森を歩いて半日、兵士と魔女の二人組が歩くさまは中々に滑稽に見えたかもしれない。昼を過ぎ、空がまだ明るい中で銃と個人装備の男の後ろをマントを羽織り、杖を持ち歩く少女が行く。
二人は外見の美しさは持ち合わせていたが、それを状況と服装が損なわせていた。騎士と姫君と言うには物々しく、おとぎ話と言うには浪漫が無い組み合わせである。
何より、魔女を自称しつつ、箒にまたがって空を飛ばずに歩いていたのが致命手的であろう。エッカートはイストのように箒にまたがって飛べず、イストは自衛の手段が乏しいがための徒歩であったためだが、それにしても無感動な絵面であった。
緩やかな坂を上っては下り、水筒に入れた山の清水で喉を潤す。木陰が多く日光は当たらないが、気温は高く局地的な雨が降ったのか、地面から水が蒸発して蒸されて不快である。
しかし、二人から不快さを感じることは出来ず、むしろ仲良き兄妹のような明るさを発している。
「では、外では音楽が盛んなのですか?」
「ああ、オズは音楽でヒト同士が繋がったと言われていてな。路上を歩けば、演奏者達が自主的に集まっては合奏するのさ。道行くヒトが小躍りすれば、小さなお祭り。これが中々楽しいんだ」
エッカートが外の世界を話し、イストが魔女の話をする。情報交換というより、世間話をする気軽さで二人は明々と会話をしていた。
「此処じゃ、そんな娯楽は少ないしな」
「そうですか? 私の祖母は良く歌ってくれたものです。そちらの村落での風習がちがうのでは?」
「そうかもな。面白みのない所だったからな」
二人は言葉を交わすことで互いの距離を一歩ずつ近づけていた。イストは最初こそ、恐る恐ると話していたが今では白い髪の下ではつらつとした笑顔すら浮かべている程である。
こうしている間にもエッカートは索敵は怠らなかったが、同時に会話も絶やさなかった。それはイストを驚かせる程の技量であったのだが、それよりも話しに花を咲かせる方に彼女は意識を向けていた。
「だが、地下水で冷やしたトマトは美味かった。そこだけはヘソに軍配があがるね。オズの野菜はどうも、味に深みがないんだ」
「大地を礼賛しないからかもしれませんね。全ての自然に敬意を示してこそ、自然も私達に施しをくれるでしょう」
「成程ね。その割に俺達の元に来た時、実は缶詰目当てだったんだろ?」
イストの思考はそこで途切れ、飢えに飢えた自分を恥じて、赤面した。フードを深めに被って隠そうとしたがリンゴの様な色をした頬を隠しきれなかった。
、
「あ、あれは」
「缶詰なんぞ、大地への礼なんて言葉を星の彼方に投げ捨てた食い物を欲しがるなんて相当だったんじゃないか?」
「う、飢えた竜も空腹には勝てないと言うではありませんか。それにあくまでアレは一時的な物で、決して飢えに負けたのではなく……」
「言ってること滅茶苦茶だね」
可愛らしい小鳥のさえずりと評しても差し支えないイストの声が震えていたのにエッカートはつい意地の悪いセリフが浮かんでしまう。もし、これがラーナなら手痛い仕返しや毒舌が飛んでくるのだが、イストはラーナより遥かに知恵と品性に富んでいたため、こうした話し相手はエッカートには新鮮であった。
ふと大佐も思い浮かんだが、アレには品性云々を言うより隠しきれない野心がお喋りの相手として致命的であり、思わず苦笑が出た。
「お前、燃費悪いだろ?」
「燃費?……どういう意味です?」
「別の表現で食い意地張ってるとも言う」
イストのアイスブルーの瞳には動揺の色がありありと浮かび口をへの字に曲げて、その感情を表していた。怒りと羞恥の両方に揺らいだイストは肩を震わせてその場で足踏みする。
「女性に向かって何て言い草ですか。あ、あまりに失礼でしょう。貴方もラーナと同じく、不躾ですね!」
「なら、これは要らない?」
エッカートは背嚢の中から一本の袋菓子を見せつけた。ドライフルーツをバターケーキに混ぜ込んだそれはオズのレーションで最も高価な代物であり、人気の一品である。あまりの人気さに民間に販売を委託した所、銘菓になったというソレを袋から取り出して見せれば、イストの小腹を刺激する。
「ひ、卑怯な」
イストは数か月ぶりのバターと砂糖の甘い香りに喉を鳴らした。イストの目にはドライフルーツのケーキは宝石をちりばめた黄金細工に見えるのだ。妖精が華麗に舞って、イストの食欲を誘う幻覚すら見え、イストは誇りと欲を天秤にかけて、その心は大いにぶれた。
「この私がそんな菓子に負けることなど……」
「なら、俺が貰うだけだよ。君はそれに耐えられるのか?」
しばしの沈黙の後、エッカートが大口を開けてチョコレートを放り込もうとした時、イストはそれをひったくり、一心不乱に齧りついた。最初は舌に甘く濃厚なバターとカカオに夢中になったが、エッカートの物は薬草入りの変わり種で、一気に口に入れたために苦みも口一杯に広がって、悶えた。
「は、謀りましたね」
「ヒトの物には注意しろって。偶にとんでもない物を食っていることがあるからな。ラーナなんて特にザラメ入りのバターチョコレートクッキーとか言う、とんでもないモノ食っているんだ。信じられるか?」
「な、なんと」
エッカートは一度口にした時の強烈な甘さを思い出し、舌を出して表情を渋くした。それは彼の様な男性には味覚の暴力であり、しばらく舌が他の味を感知できなくなった程であったからだ。
一方でイストはそのバラエティ豊かな甘味の園のような菓子を想像し、感嘆の吐息を漏らした。そしてラーナの味覚は少なくとも、エッカートよりかはマシだと確信する。こんな不味い薬草を入れるとは菓子への冒涜である。これを食するとは何という味音痴か。
彼女は知らないことだが、その銘柄はあまりの甘さ故に子供に虫歯が続出し、遂には訴訟を起こして現在お茶の間で最も関心を引く話題となり、ついたあだ名が「歯医者の金脈」である。
その意味でエッカートの選択は賢明と言えたが、イストにはついに伝わらなかった。
「その様な菓子は見てみたいものですね。最もキルクの実の茶より良いとは思いませんが」
「なんだそれは」
「私の村にあった最高の甘味ですね。ご存じないのですか?」
「……いや、知らないな」
エッカートは肩をすくめて言った。イストはほんの少し違和感を覚えたが、生まれた村の違いが現れたにすぎないと思い、気にしなかった。それ以上に、自分で口にしたキルクの実の言葉に望郷の念が生まれてしまって、それどころではなかった。
「……もう一度飲んでみたいんですけどね」
川で友人たちと遊び、びしょびしょに濡れて帰れば、よく祖母が用意してくれていた。木の実のお茶は濃厚でほんのり甘い。母が好きな味だと聞いて、自分が母と同じものを好きになれたことを嬉しく思ったことをイストは憶えている。
あの木の実は今でも実っているだろうか? 若干の疑問と不安を胸に黙りこくっていると自分の肩に手が置かれた。
「飲めるさ。時間はいくらでもあるんだ」
「でも」
「その時は俺とラーナにも奢ってくれ」
イストの不安はエッカートの優しさで一時的にせよ解消された。恐れを期待が覆い隠したと言うべきだろうか。ともかくイストは希望を持つことができた。そして、その為に一刻も早くラーナの位置を追うべく、先を急いで坂道を駆けだした。エッカートは距離が離れないように足を速めてイストのすぐ後ろを追う。
「走るなって!」
「走らないと! もうすぐで見つかりますから!」
エッカートは走るイストに子供っぽさを感じたが、悪くない気分であった。彼女が年相応の面を持っていることに気付き、その方が好ましく思えた。下手に大人ぶられては、自分のような“ひねた子供”には最悪のお供となりうる。結局はラーナのように手に余るくらいが彼には気が合った。
「見えました! アレです!」
イストが遠くを指さした。エッカートはその方向に目を凝らす。最初こそ歓喜を以って歓迎したが、それは次第にしぼんでいった。その場所に思わず、目をこすって確認し、最終的にスコープでその細部を確かめた。
「どうしたのです?」
「マズイな」
「どういう……」
イストの疑問に答えることなくエッカートはその施設を観察した。レティクルの向うに映るのは明らかな人工物であった。
錆びた鉄条網付きのフェンスにコンクリートでできた建築物と舗装された巨大な道路。巨大な道路、正確には滑走路なのだが、大きくひび割れて隆起したそれの周囲には破壊された対空砲や穴の開いた格納庫がコケに覆われた姿を晒している。
周辺にはサイズや細かな形が異なる機械兵士が巡回しており、そして驚くべきことにニンゲンが何名か確認できた。纏う装備こそ、ぼろく、多少の年季が伺えたが生身のニンゲンの兵士がまだ残っていることは驚愕に価する。しかも、その数は見えるだけで3個分隊はおり、基地の内部にまだ大勢いる事が予想された。
「ニンゲンの基地とはね。しかも、まだ機能してるってことはこの前俺達を襲った奴らの根拠地かもな。イスト、此処に本当に間違いないんだな?」
「はい。確かに導きは此処に」
「一つ聞くが、災厄をもたらす魔女っているのか?」
「何故?」
「アイツがそうだからさ」
無論それはラーナの事を差していた。エッカートにしてみれば、日常でも戦場でもラーナとはそう言う人物であった。日常ではTVを破壊し、戦場では滅茶苦茶な戦法で相手に死を賜る魔女。まさか、自分に災厄が訪れるとは! 流石にこの状況は予想外であった。
よりによってニンゲンの施設内にいるとは! 魔女や龍は寝ていて自分たちに不幸が降りかかるのを黙認しているに違いない。エッカートは天上の存在を呪った。それだけでなく、これだけの施設を野放しにした三カ国の軍の無能さを嘲笑さえする。
「全く何が残党狩りだ。何がドラゴニアだ。こんなデカい、そびえ立つ糞の塊の始末もできていないじゃないか。帰ったら、税金のいくらかを返してもらうよう主張しなくちゃな。無能共め」
イストはエッカートの言いざまに開いた口がふさがらなかった。ヒドイ罵倒であったし、先までと変わって、荒々しい口調で罵る彼はラーナとよく似ている。彼もまた紳士さとか品行方正とは無縁のヒトであることを認識した。
「どうすれば? 行くのですか?」
「勝てると思うか?」
「……とても、そうは思えません」
言うまでもない。観察すれば、奥のハンガーからセンシャが巨体を揺らして歩いており、彼我の戦力差は不利を通り越して絶望的である。エッカートはこの時、場違いにもラーナのTV番組を思い出した。
美女を救うために一人で基地に潜入し、爆破のついでにキスまでしてしまう、安っぽい三文芝居の内容であった。それと同じことをしろ、と言うのだからエッカートも笑いを堪えられなかった。
「そうだよな」
エッカートは腹から笑う。自分が一体何をしているのか分からなくなってきた。魔女を攫うだけの仕事はいつの間にか数多の勢力と対峙し、相棒を救いに敵地へ乗り込み、尚且つ魔女の願いを一つ叶えるという。
非常に遠回りな物になっていた。物事は単純なものほど良い。単純にしたければ、このままイストを連れてオズへ駆け込むだけでいい。なんと簡単で自分にどこまでも都合の良い選択肢があるではないか、と哄笑した。
「でもやろっか。いや、むしろやらないとな! こんな事滅多にないぞきっと! おとぎ話みたいに邪悪な竜から姫を救う王子様役って一度やってみたかったんだ!」
自棄にすら思う。それでも自分が最も難しい選択しかできないことにエッカートは笑うしかなかった。唯一無二の相棒を救うことに躊躇いなどない。なぜなら、相棒とはラーナの事で彼女の相棒はエッカートであるからだ。
自分が汚れることで友人を救うことに喜びを感じる者、エッカートはまさにそれだった。いや、いつもの友達と一緒に居たがる幼児にも似た子供らしさが規模を拡大し、命すら投げ打って見せることが出来る程昇華したと言えるかもしれない。
彼はラーナを救うために、馬鹿にしてきた安ドラマの主人公を演じようとしている。そしてイストはそのエッカートに危うさを感じずにはいられなかった。だが、イストはその彼の本性を幾度も見ていたことに気付いた。
この男がただの目標である自分の為に譲歩を重ねに重ね、その上での達成をしようとしている。物事を複雑にしたがる性の持ち主、度し難いがそれ故に頼もしい。彼の欲張りが結果的に自分やラーナにプラスに働いているのだとしたら、エッカートをラーナが命をかける程、信頼するのも頷けた。
「貴方はいつもこんな風にやってきたのですか?」
「そうかもしれない。俺はどうしてか遠回りばかりをしてしまう。ラーナと付き合ううちにアイツの悪い癖がうつったのかもね。だが俺は奴といないとダメだ。だからアイツといるし、アイツの真似もする」
榴弾で吹き飛ばされる前の彼女を思い出し、エッカートは奮起する。あの時、ラーナと場所がそっくり入れ替わっていれば、自分がそうしただろうし、今ここで決意を決めたのは彼女に違いない。
エッカートに迷いはなく、ただ装填された一発の弾丸のように、断固とした意志を貫くべくライフルのコッキングレバーを引いた。それを見て、イストもガントレットの杖を新しいのに代えて、互いに顔を見合った。
「やってくれるか?」
「恩は返す。祖母からの教えは絶対です」
やることは変わらない。魔女と共に突撃し、仕事をこなす。エッカートにはただそれだけが仕事であった。相棒を救うこと、イストをオズに届けること、全てが仕事で、己の使命であった。
目的は囚われの姫を救う、と言った所か。愚かでヒーロー気取りの自らの行いを嗤い、そして表情筋を引き締めて大真面目に取り掛かる。エッカートはハットを深めにかぶり、行くべき場所をその目で射抜く。
△
ストレンジャーと言う名にはどんな意味があるのか。ラーナは彼の背中を追いながら、そんな事を考えていた。自分の名前にどんな意味があるのかも知らないが、他人の事となると気になり、幾度かその質問をした。だが、その返答はいつも「ストレンジだからだ」と期待に副わないものであった。
いっそのこと、「頭が本当にアイスクリームだからだ」や「実はニンゲンの言葉で同性愛者なんだ」と答えてくれればいくらか退屈が紛れることだろうが、変人なニンゲンはラーナのお喋りをする気を削ぐ答えしか用意していないようである。
「お喋り厳禁って訳? ニンゲン様はさぞ無口なのね」
ストレンジャーのセーフハウスを出てから早五時間程、草木が被せられたカモネットをひっぺがえして入った洞穴を進み、たどり着いた先は驚いたことにニンゲンの基地であった。しかも、まだニンンゲン達が大勢いて、生活している場所であったことにラーナは驚きを隠せなかった。
通気口の中からラーナは観察した。しばらく清掃していない通気口は不潔で虫とねずみの天国となっていたが、下は少なくともネズミや虫たちとは違って天国ではなさそうであった。
上から覗けば、疲れ切ったニンゲン達がどうにかこうにか生活している様が伺えた。かつてピカピカであったブーツや制服は無残な縫いあとが目立ち、光学機器と電子機器が満載されていた銃はその全てが外されて鳥の骨のようだ。
士気が下がれば、風紀も乱れるのは当然で、廊下に寝袋を敷いて寝る者や、捕えたネズミを巡って争う者と軍隊と言うより野盗の類にしか見えない。
喧嘩する彼らの足元には部隊章が縫われた赤いベレーがあり、ブーツで踏まれたり身体の下敷きにされて型が崩れていた。
これがニンゲンなのか。ラーナは疑った。少なくとも彼女が見たニンゲンはもう少し清潔感があり、また物資と士気に溢れていたはずであった。これが戦争に敗北した者の末路なのだろうか。負け犬はどこまでも惨めで哀れで、彼らに比べればストレンジャーの方が幾分かマシに思える。
「おい、こっちだ。魔女」
「魔女って呼ぶんじゃねぇ。ストレンジ野郎」
意味は分からないが、そう呼んだラーナに対してストレンジャーはニヤニヤと笑った。気味の悪さを覚えていると、ストレンジャーが下へと降りた。敵地に降り立つ彼の正気を疑ったが、此処まで入り込んでしまった自分を再度見て、仕方なく続いた。
「酷いトコ」
下りた先はプレイルームらしかった。壊れた映写機が横たわり、部屋の角には散々蹴られた跡が残る自動販売機がその骸を並べている。床には古雑誌が散乱していて、パズルらしきものが記された本は何度も書いては消してを繰り返して文字が薄くなっていた。
ふと自分の足元にも落ちているのに気付いて拾い上げると成人用雑誌であった。豊かな胸をさらけ出す金髪美女の本はページが全て張り付いて、気色が悪いことの上ない。
「サイアク」
「おお。ミス・カリンじゃないか。奴ら俺の女をこんなにしやがって」
ストレンジャーの悲嘆の声に目もくれず雑誌を手放した。ストレンジャーはそれを拾い上げて名残惜しそうに見ていたが、しばらくしてゴミ箱に捨てた。どうやら、彼のお古であったらしい。ラーナは冗談めかして言った。
「故郷の次は女を滅茶苦茶にされたってわけね」
「全くだ。俺の女はメンバズーカジュースの餌食にされてしまったよ。何と言うことだ。奴ら遂にインクの集合体に発情するようになったとは、野蛮人め」
意味の分からない単語を呟き、同胞を野蛮人と言うあたり、ストレンジャーは自分をニンゲンと同じ種族とは思っていないようである。最もラーナも同じヘソの住民をよくは思っていないのだから、その点では二人は似ていた。
「とはいえ、アンタも極端よね」
「俺が? 俺はただあの赤い味をもう一度食したいだけだ。その為には何だってやるさ」
ストレンジャーはラーナのバックパックからプラスチック爆弾を取り出して部屋の一角に仕込んだ。ストレンジャーは基地に来てから、この様に至る所に爆弾を仕掛けては回っていた。
その手つきはラーナから見ても熟練したもので、十分な知識と経験に裏打ちされたものであった。信管を突っ込み、小さな電話をつけて起爆装置の代わりとして、それを遠隔機動させれば、たちまち起爆すると言う。
「器用だね。ニンゲンはこんな小さな電話使ってるんだ」
「旧型の携帯電話だ。最近のガキはものを知らなくていけない。IEDの作り方はお勉強したことだろ?」
「何じゃそりゃ」
似たような物はラーナも制作したことはあった。鹵獲した対竜地雷5つに有線をつないで路肩に埋めては車列が通るのを待ったものだ。だがそれをニンゲンの言葉でIEDと呼ぶことは知らず、結果「最近のガキは」とぼやかれてラーナはご機嫌斜めになっていた。
ハッキリ言ってラーナはストレンジャーと気が合わない。お喋りは通じず、一々鼻にかけた口調や訳の分からない単語を垂れる彼にいい加減うんざりしていた。
何よりストレンジャーが不気味な時点で印象はマイナスの地点からのスタートを余儀なくされていた。腕こそ立つが、口を開けば子供の戯言ばかり。目的も赤い調味料ケチャップが欲しいだけ、と信頼も置けない。
今すぐストレンジャーの首をへし折ってエッカートを探しに行きたかったが、隙が伺えず、ずるずると来てしまった。そんな自分を恨み、仕方なくプラスチック爆弾の作業に従事していた。
「ところで聞きたいが、君はいくつだ?」
「ふつう女の子の歳聞くかい? 17かそこらだよ」
「では、あの子はいくつだ? あの銀髪の子は」
「知らないね。でも12かそこらでしょ」
ストレンジャーは何気なく答えたラーナの方をじっと見だした。ラーナも最初は気付かなかったが、視線に気付いた。
「何よ?」
「いや、おかしなこともあるものだ。あの子は戦中一体何をしていたのかね? 俺と同じく冷え冷えのベッドにいたのか?」
「戦火のない村の生まれなんじゃないの?」
ストレンジャーは人差指を立てて左右に振った。
「それはあり得ないな」
「……何で?」
「俺の軍隊は無謀だった。あちこちに侵攻しまくっていた。軍隊をクモの巣のように放射状に放ったはずだ。その結果、ヘソの地の八割は俺達が占めていたし、残りの二割は前線であった。マリナーラソースのパスタを持った皿みたいに、綺麗な所何て無かったはずだ」
ストレンジャーは得意げに語り、さらに続けた。
「第一、戦火の中であんな純粋な子が育つわけがない。戦争中のガキと言うのは荒れに荒れる。奴らに自慢できるのは相手を殺す人差し指と股の棒くらいだ。愛し方も愛され方も知らんガキにまともな奴はいない」
「おい」
ラーナはストレンジャーをまっすぐ睨み、声音を低くした。よく発達した八重歯をむき出しに唸る彼女にストレンジャーは我が意を得たりと言わんばかりにしたたかな表情をうかべる。
「ソイツはアタシ達がまともじゃないって事?」
「そうは言っていない。だがお前たちにあの魔女と同じ顔は出来ないと言っているんだ。何で此処にいる? 何故お前はそんな物に詳しいんだ? 魔女よ、お前はどうして魔女を拒むのだ?」
「魔女って言うな」
歌うように訊くストレンジャーにラーナは手のひらに雷を鳴らした。蒼い火花が小さく鳴る。殺意の波動が直接力へと変換されているのは見て明らか。歪んだ人生を歩いた十代の少女の感情は単純だが力に溢れていた。
「それだよ。力を使うくせに魔女じゃない、なんて虫が良すぎるだろう? 使うなら名乗るべきだ。私は魔女だとね。そう言う意味であの子は実に素直だ。なあ、ラーナ俺は魔女を知っているんだ。君だって本当は分かっているんだろう? 俺が何でこんな事を聞いてるかぐらい」
「さあてね。聞かせて願いますか? ニンゲン、様」
「俺は見たんだよ。聞いたんだ。そして理解した」
ストレンジャーは起爆装置を見せびらかしてラーナをけん制しつつ語る。ラーナは姿勢を若干低くし、食らいつくタイミングを伺う。するとストレンジャーがスイッチを一回押した。
これで安全装置が解除されて、もう一度押せば一切合財を吹き飛ばすことが可能となった。更に握っているのは生身の方であり、これがラーナの行動を抑えていた。
仮に彼女が隙を見つけてストレンジャーを殺害したとしても、死後、体が痙攣してスイッチが押されてしまう可能性がある。死亡と同時に装置を床に落とした場合も同様でストレンジャーの握るソレが衝撃で起動してしまうのではないか、という不確定さがラーナの動きを制限した。故にストレンジャーは悠々と自説を論じることができた。
「方法は分からないが、魔女ってのはマジでヒトじゃないんじゃないか? 俺はあの小さな魔女を観察した。おかしな事に彼女はあまりに戦場で場慣れしていない。そうだろ? 年は12かそこらなら戦中に育ったはずだもんな」
ストレンジャーの指摘はラーナは黙るばかりであった。反論するには彼女の頭はひどく鈍かった。
「ヘソの連中は自爆や殉教が好きな自殺嗜好だ。ソレに俺は戦中のお前たちがいかな戦術で挑んで来たか嫌と言うほど知ってるんだぜ? 魔女を使わない手はないだろうよ、何せ君らは爆弾なんだ」
「お前……!」
「おおっと話はきかなきゃ。でないと大変な事になるぞ。そうさ君らは爆弾だよ。何であの子が同胞に撃たれたか、そいつは唯一つの理由だ。放った弾丸が戻って来れば誰だって恐怖するよな? 自分らが作った兵器が何を血迷ったか、コッチに走って来るんだ」
ラーナの心臓が跳ねあがる。過去の凄惨さと再び向き合い、背中に冷たい汗が伝いだす。自分が何者なのか、未だにわかっていない彼女に自分が何であったかを思い出させることは今の自己の否定へと繋がった。
「感情がエネルギーとなり得るのなら、ヒトってのは莫大なエネルギーを生産できることになる。お前さんの場合は怒りか? お前らには散々な目に合って来たよ。1gの爆薬もないくせに起爆すれば三十は吹き飛ばせた。だが、俺は更にもっと深いことを知っているんだ」
ラーナの耳にストレンジャーの言葉一つ一つがこびり付くようであった。呼吸が荒くなり、脳裏に吹き飛んだ友達の破片が浮かぶ。血煙が晴れれば、幾重も混ざり合った死人たちの中に埋もれていた。その残りかすや灰に埋もれて消えてしまった一人一人をラーナは覚えていた。そのことが激しい吐き気を催した。
「あの日の龍と魔女はヒトだった。俺はそいつらがヒトであったのを見たんだ。正直疑ったね。君の後ろ姿はよく似ているよ。人形越しに見ても、俺の目で見てもね」
「な、なに、を」
「君は魔女だ。いや、もしかしたら龍か。ともかく、君がどちらかなんだ」
ラーナは片手で頭を抑えた。自分はそんなものではない、そのはずなのに、ラーナは自己を大きく揺らがされる。自分と言う土台が一気に倒壊していくのを必死に抑えていた。
「私は物じゃない。魔女でもない。私はラーナだ」
「何度でも言うといいさ。ただお前は俺からケチャップを奪ったことを償わなくてはならない」
「ふざけんな」
「あの一撃で俺達の補給路と退路が消えた。技術と数だけが取り柄の人類軍には致命的な一撃を与えた上に俺の楽しみを無くしやがったんだ。せめて俺への贖罪があってしかるべきだろう? その為の準備もしたんだ」
ストレンジャーは義手を変形させて、散弾銃を展開。その銃口はラーナには向けられておらず、天井を向いていた。ラーナはその意図を介することが出来ない。混乱した頭では正常な思考が上手くいくわけがなく、辛うじて言葉を発することができる程度であった。
「じゅんびって?」
「魔女を手に入れ、ソイツを昇華させる。感情が元なら、それを限界、いや臨界にすれば、現れんじゃないか? 自分の姿形を変える程のエネルギーを持つに至るまでに追い込めればな。俺はお前を魔女だから必要と言った。つまるところ、魔女を戦場に、それもどうしようもない地獄に送れば、もう一度なるんじゃないか?」
ラーナは雷光を発した。手から迸る蒼の残光が掌で踊ってるのをストレンジャーはヤ二で黄ばんだ歯を見せて笑う。悪魔の嗤いのように。反対にラーナは獣のように叫んだ。此処が敵地であることすら忘れて、ひたすらに吠えた。
「また生贄ってか? ふざけんな! お前たち大人がまたそうやってアタシ達に死を押し付けようってか?! 死にたきゃ死ね! 殉ずるならそうしろ! 夢を果たしたけりゃ、そうすればいい! それを何で自分達だけでやらないのよ!」
「人には限界があるからだ」
「ヒトじゃない何かに叶えさせて何が面白いのよ!? しかもアタシ達にだ! アンタ達大人はそんなプライドもないのかよ!」
扉の裏から騒ぎを聞きつけたニンゲンが騒ぎ出すのが聞こえた。それでも二人はやめない。片方は怒り、片方は愉快であるためか、どちらも感情に歯止めを利かせようという考えを捨てていた。
子供を利用される事にラーナは激怒していた。自分以外の子供を使い、悦を夢を得ようとする大人の我がままに血液を沸騰させる。地獄へ落とせ、一刻も早く。そんな感情の叫びに彼女は忠実になっていった。
「忘れたなそんな物は。それにいいじゃないか、死ぬのは大人ばかりだ。きっと起爆すればメイズリーにヘソの住人、君のお仲間と盛大になるぞ。何せ、こんな所にニンゲンの基地があって、お前もいるからな。どうなるのだろうな? 本当にどうなるのかな?!」
ストレンジャーは逆で全てが企み通りに進行していることに笑いを抑えられなかった。その理論に確証がある訳ではない。だがラーナが怒れば怒るほど、肌がピリピリ痛むのを感じて自分の推論の正しさに信じて疑わなかった。
「さて、おとぎ話だな魔女よ。ある所に魔女と悪い大人たちがいました。大人たちは皆君を騙していました。魔女は怒って彼らを皆食べてしまいました、とさ……自分が魔女でないと言うのなら、抑えて見せろラーナ」
扉が解放され、入って来たニンゲンが二人に呆気を取られた。
「ス、ストレン……」
名を呼び終わることも出来ずに、ニンゲンはストレンジャーの散弾銃によって顔面がクレーターのようにされ、血と骨片をまき散らした。その一瞬をついて駆けたラーナだったが半秒遅かった。
起爆装置を作動されて、基地全体が大きく揺れた。爆音と悲鳴が起これば、火炎が噴き出して、空いた扉から熱風がラーナに吹いて動きを止められた。
「また会おう! ラーナもしくは魔女よ!」
今回は長めです。一応伏線やらを回収してみましたが、難しいですね。
これからてんやわんやな場面になると思いますが、楽しんでいただけるように精一杯書こうと思います。