の門の間から、大型トラックの運転席に三つ編みの少女の輪郭が揺らめいた。
「きーたーかーみー」
「だーんーなー」
携帯電話と正面とステレオで声が響く。日向は電話を袖の中へ押し込むと、大股でゲートともめているトラックへ駆け寄った。
「ご苦労様です」
ゲートに声をかけると、帽子を深くかぶった青年は驚いたように日向に敬礼した。
「お、お疲れ様です。今、身元不明のトラックを検問中です」
「わかりました。私が変わります」
答礼しゲートを下がらせる。
正確な階級制度で定められている訳では無いのだが、軍人で階級を持つもの以外の工員は、艦娘に比べて立場が弱い、というのがここの暗黙のルールであった。
トラックの窓から生意気そうな三つ編みが手を振っている。日向はあえて固い口調で問いかけた。
「おい、身元不明の呉鎮守府所属「北上」。お前、外出許可証は持ってないのか?」
「
軽巡洋艦「北上」は目的の相手に出会えて安心したのか、にへらと口元をゆるめて笑った。提督に無断の外出など艦娘としては重大な規則違反だが、これだけの大型トラックで出てきた所を見ると彼女の他にもかなりの協力者がいるとみていいだろう。
「間に合ったんだな」
日向の表情が引き締まる。対する北上はいやはやと頭を掻いた。
「参るよまったく。空輸できないっていうから、海路と陸路ですっ飛ばしてきたんだから」
言いながら親指をトラックの荷台に向けた。運転席から荷台を覗けるように、シートの後ろには小さな窓がはめ込まれている。そのプラスチックの板が内側からがたんと揺れた。
「同乗者がいるのか?」
「鍛冶師様がさ、直接旦那に会いたいってさ。サボって来たのよ、二人でね」
コンコンと窓を叩くと、同じく内側から合図がある。
それからしばらくして、ガゴンとトラックの荷台が開いた。鉄の扉が鳴く声に遅れて、砂を踏む小さな足音が響く。
同乗者はトラックの裏側から回り込むと、運転席の脇から日向の正面に躍り出た。
茶がかったセミロングが小さく跳ねる。ベージュのセーラー服を揺らしながら、日向の目の前で靴のかかとを直した。足をそろえて綺麗に敬礼する。
「呉鎮守府所属球磨型「大井」参上しました。ご無沙汰してます、日向さん」
麗しき北上の「相棒」は、敬礼を崩さぬまま花のように笑った。
【どうでもいいこと】
「日向を旦那と呼ぶ艦娘」
・加古
・江風
・北上←NEW