俺達に鏡をくれ   作:ハナのTV

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三人を追う者

挽肉入りのソースが香る。戦争は戦場にいる事が常である訳ではなく、時に精神と身を休める僅かな隙間が存在する。ノルド率いる第五小隊はしばしの休息にありつき、食事にありついていた。

 

この日の糧食は兵士たちの最も待ち焦がれた物で、シロップに漬かった果物の缶詰がついていた。この甘ったるいシロップ漬けは行軍する兵士にとって貴重で喧嘩の元にもなるほどである。

 

なにせ、行軍中の彼らが口にできる甘味は氷砂糖くらいで、その質素な味わいにいい加減飽き飽きしているのだから、戦場ではエメラルドの宝石よりも貴重な甘味と言えよう。

 

そんな中、ただ一人の女性であるノルドは手ごろな岩に座り込んで、夕焼けの空を眺めていた。メイズリー竜騎士師団最年少の隊長は夕焼けに想いを巡らせていた。

 

戦争時の空は夜を除き、いつも橙色であった。三カ国の飛竜がニンゲンの航空機と追いかけっこをして、空は竜の吐息と撃墜されて燃え上がった何かでいつも賑わっていた。反対に曇りの日と夜の空は何も見えず、ただ高高度から爆撃されて死んでいく戦友を遠くから見るしかできなかった。

 

此処はいつ来ても変わらない、ノルドにとってヘソの地は忌むべき場所ではなかったが、来るたびに死者の魂の事を思うと胸に穴が開いた気分になる。紫煙を燻らせて、ノルド大尉は窓の向うの赤い陽を遠い目で見る。懐かしきヘソの地の記憶は何気ない景色を見るだけでも蘇るものである。

 

口惜しいのは悔やむか懐かしむかしか出来ないことで、できることなら過去を遡れば、と彼女はささやかな願いを呟く。長い時間を戦争と共に過ごしてきた彼女には太陽の姿ですら、思い出の鍵となり得た女性の心はどこを向いているのだろうか。

 

「何が見えます?」

 

ホギーの兵士が訊いた。振り返れば、いつもの彼がいた。野営を行う今、ノルドに話しかける者は稀であった。任務中の数少ない休憩時間に兵士たちの多くは米と豆、豚肉の入った糧食を食らい、背嚢に挟んだ自動車や成人用の古雑誌に夢中になるのが常である。

 

そこは完ぺきな男の世界で、いかに信頼のおけるノルドに対しても、入ることを暗に拒んでいるようである。その中でこのホギーの兵士だけが彼女と共に過ごすのが第五小隊の常であった。

 

「君は何を見た?」

「……夕陽です。戦友たちと見た物を」

「死人ではなくて?」

 

兵士は何も答えなかった。死人でも戦友は戦友であり、その絆は一生消えない。大尉もソレを理解していたので、それ以上は何も言わなかった。死んだヒトをどう扱うかは生者の特権だ。過去と言って切り捨てるも、心の中で生かすのも、勝手と言う訳である。

 

「彼らが生きていれば……」 

「そうだな。私の隊もにぎやかだったろう……ところで生者の方は?」

「第9小隊なら、土人とニンゲンの機械共と交戦。目標を逃した上に損害は三割を超え、戦闘続行不可能です」

 

ノルドは大きく笑った。まるで笑い話でも聞いたようで、不謹慎な気もした。最も冗談と言われても仕方のない損害であったし、ヒト族のみで構成することにこだわった小隊長の我がままで目標まで取り逃がすとあってはメイズリーの精鋭が聞いて呆れる。

 

「我が国の自由な気風もどうかと思うな。差別するのも自由と言ってな、あの小隊長も下民と一緒に死なず満足だろうよ」

「我々ホギーは下等な獣頭ですからな」

「そう気を悪くするな。私も半分は君らと同じだ……馬鹿めが、貴重な兵士を死なせるとは」

 

「食えない豚に権利なし」唐突に浮かんだメイズリーのブラックジョークに二人は力なく笑う。

 

ノルドは唾を吐き捨てた。魅力的な唇にもう一本煙草を咥え、ライターを取り出したがオイルが切れたらしく火がつかない。見かねた兵士がヘメットバンドに挟んでいたライターを差し出した。

 

ノルドは香りを楽しみ、兵士にお礼として自分の煙草を差し出した。味の薄い“突撃竜”は人気のない銘柄であったが贅沢は言えない。兵士は有難く受け取り一服する。煙草と銃は兵士の友とはよく言ったもので、共にいるだけで安らぐと言う物だ。

 

「まだ任務は続きますな」

「全くだな。そういえばお前は家族持ちだったな。寂しくないのか?」

「ええ……と言っても別居中でしてね。戦中にカミさんが二人目を身ごもったらしくて。コウノトリが俺の留守中に子供を配達してくれたんですよ」

「……すまない」

 

ノルドは紫煙立ち上る中で悲しそうに目を伏せた。ノルドとこの兵士は戦争では戦闘から寝食を共にしてきた戦友であり、あの種族戦争で故郷に帰れたことは一度も無かった仲で、付き合いはかなり長いと言える。

 

故にか、階級の隔たりこそあるものの二人の関係は親密で、第五小隊の話のタネとなっている。そんな事を知りつつも煙草を吸いあう二人は実に型にはまっていた。

 

「お気にせずとも。“悪魔にご同情を”です」

「悪魔、ね」

 

それはメイズリーの諺。この言葉は地方によって意味が違い、北では悪魔にも同情をせよ、南では悪魔にかける同情はない、とある。このホギーの兵士に皮肉めいた意味として使われたが、ノルドはあえて冗談として受け取った。

 

「悪魔と言うのならニンゲンと土人共だ。報告によるとニンゲンはセンシャを持ってきたそうだ。確認できたのは一台だけだが、今我々には対竜砲の数が少ない」

「では、どのように?」

「決まってる。竜を呼ぶのさ。要請できたのは一匹だけだが手練れだ。魔女探しがこうなるとはな、果たしてコイツは……あの二人の魔女の発見からケチがついてきたなぁ」

 

赤く灯ったタバコを捨ててノルドは白い髪の毛をかき分けた。彼女がこのような仕草をする時、決まってノルドが不機嫌である。戦争中に補給部隊が三日遅れてやって来た時はこの仕草の後に美しい顔を鬼へと変貌させて補給隊の責任者を片腕で殴り倒したものだ。その時、あの白い髪の毛が蛇のように邪悪に見え、しばらく兵士は気を遣うことに注力したものだった。

 

だが、苛立ちは彼女だけの物ではない。この部隊の共通の感情であった。長引く作戦に、不可解な状況の連鎖。兵達の機嫌はフルーツの缶詰と煙草を支給されても直ることはない。精鋭たる第一師団の第五小隊、ノルドの混血隊に誇りを持っている彼らとは言え、こうも失態が続くと面白くないのは当然と言えた。

 

特にヘソの原住民がしゃしゃり出て来たのが最も癇に障った。戦中は隠れるか、敵味方構わずヘソの地から追い出そうと躍起するかの二つであったのに加え、現在は難民として各国に勝手に住み着いている有様である。

 

愛国心豊かな彼らからすれば寄生虫も同然で、戦場まで行って顔を合わせる羽目になって、その怒りは頂点に達しようとしている。第五小隊の機嫌を直すには任務完了の報告と長期休暇の申請以外にない、ノルドはそう肌で感じていた。

 

早い話が任務を早期に終わらせることが求められている。

 

「全く以て不愉快だ。こうも不愉快なのはあの痩せ狼の時以来だ……フフフ、それとも今度も奴の仕業かな?」

「まさか、そんなはずはないと思いますが」

 

兵士もノルドもあの痩せ狼のロクスウェルを思い出して苦笑した。戦争中に何度も共闘し、その有能さには尊敬を示したものの、垣間見える野心に第五小隊の面々は薄気味悪さを覚え、またおとぎ話を信じる妙な幼さがノルドには不気味に思えたのだ。

 

「奴なら魔女を信じるに違いないぞ。なにせ龍と魔女を見た、と言うほどの酔狂な狼だ。痩せ狼と言うが、痩せすぎていよいよ幻すら見えていると思える」

「ですが、我々の前にも魔女はいました。一人は男でしたが」

「魔女は何にでも化けられると言うらしいぞ? 案外股には何もぶら下がってないかもな」

 

可憐にほほ笑むノルドに兵士は微妙な表情をするしかなく、一度咳払いをした。

 

「龍の方かもしれませんな。まあ、まだ見たことないですが……どちらにせよ、非現実的な任務には自分も早い所おさらばしたいです」

「言うな。これも任務だ」

 

非現実的な任務、それは中々皮肉めいていた。メイズリーの精鋭が揃いも揃って魔女探しと悪い冗談である。その過程で軌跡とやらを見てしまった自分達はいよいよ現実と虚構の境界線が分からなくなるのではないだろうか。

 

ノルドは自問したが、ソレもすぐに払しょくさせた。考えるのでは兵士ではなく、将や研究者たちの仕事であり、祖国の命に従い明日を築くのが任務だと言い聞かせた。

 

「竜が到着次第出発だ。障害は排除、目標は確保でやることは変わらん」

「土人もですか?」

「当り前だ。奴らとニンゲンは特に徹底的に、だ」

「あの二人は?」

 

ピクリ、とノルドは片眉を跳ね上げた。確かにあの二人も魔女であることは事実だ。確保すべき対象なのだが、厄介な相手であることが予想された。銃を使い、軌跡をも使うのもそうだが、一体アレがどこから来たのか。それが問題であった。

 

土人共に追われた報告も上がっているからヘソの地の味方ではないが、コチラの味方でもない。まさかニンゲンの味方ではないだろう。とすればメイズリー以外のどこかの者となる。装備の質に関しては詳しく聞いたところ、かなり整ったものだったと多くの兵士が証言していることからもそれは立証できる。

 

「難しいな。装備の質や今までの証言からすると、奴らはオズかクルップの者の可能性がある。あの個人装備はある程度の整った組織からの支援がなければ、不可能だろう。魔女の実戦部隊など聞いたことないがな」

「可能でしょうか?」

「不可能ではないだろう。だが、それにしても妙だ。何故二人だけなんだ?」

 

ノルドは頭を悩ませた。二人だけで編成される部隊など有り得ない。分隊規模でも5人程度は必要なのだ。それも魔女と言うメイズリーが血眼になって探している人材をこうも気軽に使うのはどうにも納得しかねる。

 

「部隊としては少なすぎる。研究材料にしては雑すぎる。戦場で試験するのなら護衛を数人付けてもいいだろうに……何故かな」

「普通なら有り得ないでしょうが……魔女だけでなくてはならない、というのはどうでしょう?」

「だとしたら、もう一つの条件があるのかもしれない。戦場でなくてはならないと言う点も考えられる」

 

憶測がさらなる憶測を呼ぶ。この地で追っていた魔女、この地に来たであろう魔女、その両方を追跡し、確保しなくてはならない。任務を完遂させるには可能性を探り、一つずつ削っていく思考作業を繰り返さなくてはならない、彫刻を完成させる為に石を削っていく芸術家のようだった。

 

無駄を徹底的に削ぐと言う意味で両者は似ていた。ノルドはその手の芸術性とは無縁だったが、この頭の運動は中々に楽しい。パズルに熱中する子供のようにノルドは視点を変え、発想を変えて思考を巡らす。

 

とはいえ、たどり着く結論は唯一つである。

 

「さて、魔女を確保して任務を完遂させなくてはな。祖国のため、我々のため」

「でなければなりませんか」

「当り前だ」

 

ノルドはため息を吐いた兵士を諌めるように言った。

 

「他人が認めてこその自分、国が認めてこその自分であり、我々なのだ」

 

強い言葉だった。祖国に尽くすことで存在を許されると言うのは存外言うだけなら簡単だが、ノルドの場合は実践しているのだ。美辞麗句で飾りつけ、愛国心を殊更に主張する政治家と違い、ノルドはこの点で人望が厚かった。鋼の女、真の愛国者とは彼女のことである、と第五小隊の兵士たちは認めている。

 

「自らが愛国者と名乗るのなら、そうあれと行動し、認めさせなくてはならない。口だけなら私は神にだってなれるのだ。だが、それに何の意味があるのか」

 

自ら名乗るのは容易いが、他人からそう呼ばれなければ意味がない。ヒトの価値は言ってしまえば、他人によるものである。その点においてノルドは国と仲間の双方から勲章と信頼、人望と勝ち取っており、ノルドの言葉はそっくり彼女を表していた。

 

「私は愛国者でありたい、そして君らの隊長でありたい。故にやらなくてはならない。相手が魔女なら狩ろう、龍でも狩ろう。それが君たちと祖国の信頼に応えれる道なら、な。だから陣頭に立たねばならん。私はメイズリーの精鋭であり、君たちの先駆者なのだからな」

 

そんな彼女に兵士は気になっていることがあった。

 

「大尉は任務が終われば、どうします?」

 

兵士が何気なく訊いた。

 

「そうだな、また次の任務に行く」

「全てが終わったら?」

「……聞きたがりだな。故郷のコリシカにいい小川が流れている場所があってな。そこで気楽な生活をするかな」

 

兵士はそれを聞いて後頭部を掻いた。

 

「……大尉は最後に故郷に帰ったのは何時で?」

「三年前だ」

 

ノルドはそれだけ言って隊員たちの元へ行った。兵士はしばらく、その場に立ち尽くしてしまった。ノルドの美しい白い髪の毛を追いながら、彼女の故郷の姿を瞳の奥に映していた。あの小川は四年前にはコンクリートに埋められ、運動場に変わっていた。

 

そのことを聞こうとノルドの背中を追うと、地面が揺れた。地震か敵センシャか。他の兵士たちも気付いて、すぐに娯楽の品や嗜好品をかなぐり捨ててライフルを手にしたが、ノルドだけが武器を持たず、全員に「落着け!」と一括した。

 

森の奥から重い足跡が響き、禍々しくもある吐息の音が聞こえた。木々から鳥達が逃げるように一斉に飛び出し、太い幹を持つ巨木が倒れる。暗い森の中を除けば、紅玉の様な瞳がコチラを捉えていた。そして森から隆々とした筋肉を鱗と竜甲で覆った腕が現れ、遂にその姿を見せた。

 

「大尉殿! お久しぶりですな!」

 

空気を震わせる声の後に咆哮が続いた。全身に鎧をつけた翼を持たない這竜が挨拶を送り、そして背中に背負っていた出来立ての戦車の残骸を下ろした。此処に来るまでの間に交戦し撃破したらしかった。

 

「ロイシュナー! 挨拶の度に吠えるなと言ったろ! 相変わらずだな、馬鹿者!」

「申し訳ありません! しかし! 功を誇り、勝利を得れば我らは美酒の代わりに叫ぶのです! この性分、どうかご容赦いただけますよう!」

「期待してるぞ! 藍色の突撃竜!」

 

這竜617番騎 ロイシュナーとノルドは豪快に笑った。暗い藍色の鱗に覆われた第五小隊最高の火力を誇るロイシュナーに戦友たちは雄たけびを上げて歓迎する。

 

男達の歓喜の咆哮はいつ聞いても心を高ぶらせる。そして、こうして第五小隊は本来の姿へと戻った。竜騎士師団とは竜を従える騎士にあらず、竜と共に歩く師団であるのだ。

 

かつて竜と共闘した初めての師団であり、600年前は大尉陸を席巻し、無敗を誇った。この秘密裏の戦闘に敵にセンシャが現れたことを口実に上層部と交渉したノルドの手腕は流石と言えた。

 

呼び出した這竜はセンシャ撃破数78台を記録する古参であり、鱗を彩る徹甲弾と榴弾による傷は彼の誉とするところだ。

 

役者がそろった。ノルドは再び夕陽を見て、かつての記憶を思い出した。今度は戦友の散った日ではなく、勝利した赤い空を蘇らせていた。

 




今回は短めです。

この世界では竜が戦車の代わりであることは書きましたが、実際に想像すると本当におとぎ話ですね。ともかく楽しんでいただければ嬉しいです。


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