立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【拾伍】正黒不白

    

 気が付くと闇の中であった。何もない意識の中で、ベッドか何かに寝かされてる事だけは背中の感触で知る事が出来る。全身が重く、痛む。わき腹がひときわ熱を持っている事に気が付くと、瞬時にあの狂演を思い出した。殺戮の狂眼、血だまりの中に沈んでいった少女。

 持ち上がった左手だけが温かく包まれていた。頭を振ると体中がきしむ。闇の中で熱を持った全身の痛みだけが、自分の肉体の存在を確かな物としていた。

 

 薄く目を開け、白い天井の眩しさに再び目を瞑る。浮いた左手が激しく揺れた。

 

「提督!松崎提督っ!」

 

 大淀さんの声。ほっと肩を撫でおろす。

 

「怪我は無いみたいですね」

 

「よかった、本当に…」

 

 握られた手に力が込もる。手の甲が温かい水滴に濡れた。指にメガネのフレームの感触が触れている。手探りで顎のラインを伝い、柔らかな頬をなでた。

 

「どれくらい眠っていましたか?」

 

「二時間ほどです」

 

 二時間、航空戦艦はもう演習を開始している。古鷹の襲撃の目的は航空戦艦が海に出るまでの時間稼ぎだったのだろうか。

 

「う、動かないでください!」

 

 少し無理して起き上がってみるが、どうやら全身をチューブか何かで吊られているようで、自由に身動きが取れない。勢いよくベッドに戻ると、吊られた器具がガチャンと音を立てた。

 

「私は目をやられたんですか?」

 

 薄く目を開けてみるが、視野が狭く世界が暗い。蛍光灯の眩しさは、目の中に針のように突き刺さった。

 

「医療艦によれば、内臓の損傷が視覚へ影響を及ぼしているそうです。一時的なものではありますが、無理はなさらないようにと」

 

 医療艦。治療を受けているという事。生きているという事。そこから導き出される答えはひとつ。

 

「ここは横須賀の治療室ですね。私は丁嵐少将に生かされているという事ですか?」

 

「そう、言えると思います」

 

 返答する声はやや沈んでいる。

 ゆっくりと手をおろして、大淀さんの手のひらに数度爪を突き立てた。

 

『拘束サレテイマスカ?』

 

 手の甲に数回、指の感触が触れる。

 

『イイエ』

 

「なるほど…」

 

 私を葬るのにまだ準備がかかるのか、それとも私にまだ利用価値があると考えているのか。

 

(死にぞこないましたね)

 

 大きく息を吸うと、胸の前で束になったドッグタグがじゃらりと音を立てた。

 

 襲撃された時間から逆算して今は16時程だろう。航空戦艦は今演習の真っ最中だ。あの丁嵐の下で鍛えられた古強者達の死闘を拝めないのは実にもったいない限りである。そして、ふと思い出した。

 

「古鷹さんは無事ですか?」

 

 殺してはいない、と思う。自信は無かった。

 あのような「特異体」に不覚を取るとは私も年を取ったものだ。いや、彼女の異常なまでの執念に気付けなかった時点で、彼女に対する認識が甘かったと言わざるを得ないだろう。

 

「それが…」

 

 大淀さんが唾を飲む音が聞こえる。

 重症か意識不明か、正当防衛とはいえ、事実をいくらでも捻じ曲げられる丁嵐の下では厳しい責任追及は免れえない。

 

「どうやら彼女、公開演習に出撃()ているみたいなんです」

 

 自然に口角が引きつった。

 確かに彼女は「人間」では無さそうだ。立派な「艦娘」。いや、戦艦だってあんなにタフな人はいないだろう。

 

「大淀さん、潜水艦達から続報は?」

 

「はい、瓦谷が捕まった時の証拠記録を調べさせたのですが、それが…」

 

 報告の声が徐々に小さくなる。

 大淀さんの癖。いや、私の秘書艦として裏の仕事をこなすうちに身についた癖だろう。

 

「証拠として使われた瓦谷の電話記録は実在しません。裁判に使われた音声の「データ」があるだけです」

 

「そうですか…」

 

 大方予想通りだ。

 瓦谷はありもしない証拠によって罪を問われた。指示を出したという電話記録はねつ造。録音の実物は「存在しない」のではなく、おそらく「必要なかった」のだろう。

 

「初めから瓦谷は丁嵐から西への【貢物】だった。古鷹さんの特殊な事情を言い訳に「上官を譲るから、『A』は見逃してくれ」などと持ち掛けたのでしょう」

 

 もちろん「『A(フルタカ)』を守る」というのも偽装。本心は丁嵐自身の保身が濃厚だ。

 

「そして西はまんまと【貢物(それ)】に喰らい付いた。意気揚々と偽の録音データまで準備して。そして丁嵐という最大のガンを取り逃がした」

 

 大淀さんが大きく頷いたのが、風の動きでわかった。

 

「丁嵐は黒。確定しましたね」

 

 声に力がこもる。しかし大淀さんには悪いが、私個人として今回の件は気になる部分が多すぎた。

 

「難しいですねぇ、古鷹さんの様子を見るに限りなく黒には近いんですがねぇ」

 

「まだそんな事言ってるんですか!間違いなく丁嵐は黒です。彼が去年の佐官殺しの主犯です!」

 

 厳格な秘書艦様の不満顔は、見なくても察しが付く。

 まあ、そう考えるのも当然だろう。私だって丁嵐がオール善人のおちゃらけ野郎だとは思っていない。

 

「状況証拠から見るに、当時の丁嵐大佐が瓦谷少将に罪をかぶせたのは間違いないでしょう」

 

 自らの昇進と、対立派閥の邪魔者の排除。それを同時に成し得る佐官殺しは丁嵐にとってメリットしかない。餌に瓦谷を使ったのも、派閥間の裏事情に詳しい彼ならむしろ当然だと言える。

 

「丁嵐は黒。これは考えるまでも無いはずです!」

 

「私だったら古鷹さんは殺しますがね」

 

「は?」

 

 私の意見に、大淀さんが頓狂な声を上げた。

 

「もし私が丁嵐少将の立場なら、実行犯の古鷹さんは事件を言い訳に処分します。私でなくても百人中百人、彼女は邪魔になるでしょう」

 

 昇進した彼としては、件の佐官殺しはさっさと過去の出来事にしておきたいはずなのだ。なら、汚点の本丸である古鷹さんを側近に据えるなんて言うのは行動が矛盾している。

 事実機会はあったはずだ。なのに丁嵐は周囲の意見に反発し、結果的に周りの反感を買っている。これでは辻褄が合わない。

 

「古鷹は丁嵐に心酔しています。それを利用するつもりじゃないんですか?」

 

 大淀さんの指摘はいつも的確で的を得ていた。それを否定するのは、私のようなひねくれ者の仕事だ。

 

「それなら余計に古鷹さんを処分したがると思いますがね。彼女だったら、丁嵐少将に「死ね」と命じられたら自分で舌を噛み切ると思いますが」

 

「何が言いたいんですか?」

 

 これも正論。

 彼女の言葉は、いつも正しい答えの道しるべとなる。しかし、その正論を打ち破るのはいつも不条理で意味不明な言葉なのだ。

 

「私にだってわかりませんよ」

  




本日午後の更新で【外伝】終了です。
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