立ち上る雲―航空戦艦物語―   作:しらこ0040

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【くちぶえ ぴゅーぴゅー】

 日向は頭上に展開されている「陣」に圧倒されていた。上空を飛び回る偵察機の大群。対空射撃にて数を減らせども、その勢いは収まる所を知らず、ぎらぎらと偵察の目を光らせている。こちらの一挙一動を切り抜き、測定し、その全てを本隊へ報告されている。

 

「めちゃくちゃだ、数が多すぎる…」

 

 巡洋艦に搭載できる機数には上限がある。艦娘といえどもそれは変わらない。特に索敵を目的とした巡洋艦が、火力と両立して艦載機を運用するには、2~5機程で収容スペースに限界が出る。

日向が見た所では艦載機を飛ばしていたのは軽巡洋艦である川内のみ。空母や水母ならいざ知らず、これだけの機体数を扱うとなると、主砲を積んだ巡洋艦では絶対に手に余るはずだ。もちろん、主砲を積んでいれば、だが。

 

「まさか…」

 

 初めの同航戦で砲撃したのは旗艦の榛名のみ。これは射程の関係と、川内に艦載機を飛ばせるためだと思っていた。

 その後反抗戦の前に至近弾を出したのも榛名の主砲。川内はあのタイミングでまたも艦載機を発艦していた。

 お互いの距離が離れ、榛名の主砲範囲に入っても川内はまだ艦載機を飛ばしている。

 

「川内は艦載機運用特化、積んだ主砲はフェイク…」

 

 導き出した答えに愕然とする。この演習において榛名はこの「陣」を形成する事のみを念頭に入れて立ち回りを制限していた。その中で日向をあしらいながら、砲雷撃戦の違和感なく演習をこなしている。それこそ、演習が始まる前から榛名は隊の役割分担を徹底していた。日向への執拗な挑発も、川内の異変に気付かせないようにする為の囮。

 

 艦隊はまんまと狩りのテリトリーに追い込まれていた。四方八方を艦載機に取り囲まれた逃げ場のない海のど真ん中。この海域そのものが榛名の照準の円の中と言っても過言ではなかった。

 速度を上げながら通信機の感を最大まで広げる。途端に、耳元で小さな爆発が連続した。調子はずれの機械音を響かせながら、最後の水音を境に無音の報告を続けている。次々とこちらの偵察機が落とされていた。考えうる最悪のタイミング。いや、むしろこの陣が完成するまで泳がされていたというのが正解だろう。

 困惑する日向。その異変性を感じてか、艦隊全員が不安に浮き足立っていた。自分のすぐ後ろを航行していた名取が、日向の顔色を窺おうと速度を上げて先頭の日向の横に並ぶ。

 

 突如、爆発音と共に水柱が上がった。

 

「きゃああっ!」

 

 大きく波が揺れ、日向は咄嗟に名取の肩を掴んだ。本日何度目かの砲撃。この衝撃と威力、やはり榛名の主砲だ。

 

「各艦最大船速!足を止めるなっ!狙い撃ちにされるぞ!」

 

 悩んでいる暇はなかった。この陣を突破して榛名の目から逃れなければ、なぶり殺しにされるのは目に見えていた。こちらに勝機があるとすれば、この陣を抜けて有利位置より再突撃を仕掛けるしかない。これだけ大掛かりな陣ならば微量な距離調整にも多少は時間がかかるはずだ。その時に風上より距離を詰められれば、再度砲雷撃戦を仕掛けるチャンスがある。

 最短距離で海域を突っ走る。できるだけ被弾を避ける為、名取と日向が先頭となる複縦陣での航行だ。波を蹴り、水しぶきを上げ、一直線に海域を横切る。隊の後方で再度水柱が上がった。

 

 高速で景色が流れる。そんな中視線の端の一点、青い海の隅に高速で近づいてくる艦影が見えた。敵駆逐艦、野分と涼風。本隊を離れ、たった二人の水雷戦隊が並んで距離を詰めて来ていた。

 

「名取っ!10時方向より雷跡!」

 

 日向が叫ぶその瞬間まで、名取の視線は二人の駆逐艦に注がれていた。爆発の寸前に視線が足元に落ち、「え」と声が漏れたかと思うと周囲を轟かすような爆音が暴風を引き連れてあたりに響き渡った。火柱が上がり、粉々に飛び散った偽装の破片が周囲に飛び散る。

日向は左手で顔を庇いながら、伸ばした右の腕で転倒する直前の名取の襟首を掴んで自分の方へ引き寄せた。必然足が止まる。どこかで引き金が引かれる音が聞こえた様な気がした。

 

 か細い口笛が、はるか上方で鳴り響く。

初霜が江風の背を押し、日向は持ち替えた右の腕で江風を抱きしめた。負傷した名取と江風を腕に抱き、彼女たちに覆いかぶさるように空に背を向けた。  

口笛はどんどん大きくなる。腕の中の江風と目が合った。彼女の瞳は限界まで見開かれ、表面を覆う水の膜はその身を震わせる恐怖に揺れている。日向はぐっと腕に力を込めると、彼女の頭を抱いて自分の肩に強く押し付けた。

初霜は自分の隣で上空を見つめている。日向は左手に名取と江風を抱き込んで、右手で初霜の腕をつかんで引き寄せた。力無い上体が崩れ、その表情は驚いたように日向を見つめている。日向はすぐさま襟を掴み直してその小さな体を腕の中へ。口笛はもう聞こえない。迫りくる風切り音は、暴音とすら呼べる気流の悲鳴となって、頭のすぐ上まで迫って来ていた。

 

 一撃目の衝撃は、内臓を内側から押し潰される様な強烈なものだった。

 

 再度腕に力を込め、手の中の感触を確かめる。初霜が何か叫んでいる。

ああもう、何も聞こえない。聞こえるのは次の口笛だけだ。

 

二度目の衝撃は後頭部への激痛。頭が割れ、視界が赤く染まる。泣くな初霜、泣きたいのは私の方なんだ。次の口笛が聞こえる。

 

 三度目は熱。背中の艤装が燃えている。私の消火剤は初霜に使ってしまったから、もう火を消す事はできない。口笛が聞こえる。

 

 四度目は破壊音と水音。崩れた主砲が海面に没していく。こんなにも火が燃えているのに、指先が冷たい。口笛がする。

 

 五度目は背中に直接熱した鉄球を叩き付けられる。暴れるな初霜。口笛の音。

 何度目かの衝撃、激痛、口笛。

 

 痛みと熱と衝撃と、震えと苦しみと恐怖と、腕の中の温かさ。

 ぐちゃぐちゃに泣き腫らした初霜の顔が見えた。

 

 

 演習は一六〇〇時に終わった。

 

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