立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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外伝2【血河の航路】
【捌】食楽酒喜


「これより、第24回観艦式「海軍大演習」を開始いたします!!」

 

 丁嵐が壇上を下りた後、防波堤に沿うように設置された対空砲から空砲が打ち上げられた。ぼんぼんと空中で破裂し、真っ白い煙が広がる。海沿いで波を眺めていた松崎城酔は、忍び寄る影に気付かずに海に向かって煙草をふかしていた。

 影は音も無く背後まで迫り、煙草の灰が落ちるのと同時に松崎の横に立った。

 

「潜水艦達は全員鎮守府の外まで撤退しました」

 

「すばらしい」

 

 松崎は振り向かずに答える。

 くわえ煙草を海へ吐き捨てると、防波堤を背にして石の壁に寄りかかった。大淀はしばし海面に浮かぶ吸殻を見つめていたが、すぐに松崎に視線を戻した。

 

「よろしいのですか?」

 

「何の事です?」

 

 缶のシガレットケースを胸ポケットにしまいつつ、松崎がとぼける。向かい合う大淀は、手を腰に当てて小さくため息をついた。

 

「丁嵐の事です。彼を野放しにしておくんですか」

 

「大淀さん、我々は腐っても軍人であり、殺し屋じゃありません」

 

 あくまで小声で話す大淀に対し、松崎はあっけからんとしている。少しばかし視線を海に向けると、目の前のスペース一歩分歩を進めた。大淀も彼の横についてその後に続く。

 

「丁嵐の危険性を資料にまとめるのは貴女のお仕事なんですよ。その為には去年の事件から彼の背後関係の全てを暴かなくてはなりません。始末をつけるのはその後です」

 

「ではポップコーンに並んでいる場合でも無いのでは!?」

 

 松崎は「君は何を言っているんだ」とでも言いたげに大淀を見返した。その前後に続く長い列はべらべらと機密を漏らす二人などお構いなしに、祭りの熱気に沸き立っている。

 

「大淀さん。急がば回れ、ですよ」 

 

 ピンと指を立てて大淀の口を封じる。顔をそらしてそれをはねのけ、大淀は苦言を続けた。

 

「提督がポップコーン食べたいだけでしょう」

 

「そうではありません。これは任務の円滑な遂行の為のプロセスです」

 

 松崎は立てた指を「ちっちっちっ」と左右に揺らす。

 

「例えばですねぇ、事務中に机の上に熱々のポップコーンを置かれたとします。上からは甘いキャラメルソース。ほんのり香るバターとシナモンを前にして「食べる前に書類仕事を片付けろ」なんて集中できる訳無いじゃないですか」

 

「具体的すぎるだろ」

 

 思わず漏れた大淀の舌打ちにも、松崎の笑顔が崩れる事は無かった。

 

・・・・・・・・・・

 

「大淀さんはどうします?」

 

 長い列を並びぬき、テントの前に立って松崎はそう問いかけた。

 

「え…、ではバターで」

 

 てっきり自分で食べる為に並んでいるものだと思っていた大淀は、少し戸惑った後、最も人気があると思われるバターを選んだ。

 

「私はグランデミルクホイップチョコチップバニラプリンノンシロップホワイトクリームで」

 

「ないです」

 

「ではキャラメルを」

 

 松崎の寒いギャグを聞き流し、大淀は山盛りのポップコーンと向き合う。すれ違う艦の誰も彼もがこの匂いを漂わせているので、実はかなり気になっていたというのは松崎には内緒である。

 

 2、3粒を手に取り口へ。口に入れた瞬間濃厚なバターの香りが口の中に広がった。ひと噛みするごとに、鼻からバターの匂いが抜けていく。

 

(あら、バターケチってないわね…)

 

 バターそのものの塩辛さがあるので、表面の塩味はかなり薄めに抑えてある。しかし口の中で溶ける濃いバターの味が、この炎天下において否応にも大淀の水分を奪っていった。

 

(これは…)

 

 周囲を見回す。ポップコーンを美味そうに頬張る駆逐艦達は、みんな揃って小脇に紙のジョッキを抱えている。

 この夏の日差しの中、塩っ辛いポップコーンを頬張りながら身内の演習を観戦する。そんな時欲しくなるもの、それはもちろん…。

 

「ビールが欲しい…」

 

(でも…)

 

 観艦式とはいえ今は職務中。しかも松崎提督が任務を請け負っているさなかで、私は彼の護衛という立場。とても飲酒なぞできる状況ではない。

 

「お姉さん、ビールかい?」

 

 突然声をかけられ、びくりと肩が震える。驚いて足元へ視線を移すと、特徴的な赤い髪の少女が、ポップコーンの入った缶を背負って大淀を見上げていた。

 

「うちのポップコーン買った奴はビール割引だよ。おーい、阿賀野ー!ビールー!」

 

「はいはーい」

 

 赤毛の少女が手を振ると、ビールサーバーを背負った軽巡洋艦がこちらへ駆けてくる。ビアガールは大淀の目の前まで来ると、腰につけた紙のジョッキの束をすくい、その一つを大淀に持たせた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 

 今にもビールを注ぎそうになるビアガールに、大淀は待ったをかける。流れるような一連の動作にうっかり自分まで流されてはいけない。

 

「すみません、お茶もらえますか」

 

 少女とビアガールの視線が驚愕に見開かれる。「こいつは何を言っているんだ」という、まるで理解しがたいものを目にしたかのようなその表情に、大淀は悲痛の如く叫んだ。

 

「仕事中なんです!」

 

「なぜ仕事中だから飲んじゃいけないんだ!?」

 

「ええっ!」

 

「呉ではそういうルールなのか…」

 

「横須賀もです!」

 

「いや、イタリア艦が来てからうちはワイン二杯まではOKになったんだよ」

 

「やさしい職場!」

 

「ほれほれ、ぐいっと」

 

「ぐえ!待って、まってくらはい!」

 

 ビールサーバーの蛇口を口の中に突っ込まれながらも、大淀は空しい抵抗を続ける。じたばたと暴れながら逃げ惑うその後ろ姿を眺めながら、松崎は指についたキャラメルを舐めとり、空になったバケットをゴミ箱へ投げ捨てた。

 

「大淀さんもまだまだ子供ですねぇ」




【どうでもいいこと】
松崎城酔→謎多き暗黒微笑提督
大淀さん→食レポ担当艦


「松崎城酔」のキャラクターは「僕と久保」様作、「艦隊これくしょん―木漏れ日の守護者―」からお借りしています。
本編↓
http://www.pixiv.net/series.php?id=693268
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