たった二人の行軍はそれからも続けられた。エッカートの勘を頼りにこの広い地を捜索するのは本当に骨が折れる。彼の感じられる範囲は半径400フィル程しかなく、東西南北に広大なヘソの地ではヒト二人などミジンコのように小さな存在でしかない。
さらに魔女と言う存在そのものを感じると言ったものの、そもそも感覚頼りにヒトを探すことその物があまりに非効率的であった。せめて顔や体格などの特徴でもあれば、と思うが手がかりは写真のゴミ粒のみでは叶うはずもない。
二人はそう知りつつも、ひたすら歩いて探して行き、三日が経過した。
「やっぱ無理だよ」
「何が」
「このお仕事だって」
夜になり、木の根元に生えた結晶が弱々しく光る中、二人はたき火に小さくちぎった粘土状の特殊な爆弾を放り込んで缶詰を温めていた。
「そもそも感覚で見つけるなんて無理じゃない。いくらアンタの勘が便利だからって」
「そんな事は分かってる」
エッカートは保存用のパンを齧る。黒パンは酸味が強く、固いので彼は顔をしかめた。
「メニューももう底を尽きるな。昨日も黒パンだった」
「仕方ないじゃん。狩りでもする? アタシは解体だの血抜きだとか、メンドイのは全部アンタに任せるし、それでいいならやろうよ」
「要は『アタシに肉を提供しろ」ってことか。乞食じゃあるまいし、偶には努力とか献身とかを身に着けてほしいね」
冷たい風に身を縮める。缶詰だけが楽しみであるが、そのレパートリーも豊富ではなく、ラーナはスプーンを齧りながら「たわわに実ったムルの実~」と氷菓子のCMソングを歌う。
想像の世界でラーナが甘味の園を闊歩していることをエッカートは確信し、哀れに思えた。
「だが、俺以外に見つける方法は人海戦術以外にない。俺と似たような奴がいるとか、魔女に光る物に近づく習性とか、繁殖期があるなら話は違うけど」
「ヒトじゃないし、あり得るかも。もし繁殖期だったら頑張ってね」
勝手な事を、とエッカートはケラケラ笑うラーナを睨んだ。もし繁殖期に入った魔女がオスな場合は彼女に任せようと心に誓い、温まった缶詰を枝で挟んで拾い上げる。
「時折お前が羨ましいよ。何でもかんでもお気楽に考えてさ。偶には10分くらいの長考をしないか? お前さんの短絡的な脳みそにも皺が増えるぞきっと」
エッカートは刹那的な快楽ばかりに飛びつく相棒を嘆く。ラーナの思考回路はとても単純で、長期的な処理能力に難があることを彼は彼女に分かりやすく皮肉った。
「短絡的ってなにさ?アンタは気にし過ぎなの。心配事があるなら聞くよ。 機械兵士の事? それとも魔女とヤルこと?」
「期待した俺が悪かった」
「そんな事言わずもっと期待しなよ。さあ」
両手を広げ、わざとらしく優しげな声で「さあ、おいで」とエッカートを煽った。彼は「よし」と答えてラーナを掴んで引き寄せ、頭を腕で固定したうえで乱暴に撫でる。
「ああ、よくやったよ。お前はホント凄いよ。お礼に撫でてやるからな」
「あッ コラ! や、やめろ! 離せ!」
「そう釣れないことを言いなさんな。ほら褒め殺しだ!」
ジタバタ暴れるラーナを抑えつけて、エッカートは頭の上を乱暴に撫でつけた。これがラーナに最も効果的な嫌がらせで、彼女は犬扱いされるのと、自分の髪の毛のキューティクルが死ぬのと耳に触られるのが大嫌いなのである。
「犬みたいに撫でるなぁ! 離せ、離してください!」
「その生意気な口を閉じられるか?」
「閉じる! 閉じる!」
「態度を改め、自分の罪を認めるか?」
「認める!」
ラーナはこの時女の身としての非力さを呪った。エッカートの太い腕に絡まれては脱出は不可能であり、こうしている間に自分の頭が撫で続けられていることで耐えがたい寒気が全身に走り、ぎゃあぎゃあ喚くしかなかった。
「汝、自らを罪ありと本当に認めるか?」
「分かった! 負けでいいから! やめて!」
「では許そう」
エッカートが力を抜いて拘束を解いた、その瞬間、今度はラーナが素早く後ろへ回り込み、エッカートを組み伏せ、短い髪の毛を引っ張り上げた。
「調子のんなよ! ヒトにネットをぶつけるわ、頭を撫でるわ アタシは犬じゃないんだぞ! そんなに野良犬言うなら、この髪の毛全部剃ってハゲにしてやる!」
「バカ! 止せ! 俺の洒落た髪に手をだすな!」
「唯の坊主頭だろ! ハゲと大差ないわ! ツルツルの美肌ハゲにしてやる!」
腰から新品のカランビットナイフを取り出して髪の毛に当てる。形勢が逆転した今、今度はエッカートが罪を告解する番となった。
「罪を認める?!」
「ああ、俺が悪かった!」
「今反撃の手段を考えているか?」
「……ない!」
「何だ今の間は?!」
「偶々だ! 決して投げてやろうとか思ってないぞ!」
髪の毛に刃を当てて脅していたラーナだったが、ふと焚火の方からグツグツと煮えたぎる音が聞こえたのに気付き、エッカートを踏んづけて缶を急いで拾い上げた。
「あっつ!」
「馬鹿! 素手で触るからだ」
ラーナが缶を開けると中からソースのいい匂いが立ちこめた。中身は挽肉入りのトマトソースのスパゲッティであった。スプーンで食べる事ができるように麺が短く刻まれていて、そのおかげで麺がソースとよく絡んで上手い、と評判の軍用糧食であった、
パリシアというオズ特有の香草が単調なトマトソースに深みを与えており、湯気の立つそれをスプーンで口に運べば、先のじゃれ合いも忘れて笑顔になれると言う物だ。
ラーナは頬一杯になるまでかき入れて頬を緩めた。狼の耳が盛んに動き、可憐な笑顔を見せればエッカートもつられて笑顔になれた。
「うん、美味い」
「赤オイルとチーズはいかが? お嬢さん」
「いれる!」
辛い調味料と付け合わせの粉チーズをいれてまた一口。ピリリと舌に刺激の後にチーズの柔らかいコクが来る。ラーナが見惚れる程の愛嬌を見せる程に、それは美味であった。
「ああ、本当に魔女探しだか魔女狩りがなければピクニックだったのに」
「それには同意する。空を見ればさ」
見上げれば何千、何万という弱々しい光球が夜空を照らしていた。
「星だけじゃない……箒ホタルの光ね。ここの森も戦争で大分痛んだと思ってたのに、まだ彼らが生きられるくらい綺麗なのね」
このヘソの地にのみ生息する箒ホタルである。彼らが飛ぶことで緑の光の尾が現れ、それが暗い夜空を彩る。この暗い森でしかみれないホタルたちの夜中のマーチはしばし仕事を忘れさせ、癒しを与えてくれる。
綺麗だ。そんな単純な感想しか出ない程、この生命の輝きは圧巻であった。
「ああ。自然は少しずつだが再生して元の姿に戻るもんだ。自分達がどんな姿だったか覚えているんだろうな。俺達ヒトはつい昔の姿なんて忘れちまうのに」
「変わらないこともいい事かもね」
「なあ」
まだスパゲッティの入った缶を手元において二人は草の上に寝そべった。この空で、地上で戦争をしていたなんて信じられない程美しかった。
ラーナは飛んできたホタルを一匹を捕まえて、手のひらの中で光るそれに夢中になる。この弱々しい生き物の放つ光の方が魔術より余程価値がある。
「綺麗よね。箒ホタルが戻って来るほど自然が回復してるんだ」
「ああ、だが悲しいかな。未だに俺達は此処でドンパチ。木々を焼いて、焼夷弾と高速弾でニンゲンを焼き肉だよ。全く以てしょーもない」
だが、今でも戦争は終わっていないし、大人たちはホタルを、いや大切な物の順番をはき違えている。
「こんな物をどうして見ないのかな」
「戦争だから、かね」
あの戦争は何だったのか。この空を見上げ、森を歩いてニンゲン達は、いやヒト達も戦いを何故やめようと思わなかったのか。支配しようとし、支配を拒絶し、壊し合うしかしなかいだけ。
力を誇るだけが能の愚かな生き物の小ささをこの森は哀れんでいるに違いない。そして、その戦いに生きるしかない自分達もまた同様であることをエッカートは知っていた。
――皆、馬鹿なのかもしれない。鉄と血以外に手段と目的を知らない。
エッカートとラーナは無言のまま、空を見上げていた。魔女を探すことなど忘れたかった。だが、運命は突然流転する。その時、エッカートの勘が何かに反応した。
「ラナ」
ラーナがエッカートの瞳を見て、感覚を受け取った。彼女が共有した感覚はひどくモヤのかかったような、とにかく曖昧なものであった。
魔女か? 二人は顔を見合って無言の内に議論を重ねた。
「まさか」
「まさかな……」
エッカートは腰から大型のリボルバーを取り出し、ラーナはカービンを手繰り寄せようと、手を伸ばす。
厄介な事にエッカートの勘をもってしても正確な位置が分からない。ただ近くに居ると言うことだけしか分からない。それは二人の緊張の糸を張り詰めさせた。姿の見えない者ほど恐ろしい物はない。
ちょうど自分達が機械兵士を殺した時のように。
「何か聞こえるか?」
エッカートが尋ねるがラーナは答えない。エッカートは中腰であたりを見回していたが、何も見えず、感じず、焦りが出てくる。額から流れる汗が首に伝い、灰色の目を必死に動かした。
「おい」
小さくもう一度相棒に彼は聞いたが、返答は帰ってこない。何故答えない!――彼がそう叫ぶのを堪え、ラーナの方へと振り返った。
すると、そこには二人の少女が居た。二人は顔を見合わせて石像のように動かない。
ラーナの目の前の少女は黒いマントをフードのように被っていて、その隙間から白く長い髪の毛とブラウスによく似た服を着て、その上に金属の杖が何本も刺さった革製のベルトを巻いていた。
少女はラーナのカービン銃を踏み、ガントレットを彼女に向けている。対するラーナも片膝を立てた姿勢から両手を後ろに回しつつ、靴の踵に隠してあるナイフに指を伸ばしていた。
この間抜けめ!――エッカートは心の中で自分を叱りながらリボルバーを少女に向けて叫んだ
「動くな!」
少女が彼に気を反らした時、ラーナは踵から蹄鉄型ナイフを取り出し、神速とも言える速さで少女に飛びかかった。少女の小さな悲鳴が聞こえ、ラーナが首根っこを掴んで拘束し、エッカートがリボルバーを顔面につきだそうとした。
「やめて!」
彼の手が見えない力で跳ね上がった。巨人に手を掴まれたと錯覚するほどの力で、エッカートはよろめく。
「やめるのはお前だよ!」
蹄鉄ナイフを首筋に押し当ててラーナは警告するが、すぐに彼女もまた何かに吹き飛ばされて尻餅をつかれた。少女はラーナにガントレットを向け、軌跡が放とうとした。
風が固まるのが見え、エッカートは慌てず急いで構え、発砲。少女のガントレットは大きなクレータを作って杖を破壊する。
強装弾の衝撃に軽い少女の体は宙を飛び、片腕を抑えて倒れ込んだ。その隙を逃さず、今度は二人でライフルを突きつけた。
「止まれっての! 次はぶち込むぞ!」
「……何てこと!」
トリガーにかける指に力が入りそうになる。殺せ! 殺せ! と本能が命令し、犬歯と戦意をむき出しにラーナが唸る。
「バカ! 目標だぞ!」
頭に血がのぼるのをラーナは必死に抑え、エッカートは少女の挙動に気を払った。少女は荒く息を吐き、エッカートとラーナを交互に見ていた。
エッカートがフードを取り払うと、魔女の正体が現れた。卵型の整った顔立ちだが、幼さを残している。目が特徴的で小さな身体に似合わない妖艶さを持つ紫水晶の瞳は魅了の魔術を帯びているようであった。
だが、紫の瞳は非難の色を帯びていた。勇気があるのか、銃の脅威を理解していないのか、魔女は果敢に叫ぶ。
「魔女を捕まえる為の魔女だなんて! 貴方たちに誇りはないのですか?!同胞を裏切ってまで、あの退廃した文明に住みたいのですか?!」
「よく分かったね。でも、悪いけどね。あまり魔女は名乗りたくないんでね」
ラーナが鼻を一つ鳴らした。
「それにTV大好きなの。お願いだから大人しくしてくれない?」
「好きなら壊すなよ」
「時に愛は憎しみに……」
「難しい言葉を使おうとするんじゃない。余計に頭悪く見えるぞ」
話はするが、ライフルはしっかりと魔女に向ける。彼らの人差指の力加減で魔女のその後が変わるのは明白であった。目標で確保しなければならないと言っても、抵抗すれば死体にして連れて行くことを二人はあらかじめ決めており、魔女の命運は彼女自身の行動次第であると言えた。それでも魔女は口を閉ざすことなく、非難を口走る。
「軌跡の使い手が嘆かわしい! そうやって裏切り続けた訳ですか?! 捕まえるくらいなら此処で一思いに!」
「何を言ってるのか分からんが、俺達、魔女狩りは今回が初だぞ」
「魔女ちゃん、お名前は?」
ラーナがあやすような口調で聞いた。
「イストです!」
「生真面目な子だね。 なあ、もしかして追われてるのか?」
「貴方方が追っているのでしょう!?」
「いつから?」
「三か月前からです! 貴方たちのようなホギーやウルフィが何人も! 私達を滅茶苦茶にしたのを忘れたとは……」
イストはそこまで言って二人の微妙な変化に気付いた。彼らに獲物を得たという喜びがあまり感じられず、それどころか表情を曇らせて困惑さえしていたのに気付いた。二人は銃口を下ろし、イストの手を引っ張って立たせる。態度の急変にイストは恐れを抱き、警戒を強くする。
「詳しくお話願いますか? 魔女様」
だが、来たのはあまりに間抜けな質問であった。逃亡劇を始めて三か月、この世に生を受けて12年。数秒で殺意を仕舞いこめるヒトにイストは初めて出会った。
ヘソの地の緑は何もかも覆い隠す。この地ではそう言った言葉があった。この日光が十分に届かない暗い森の中でニンゲンとヒトが戦争をしてきたが二年も経てばその傷跡も死体も全てを飲み込んでしまっているからだと言われている。
だが、もう一つの由来がある。それはこの森の中でヒトが隠れるとニンゲン達はその技術の粋を結集させても見つけることが出来ず、手ひどい奇襲攻撃を受けた。この恐ろしいゲリラ戦が原因だとする説である。
それを証明するかのように、迷彩服とカモネットを装備し、顔を緑色に塗ったホギーの兵士が低倍率のスコープで魔女と未確認の男女を観察していた。距離にして400。十分にエッカートの勘の範囲だったがそこは彼の種族の力が発揮していた。
ホギーは集団で得物を狩るために、擬態という力を持っている。体を自然に溶け込ませてひたすらに獲物が槍の範囲に入るまで待つ狩人としての能力である。ホギーの兵士は以前からの経験で自分達の擬態は魔女の勘の良さにも対応できることを知っていた。
彼らこそ、イストの言う追跡者たちである。
『目標は?』
脳内に直接言葉が届けられた。ホギーは『大尉殿』と述べて現状を報告した。
『目標は発見……しかし、小火器で武装した男女を同時に発見』
『ニンゲンか?』
『いえ、ウルフィの女とヒトの男です。確証はありませんが旧式のマルディを所持しているかと。また装備の仕方から見て正規兵ではないにせよ、かなり場慣れしていると思われます』
スコープに映る三人の姿を見る。観察に必要なのは細かいディティールを見ることにあり、兵士にはそれだけの技量があった。ウルフィの少女が野戦服の前を開け、ライフルのマガジンを二つ連結している事。さらに相方がわざわざリボルバーを使っているのを見つけ、彼は相手が正規兵ではないと推測した。
大きい銃を好むのは少年兵に見られる傾向である。練度の低い年少兵は腕の未熟さを銃の威力で埋め合わそうとする。また、こうした銃をいわゆるファッションとして用いて自分をヒーローか何か、自分とは別人になりきることで幼い心を守ろうとするとも言う。
だが、兵士は相手が唯の年少兵ではなくベテランであると見ていた。戦争時のニンゲンの機械はかなりの装甲を誇り、コレを打ち倒すため大口径の弾薬を使うのが当時の流行りだった。
そこであえて旧式のライフルと強装弾を用いることができるリボルバーを携帯し、咄嗟の危機で手首を痛めても敵を無力化できる物を使う兵士が多かった。
その後の研究で貫通力を高めた硬芯弾が開発され、オートマチックが主流になったので既に廃れた流行であり、弾数の多さからリボルバーは一般の軍隊では廃れている。
また、先ほどの乱稚気騒ぎから落ち着きを取り戻すのが早かったことやこちらを感じ取ったのか、無言で警戒態勢に移行したのも証拠の一つである。
以上の事から手練れだが、正規の訓練は受けていない民兵か何かだと兵士は判断したのだ。
『民兵を使うとは信じがたいですが』
『マフィアの真似事をする軍人もいない訳ではない。ヘソの連中は当時、相当数の民兵がいたはずだからな。雇えば土地勘も利いて、使いやすいかもしれん。奴らのプライドが許せば、だがな。それに奴らに与える仕事も少ないからな』
『私兵ですか』
『我々メイズリーも他人事ではない。仕事のない戦争帰りはいくらでもいるのだからな』
通信先の大尉は自嘲気味に笑っていた。兵士の腕に付けられた竜頭骨と十字剣の紋章はメイズリー国精鋭“第一竜騎士師団”の誇り高き証である。それが目の前の子供と同じ仕事をしているという事実に兵士も内心嘆息する他ない。
北の大国メイズリーは最も巨大な国家である。民主主義を掲げ、自由と自立を愛する国民性は競争心が旺盛で故に技術の発展も目覚ましい物がある。
この第一竜騎士師団もそうした恩恵を受けて、ライフルは樹脂を多用し、小口径の高速弾を用いた最新式で、パーツを換装させることで機関銃にも変化できる物を使用している。
これは他の国家がまだ開発できていない物で軽さと命中精度では他を圧倒しているとされている。さらに戦中のオズの混血部隊の活躍を生かし、この第五小隊は種族の区別なく部隊を組織されている。だからこそ、擬態に長けたホギーが魔女を手に入れるための斥候を務めているのだ。
そんな最新鋭の精鋭のやることが少年兵と同じ? なんて出来の悪い冗談だ! 兵士たちは小さく舌打ちをして、世の中を呪った。
『では、いかがしますか?』
『任務に変更はない。障害の排除と目標の確保だ。ホギー隊は距離をギリギリまで詰めろ。残った者は対空警戒。今度は魔女の箒をへし折ってやれ』
『了解』
初弾を装填済みのリバティ727突撃銃を片手に兵士達は背景と同化し、魂すら自然と一体となることを心がけて接近する森の死神と称されるまでになった彼らの基本戦術である。
だが本当の死神ではないことを忘れてはならない。十分に有効射程に相手を捕え、照星を合わせた時、まだ20もいかない標的に同情した。子供と言うには大人びていて、大人と言うには幼い顔つきを照星越しに見れば、祈りの言葉の一つも唱えたくなる。
「悪く思うなよ……」
子供の戦争帰りと見て、彼らのこれまでの不幸と数秒後の終焉を気の毒に思う。だが任務は絶対、軍人は命令を遂行することでその存在を認められる。今こそ、死神と化さなければならない。兵士は機械のように感情を切り離して引き金をゆっくりと引いた。
軽い銃声が響いた。煤に汚れた空薬きょうが鈴の様な音色を立てて地に落ちれば、死を告げる福音となるはずだったが、兵士は目を見開いた。
「この!」
ほんの僅かな間が標的の生死を分けた。散ったのは命ではなく、数本の髪の毛のみだった。年少兵二人は直前で気づき、必殺の一発から逃れたのだ。地面を転がった彼らはすぐに身を起こし、マルディのフルオート射撃を浴びせる。
木を削り、草木を切り裂く音速の弾丸の応酬が始まった。殺害は失敗し、予期せぬ銃撃戦が始まる。撃っては撃ち返し、移動をしては遮蔽物へ隠れる。
隠れた木の根は太く、鎧のように固いので銃弾すらはじく。だが背中越しに伝わる振動と空を切る音だけは防げない。死の恐怖を訓練と実践で培った精神でねじ伏せ、倒すべき敵に馳せる。
何故分かった?! 絶対の自信の元放たれた弾丸を回避されたことに悔しみを覚える間もなく、状況は刻一刻と変化する。
『動きを先読みされてるぞ!』
敵の射撃がコチラの位置を捉えたものであるのだ。直前まで完全に擬態をしていたはずの彼らを天上から見ているかのように位置を把握して来る。
『位置がばれている!』
『構うな! 向うの射撃は狙いが甘い! 包囲してぶっ殺せ!』
先の同情をかなぐり捨てて銃撃を加えていく。ベルト給弾式の軽機関銃を木の根に依託して援護を受けて兵士が中腰で走ろうとした時、目の前に何かが転がった。
『手榴弾!』
目の前で炸裂し、衝撃と破片の後に飛び上った土砂が降って来た。投擲距離までには近づいていないはずだ、と兵士は頭を振って走ると、またしても別な場所で手榴弾が爆発したのを見た。
『敵が見えない!』
『どういうことよ?!』
『とにかく見えないんだ! 魔女の婆さんの呪か何かか?! コイツは!』
さらに雷までもが降り注ぎ地面にぶつかっては激しく火花を散らした。まるで迫撃砲だった。地面を大きくえぐり、宙高く放り上げられた土砂が降りかかる。
様相こそおかしいが、泥と焦げた匂いは戦中から全く変わらない戦場の空気だ。未だ死傷者が出ていないらしいことを幸いと感じたが、いつ正確に捉えてくるか分からない。
見えない幽霊を相手にしているような感覚は兵士たちの表情を曇らせるに十分であった。できることなら悪い夢であれば、と願うが飛び交う銃弾は本物で、木の幹を抉り、ヘルメットの淵を掠めて、心臓を凍り付かせた。
俺達は何と戦っている――疑問が兵士達の頭を過った。コミックの敵がそのまま現実世界に越してきたのでもいうのだろうか。それとも魔女の仕業なのか、非現実的な戦いに恐れと興奮を抱き、兵士は敵のいるであろう方向に何連射かしてマガジンを交換する。
『魔女は?!』
『今……いたぞ! 10時方向の上だ! 逃がすな!』
視界で魔女を捉えた時には魔女は箒を狙撃されて墜落した所だった。幸運なことに兵士の近くで堕ちてくれたので、せめて目標の確保だけは完了させねば、と脚に力をいれて墜落地点へと急ぐ。
『一人で行くな!』
『敵を抑えてくれればいい!』
仲間の制止を振り切って兵士は走った。功を焦っていたわけではない。敵が二名のみと踏み、制圧射撃で動きを封じれば魔女はがら空きになると判断したためだ。
枝を払い、太い木の根を踏みしめて行くと倒れた魔女の姿が見えた。ローブにくるまり、小さな身体を横たえていたのを発見し確保しようと手を伸ばした時、頭上に気配を感じた。
「クソ!」
野生の勘に任せて身体をよじると、ウルフィの少女が降りて来た。特殊な装備を持っているのか、ライフルの銃身は真っ二つにされた。何故ここに? 仲間が抑えているはずなのに、と焦りがでる。
もう一歩で自分がああなっていたことに兵士は息を呑んだ。そして敵が自分達の頭上にいた、と確信し、その破天荒な戦法に舌を巻いた。これが魔女の戦い方か! 生唾を興奮と恐怖も一緒に飲み込んだ。
「コイツ!」
吠える少女に兵士は直感的に一歩下がり山刀を抜いた。飛んできた少女に力任せに振るうがガントレットで受け止められ、足払いを受けて兵士は倒された。少女が馬乗りになって手甲についた杖で顔面を狙って来たのを払い、兵士は彼女を殴って吹き飛ばす。
少女は戦意で溢れているのか、瑞々しい体をバネのようにして、飛びかかって来る。再びの刺突を兵士は一回目を上体で避け、続く二撃、三撃を山刀の腹でいなしてコレを避ける。
興奮と恐ろしさに兵士は股座がいきり立った。殺し合いの最中、生存本能が声高に種の保存を叫ぶのだ。だが、自分の生存にしか思考が働かない。
余裕など一切ない。薄皮を深く切り裂き、痛み付け、血を多く流させなくてはならない。殺し以外の全てを捨てて、戦士としての勘を研ぎ澄ませるのだ。
それは少女も同じようで、頬を紅潮させて口の端から唾液が漏れていた。まさに飢狼。忌むべき獣畜生である。
四撃目で手首を掴み、山刀を腹目がけて滑らせたが、これを手甲で流され、二人は密着した。互いの火薬と汗の匂いすら近くでき、少女が大口を開けて顔を齧り取ろうとするのを兵士は刀の柄尻を脇に叩きこみ、背負うように投げた。
「クソ! クソ! 豚野郎が! ジタバタすんじゃねえ!」
少女は吠え、綺麗に着地するとジグザグに動きながら突進してくる。
「ほざけ!」
野良犬め!――恐れよりも、思考が回り死線を潜り抜けた兵士の体が勝手に動き出す。再び向かってくる少女に山刀を投げつけ、ホルスターから拳銃を抜き放った。
少女の方も引き抜いたが、撃つのは兵士の方が早く正確で、リボルバーを弾き飛ばした。この至近距離の撃ち合いなら負けるわけがない。兵士の自信と目論み通り、後は体と頭に一発ずつ撃ち込めば決着がつくと、照準を合わせた。
「ラナ!」
男の声がして、自分の銃に稲妻が飛来した。手が痺れて銃を取りこぼした兵士に男がマルディを向けて来たのを見て、自分に逃げようのない死が訪れたことを兵士は察した。
死を覚悟して視界がゆっくりと流れた。恐怖が消えて虚無が兵士を支配したが、死神は気まぐれだったらしい。別方向からの銃声が悪魔を遠ざけた。白い髪の褐色の美女。敬愛すべき上司の援護射撃を受けて、男が怯んだのだ。
男は果敢にも大尉に銃口を向けた。彼の構えは早かったが、それ以上に大尉は早かった。弾の切れた突撃銃から手を離し、二本の小刀を男と女に投げつけた。
顔を狙った一撃は寸での所でスコープに阻まれ、頭蓋骨の代わりにレンズを粉々に砕いた。女の方はガントレットで弾いて事なきを得たのを大尉は舌打ちして拳銃で速射し、追い打ちをかける。
その速さは空を走るハヤブサのようで、大尉は猛禽類のように獲物を追う。
もんどりを打って倒れるところを敵はバック転のように飛んで体勢を整えて状況が不利と踏んだのか何かを叫んで逃げて行った。追撃をしようとしたが頭上に出来た雷雲が周囲に雷を降らし、それを阻止されてしまった。
迫撃砲も真っ青な爆撃に、頼れる手練れ達が揃い揃って手も足も出ない。これが魔女の力か、メイズリー最高の第五小隊がいい様に扱空割れるとは!屈辱に皆が顔を歪ませる。
「大丈夫か?!」
「ノルド大尉……」
空気の焼ける匂いを吸い込んで咽ていると戦場には不似合いな美女がホギーの兵士の元へ走って来た。彼女は象牙細工のような細腕で兵士の体を立ちあがらせた。
「奴は……」
「ああ、信じられんが」
兵士はカラカラに乾いた喉で声を絞り出した。ノルド大尉と呼ばれた女性はバンダナを頭から外して美しい白い髪の毛を揺らし、大尉は口元を覆っていたスカーフを掴んで下ろす。そして深呼吸をして肺の空気を入れ替えて苦々しく言った。
「どうやら目標が増えたようだ」
大尉の言葉に頭が痛くなる。追跡を初めて三か月今日で終わるはずだった任務はまた長引くことが予想された。兵士が顔の汗を拭っていると、肩に箒ホタルが一匹止まった。彼は忌々しい魔女を想起させるソレを手で払った。
三人称は慣れないので難しいですね。
まだまだ未熟ですが、楽しんでもらえると嬉しいです。
感想お待ちしております。