立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【はるなとたて】

    

 深海棲艦殲滅兵装、通称「深滅兵装(しんめつへいそう)」は艦娘が用いる近接兵器の総称として定義されている。しかし砲撃艤装と違い、攻撃性能が艦娘本人の技量に大きく依存している事、近距離での殴り合いを前提として作られている為に艦隊運動とは相性が悪い、などの点から愛用している艦娘はごく僅かだ。

 

 斬艦武剣「八式艦刀」は伊勢型の基本兵装であり、大型主砲を持つ戦艦の唯一の近接兵器であった。約20人の鍛冶師に打ち鍛えられ、専用のトラックで運搬するこの特二大刀を振り回せるのは、艦娘多しと言えども伊勢型を置いてそうはいない。もともとは飾り刀として用意した特一大軍刀を、とある艦娘が戦場で振り回した事から生まれたとされている。

 

 日向は身の丈程もあるその大刀を軽々と扱い、左手に持ち替えた刀を肩に担ぐように構えた。

 

「ぶつかるなよ」

 

 刃越しに背後を振り返ると、後続の名取がちょうど半身を引いたところだった。こういう所も、艦隊運動には向いていないと言える。

 

「全艦、梯形陣。遅れるな!」

 

 日向を先頭として、後続の艦が半身づつ位置をずらす。榛名の隊と向かい合い、全艦の射線が一本に通った。距離は5000。日向は深く刀の柄を握り直した。後続の艦が息を飲むのが聞こえる。

 

「うまくやり過ごして敵の背後を取るのが目的だ。肩に力を入れ過ぎるなよ、チビッコども」

 

 日向の無線を受けて、航行する二人の駆逐艦が声を張り上げた。

 

「がってンだぜ、旦那!轟沈(お)ちやしないから、安心しろやい!」

 

「日向様、くれぐれもお気を付け下さい」

 

 最後尾を航行する初霜が、日向の個人回線にそれだけ呟いて回線を閉じた。小さく頷いて、正面へ向き直る。距離3000、前方から火の手が上がった。

 

「戦艦榛名、砲撃確認!」

 

 偵察機からの報告を受け、日向は顎を上げた。黒々とした火の玉が高速で上空に飛翔していく。高さ、距離、そして何より梯形陣の先頭を狙い撃つ角度調整は、完全に日向を狙って撃ったものであった。

 日向はゆっくりと上る砲弾を見上げると、弾の起動が落ち始めた瞬間に後続の隊をふりきって一杯まで加速した。後方で水が叩き付けられる音が響く。それを無視して、日向は急加速を続けた。

 距離1000。ふてぶてしく笑う榛名の顔が見えてくる。互いの視線がぶつかり合うと、榛名も単艦で主機を限界まで回した。まるで引かれ合う様に、両者は海上で肉薄した。

 

「榛名、覚悟!」

 

「目障りなんですよ、ガラクタ!」

 

 刀を握る日向の腕が、筋肉をはじけさせ何倍にも膨れ上がる。衝突の瞬間、左肩を軸にして大きく刀を振り下ろした。精錬された「肉」と「技」を剣圧に乗せ、瞬間的に爆発させたタメ(・・)が海面を叩き割る。巻き上がる噴水の如き水柱が、辺り一帯を覆い隠した。

 榛名は主砲の装甲でそれを受けるが、正面の壁の第一層は見事にまっぷたつにされ、二枚の鉄板が音を立てて海中に没した。

 

 その様な壮絶な有様の中でも、ガッチリと噛み合ったお互いの視線は1ミリも外れる事は無い。水柱の内側から現れた日向の研ぎ澄まされた眼光は、榛名に襲い来る次の危機を察知させるには十分すぎる圧を携えていた。

 切り落とされた装甲をかばいつつ、強引に上半身をそらして後退する。榛名が顎を引いたのと、再度水柱が上がるのがほぼ同時だった。

 

 轟音を伴い、榛名の眼前を剣先が通過する。水面に叩きつけた刃を反転させてV字に切り上げたのだ。

 冷たい刀身が頬を撫でる。弾かれたように右に身をそらし、そのまま日向の脇を抜けてその背後に離脱した。二人とも瞬時に回頭し、再度対峙する。この間、両者の対峙より僅か2秒半の出来事である。

 

 日向が刀を構え直す。右手で持った刀を再び左の肩の上へ、しかし今度は刃を肩と水平に揃え、峰をえぐる様に強く首に押し付けた。

 

 対する榛名はと言うと、自らの頭部を押さえ、わなわなと腕を震わせている。その顔は、怒りと憎悪でおぞましく変貌している。

 

「は、榛名の、電探をおおおっ!」

 

 切り落とされた電探が海中に沈んでいく。対峙してから一度も切られることのなかったその視線が、この一瞬だけ海中の一点に注がれていた。

 

「もらった!」

 

 首を狙った横凪ぎ。刃が首筋に触れるその瞬間まで、榛名の視線が日向に戻る事はなかった。

 鮮血がほとばしる。榛名の首に食い込んだ刃。そして刀身を「掴む」二本の腕。この三点で「止められた」刀は、日向がどれだけ力をいれようとそれ以上刃を進める事はなかった。

 

「榛名、貴様!」

 

 バシャバシャと海面が血に染まっていく。刀をつかんだ腕はズタズタに引き裂かれ、痛みと緊張でぶるぶると震えている。それでも榛名の視線は日向に向くことはない。まるで日向に対して急に興味を無くしてしまったかのように、ずっとその「背後」を見つめていた。

 日向がその事実に気づいた時全ては手遅れであった。自分が榛名と再対峙した時、彼女の本隊に背を向ける形にあった事、まんまとこの形に誘い込まれ、今榛名に行動を制限されてしまっていること。

 

 榛名が日向の胴着の襟を掴んで、ぐいと体を密着させてきた。耳元で小さく囁く。

 

「動いてはダメですよ」

 

 ぞわりと身が凍る。

 まるで相手を気遣うようなその言葉。彼女の声に慈悲と優しさが混ざる時は、死んでいく者への憐れみと優越感があるからにほかならない。

 

「各発射管一番、二番、発射っ」

 

「3本」

 

「4本!」

 

 背後から声。魚雷か!

 

 刀を引き、切っ先を榛名の腹に向けるが、堅い装甲に阻まれて逆に脇でしっかりと刃を封じられてしまう。

 

「じゃれんなよ鉄クズ、お望み通り解体の時間ですよ」

 

 雷跡が迫る。もう、間に合わない!

 

 日向の背後で立て続けに爆発音が響いた。炸裂の衝撃と、つんざく爆音、荒れる波に揺られて、あらゆる方向感覚を狂わされる。

 魚雷が全て水柱に変わったあと、その合間から自らを主張するように火柱が高く上がった。

 

 榛名は日向の襟を固くつかんだまま、小さく身をかがめて爆発に耐えていた。日向の体が崩れ落ちた瞬間、彼女を捨てて隊の旗艦に戻る。

 

 その予定であった。

 

 突如、榛名の両腕を日向が強く握り返した。驚愕に顔をあげる前に、ボディに渾身の前蹴りが叩き込まれる。

榛名がよろけた際に海面に落ちた刀には目もくれず、日向は黒煙が上がる自分の背後を振り返った。

 

「初霜ぉ!」

 

 そこには火柱の中にうずくまる、小柄な少女の姿があった。

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