俺は進司と別れて程なくして、施設につくと、いつものように見張りの大人に見つからないようにシャワー室に入り、ゴシゴシと素早く返り血を洗い流した。
綺麗になったので、いつものように部屋に戻り、登校する準備をした。
「今回もバレずに済みそうだな」
「毎回毎回ヒヤヒヤしますよ…」
「たまには変わってもいいよ…?」
「…いいです。私が話すのが一番早いです。」
相変わらずの一人芝居を誰に見せるでもなく繰り広げると、眼鏡を掛け、マスクを着用し、前髪を下ろして念入りに顔にある傷と側頭部のX字の剃り込みを隠し、裏口から施設を出た。うおぉ、やっぱり裏口から出て正解。正門前には苦手な教官が陣取っていた。あーあ、また捕まってるよアイツ。俺と同じで抜け出してたのかな…そんなわけ無いか。
まばらに学生が通学路を歩く中、猛竜も気配を極力消して歩く。
いつものように肩をトントン、と優しく誰かが叩くので振り返ると、いつものように無表情で「おはよう」と不機嫌そうに言ってくる。この人は同じ学校の一年先輩の女生徒で、図書委員長の竹中 美津(たけなか みつ)だ。全身がスラリとしていて、背も女性にすれば高く、俺の鼻の下辺りまであった。眼鏡を取れば美少女といった感じの人で、肩の辺りまで伸ばした髪が、とてもよく似合っている。
だが、そんな彼女の機嫌は相変わらずよくはなさそうだ。不機嫌なら挨拶なんかしなくてもいいのに、と思いながらも、それを顔には出さずに「おはようございます」と小さめの声で返す。すると少し顔をうつむき気味にしながら小走りで先に行ってしまった。これもいつものことなのでもう慣れたのだが、初めてやられたときは新手のいじめかと思ったり、彼女もいじめられていて、俺に挨拶してくるように言われたのかもしれないとも考えた。
しかし、なんらそのようなことも無く、ただ一人でいる背中が寂しそうだったから声を掛けたのだという。
そんなことを思いだしているうちに学校に着いた。大火高校。もう一つの戦場。さて、決して楽ではない戦いの始まりだ。
俺は現在高校二年生。教室は三階だ。
階段を登り、教室に着くやいなや、生徒たちに冷たい視線を向けられる。おいおい、だから俺が何をしたって言うんだよ…って人殺してるんだけどさ、あれには理由があってだな…ノーカンだろ。
「見ろよ、根暗真面目君の登場だぜw」
「毎日毎日よく学校来られるよね~」
「辞めちゃえばいいのにw」
生徒たちが言う。こんなの雑音だ。雑音。俺のことなんか誰も言っていない。少しうるさい耳鳴りだと思えば楽なもんだ。しかし問題は…
「おうおう猛竜く~ん、実はちょっとお願いがあって~」
ガラの悪い生徒が話し掛けてくる。
「なんですか?またお金ですか?」
以前にもこんなことがあったのでなんとなく分かっていた。
「話が早いじゃないか、おらさっさと出せよ」
「…これでいいですか」
俺は財布から一万円札を出して渡した。この時財布から出したのが間違いだった。
「バカか!?身の程をわきまえろ!!財布ごと出せよオラッ!!」
「あっ…」
見事に財布ごと奪われてしまった。コイツは学校内では頭は悪い方だが、体格はよく、運動もでき、力も強かった。
…だが、本来俺の敵じゃない。財布を取られたフリをしたのだ。
「へへっ、結構入ってんじゃんか、なぁ…?」
「…はい」
「じゃ、また頼むぜぇ?」
「…はい」
さて、面倒なことになった。財布がなければ購買で昼食を買うことが出来なくなってしまう。しかしそれよりも、あの財布の中には俺の大切な物が入っている。
「絶対に取り戻さねぇとな」
誰にも聞こえないように呟き、席に着いた。
この日は嫌がらせを受けるくらいで大したことも無く授業が終わった。暗くならないと仕事は出来ないので、基本的に夜までは自由だ。
俺は日課の図書室に寄ると、図書委員長の美津を手振りで図書室の一番奥の机に呼び出す。
「知りたいことがあります」
「唐突ね、どうしたの?」
「この人が普段どこにいるか知っていますか」
今朝財布を奪ったやつの写真を見せると、素っ気なく美津は答えた。
「あー、二年生の子?だよね?確か同じクラスだっけ?」
「はい…」
この人は図書委員長であるが、本だけでなく、この学校の生徒のことにも詳しい。交友関係が広く、情報が自然に集まるのだという。
「教えてもいいけど…それを知ってどうするの?」
「………話をしたいんです」
「本当にそれだけ?」
「…本当です」
「そっか、ならいいんだけど…んー、今の時間なら、街外れ廃墟に仲間といるんじゃないかな?」
時計を確認しそう言うと、少し顔をしかめながら小声で続けてくる。
「でも、その仲間って言うのが、この辺りの有名な暴走族らしくてね、今日はやめたほうがいいかも」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って礼をすると、図書室を後にする。勿論、今から廃墟に行く。全く分かってなどいない。
「大神くん、きっと行っちゃうんだろうな…」
分かっていないことはお見通しだったようだ。
「…気を付けてね」
虚空を見つめ、美津は小声で呟いた。
俺は学校を出ると、人目につかないように廃墟を目指し、走った。どうして今日はこんなに走らなくてはならないのだろうか、と思いつつも、その足は速度を上げて行った。
街外れと言ってもこの街は大して広くもなく、廃墟までは2、3キロあるかないかくらいですぐに着いた。
廃墟は今にも崩れそうだったが、中は結構広く、不良共が集まる場所にはうってつけだった。
「無駄に広いな、ここ」
「はぁ、虱潰しに端から当たりましょ…あ…」
「お…?」
いた。まさか最初の部屋にいるとは思わなかった。
「あれー?猛竜く~ん!どしたのこんなところで…ん?」
「んだぁ…お前のダチかぁ?さっさと追い出せよ…面倒くせぇな…」
「だーれがダチっすかぁ!!wやめてくださいよぉー!!ねぇ、猛竜くん?」
そう言いながら俺の肩にまともに鍛えたわけでもない、ただ太いだけの腕を乗せてくる。
あぁ、もう財布を取り戻すだけじゃあ無理だわ…限界ってやつだわ
「気安く名前を呼ぶな、クズが」
「あぁん?誰に口聞いて…うぉお!?なんだよその傷はぁ!?学校と別人じゃねぇか!!」
「あぁ?まあ別人みてぇなもんだからな」
視界を遮る髪を一気に掻き上げ、後ろに流した。所謂オールバックだ。そのせいで顔の傷や剃り込みが見えてしまったが、もうどうでも良い。
「はっ、顔に傷がつくってことは、それだけやられたってこった…弱いってことだろ?」
冷静にヤツの仲間が言う。
俺が弱い?その言葉が気に入らなかったので、俺はコンクリートから剥き出しになった鉄パイプを片手で捻り、千切り取り、思いっきり投げつけてやった。
「ヒッ…!?」
見事にヤツの目の前の床に鉄パイプは突き刺さった。間抜けな声を出して腰を抜かしている。ざまぁ見ろ。
「おいおいマジかよ…」
予想は大きく外していたが、一応頭は回るようだ。鉄を素手でへし折ったのだ。人間との力の差は歴然だろう。
「マジだよ…殺されたく無いヤツは今すぐ失せろ…」
「た、助けてくれー!!」
「覚えとけよ!!クソガキ!!………いってぇーーッ!?」
暴走族と言っても腰抜けだな、そう思い、呆れながら逃げる背中を見送った。あ、クソガキっていうのもムカついたからコンクリートの欠片を足に投げつけといた。当たった衝撃で骨が折れたらしく、絶えず呻き声を上げている。
…っとそんなことはまぁいい、用があるのはそこで腰を抜かして床を這ってる間抜けなクラスメートだけだ。
「お前は逃げなくていいのか?」
「お、お前!!こんなことしてただで済むと思ってんのか!?明日学校で痛い目に合わせてやるからな!!」
今にも泣き出しそうな声でまだ生意気なことを言ってやがる。
「…ふッ」
「何が可笑しいんだよ!?」
俺はその姿が滑稽で思わず笑ってしまった。
「悪い悪い、だって今から死ぬんだぜ?お前。何を勝手に明日まで生きられると思ってんだ?」
俺は床に突き刺さった鉄パイプを抜いた。
「やや、や、やめてくれぇええ!!!!」
「何をしているのですか!!」
鉄パイプを振りかぶった瞬間、少し遠くでした声に動きを止めた。まだ俺に殺されたいヤツがいたのか、と呆れながら顔を上げると、遠目でもはっきり分かるような禍々しい気配、凶悪な人相。何より、その人を舐め腐った目が気に入らなかった、俺の本当に殺すべきヤツがいた。
「た、助かった!!コイツに殺されそうになって…」
「てめぇ…何俺の邪魔してくれてんだ…」
「人を殺してはいけないと、小さい頃に言われませんでしたか?…あぁ、あなたにはそれを言ってくれる人がいませんでしたね…失礼失礼」
心底楽しそうに何か言ってやがる。俺にはそれが教室と同じ雑音にしか聞こえなかった。
「うるせぇなぁ…ゆっくりてめぇの人の皮を剥がしながら、コイツの恐怖を煽ってやるとするか…来いよ、クソ魔人!!」
俺は空間に穴を空け、そこからもう見慣れた剣を取り出し構えた。財布を奪ったクラスメートは、ここには自分を助けてくれる者がいないという絶望と、自分の死ぬ可能性が増したという恐怖で気絶したようで、ピクリとも動かなくなってしまった。
「その兵器…その身に少し余るのでは?見栄を張るにしても、装飾を施すなどした方がいいのではないかな?」
この兵器の見た目は幅広の剣で、全長は140センチほどだが、もしこの手から落ちるようなことがあれば人間はおろか、この剣の重さに耐えきれずに地盤にヒビが入るという。
「てめぇ相手ならこの位のハンデがねぇとな…面白くねぇ」
と、笑いながら大嘘を吐く。
「あの時のガキが、随分言うようになりましたねぇ…いいねいいねぇ…それでこそ殺し甲斐があるってもんだぁ!!」
そんなこととも知らずにヤツは息巻いている。
「一つだけ教えておいてやるよ。この剣で斬られると…すげぇ痛ぇぜ?」
「コイツはバカか!?おまえのような雑魚の攻撃が当たると思…」
ヤツが何か言い終わる前には音も無く肉薄し、喉に切っ先を突きつけ…
「…当てるに決まってんだろ…バカはバカでも、遺伝子レベルで生粋の戦闘バカだぜ」
そのまま貫いた…というより首が弾け飛び、胴と頭部に分かれた。
「…コアはどこだ?」
コアとは、魔人に備わった弱点で、俺たちの心臓にあたる。魔人を完全に殺すには確実にこのコアを破壊する必要があった。
「……………」
「その様子じゃ何も言えないか…不様だなぁ…魔人さんよぉ」
「ご……なさ……」
なんだろうか?微かに口が動いているような気がする。
「聞こえねえよ」
「…めんな……」
「…舐めんな?聞こえねぇって言ってんだよ」
「ご……め…んな…さい……」
「チッ…!!今さら後悔なんかしてんじゃねぇ、気色悪ぃんだよ!!」
魔人の体全体を力任せに剣で砕いたあと、血に汚れた魔人の頭を無慈悲に踏み砕いた。また感情的な行動をとってしまったな、と我に返ると、なぜか俺の頬には涙が伝っていた。
「あーあ、なんか…白けちまったな……」
剣を空間に開いた穴に無造作に放り込み、涙を乱暴に拭い呟いた。
「しかし、このような時間帯に魔人が…」
本来、魔人は夜中に行動するのが一般的だった。それがこのような時間に…妙な胸騒ぎがした。
「もういいよ!財布だけ取り返して帰ろうよ!」
「そうですね、中身だけは確認して…」
クラスメートの腰のポケットから財布を取り出して中身を確認する。
「…あったな」
「…ですね」
それは一枚の、どこにでもありそうな、しかし今はどこにもない、幸せそうな家族の写真。腰に刀を帯びる無骨な父、優しそうな母、無邪気な兄、大人しそうな妹。
…その写真に写る中で今も生きているのは、たったの一人だけだった。
「今日は二体…か…俺は…まだ…届かない…」
強かったあの人のことを思い出しながら俺は静かに廃墟を後にした。
次の日から、財布を奪ったバカなクラスメートは学校に来なくなった。
どうやら頭が狂ったらしく、素手で鉄パイプをへし折り、人間をバラバラにして涙を流す悪魔を見たという話を怯えながら延々と続けているらしい。
まぁ、頭が狂っているのはもともとだと思うが、俺は勝手に悪魔ということにされたらしい。解せぬ。
予告とはあまり関係ない内容になってしまいました(汗)
では、次回予告に参りましょう。
次回予告
「皆さん初めまして!!私はこの物語の主人公!!まあこんな素敵な能力を持っているんだもの、当然よね!!
ずーっと女子校で、もちろん男性とふれあう機会なんてほとんどなかった。彼と出会うまでは…男性ってとっても野蛮で…危ないんですね…!!
でも、この出会いが私の人生を変えてしまった。」
お、オッケーですか?キャ~!!恥ずかしい~!!恥ずかしすぎて辛いです!!
あ、次回「主人公の出会いと能力」です!!
………本当に恥ずかし過ぎる