横須賀鎮守府は海に接した巨大な壁の中にその居を構えている。南側と西側は、海とをつなぐ桟橋と連合艦隊用の巨大なドックが壁の中に埋め込まれた構造になっている。陸とつながる北と東には一つづつ入門ゲートがあり、外部からの侵入は厳しい検問を潜り抜ける必要がある。工員や軍人のチェックはもちろん、艦娘の出入りなどは特別厳しい規則がある。
観艦式である今日は人の出入りが激増する為、各門には通常の3倍近い人数が配置された。壁の内側の騒ぎとは裏腹に、しんと静まり返った独特の緊張がゲートの周辺一帯を支配していた。
そんな厳重体制のど真ん中に、不審な巨大トラックで乗り付けたのは呉鎮守府所属「北上」と「大井」。圧倒的雷撃火力で名をはせる通称「ハイパーズ」の二人には、水雷屋との二足草鞋であるもう一つの顔があった。
日向と対峙する大井は一瞬で表情を引き締め、固い地面の上に片膝をついた。
「大隊演習旗艦殿。膝元における「闘艦」の場においてこの大井にお声掛け頂いた事、誠光栄の極みにございます」
すり足の下で砂をこする音が響く。古風に頭を下げるその仕草を、日向は感嘆とした様子で、運転席の北上は辟易とした様子で見降ろしていた。
「此度、お持ちしたのは、『大呉棲斬大井』「魂心」の大業物にございます」
砂埃を上げて立ち上がると、トラックの荷台に回り込む。「智ちゃん」と声をかけて、北上も運転席から砂の上に降り立った。二人で持ち上げてきたのは、長い辺が一間を超える巨大な木箱であった。
艦娘二人がかりでなんとか持ち上がるその巨大な箱。外側の木枠すらも、ただの雑木で無い事は想像に容易かった。
日向の目の前まで持ってきた「それ」を慎重に土の上に立てる。ふたの部分には巨大な半紙が貼られており、『海軍式特二大艦刀』とだけ墨で綴られていた。
「ほい、これが大井っちが仕立てた旦那の刀」
ぽんと直立した木箱を叩く。その衝撃で大きく傾いた箱を見て、大井は目を見開いた。
「き、北上さんっ!」
ぐらりと巨大な柱が重心を失う。
大井がとっさに手を添えるが、その重量を載せた風圧はたやすく差し出された手をはじく。北上が青い顔をして耳の横の三つ編みを握りしめ、大井は赤くなった指を引く、スローになった視界の端で、日向は実に自然に木箱に手を添えていた。
太い指が倒れ込む木枠の外側に食い込む。ミシミシと木目が歪む瞬間までもが見えているようだった。
(瑞雲…)
頭上からは低く、風を切る音がする。遠くの蝉の声、パキっと鳴る木箱の悲鳴。手の中で崩れていく箱。握りしめる固い感触。その重み。
おおおおおおおおん、みんみんみーんみーん、ぱきりぱきばきり、ぐん、どうし、ふぅー、おおおおお、やべ、きたかみ…
「北上さんっ!あれほど刀剣は丁寧に扱ってくださいと言ったはずでしょう!?良子ちゃんの馬鹿!深滅兵装レベルの特大刀は自重で建物を破壊したり、人にぶつかって怪我させたりするんですから、細心の注意を払ってください!」
大井の怒鳴り声を聞いて、急に現実に引き戻された。手の中がぐんと重くなり、思わず膝をつく。北上と大井が言い合いをやめて、同時に日向へ振り返った。
「旦那、無事?」
「怪我はないですか」
膝を立てて、手の中で重心を支え直す。刀を杖の様に立てて立ち上がると、鞘の先端が少し砂の中に沈んだ。
「眩暈がしただけだ。それより刀が無事でよかった」
朱に輝く鞘を握り直して呟く。入っていた箱は、無残なまでに粉々に砕け散っていた。こびりついた木片を指で取り除き、改めて鍔に指をかける。かちゃりと切羽の金具が小さく鳴いた。
「前のものよりさらに重いでしょう。空輸は無理だと思ったんです。機体のバランスがとれませんから」
手の中の重みはふむ、確かに依然振るっていた物より負担がかかるように感じる。抜刀する際は遠心力と重心が腰にかかっている為に大きな違いは無いと思うが、いざこれを振るうとなると一筋縄ではいかなそうだ。
鞘を滑らせ、わずかに刃文を日の下へ晒す。日光を反射した刀身は、七色を放つガラス細工の如く繊細で美しかった。
「元重ねは1.5センチほどありますが、先重ねは3ミリまで抑えてます。か弱く見えますが、刃で『殴り合ってる』間は刀身が折れるという事は無いでしょう。その分重さが犠牲になっていますが、そこはご自慢の抜刀術でカバーしてください」
「相変わらずいい腕だ」
「二度と海に落とすような粗相の無い様に」
「肝に銘じておくよ」
肩をすくめる。
演習で榛名の電探をそぎ落とした刀。あれも大井の手によって打たれた日本刀だ。かつて初霜の紹介により彼女に出会ってから、大井はほぼ専属のような形で、本業では無い鉄を叩き続けてくれているのだ。
「君も良い鎚の音を響かせるようになった。武蔵国の名工を集めても君には劣る。その技も、業も、
「御冗談を。私もいまだ修行中の身。艦娘としてこれからも精進を続けていかなければなりません。形式上弟子を取ってはいますが、彼女から教わる事もまだまだ多い毎日です」
呉鎮守府では、正式な師弟制を艦娘達のルールとして取り入れている。艦種も年齢も関係なく、新人がベテランに師事して戦い方や艦娘としての生き方を学ぶのだ。大井と北上にももちろん師匠がおり、彼女達に連なる次の弟子がいるという訳だ。
「『泣き虫アブゥ』が大井っちの指導についてけるとは思えないけどね」
北上がケタケタと笑う。肩を並べる大井は、ちょっと恥ずかしそうに小さく口元に手を添えた。
「北上はどうなんだ?お前も呉ではもう弟子をとってもいい時分だろう?」
日向の問いかけに、北上は露骨に眉をひそめた。
「はっ、あたしは弟子なんてまっぴらごめん。ウザいし、うるさいし、一生涯弟子は取らないってお天道様に誓ってんの」
唾を吐き捨て、毒づく。日向は刀の下緒を帯に括り付けると、鍔の位置を整えながら呟いた。
「それは惜しいな、君なら良い指導者になれると思うのだが…」
「ざっけ!そもそもあたし達がいれば戦争は終わる。もうね、確信があるわけ」
北上は大声を上げながら、並び立つ大井の肩を抱く。ぐいと茶色いセミロングを抱き寄せ、ニヤリと笑った。
「あたしと大井っちが組めば絶対負けない。絶対に沈まないし、どちらかが欠けるなんて事もありえない。で、
自信満々に拳を握りしめる北上に、大井は少し驚いたのかされるがままで目を丸くしていた。しかし、北上の言葉を反芻するかのように目を瞑ると、瞳の奥に絶えぬ輝きを携えて口をそろえた。
「そうですね。『ハイパーズ』は最強ですから」