立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【拾弐】忘却暴虐

    

 「ようせい」は、いつも汚い所にいる。工場跡とか排水の流れる海とか。ようせいはいつも何かをつくっていて、あたりは耳をふさぎたくなるほどうるさかった。

 村のみんなは妖精の事を「ようせいさん」って呼んで、いつも「ありがとう」ってお祈りしてた。でも、自分から近寄る人はいなかった。妖精はあぶないからって。でもわたしだけは、そうは思わなかった。

 

 ある日いつもみたいに妖精の工場に行くと、一人の妖精さんがわたしにプレゼントをくれた。掌の上のちいさなそれは、宝石みたいにキラキラ青く光っていた。わたしはそれをペンダントにくっつけて、大事に首から下げていた。パパとママはそれを見て、優しくわたしの頭をなでてくれた。

 

「それはね、神様からの贈り物なんだよ。だからね、その事は誰にも話しちゃいけないよ」

 

 私はいいつけを守って、妖精の事は誰にも話さなかった。「村の誰かがチクったんだ」ってパパが言ってた。それがパパの最後の言葉だった。

 

 パパとママは「どっちがどっちかもわからない」肉の塊になっていた。

 真っ黒な服を着た軍隊がパパとママを穴だらけにした。隣のおばあちゃんも、偶然遊びに来ていたしーちゃんも肉団子にされて何十人もの兵隊に踏み殺された。

 ヘルメットをかぶった兵隊の手が私に触ろうとしたとき、ヘルメットの「中」が風船みたいに膨らんで、「ぼんっ」て小さな音を立てて兵隊は倒れた。ペンダントがあの青白い光を放っていた。

 私が「しね」と思うとそいつは死んだ。「たすけて」って思うともっと死んだ。黒い服の兵隊を20人くらいぶち殺した時、私は急に眠くなってその場に崩れ落ちた。

 

 

 その後はずっと施設で暮らした。

 牢屋みたいな「病室」の中で、私は「A」と呼ばれていた。

 初めての仕事は「しーちゃん」のママを殺す事だった。「口封じ」だかなんだか。私はほとんど昏睡状態で、ぼんやりしながらその女を殺した。ヘルメットの内側がどうなっていたのか初めて知った。

 その後は数えてないけど500人くらい殺した。施設の研究員も、そうじゃないヤツも、連れてこられた一般人も、その家族も、男も女も老人も子供も殺した。ついでに深海棲艦も殺した。

 

 そうこうしているうちに、誰も私を「A」と呼ばなくなっていた。ペンダントは力を失い、ただの石ころになって部屋の隅に転がっていた。研究員達も病室に近づく事は少なくなっていた。話し声だけが、直接脳内に響いてくるみたいにはっきりと聞こえていた。

 私は「用済み」で「危険」だから「病室ごとセメントで固める」んだそうだ。特に悲しくは無かった。

 

 皆死んだ、私が殺した。

 私は生まれてはいけない「人間」だったんだ。

 存在してはいけない「人間」だったんだ。

 

 ずっと、そんな事ばかり考えていた。

 何日も食事を口にしていなかったが、痩せ衰えはすれど死ぬ気配は無かった。溶け落ちた左目をもてあそびながら、ただ茫然と窓の外を眺めている日々が続いた。そこからセメントが流れてきて、私の口と鼻を覆ってくれる日を待っていた。

 

 ある日、病室の外で銃声と悲鳴が鳴りやまない日があった。ひさしぶりの「声」だったけど、もう体が動かなかった。銃声に目をさまし、再び目を瞑る。そんな事を何度か繰り返した。

 何度目かに目を覚ました時、私はベッドの上にいた。やけに派手なカッコをした男が、ベッドの横で椅子に腰かけて寝息を立てていた。

 扉の外で何人もの人がバタバタと走る音がする。窓一枚へだてた先で鳥達が鳴いている。暖かな太陽の匂いと、柔らかい男の寝息。

 

 絶望した。

 私はとうとう死ねなかったのだ。

 

「あああああああああああああああああああああああっ!」

 

「うわあっ!」

 

 絶叫に驚いて男が飛び起きた。泣きわめく私に向かい合い、あたふたと手を振り回した。

 

「ちょっとぉ、どうしたのよ、もう。どこか痛いの?」

 

 私は男の袖を握りしめながら、頭を振って泣きわめいた。

 

「早く私を殺してよ!私は存在してちゃいけないの!私みたいな「人間」、いちゃいけないの…!」

 

 取り乱す私に男はちょっと驚いてるみたいだった。でもそれは本当に「ちょっと」の事で、男はすぐに悲そうな目で私を見た。同情されるのは間に合ってたけど、コイツの瞳の色はもっと別の何かを見ているようだった。

 男は小さく私の頭を撫でた。

 

「アンタは…「人間」じゃないわ」

 

 指先でボロボロになった髪を触る。

 すぐに聞き返したかったが、男の手があんまり温かかったから、しばらく頭の中でその言葉の意味を考えていた。

 

「…じゃあ、私は何なの?」

 

 髪をすいていた指が止まる。そして、ナイフみたいにとんがったつけ爪の背で私の頬を撫でた。

 

「アンタは「艦娘」よ」

 

「え…?」

 

 意地悪のつもりだったのだ。自分はやっぱり逃れようのない人間だと、この優しい男の口から言わせたかったのだ。

 驚いて顔を上げる。男の目は真剣そのものだった。

 

「艦娘は妖精を使役する戦士。アンタの事よ。特別なんかじゃない、アンタは「普通」の「艦娘」なの」

 

 普通。

 長く縁の無い言葉だった。そんな言葉の枠組みの中に、自分の居場所があるなんて思いもしなかった。

 化け物の「人間」でも、「艦娘」なら普通。普通の私。

 

「アンタは「特別な人間」でも「呪われた人間」でも、ましてや「存在しちゃいけない人間」なんかじゃない。ただの艦娘。艦娘ならね、アタシの権限で鎮守府(ここ)に置いていいって事になってる」

 

 男の腕が強く私の頭を抱く。柔らかな香水の香りは、まるでお母さんに抱かれてるみたいだった。

 

「アンタの存在はアタシが肯定したげる。アタシの所に来てくれてありがとう「古鷹」」

 

 私はあの村から「A」になり、そして「古鷹」になった。

 あの人は私に居場所と、艦娘としての普通の人生をくれた。だから私も、この場所を守る為に戦うと決めた。

 

 誠一と、この横須賀の為に。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 懐かしい夢を見た。

 ベッドの上で横になって、ぼんやりと天井を見つめていた。見慣れた部屋、誠一の部屋。

 高い窓と、小さな本棚、木目の目立つ地味なテーブル、無駄に大きなベッド。あの司令室の持ち主とは思えぬ地味な私室。誠一が「アンタが息苦しく無い様に」ってよくわからない気を使ってくれた部屋。

 

 体を起こそうとしたが動かない。気が付かなかったが、全身細いチューブにつながれていた。ぼんやりと熱を持った頭を揺する。

 

 松崎はちゃんと殺せただろうか。

 こんなボロボロの体で、公開演習に間に合うだろうか。

 誠一は怒るだろうか。褒めてはくれないだろう。

 あの眼鏡の女の子は、誠一の邪魔になるだろうか。

 あの子は、私の妹はちゃんと公開演習に出てくるだろうか。

 

 整理しきれない情報は、私に考えられるのを嫌がるように頭の中で反響を続ける。頭が重い、疲れた、ねむし。

 

「せいいち」

 

 目を瞑る。

 ベッドの香り。

 落ち着く香水の香り。

 寝息は穏やかで、深い。

  




【どうでもいいこと】
「チクッた」のは「しーちゃんのママ」
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