俺達に鏡をくれ   作:ハナのTV

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二人と三勢力

「そう言う訳で、魔女の犯行をオジー警部はほんの僅かな動揺から推測する訳。あの眼光っていうか、演技がさ。本当に神がかりなのよ。皺の一つまで演技に組み込まれているって言うくらいに」

「知りませんよ、そんなこと」

「ラーナ、ソイツはTVを知らないんだぞ」

「そうだったの? 今度業者に頼みなよ」

「馬鹿。こんな田舎に来るかよ」

 

イストはこめかみをヒクつかせていた。

 

「俗な物ばかり見て、魔女としての誇りを……」

「誇りより、警部の推理の方が気になるじゃん。アンタ、洒落もおとぎ話も嫌いなの? 損してるよ絶対。じゃあ、アンタ向けに聞いてあげるけど軌跡って何で便利じゃないの?」

「使い手の心を試すためです。常識でしょう? 貴女は本当に魔女の卵なのですか?」

「どうだっけ?」

 

「さあ」とラーナの問いにエッカートが答える。勘が利くエッカートを先頭に、中央にイストを置き、その後ろにラーナがつく。この三人の行進が始まって数日。途中の睡眠をはさんでイストは自分を囲う二人の質問に応えてばかりであった。

 

「使うたびに疲れるなんて魔術としてどうなのよ?」

「当り前です。無から有は龍と魔女の域です。私達使い手はあくまで感情を元に彼らの力を模倣しているに過ぎないのです。感情はいわば力であり、ヒトが腕を振るい続ければ疲れるように、何事にも反動があるのです。だからこそ、心を制する術を学ぶのですよ? 一体何を学んだので来たのですか?」

「感情って?」

「ヒトによって様々です。最も使う規模にも拠りますが」

 

ラーナの煮え切れない返事にイストは大きくため息を吐いた。喋らないと呼吸が出来ない女なのか、イストの後ろで絶えず舌を回すラーナに感心すら覚える。

 

今はまだ真面目な話題と言えたことにイストは感謝していた。ほんの少し前には質問攻めで、話題は好きな食い物から始まり、嫌いなモノ、好きなTV番組やオズ音楽といったイストには分からないものについてまで訊かれ、鬱陶しいことこの上なかった。

 

さらに「わからない」と答えれば「つまらない奴め」と返され、三度は頭の血管が弾けそうになった。

 

エッカートはと言うとガムを噛んでいるだけで、偶にラーナの下らない話に口を挟むだけ。他はスコープを望遠鏡替わりに覗き、先頭を突き進むだけでラーナに比べれば静かで、ラーナよりいくらかは好印象であった。最も、絶対的な評価として二人は底辺にいることは変わりなかったが。

 

故に早々に逃げ出そうとした。エッカートの無防備な背中を見て、イストは何度かエッカートの腰に提げているリボルバーに手を伸ばしそうになったが、その度にラーナが急に黙り込んで後頭部を銃で小突いてくる。

 

振り向けばいつも得意げな顔で人差し指を左右に振るラーナがいる。オイタをする子供扱いされ、イストはラーナに何度か抗議しかけたが、力の差は歴然でどちらが主か従かは明白であった。

 

そうした事情の元、イストは大人しくラーナのお喋りと彼らの行進に付き合っていた。普段なら箒を使って飛ぶところを足を使って歩くことは彼女には身体的、精神的にも苦痛でしかなく、この未熟な使い手達への恨みを募らせ、行進を続ける。

 

「全く。魔術が便利じゃないだなんてどんな冗談なんだか。“お嬢様は魔法美女”なら何もない所からカップケーキとお茶を出せるんだよ? それが使ったら疲れるわ、アンタみたいなチビには未熟者扱いされるわ、何度試してもケーキは出ないわ……あっ ねえねえ、ちなみにアンタは? 紅茶とか出せないの?」

「出せません!」

「つまらん奴め」

「……そのセリフ本日四度目ですね」

「アンタはその程度には面白くないんだよ」

「よせっての」

 

ケタケタと笑うラーナをエッカートがたしなめる。イストにとってはラーナの態度こそ面白くない。仮にもイストは見知らぬ武装集団に捕まり、移送されている最中なのであって、学校帰りに級友と駄弁っているわけではない。

 

この状況下で緊張を覚えない者はいない。彼らの気分次第で、どうとでもなるのだ。ラーナ達はその気になればいつでもイストを冥界の門へ送ることも、手足の一本、二本を折って痛めつけることも自由なのだ。

 

それだけでなく、この地にはイストを狙う者が多数いる。行くも地獄、逃げるも地獄と今の彼女はかなり危機的であると言えた。それが想像できない程イストは幼くはなかった。しかし、そんな彼女を知ってか知らずか、ラーナはと言うと後ろで口笛を吹き、道中で見つけた木の実を口に放り込んだり、と全く気楽な物だった。

 

自分の気持ちの一分も理解せずに、神経を逆なでされてばかり! 何と言う知性も教養もないヒトか!

 

「貴女はどうかしています。周りに敵が潜んでいるかもしれないのにお気楽で。戦うのが楽しいのですか? それとも魔術で頭を書き替えられたのですか?」

「楽しくはないけど、倒したらスカッとするのは確かね」

「野蛮な」

「そう固くならないでさ。野イチゴあげるから」

 

ラーナはイストに野イチゴを差し出した。イストはその手を払おうとしたが空腹には勝てず、ひったくって口の中に入れた。強い酸味が口一杯に広がり、咽てしまった。

 

「酸っぱい!」

「この酸っぱさが逆に爽快じゃない? ここら辺はもう少し採れたんだけどね。あまり見なくなっちゃった」

「センシャやら竜が踏み荒らしたからな」

 

先頭を進むエッカートはしゃがんで土を触る。そこには大分古いが竜の大きな足跡が微かに残っていた。

 

「俺も昔はよく採ったもんだ。もう少し熟した奴をな。ラーナ、お前はどうしてすぐ口に入れるんだ? もうちょっとで甘くなるのに」

「酸味が分からないようじゃ、子供だねエッカート。酸いも甘いも愛してこそでしょうが」

「待ち切れないのが子供なんだ。お前には分からんかもしれないけど」

「言ってな」

 

ラーナは口喧嘩では不利と見て、イストに耳打ちした。せめて自分が負けてはいないと主張するためであった。

 

「ああ言っているけど、男と女の違いも分からないんだよアイツ。この前と来たら……」

 

ラーナはエッカートのポカ話を披露した。イストはそれを聞いて顔を赤らめる。彼女にはまだ”はやい”話に湯気が出そうになる。

 

「いやらしい話をしないで欲しいです!」

「アラ。おませちゃん」

 

この手の話はイストには全く経験のない物で、彼女にはまだ早かった。イストはフードを深めに被って顔を隠したがラーナは彼女の周りをクルッと踊る様に回りこみ、顔を覗き込んで笑った。

 

「そんな顔もできるじゃん。少しは表情豊かにしようよ」

「余計なお世話です!」

 

口を開いて大きく反論したイストの口にラーナは器用に野イチゴを投げ込んだ。イストはあの強い酸味に身構えたが今度は甘い。爽やかな甘みと香りに思わず顔がほころんだ。

 

「……美味しい」

「当たりだな」

 

エッカートの方を見ると彼の手にも同じイチゴが握られていた。イストが気付かない内にラーナに手渡していた。エッカートはイストの方を見て二カッと笑う。イストはフードで顔を隠したが、二人は余計に面白がってしまい、イストは益々フードで隠そうと必死になった。

 

こういった事をする点についてはイストは理解に苦んだ。偶に見せる優しさ。ただの標的でしかない相手に気に入られようとしているのか。一体彼らは何なのか、イストは興味すら持ち始めた。それは敵を知ると言う意味もあったが、それ以上に彼等個人を知りたくなったのだ。

 

「そう言えば、どちらに向かっているのですか?」

「迎えの場所さ。依頼人に連絡したから来るはずなんだけどね」

「成程。では、どうしてこんな仕事を?」

「急に話しだしたな。どうした? 探りでも入れる気か?

 

イストはエッカートに訊く。頭が軽そうなラーナに訊くよりかは詳しく訊けるのでは、と考えたための行動だった。後ろで「アタシに聞けよ」と文句を垂れる彼女は放っておいて、イストはエッカートの挙動一つ一つに目を凝らして、その反応を伺う。

 

「いきなりの質問だな。一応雇い主に生活を見てもらってるし、恩もデカいからかな」

「でも、他にやりようはあったのでは無いのですか?」

「分からないな」

 

エッカートは後頭部を掻いた。

 

「俺も此処の生まれでね。外の仕事に関しては語れるほど詳しくないんだ。興味が湧いた?」

「……一応、ですが」

 

二人に関して、とイストは付けくわえなければならないだろうが、彼女は上手く誤魔化した。

 

「住めば都だ。俺は此処よりもずっといいと思ってるけどね。逃げ回るだけの人生に甲斐も何もないしな」

「誇りを捨てても?」

「また見つけりゃいい」

 

イストには信じがたい言葉だったが、それがエッカートの本心からの言葉だと彼女は見ていた。軽薄そうな口調が一瞬鳴りを潜めたのを彼女は見逃さない。イストはそれ程機微に富んでいた。

 

恐らくは経験から来るもの、イストには無い物を持つエッカートを見て、自分が子供であることを思い知らされた気がした。

 

人生の深み、イストが祖母からの話の節々から感じた大人の空気だった。自分より四つか五つ歳が違わないはずのエッカートから感じるとは思わなかった。人生の経験は歳を重ねれば良いと言う訳ではない。イストが育った環境は閉鎖的であったのが一因と言えるだろう。

 

イストの世界が狭すぎたとも言えるかもしれない。魔女を目指すのは容易ではない。様々なしきたりと教えに忠実に生きて来たイストには軌跡の使い手としての自覚が全てだったのだから。

 

イストは此処に来て初めて外に触れた。

 

「俺達の故郷じゃ、死ねば魔女と龍の元に行けるなんて言われていてね。その信仰からすれば地上の誇りなんて何て事もない物さ」

「ひねくれた解釈ですね」

「思わぬ発想と言ってくれ。俺はアイツほどじゃないが発想の天才なのさ」

 

エッカートはラーナを指さした。草を咥えて鼻歌を歌う彼女を見てイストはエッカートの言っていることを冗談か何かだと思った。

 

「彼女とはいつから?」

「かれこれ6年以上かな」

「長いのですね。彼女の事はどう思って……」

 

エッカートは早口に語りだす。

 

「バカで向こう見ず、乱暴で根拠のない自信に溢れて、褒めることを強要してくる駄犬みたいな俺の最高のお友達。奴以外に俺の相棒は務まらん」

「親密なんですね」

「そう思う?」

 

イストは皮肉も込めて言ったつもりだったがエッカートは満更でもない様子だった。後ろでラーナが「何の話?」 と聞いてきたのに彼が振り返らずに手を振ると、彼女はそれだけで納得して黙った。

 

「ヒト殺しなのに……解りあっているのね。まるで龍と魔女みたいに」

「それは言うな」

 

何気なく呟いた言葉にエッカートは強い語調で言った。魔女にとって最高の褒め言葉の一つであったが、エッカートは今までの穏やかさを急に捨て去り、ハットの下から見る者を凍り付かせるような目を覗かせる。

 

イスト相手にも容赦ない恐ろしい目は彼女の肝を冷やした。やはり魔女と龍やヘソの地に関する話となると過剰に反応しているようで、イストは何故そうなったのか気になったが、彼女には想像力がいささか欠けていた。

 

「ラナ」

 

そうしていると、突然エッカートがイストを掴んで、地面に伏せさせた。イストも何か感じて勘を働かせると、三方向から何かが来るのを感じ、息を呑む。

 

一つは命を感じない物で最近自分を探しているヒト型の人形であった。もう一つはこの前の連中によく似ている。しかし、前と違って今度はより存在を強く感じ取れたことからホギーではないだろう。

 

そして三つめにイストは驚きを隠せなかった。前の二つより親しみがある懐かしい者の存在だった。イストは思わず駆け出した。ようやく、今までの苦労が報われる! 彼女は一目散に走り、走って帰ろうとした。

 

「どこへ?!」

「仲間が! 同胞が! これで私も……!」

「馬鹿! 行くな!」

 

二人の制止も聞かずに道を全力で走っていく。膝立ちの姿勢で思案を巡らせていたエッカートと戦闘の用意をしていたラーナだったが、この事態は想像の外だ。彼ら二人は三方向全てが敵だと認識していたため、まさかその一つがイストと縁ある者とは考えもしなかった。

 

「クソ!」

 

エッカートがその後を追った。イストはひたすら前へ、前へと走っていく。彼女の五感は最早存在しない故郷の物を蘇らせていた。温かな風にマツの葉と赤茶けた土の匂い、村の中央を通るせせらぎの音、そしていつも帰りを待ってくれる祖母の優しい笑みすら幻視していた。

 

全てが良くなる。イストにとっての三か月の地獄がようやく終焉を迎えようとしている。何にも怯えなくて済む、変わらぬ毎日が舞い戻って来る。ちょうどあの向うを超えればきっと帰ってくる、と。イストは息を切らせて走り、そして見た。

 

ローブに身を包んだ同胞の姿を捉えた。両手を伸ばして迎えてくれるのを見て涙する。そして、ローブの集団の先頭の物が右手を射し伸ばした。龍と魔女に感謝し、彼らの元に飛び込もうとした時、イストの耳に悲鳴にも近い声が叫ばれた。

 

「止めろ!」

 

一瞬、イストが振り返った時彼女の胸を熱い物が通り抜けた。イストは自分の身に何が起こったのか全く分からなかった。それを理解できたのは第三者のみ。エッカートとラーナは見たのだ。

 

同胞によって撃ち抜かれたイストの姿を。

 

「何故だ!?」

 

エッカートは感情の赴くまま銃をフードの集団に向けた。だが、同時に左右から別の存在が距離を詰めていたことに気付いた。茂みから姿を見せた機械兵士とメイズリーのヒト族の部隊が目の前で対峙した。

 

あまりに唐突な事態。フードの連中がガントレットを、メイズリーと機械が銃を向け合う。敵である三つの勢力がこの場で鉢合わせ。あまりに間抜けな遭遇だ。血眼で目標を追ううちに此処まで接近するまで誰も気が付かなかった。

 

何と言う不覚! 何てザマだ! 

 

血を流して倒れるイストを中心に全員が互いの得物を向け合った。目標の確保の前に邪魔者を排除しようと我先に、と一刻でも相手より早く必殺の一撃を叩きこもうとする。

 

一瞬の静寂が支配し、三者の間にピリピリとした空気が流れる。不可視の悪魔が殺せ、皆にと囁き回っているようであった。

 

「エッカー!」

 

そして、ラーナの声が撃針となった。

 

雷雲が発生し、三方向に稲妻が奔る。青い光が着弾すれば地面を抉り、地獄の炎が巻き起こって何名かを巻き添えにして炸裂した。後から追いついたラーナが先手を取り、その隙にエッカートがイストの、その小さな身体を抱得ることに成功した。

 

服から滲みた鮮血が彼の手を汚す。こんな少女が何故、と疑問がよぎるのも一瞬で彼の生存本能が優先され、するべきことはただひたすら逃げることのみ。抱え上げれば、すぐに銃火の応酬が始まった。

 

「擲弾!」

 

ラーナはライフルの先にグレネードを装着し、発射した。機械兵士のいくらかを爆風に巻き込むがすぐに立ち上がって反撃を開始する。

 

彼らに感情も痛みもない。腕や足を失おうと彼らは独特の青いマズルフラッシュを焚き、メイズリーと軌跡使いの双方を一人ずつ狙い撃つ。

 

「殺せ! ニンゲンの兵器だ!」

「クソ! こんなの聞いてないぞ!」

 

メイズリーの部隊はエッカートとラーナが前に交戦した部隊と比べ、いささか動きに精彩を欠いていた。機械兵士に圧され気味で既に多数の犠牲者を強いられている。

 

しかし、彼らとて狩られるだけの無力な羊ではない。森の奥から発射音が聞こえたと思うと、甲高い音をと共に着弾し、周囲を薙ぎ払った。迫撃砲を撃ち込みだしたのだ。

 

そして軌跡の使い手も見慣れぬ軌跡を放ち、イストを手に入れようとコチラに馬のような速さで迫って来る。四つ巴戦だった。

 

目標は唯一つ、魔女の身柄一つであり、そのために鉄と血、あらゆるエネルギーと資源、命を無秩序に投入している。

 

戦争の本来の姿がそこにあった。この凄惨な消費活動をたった一人の少女欲しさにしている事を天上の創造主が知れば、自らの創造物を後悔するだろう。彼らがヒト達を見捨ててなければの話だが、それでもヒトは戦うことしかしない。

 

言葉より銃弾を選んだ結果、土は赤く染まり、周囲は鉄臭さい、むせ返るような匂いが立ちこめる。二人は脳裏に映る過去を振り払って全身の筋肉を馬車馬のように動かして逃亡を図る。

 

「クソ! クソ!」

 

イストを抱えるエッカートをラーナは援護する。バックパックから柄付きの手榴弾を取り出して軌跡使いに乱暴に何個も投げつけた。炸薬と結晶の化学反応が瞬時に起こり、頭上で起爆。超高温の結晶片がまき散らされ、何名かに突き刺さってはその皮膚を真っ黒に焼いた。

 

動物の様な悲鳴に叫び声を放つ彼らに痛みからの解放を与えるべく、ラーナはマルディのフルオート射撃で地獄に叩き落としていったが、機械兵士のライフル弾やメイズリーの迫撃砲ですぐに邪魔が入られた。その榴弾片がラーナの腕を掠めて切り裂いたが、戦場の高揚で彼女は気付かなかった。

 

むしろ、精神の高揚と怒りからさらに射撃を激しくしていった。

 

「魔女は偉大なり!」

 

使い手達が叫ぶと彼らの様子が一変した。雄たけびを上げ、時代錯誤の長刀を引き抜いて襲い掛かる。メイズリーの兵士たちは最初は嘲笑すら浮かべて銃撃を叩きこんだが、彼らの肉体が数十発の弾丸に耐えだした時にはソレも消えた。

 

目から黒々とした血を流して突撃する様はおとぎ話の亡者のようだった。死んだ前衛の体を盾にして背筋を凍りつかせる叫び声を上げる彼らにラーナはこれ以上ない嫌悪感を抱いた。

 

「コイツ等!」

 

兵士たちが擲弾筒を二、三人の集まりに発射し、手足をもいだ。しかし、彼らはひたすらに呪文を唱え、尚前進し、機械兵士とメイズリー達に斬りかかった。骨と肉を斬り、悲鳴と共に血しぶきが上がる。メイズリーの兵士も銃剣やスコップを総動員して反撃し、戦いはいよいよ泥沼化していく。

 

「いざ! 救済を!」

 

一人の軌跡使いがローブの下に手榴弾と結晶体を巻きつけていたらしく、兵隊の中央に突っ込んでは自爆していった。炸裂したかと思うと、白煙と共にちぎれた四肢が吹き飛び、それに呼応して更に爆発が連続していく。

 

魔女への感謝の言葉を吐き、自己陶酔と殉死の喜びを以って自爆する軌跡使いを前にメイズリーの兵士たちは狼狽え、敵である機械兵士と共に火力を軌跡使いに集中させた。

 

一方でラーナとエッカートはそれを見て、激しく軽蔑した。彼ら二人は狂信的な特攻を前に唇を噛んだ。エッカートは怒りをどうにか抑えたが、ラーナは違った。

 

「手前! 手前! まだそんな事してんのか?!」

 

叫びこそ銃声にかき消されてしまったが、感情は鎮まることを知らず、ラーナはフルオート射撃で自らの怒りを代弁させた。怒りの代償に何名かの命を要求し、ラーナは復讐の女神と化す。

 

それも弾丸が底をつきかけていることに気付くまでの間であったが、ともかくラーナは数秒間、殺戮を欲しいままにした。

 

「クソ! クソ! 付き合ってられるか! そうやっていつまでも笑って死ね!」

「ラナ! 急げ!」

 

ラーナは二マガジン程撃って、ようやく逃走を開始した。そこへ倒したはずの機械兵士がサブマシンガンを三点射し、一発がラーナの尻肉を削った。ラーナはよろけつつも、敵を狙撃するエッカートの元にたどり着き、離脱を図ろうとする。

 

「滅茶苦茶だ! 戦争だぞ、こりゃ!」

「あの戦争はまだ終わってないね! クソッタレの戦争屋どもが!」

 

二人は森を逃げる為に駆け抜ける。血に塗れたまま、自分を守る為の銃と杖を握りしめて走れば悪夢がよみがえる様だった。振り返ってはいけない、二人は心にそう命じるが背後から聞こえてくる銃声と怒号が急速に近づいてくる。

 

森にはいつも悪魔がさまよっている、これは二人の共通の認識だった。此処で良心を気にする者は居ない、いかなる悪を行おうと何もかも森が隠してくれる。だから、今捕まるわけにはいかなかった。あの悪魔共に手を掴まられたら最期だ――二人はイストを背負って必死に足を動かし続けた。

 

「上からも?!」

 

当然、エッカートの勘も休まずに働き続けた。上から網が降って来たのに対し、エッカートはライフルをスリングを利用してラーナに投げつけ、逆手に引き抜いた大型ナイフでこれを切り裂き、勢いを付けて順手に戻してラーナの方にも投げつけて、これを救う。

 

そしてラーナは二丁のライフルで木々に隠れているだろうメイズリーの兵士に滅多打ちした。すると一発偶然命中したのか、悲鳴と共に木から兵士が落ちた。ラーナはすぐにエッカートに返し、カービンのマガジンを交換する。

 

ポーチを見てラーナは歯噛みする。圧倒的な数の多さに弾薬はすぐに底を尽きようとしている。20連のマガジン15個は今や残り3つになっていた。軌跡を使う手も考えたがアレは消耗が激しく、故に負担が軽いガントレットの刺突杖を使っていたのだが、この混戦で使うなど自殺行為も同然だった。

 

「こんな時に……!」

 

悪態を吐いて、汗と血でびっしょり濡れた額を拭う。その時、彼女の野生の勘が何かを察知した。

 

「エッカー!」

 

それは突然、逃げる三人の頭上で炸裂した。大口径の榴弾が空中で炸裂し、猛烈な衝撃波と榴弾片が大木を切り裂き、なぎ倒す。爆風で吹き飛ばされてラーナ達は転がり、全身を見えないハンマーで殴られたような痛みに苦悶した。

 

生きているのが不思議だった。普通なら体がバラバラになっているはずなのに、不思議と五体満足で、髪を短く切られただけで済んだ。血の混じった唾を吐き、加熱された空気を吸っては咳き込む。

 

エッカートがイストの無事を確認した後、打ち身で震える手を必死で動かし、スコープを覗いた。レティクルの向う、距離1700程の場所に恐るべきものがあった。全体的に角ばっており、手の様な履帯とヤドカリのような後部には巨大な砲が備え付けられた戦闘室がついている。

 

ニンゲン達の戦車の姿がそこにあった。

 

「……殺す気かよ?」

 

敵に向かってエッカートはそんな事を呟いた。ハットのふちに積もった土を払い、更に逃げようとした時、足を止めた。目の前が崖になっており、逃げるには此処から飛び降りるほかない。

 

振り向けばセンシャの砲が青く光り、照準を定めているように見えた。メイズリーの部隊が銃撃を加えているが、ありったけの対人兵器を満載したセンシャを前に彼らもジリジリと後退を余儀なくされている。

 

「ラナ! 急げ!」

「……先行って!」

 

遅れてやって来た彼女にエッカートは怒鳴った。ラーナの方を見ると、彼女の右足が撃たれていることに気付き、エッカートはラーナに必死に手を伸ばしす。引っ張って行こうとした。

 

「早く!」

「さっさと行け!」

 

エッカートはラーナにタックルを受けて崖から落とされた。「ラナ!」とその名前をあらん限りの力で叫んだ後、激しい轟音と共に背中に衝撃が端走った。

 

 

 




展開は遅いですが出来る限り丁寧に書きたいと思っております。

アドバイスや感想があれば嬉しいです。
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