俺達に鏡をくれ   作:ハナのTV

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二人の抵抗

俯瞰。それは高い所から見下ろすことを意味する。物事を俯瞰すると言えば、当事者ではない第三者が客観的に見ることである。その意味で、イストは何もかも俯瞰して見ていた。

 

イストは自分の目が至る所に生えた感覚に最初こそ戸惑った。物理的に見えないはずの者が見える。それも時間、場所を超えて、と言う意味である。何もかも見える、それも後世のヒトが書物や映像、体験談を聞くのとは違う、まさしく神の視点をイストは得たのだ。

 

まるで大空を飛ぶ鳥のようだ。箒で飛ぶのとはわけが違う。もっと自由で、縛られない。それどころか肉体なんてものが唯の足かせでしかないと思わせる程に。

 

それは全て天上、つまりは水面のような空が見て来た全てなのかもしれない。最初の見たのは五分前の地上。ニンゲンのセンシャという機械が狂ったように砲を連射している。ヤドカリか蜘蛛を思わせるソレは森林を猛突進する這竜に巨大な質量弾を撃ち込み、止めようとする。

 

その慌てぶりは見て取れた。生身のニンゲンは機械兵士とセンシャを置いて、我先にと地下へ走り、鋼鉄の化け物であるセンシャすら一歩、また一歩とじりじと後退している有様であった。

 

ふと耳を澄ませば、声が聞こえてくる。

 

『敵這竜、毎時80マイルで突っ込んでくる! なおも増速中!』

『ふざけるな! 何でこんな所に!? 弾種、重ウラン弾! 急げ!』

 

何を言っているのかはイストには分からないが、ともかく彼らは襲ってくる死を全力で払いのけようとしている様である。森の中から一条の光が伸びた。赤い熱線、竜のブレスが奔り、戦車の右半分を装甲ごと一瞬で溶解させて吹き飛ばした。光の後に遅れて発炎音と爆発音がやってくる。

 

なお衰えを見せない暴力の奔流は地面をガラス化させ、その余波で幾多の生命を悲鳴も許さずに消し飛ばす。暴君の名を欲しいがままにしたその力は未だ健在であった。

 

『被弾した! 被弾! 行動不能! もうダメだ!』

『うるせえ! 撃て! ぶっ殺せ! ぶっ殺すんだ!』

 

破れかぶれの反撃。鉄の矢を思わせる砲弾が大気を切り裂き、這竜の装甲に突き刺さった。大鐘楼を叩いたようなやかましい音の後、その戦果が露わになる。砲弾は竜甲を砕き、鱗に焦げ跡を作って、ポロリとひしゃげた鉄塊をさらけ出した。

 

運が悪く最も装甲が厚い胴体部に阻まれたらしく、センシャの搭乗員が自らの運命を悟った時には竜はセンシャに組み付き、原始的な闘争本能に従って破壊の限りを尽くしていた。

巨大な筋肉と鱗、殴打の為のスパイクが振り下ろされ、センシャは紙粘土同然にされている。

 

潰れた装甲から赤いシミがにじみ出ていく。砲は噛み砕かれ、足も何もかも解体されていく様は見るに堪えない。ふと、搭乗員の一人が車体下部のハッチから脱出したのが見えた。逃げてほしい、天から見守るイストはそう願ったが、魔女と龍は意地悪らしい。

 

足元に銃弾が撃ち込まれ、退路を断たれてしまった。周囲を取り囲むホギーやヒトの兵士は機械じみた表情で囲む。ニンゲンは必死に命乞いをするが無駄だろう。ヒトにとってニンゲンは等しく価値がない。煙草を咥えて、見下し何かの手ぶりをしたと思うと、竜がニンゲンをつまみあげた。首根っこを掴まれたニンゲンの姿が、這竜の真紅の瞳に反射する。

 

『や、やめて』

 

悔いて、乞いて、拒む。竜は凍り付くような目を細め、大口を開けた。

 

彼は口に放り込まれた。咀嚼する度にヒトの兵士達が気味悪そうに眉をひそめる。「悪食め」と誰かが罵って冷ややかな笑いが流れれば、その後は「制圧完了」と報告するのみ。前線に異常なし。全ての残虐行為に許可を受けたヒト殺し達には何気ない日常でしかないのだろう。

 

竜は勝利のかちどきを上げる。自らの行為を名誉ある戦闘と称する様はイストには理解できなかった。それ以上に這竜の足元で煙草を吸う兵士達の方がもっと出来なかった。彼らにとってニンゲンの命乞いに割く時間はただ一本の煙草より貴重すぎるのだから。

 

「酷いヒト達」

 

感想を漏らし、次を見る。小説のページをめくるようにイストはその目で見える何もかもを追う。次に現れたのはもっと過去だった。半身が機械の大男、ストレンジャーが狭い部屋の中で鍋をかき混ぜていた。

 

『なあ、知ってるか? 昔はトマトだとかは普通に買えたんだ。それこそ、畑でもぎ取って、口にできる程気軽な食い物だったんだ』

 

一人しかいない部屋でぶつくさと語る。傍らには何らかの容器が転がっていて、不思議とケチャップと読むことが出来た。ストレンジャーは振り返り、椅子に座る機械人形に皿を運ぶ。その顔は精悍で、誇りと力強さに満ちていた。おとぎ話の騎士のように、という表現が良く合う。だが、同時に疲れ切っている。目は窪み、乱れた髪に白髪が目立ち、皺が刻まれた顔には哀れっぽさを感じる。

 

「俺の家ではいつも三つの肉を入れた団子入りのパスタが伝統だった。仔牛とビーフと豚肉のな。豚肉を入れることで風味が出るんだ。ケチャップなんか使わず、素晴らしい味だった」

 

ゆで上がった麺を皿に盛り、ソースをかける。真っ赤なソースに包まれたそれは太さも長さもバラバラで、フォークで巻き取ると、すぐにブツブツちぎれてしまう。そして、そこには野菜も肉もなく、ただ赤いだけの麺が惨めな姿を晒しているだけ。

 

ストレンジャーはしばらくしてテーブルを叩き、皿を床に投げつけようとした。しかし、一瞬の葛藤の後に力なく肩を落として麺を喰らう。

 

『今じゃ、殺してもこんな物ばかりだ。此処に俺の知る生き物も植物もない。かつてのマリナーラソースは唯のケチャップ……クソ面白くない』

 

涙も枯れ果てたのか、はたまたそう言った機能を失ったのか。ストレンジャーは唯々麺をすする。ナタの突き刺さった台所で壁に空いた無数の穴を背景として、独り食事を摂る彼は唯のか弱いニンゲンでしかなかった。

 

『俺を凍り付かせた奴に会いたい。俺と凍った奴らと会いたい』

 

前者に対しては殺意を、後者には懐古の情が見て取れた。果たして彼の孤独がいつから始まり、いつ終わるのか。それを見ることをイストは出来ることをおぼろげに確信している。しかし、それ以上見ようとは思わない。結局はストレンジャーも先のヒトと変わらない。

 

殺し以外に芸がない野蛮なヒト(人)達。その癖、平時に疎まれることを嫌い、そして居場所を探す哀れなヒト(人)達。しかし、彼らが生む犠牲者に比べれば小さい。

 

イストは過去を通して理解する。時を更にさかのぼり、ある者達の過去にたどり着いた。そこは古びた教会であった。レンガで作られたソレはニンゲン達が拠点として使っているらしく、武装した機械兵士とニンゲン達が銃を持ち、センシャに弾薬を積みこんでいる。大きな足で大地を踏み荒らし、花が咲いていた庭をセンシャの置き場としており、ニンゲンタ達もそれが当然であると言う顔で仕事に勤しんでいる。

 

そこへ、一発の銃弾が森から飛び出し、ヘルメットを撃ち抜いた。子気味良い音を立てて、地面に肢体が転がれば、ハチの巣をつついたようにニンゲン達は応戦する。曳光弾が森へと飛んでいき、それに続いてセンシャの大砲が木々をなぎ倒す。

 

暗い森の中では大勢のヒト達が四肢を吹き飛ばされ、脳漿をぶちまけて死んでいく。銃弾飛び交う戦場でガタガタ震える中で、笛が吹かれた。彼ら全員が存在を誇示するように、恐怖を誤魔化すために大声を張り上げて、森を抜けて突撃する。

 

それは子供達の兵隊だった。汚い服でおんぼろな小銃に銃剣をつけて突撃する子供の群れにエッカートとラーナがいた。遮蔽物のない平地を突っ切る彼らは動く標的で、死を覚悟した、と言うより死が前提の作戦に盲目的に従い、走る。

 

「突撃だ!」

「行け! 行け! 勝てば飯が貰えるんだ!」

 

だが、ニンゲン達の狙いは正確で、生き残るために容赦などしない。小さな身体が宙を舞い、効力射でちぎれ飛ぶ。催涙弾を撃ち込まれて、彷徨うように歩く子供をニンゲンの大人たちは銃身が焼きつけようとも撃つ。

 

「クソ」

 

軌跡を放ち、ラーナとエッカートが子供たちを庇おうと必死に、敵に対して雷を、銃を乱射する。大気を斬り裂く、蒼光が地面を掘り返し、炎熱地獄の中にニンゲンの兵士を追いやった。

 

「死ね!」

 

銃身が曲がったライフルでエッカートはどうにか機関銃手を排除し、次から次へと標的を変えては狙い撃っていくが、劣悪な環境にさらされた銃がまるで主人に反抗するかのように弾詰まりを頻発させ、その間に子供達が一人、また一人と殺されていく。

 

「大人の癖に! 子供ばっか殺してんじゃねえ!」

 

喉や目を傷め、失った下半身を探す子、死んだ子供から弾薬と銃、それに少額の貨幣を剥ぎ取る子供、どうにか敵陣地までたどり着くも、体格差でまるで敵わず銃床で殴殺される女の子。

 

皆目を赤くし、凄まじい暴力に晒されて涙すら流せなくなっていた。一人がセンシャの腹に潜り込んで、軌跡を唱えた。次の瞬間には閃光と共に炸裂する。雷のような音と光を放って散った子をエッカートとラーナは見ていた。命令を果たした一人の結果を見定めようとしていたが、二人はその結果に涙する。

 

「何で……何で無意味なのよ! せめて一矢! せめて……意味のある死くらいあっていいじゃないの! こんなのって!」

「何もできないで……」

 

センシャは何事もなかったように歩き、砲を放っていた。彼らの軌跡は自身を爆弾とするようであったが、ニンゲンの武器には殆ど効果がなかったのだ。幾人も敵陣にたどり着いては自爆し、その身を弾く。ニンゲンの兵士など、あまりな行動に大笑いするほどに。

 

「黙れ!」

 

エッカートが狙撃し、笑っていた男の脳髄を貫いた。それもほんの僅かな反抗に過ぎないことは分かっているらしく、目から大粒の涙を流していた。やがて、勝ち目がないとみて逃げ出すが、そうすると今度は森からの銃撃に子供達がバタバタとなぎ倒される。

 

「何でだぁ!?」

 

どこから持ち出したのか、少年兵の上官は機関銃を所持しているらしく、逃亡者を片っ端から始末していた。退く事も進むことも出来ない中、ラーナが叫ぶ。

 

「何でそんな物あるんだよ?! 持っているんだよ!? そいつを敵に使えよ! バカ野郎共め! アタシ達の命も何もかも捨てさせて! 爆弾にされて! 帰ることも許さないのかよ!? これ以上何しろって言うのよ!?」

 

叫び、泣きはらしても、銃声と砲声がかき消す。二人の子供の訴えなど取るに足らない。極小の存在であると世界が彼らに教えているようだった。やせ細った身体を精一杯立たせて叫ぶラーナに銃弾が飛ぶ。

「ラナ!」

 

エッカートが引っ張って下がらせようとしたお陰で彼女は耳を撃たれるだけで済んだ。もう少しで頭蓋骨を貫通され、絶命していたに違いない。しかし、ラーナは怒りをこの戦場の誰もかもに向けて、収まりがつかない。

 

ラーナは敵陣に身をさらけ出して主張した。

 

「来い! 撃ってこい! さっさと殺せぇ!」

 

脇腹を掠め、腕を撃たれる。血しぶきが霧のようにパッと上がるも彼女は信じられな平衡感覚で立ちつづける。

 

「もっと撃ってこい! バカめ! バカめ! バカァ!」

 

自棄になって撃てと叫ぶ。自分の体を指さして、撃つように命令するラーナは苛烈であった。死ぬのなら、自分の意志で死のうと言うのか。哀れにも全てに意味がない。死のうと生きようと、何も変わりはしない。

 

お前の代わりに誰かが死ぬだけだ。食物連鎖の底辺にいるように、戦場でのラーナもエッカートも同様である。

 

「止めろ! 馬鹿が! やめないか!」

 

エッカートはラーナを爆弾穴に無理やり引きずり込んだ。その際、近くで榴散弾が着弾し、側頭部を掠めた。

 

「エッカー!」

 

悲鳴にも似た声を上げてラーナが駆け寄り、頭を持ちあげた。低いうめき声と共に、咳き込むエッカートを見て、彼女は泣きながら喜び、抱きしめる。

 

「馬鹿! アンタが死んでどうすんのよ!」

「……コッチの台詞だ! いいか! こんな事が人生だなんて俺は認めない! そうだろう?! だから、俺と来い! もう、たくさんだ!」

 

イストは彼らの声から心を読み取り、更に深く覗く。一度や二度で終わらぬ、戦争と凌辱の日々。何の為に戦っているのかも分からない。太陽の下で砲弾と銃弾の雨を凌ぐ毎日に彼らは生きていた。

 

イストは二人の過去の扉を閉じて思考の海を彷徨う。これが彼らの魔女の記憶なのだろうか。いや、まだ読み取れていない。最後の、この後が何故か見ることが出来ない。イストは冷めた目でもう一度扉を見やるが、好奇心は失せていた。

 

見て何になる? 結果は同じ、自分らが空っぽだと知ってしまいましたとさ。おとぎ話のようにめでたし、めでたしで終わるわけない。現に彼らは未だに戦いから逃れることが出来ない。そう、全ては自分と同じだ。イストは髪と背を伸ばし、その顔つきを大人へと近づく。正確には母の姿と思っていたモノへと変貌する。

 

戦いをする者。戦いを強制させる者。そんな者がいるから私が生まれた。そんな奴らを許せない。だから、このお話に決着をつけよう。第二の私ができないように。

 

魔女と龍はヘソの地にいて、確かに心に存在した。それは自分であるとイストは理解し、その身を昇華させる。全ては冗談、いやおとぎ話だ――心に命じて使命に殉じる。

 

「ある所に小さな女の子がいました」

 

抑揚のない声で呟き、自らの境遇をそう例えた。

 

「女の子は魔女でした。それ故に大勢の悪者に追われて、目を真っ赤にするぐらい泣いて、泣いて、お母さんの元へと帰ろうとしました。しかし、魔女にお母さんはいませんでした。それらは全て大人たちの嘘でした」

 

しかし、嘘を本当にする方法があることもまた存在する。イストは自分の人生をおとぎ話にした。そしておとぎ話に終わりがあるように、イストは自らの意志でおしまいにしようと決心した。

 

「だから女の子は魔女になることにしました。そして、龍になることに決意しました――」

 

ただ一筋の涙が頬を伝う。それは何の涙か。イストは考え、こう締めた。

 

「女の子を助けようとした騎士と魔女もいましたが、結局叶うことなく、女の子は……私は」

 

全てを知る前にヘソの地を離れていれば、彼らに素直に従えば。全ては後悔に変わって、やがて諦観へと姿を変える。手遅れならいっその事、終わらせればいい。未来を捨て、過去を捨てたイストに残るのは憎しみに満ちた現在のみ。それを吹き飛ばすことへの迷いはたった二人の短い付き合いのみであった。

 

「龍になる」

 

 

夢うつつから覚めて、イストは周りを見渡す。大人達は一様にイストに驚きと奇異の目を向けている。先まで饒舌だったストレンジャーですら黙っている程だ。多数の銃に囲まれ、数百の敵意の視線に晒されて尚、イストは平静であった。

 

イストは脚に力を入れて立ちあがる。いつもより長い脚に戸惑いつつも、立ちあがれば腰まで伸びた銀髪がサラリと風に揺れる。エッカートもストレンジャーもノルドも、この場にいる全ての者がイストに息を呑んだ。

 

完ぺきに均整がとれた肢体、一点の曇りもない白い肌に血のように赤い唇。この場にいる自分達がイストと同じ空間にいる事が果てしなく場違いで、神々しい魔女を前に百戦錬磨の兵士達が一斉に銃口を下げた。

 

「……何をしている! 構えろ!」

 

ノルドがやや遅れて一括してようやく構えなおす始末。しかも合金の銃身をイストに向ける時ですら兵士達は自分らの行動に絶対の自信が持てないでいた。度重なる訓練と実戦で得た兵士としての規範より、本能が優先され、恐れすら湧いている。

 

「大尉殿」

「黙っていろ」

 

ノルドもライフルを向けるがその手は微かに震えている。肉体が意思に反しているのを知覚しつつもノルドはイストに怯むことなく、告げる。

 

「一応聞くが、我々の元に来る気はないか?」

「……何故?」

「私達が君を欲しているからだ」

 

イストは微笑み、首を横に振る。

 

「そんな物を向けながら、私を追い回しておいて、今更そんな事を言うの?」

「そうだな。だが、それを謝辞し君に最高の待遇を与えることを我が国は保証する」

「私が何なのか分かっていて言うのか?」

「そうだな」

「よせ!」

 

話し合う二人にエッカートが叫び、ストレンジャーがそれらを交互に見る。

 

「そんな話をするんじゃない!」

「そうだぜ褐色さん。それに必要なのは俺だ。俺なんだぞ」

「黙っていろ、後で相手をしてやるから少しの間口を閉じていろ」

 

ノルドの部下たちがストレンジャー達に照準を合わせるが、別方向から疾風が駆けた。

 

「動かないでよ」

 

少女がノルドにナイフを突きつけている。気を失っていたラーナが意識を取り戻し、ノルドの懐へ忍び込んだのだ。イストと言う存在に圧倒された隙をついた魔女のみに許された行動の自由による行動であった。

 

「そう言えば、お前の様な魔女もいたな」

「いい加減にしなよ。待遇だとか何だとか言って、結局はアンタもヘソの奴らと同じだよ。魔女であるという一点以外にアンタにあの子に興味はない」

「それが何だ?」

 

ノルドはラーナを視界に入れずにイストのみに焦点を合わせている。ラーナはこめかみをヒクつかせた。ナイフを握る手に力が入り、樹脂バンドを巻いたグリップが軋む。

 

「自分など作れる。しかし、ヒトの個性を作るのは自分の行動とそれを評価する他人にある。孤島での個性が何の意味がある? 自分が王だと言えば王になれるとでも?」

「アタシは狭い一部屋の女王様の方がいいね」

「その癖、どこぞの私兵になるのか? メイズリーの魔女になり、その上で自分を作ればいいではないか。寂しさもない、大勢が君の友人となる」

「だけど所詮は人形でしかない」

「では、私が友人になろう。君の空っぽを私達が埋めよう」

「知った風に言うな」

 

イストは凍り付く空気を放った。足元が凍り付き、ノルドの足元まで氷の蔓が伸び、巻きつこうとする。ノルドとイストは互いに左右に分かれ、絶対零度の軌跡を躱しえた。そこには等身大の氷の百合が咲き、もう少しで文字通りの冷たい墓標に入れられる所であったことにノルドは鋭く息を吐く。

 

「此処にいる皆が私を知らない。魔女を使い門を開こうとするニンゲン、帰れなくなって生きた死人になったニンゲン、他国より力をつけようとする国のエゴに従うヒト……哀れな魔女の二人。皆私を知らない。私には母も家族もいない。なら、私を知るヒトはどうすればいい? 貴女の国に行った所で貴女の言うようにはならない。貴女は望んでソレを行ったからいい。でも、私は今の自分を望んだ訳じゃない」

 

憎悪を孕んだ紅い瞳がせせら笑う。イストが靴音を鳴らし、歩くたびに皆が冷や汗をかいた。背中に走る悪寒を抑えつけて、無意識に抱く畏怖に耐えなくてはならなかった。

 

「私は私の望んだ生き方をまだ一度だってしていない。だから、そうしようと思う。使命を全うする。龍となり、このおかしな可哀想なお話に私自らが決着をつける。〈女の子は最後に龍になって、何もかも燃やしましたとさ〉」

「……それが君の選択か?」

「魔女を、龍を欲しがったのは貴方たちよ。望みをかなえてあげるわ」

「止めな、イスト!」

「ラーナ、止めても無駄よ。 どうせ貴女に私を殺せない。貴女達には感謝している。せめて貴女の苦痛の元も払ってあげる」

「ふざけんな!」

 

空気が振動し、イストを氷の茨が包みだす。それは大きく、美しい危険な香りの花であった。氷の花が触れ合うたびに、宝石のような氷の塵が舞い、一室は蒼氷の宮殿と化していく。

 

「撃て!」

 

兵士達が危機を察し、ライフルから猛然と火を吹かせた。千を超える弾丸が宮殿を穿とうと音を飛び越えて飛翔するが、傷一つつけられず、全ては徒労に終わる。それどころか、銃が凍り付き、氷の花弁を咲かせて破裂していく。それは不可解な事に銃やナイフ、手榴弾と言った武器のみに起こり、ストレンジャーの義手すら蝕んでいく。

 

「大尉!」

「退け! 退け!」

「何なんだこれは?!」

「アンタらの望み通りよ!」

 

ラーナが疑問に答えて、エッカートを背負う。血に塗れた二人は変化していくイストを見上げ、その現象をかつての記憶から掘り起こしていた。

 

「イストは龍になる。これでここら一体は何も残らないよ。死にたくなかったら、ヘソから出て行きな! そして」

 

視線の先に映るは目を瞑り、祈るように手を組んだイストの姿。魔女として顕現しても尚、その顔に自分達の知っている貌を残している。ラーナは激しく歯ぎしりした。こんな結末であってはならない。自分の使命を全うする? それは単に使命とやらに乗せられているだけだ。

 

「イスト! そんな事をするな! 空を埋めるのは自分よ! 魔女や龍になろうたって、埋まらないんだ! 龍や魔女になんか屈っしちゃいけないんだ! それを超えなきゃダメなのよ!」

 

しかして、声は届かない。龍になれば同種以外の声など歯牙にもかけない。なら、どうするか?

 

ラーナは背中の相棒が何かつぶやいたのを聞いた。ラーナは最初こそ驚いたが、すぐに大きく頷いた。エッカートはこういったのだ。

 

「此処まで逃げてばかりだったが、今度は抗わなきゃならない……ラーナ覚えているか? 魔女と龍は?」

 

ラーナはエッカートから流れ出る血を顔に塗り、答える。

 

「クソくらえ、ね」

 

 




取りあえず、あと4話程度で終わる予定です。
拙いながらも、完結を目指していこうと思うので、よろしくお願いします。

ご感想があれば、いつでもお待ちしております。
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