「ようせい」は、いつも汚い所にいる。工場跡とか排水の流れる海とか。ようせいはいつも何かをつくっていて、あたりは耳をふさぎたくなるほどうるさかった。
村のみんなは妖精の事を「ようせいさん」って呼んで、いつも「ありがとう」ってお祈りしてた。でも、自分から近寄る人はいなかった。妖精はあぶないからって。でもわたしだけは、そうは思わなかった。
ある日いつもみたいに妖精の工場に行くと、一人の妖精さんがわたしにプレゼントをくれた。掌の上のちいさなそれは、宝石みたいにキラキラ青く光っていた。わたしはそれをペンダントにくっつけて、大事に首から下げていた。パパとママはそれを見て、優しくわたしの頭をなでてくれた。
「それはね、神様からの贈り物なんだよ。だからね、その事は誰にも話しちゃいけないよ」
私はいいつけを守って、妖精の事は誰にも話さなかった。「村の誰かがチクったんだ」ってパパが言ってた。それがパパの最後の言葉だった。
パパとママは「どっちがどっちかもわからない」肉の塊になっていた。
真っ黒な服を着た軍隊がパパとママを穴だらけにした。隣のおばあちゃんも、偶然遊びに来ていたしーちゃんも肉団子にされて何十人もの兵隊に踏み殺された。
ヘルメットをかぶった兵隊の手が私に触ろうとしたとき、ヘルメットの「中」が風船みたいに膨らんで、「ぼんっ」て小さな音を立てて兵隊は倒れた。ペンダントがあの青白い光を放っていた。
私が「しね」と思うとそいつは死んだ。「たすけて」って思うともっと死んだ。黒い服の兵隊を20人くらいぶち殺した時、私は急に眠くなってその場に崩れ落ちた。
その後はずっと施設で暮らした。
牢屋みたいな「病室」の中で、私は「A」と呼ばれていた。
初めての仕事は「しーちゃん」のママを殺す事だった。「口封じ」だかなんだか。私はほとんど昏睡状態で、ぼんやりしながらその女を殺した。ヘルメットの内側がどうなっていたのか初めて知った。
その後は数えてないけど500人くらい殺した。施設の研究員も、そうじゃないヤツも、連れてこられた一般人も、その家族も、男も女も老人も子供も殺した。ついでに深海棲艦も殺した。
そうこうしているうちに、誰も私を「A」と呼ばなくなっていた。ペンダントは力を失い、ただの石ころになって部屋の隅に転がっていた。研究員達も病室に近づく事は少なくなっていた。話し声だけが、直接脳内に響いてくるみたいにはっきりと聞こえていた。
私は「用済み」で「危険」だから「病室ごとセメントで固める」んだそうだ。特に悲しくは無かった。
皆死んだ、私が殺した。
私は生まれてはいけない「人間」だったんだ。
存在してはいけない「人間」だったんだ。
ずっと、そんな事ばかり考えていた。
何日も食事を口にしていなかったが、痩せ衰えはすれど死ぬ気配は無かった。溶け落ちた左目をもてあそびながら、ただ茫然と窓の外を眺めている日々が続いた。そこからセメントが流れてきて、私の口と鼻を覆ってくれる日を待っていた。
ある日、病室の外で銃声と悲鳴が鳴りやまない日があった。ひさしぶりの「声」だったけど、もう体が動かなかった。銃声に目をさまし、再び目を瞑る。そんな事を何度か繰り返した。
何度目かに目を覚ました時、私はベッドの上にいた。やけに派手なカッコをした男が、ベッドの横で椅子に腰かけて寝息を立てていた。
扉の外で何人もの人がバタバタと走る音がする。窓一枚へだてた先で鳥達が鳴いている。暖かな太陽の匂いと、柔らかい男の寝息。
絶望した。
私はとうとう死ねなかったのだ。
「あああああああああああああああああああああああっ!」
「うわあっ!」
絶叫に驚いて男が飛び起きた。泣きわめく私に向かい合い、あたふたと手を振り回した。
「ちょっとぉ、どうしたのよ、もう。どこか痛いの?」
私は男の袖を握りしめながら、頭を振って泣きわめいた。
「早く私を殺してよ!私は存在してちゃいけないの!私みたいな「人間」、いちゃいけないの…!」
取り乱す私に男はちょっと驚いてるみたいだった。でもそれは本当に「ちょっと」の事で、男はすぐに悲そうな目で私を見た。同情されるのは間に合ってたけど、コイツの瞳の色はもっと別の何かを見ているようだった。
男は小さく私の頭を撫でた。
「アンタは…「人間」じゃないわ」
指先でボロボロになった髪を触る。
すぐに聞き返したかったが、男の手があんまり温かかったから、しばらく頭の中でその言葉の意味を考えていた。
「…じゃあ、私は何なの?」
髪をすいていた指が止まる。そして、ナイフみたいにとんがったつけ爪の背で私の頬を撫でた。
「アンタは「艦娘」よ」
「え…?」
意地悪のつもりだったのだ。自分はやっぱり逃れようのない人間だと、この優しい男の口から言わせたかったのだ。
驚いて顔を上げる。男の目は真剣そのものだった。
「艦娘は妖精を使役する戦士。アンタの事よ。特別なんかじゃない、アンタは「普通」の「艦娘」なの」
普通。
長く縁の無い言葉だった。そんな言葉の枠組みの中に、自分の居場所があるなんて思いもしなかった。
化け物の「人間」でも、「艦娘」なら普通。普通の私。
「アンタは「特別な人間」でも「呪われた人間」でも、ましてや「存在しちゃいけない人間」なんかじゃない。ただの艦娘。艦娘ならね、アタシの権限で
男の腕が強く私の頭を抱く。柔らかな香水の香りは、まるでお母さんに抱かれてるみたいだった。
「アンタの存在はアタシが肯定したげる。アタシの所に来てくれてありがとう「古鷹」」
私はあの村から「A」になり、そして「古鷹」になった。
あの人は私に居場所と、艦娘としての普通の人生をくれた。だから私も、この場所を守る為に戦うと決めた。
誠一と、この横須賀の為に。
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懐かしい夢を見た。
ベッドの上で横になって、ぼんやりと天井を見つめていた。見慣れた部屋、誠一の部屋。
高い窓と、小さな本棚、木目の目立つ地味なテーブル、無駄に大きなベッド。あの司令室の持ち主とは思えぬ地味な私室。誠一が「アンタが息苦しく無い様に」ってよくわからない気を使ってくれた部屋。
体を起こそうとしたが動かない。気が付かなかったが、全身細いチューブにつながれていた。ぼんやりと熱を持った頭を揺する。
松崎はちゃんと殺せただろうか。
こんなボロボロの体で、公開演習に間に合うだろうか。
誠一は怒るだろうか。褒めてはくれないだろう。
あの眼鏡の女の子は、誠一の邪魔になるだろうか。
あの子は、私の妹はちゃんと公開演習に出てくるだろうか。
整理しきれない情報は、私に考えられるのを嫌がるように頭の中で反響を続ける。頭が重い、疲れた、ねむし。
「せいいち」
目を瞑る。
ベッドの香り。
落ち着く香水の香り。
寝息は穏やかで、深い。
【どうでもいいこと】
「チクッた」のは「しーちゃんのママ」