俺達に鏡をくれ   作:ハナのTV

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一人と、魔女

抱かれている。大きな腕で抱かれて温めてくれている、イストは誰かの体温を感じていた。凍えそうな自分を優しく包み込んでくれている。ヒトの温もりは心地よい。

 

それはヘソの地で生まれたイストにとっても同じで、彼女も幼いころ、母親の腕の中に抱かれていた。

 

母亡き今、それを二度と思いだすことは無いだろうと思い、暗い森を独りで駆け、寒空を巨木の根の下で凌いでいた。時折聞こえる外のヒトが持つ悪魔の杖が放つ声に怯えて、声を殺して眠りについた。それがどう言う訳か、あの心地よい揺りかごをもう一度感じることが出来た。

 

夢でもいい。ただこのまま眠らせてほしい。でも、母を一目見たい。二つの願い事に挟まれて、イストは後者を選択することにした。

 

「お母さん」

 

小さく呟いて目を開けば、そこに母の姿があった。長い黒髪にこげ茶のロープを羽織る母の姿が蘇った。

 

「母さん!」

 

飛び上ると、現実に戻っていた。イストを抱いているのは母ではなく、エッカートだった。傷だらけの顔で母とはまるで違う丸刈りの頭の男を見て、彼女は我に返る。暗い洞穴の中にいる事を知覚し、もう一度エッカートの顔を見ると彼も寝ているようであった。しかし、イストの声で目覚め、彼女を足の上から下ろした。

 

「よく寝るねお前も」

「私は……」

「凄いもんだな。魔女様はあんな傷も塞ぐことが出来るんだな」

 

エッカートは胸を指さした。イストは最初何を言っているか分からなかったが、最後の記憶を思い出し、自分の胸をまさぐった。貫かれたはずの傷はそこになく、傷は後もなく消えていた。

 

アレは幻であったのか? 頭で納得させようと試みたが、心は誤魔化せない。 突然イストは身体を大きく震わせた。生きている実感と死の恐怖の両方が彼女に圧し掛かって、現実感を喪失して耳を塞ぐ。

 

耳には軌跡の放った雷鳴がこびりついていて、イストはその消えない音にひどく怯える。死の圧力は少女には余りにも重すぎた。

 

「大丈夫だ、落着け。お前は生きている。傷もないし、俺の事をちゃんと理解できているだろ?」

「私……死んで……」

「深呼吸しろ。それからソコに水たまりがある。それを覗いてみな」

 

軽いパニックになるところをエッカートがイストの肩を掴んで指示した。イストは言われた通りにまず深呼吸を行った。冷たい空気が肺を満たし、自分が息をすることができることを知り、次に水たまりを覗く。水面に映る白い髪に母譲りの琥珀の瞳が映っていた。

 

「自分が見えるか?」

「はい」

「なら、まだこの世にいる。知ってるか?化け物は鏡に映らないらしい、何でもそこにいるか分からないのが魔の者なんだそうだ。俺もお前も生きているよ」

 

自分がまだこの世の者だと理解できた彼女はようやく、生の実感を得ることが出来た。その場に仰向けになって、生の充実を得ようと深呼吸をもう一度行う。

 

あたたかい。生きている。存在している!それだけ感じて、急に瞼の重みを感じ出した。安堵が睡魔を呼び寄せたらしかった。 

 

「また寝るのか?」

 

しかし、イストは現実に戻ってきた所で自分の境遇を思い起こし、睡魔はどこかへ霧散してしまった。

 

「……眠れません。寝たら、また自分が生きているか分からくなりそうで」

「気持ちはわかるよ」

「分かると言うのですか?」

 

イストは乾いた笑いを発した。エッカートは優等生のようなイメージをイストに持っていたので少し驚いていた。

 

「故郷を失い、逃れ、最後に同胞に撃たれる……生きる為だけに走る、野良犬の様な生活から解放されることなく、使命を果たすことも出来ず、私は死んでいるも同然です」

「それは精神とか心の話か?」

「ヒトならヒトらしく、魔女なら魔女らしく……生きるべきでしょう」

「そんな物は後付けでもいいはずだ」

 

エッカートは淡々とした口調であった。

 

「今を生きなきゃ、何にもなれないで終わる。俺達を見ろ。これでもケダモノから随分とマシになったんだ。片意地ばかり張りなさんな」

 

エッカートはクスリと笑った。イストがもう一度彼の顔を見ると、頬の皮膚が避けて赤黒い傷跡を見せていた。それから、頭部の古い傷跡を見つけた。生々しい。銃弾が掠めて髪の毛が一部生えなくなっているのは痛々しく思える。

 

「その傷は?」

「ああコレ? 昔の傷だよ。ちょうどお前みたいな歳の時にね、銃弾が横を通っていたのさ。でもコイツのおかげで今の俺がいる」

 

エッカートはヘソの地での記憶を虚空の中に見出した。泥まみれになって、腐った木製の銃床に赤錆にまみれた銃を握りしめて蛸壺に身をひそめる幼い自分を見ていた。前からも後ろからも飛んでくる銃弾に怯える。

 

生きる為に蹴落とし、泥水を飲む。誇りもない獣以下の所業を行う中、一人の仲間に照らされてきた。隣の彼女にいつも引かれて生き抜いた記憶をエッカートは闇夜の中に見ていた。

 

「……どうして?」

 

エッカートは一瞬応えるかどうか迷った。しかし、大した話でもないと思い、その内面をほんの少し見せることにした。

 

「アレが掠めた時、何もかもがどうでもよくなった。それまで信じて来たものがいかに嘘っぱちの物で、自分の命がこんなちっぽけな物で奪われると知ってね、ヘソの地の誇りなんて信じて死ぬより、自分達を信じることを選んだ」

 

そう言ってエッカートはイストに一発の弾丸を放り投げた。くすんだ銅の塊のようなそれは小さくて軽く、指でつまみあげれば玩具のようだ。しかし、これが一度銃口から飛び出れば、音の速度を遥かに超えて命を呆気なく刈り取ってしまう。

 

イストはその一発の真実を想像する。

 

死の前には何事も無力だと言うように、エッカートは誇りの無力さを知ったのだと理解したのだろう。そして、そんな彼と組む彼女もきっとそうなのだろう、と確信した。

 

「彼女……ラーナも?」

「そうだね。アイツは俺の半身だよ。そして今、俺は半分失っているのさ」

「え?」

 

半身を起こして周囲を見渡してもラーナは居なかった。何故いないのか、何が起こったのか、イストに分かるはずもない。ただ、分かることはエッカートによって助けられたと言うことのみ。無論、彼が助けたと言うことはラーナも協力をしたにちがいないことはイストには容易に想像できた。

 

「……ラーナは?」

「崖から飛び降りる時爆風で飛ばされてね。奴とはぐれた」

「はぐれたって……」

「おっと、言ったろ? “失った”じゃない、“失っている”、だ。奴は生きている。死ぬわけがないんだ。俺が生きている内は、アイツは絶対に生きて帰ってくるからな」

 

イストは最初エッカートが現実逃避していると思った。しかし、彼の顔は狂乱した者のそれと違い、瞳が濁っていなかった。とはいえ、その表情どこか頼りなく、寂しそうに背中を丸めて、洞穴の外をじっと見ていた。

 

子供の帰りを待つ母親と言うべきか。入り口からひょっこりとラーナの顔が出てくるのを待っている。隣のイストより遠くのラーナを求める彼は一人ではないはずなのに、独りであった。

 

「寂しいのですか?」

 

イストは意を決して聞くとエッカートはピクリと肩を動かした。彼が逆上するのでは、と恐れたが彼女の真っ直ぐな心がそうさせた。

 

「アイツがいないと寂しい、か。いや、そうかそうか」

「何を?」

「そうだな。寂しいな……寂しい」

 

少し前までの軽い口調とはまるで違う。孤独をイストは知っている、独りで走り抜けた夜を彼女は鮮明に思い出すことができる。だが、イストが少し蹴色が違う。

 

エッカートから感じた孤独は切なかった。手を伸ばせばすぐに届く距離にいると言うのに、エッカートは透けるているようであった。幽霊、というべきか。エッカートの存在感が希薄に思えてならない。

 

死んでいるとはエッカートは全く考えなかった。だが、傍に居ないだけで感じる寂寥は心に沁み込んでいき、そこから漏れ出たものが身体に重りとなる。それが感覚を鈍くしていた。だから、エッカートはイストを希薄にしか感じられなかった。

 

エッカートはラーナあっての彼なのだ。

 

「寂しいのは嫌いだね。締め付けられるような胸の痛み、何度味わっても慣れないんだ。特に友達がいないときなんか、そうだ。俺を知るヒトが減っていくようだ。そして俺はただの一人になる」

 

エッカートは洞穴の外を眺めながら言った

 

「アイツは生きている。けれど、傍に居てくれないと困るんだ。全く、アイツと来たら俺の事を崖から落としやがって。何でもかんでも好き勝手だ……俺がどんな奴か知っているくせに。寂しくなるって分かっているくせに、ね」

 

エッカートは自分でも気づかない内に笑っていた。イストはその笑いにほろ苦さを感じ取る。それはイストにはない大人びた感情と言えるかもしれない。

 

大人は子供と違い、様々な感情を混ぜ合わせるものだ。時に相反するモノすら同時に感じることができる。それは子供と違って長い人生を経て得た価値観のおかげである。

 

エッカートはあくまで子供に属するが、彼はイストやラーナよりは大人に近く、そして並大抵の大人より豊富な経験を持っていた。故に感情を隠しきれないが、その感情は単純ではない。大人の様な子供と言えた。

 

「貴方は」

 

イストは深い興味を抱いた。同じ使い手で、ヘソの生まれでありながら外へ出て行ったエッカート。初めは反骨心だけの男と思っていたが、彼の複雑な言い様に彼女は目を引いた。同時に、仕事と言うが絶対に自分を見捨てなかった彼らにどんな内側があるのかも彼女は知りたくなった。

 

「私を助けたのですよね?」

「ああ」

「それは彼女も同じ、違いますか?」

「……そうだ」

 

イストは一言一言に感じるエッカートの心を読み取ろうと努めた。そして、その言葉に嘘はないと信じた。

 

「分かりました」

 

イストはフードを深くかぶり、ガントレットを外した。現れた左手には動物を象った文様が現れ、陶器の様な白い手に隙間なく刻み込まれていた。エッカートはラーナの手とは違うことに気付き、まだ幼い彼女の手に刻まれた文字の深さに心を痛める。

 

「杖を七本」

「あ、ああ」

 

ホルスターの位置を確認してから、イストから取り上げた杖をいくつか返すとイストは六本を地面に円形を描くように刺し、残る一本をエッカートの右肩に添え、次に左に、最後に祈るように額に当てた。

 

すると、六本の杖が弱々しく光りだす。ホタルの様なぼんやりとした光が宙にフワリと浮かんでおとぎ話の妖精のように舞う。無秩序から次第に秩序だって浮かぶ光にエッカートは言葉を失っていた。

 

光の球体はイストの持つ杖に止まり、エッカートの元へと流れていく。光がエッカートを通った時、彼はその度にラーナとの記憶を瞳に蘇らせた。そして、その度に強く寂しさを感じ、そして彼女を強く求めた。

 

その情動をエッカートは自分で制御することが出来ない。強制的に想いを吐きだされている感覚に膝がぐらつく。

 

「コイツは……一体」

 

イストを見れば、エッカートは更に度肝を抜かされた。短い髪の毛が腰まで伸びていて、背や体つきにいたるまで、全てが大人になっているではないか。

 

涙が伝う頬に左腕の紋様と同じものが浮かび上がり、その背後では光球が姿を変え、小さな竜へと変わり、そして六つの竜が洞穴を飛び出し、空へと舞いあがった。

 

それはどんな飛竜よりも速く、暗い夜空を流星のように飛んで行った。それを目で追いかけて行くが、やがて見えなくなり、ふと振り返れば深く息を吐き涙を拭うイストがいるだけ。

 

髪も元の長さへと戻り、紋様も消えたイストにエッカートは訊いた。

 

「今のは……軌跡なのか?」

「ええ」

 

イストは大地に、円の中心に接吻をして答える。

 

「軌跡は感情を源にするモノ。そして、その感情は魔女の抱いた物が始まりです。寂寥は魔女の最初の軌跡。魔女が龍を求め、探した軌跡です。貴方と私の“独りの感情”を四方に放ち、見つかれば自ずと知らせが来るでしょう」

「俺のとは違うのか?」

「私もまだ未熟です。貴方のように、どうして常に声を聞けるのか分かりません……これは寂しさから来る軌跡、感情を強くしなければ起こらない軌跡なのです」

「なら」

 

エッカートは一拍置いた。だが、先に話したのはイストだった。

 

「そうです。今のように……思い出を強制的に見せなくては。思い出すだけで実際には何一つ手が届かない。貴方にとってラーナのように、私にとっては祖母と母なのです。そのせいか、使うたびに母に姿まで似せるようになりました」

 

イストは膝を抱えて座り込んだ。短くなった髪の毛を撫でて、次に頬に触れた。

 

「今の貴方を私は理解できます。寂しさを隠しきれないほどに独りを感じる。私にはもう母も祖母もいません。思い出の中でしか生きていません。でも、貴方には彼女がいる。私を助けてくれたせめてものお返しです」

 

正規の訓練を受けた者とそうでない者の差は大きい。それは魔女でも同じであった。所詮は我流でしかないエッカートとラーナに比べ、イストの行った軌跡は遥かに高度であった。もし、軌跡が単純に便利な魔術であるのなら、エッカートはイストを称賛したであろう。

 

だが、イストが母の姿に近づこうとするのを見てしまってはそれも出来なかった。エッカートは今になって自分を恥じた。イストが故郷に執着しているのは本当は誇りではない。ただ家族とのつながりを保ちたかっただけなのだ。

 

そして、ラーナがいないことで寂しいさまを見せてしまった結果、イストに懐かしい日々を思い出させることとなったのだ。

 

何てマネをしたのか。哀れっぽく魅せて女の子を泣かせてしまうとは!

 

帰らない日を思い出すことが辛いことをエッカートは知っていた。ヒトは過去に戻る術を思い出す、ということでしか叶えられない。目を閉じて現実から思い出の空想に浸りさえすれば死人の声すら蘇る。

 

だが、それは所詮まやかしであって魔法ではない。現実に生きなくてはならない以上、空想から戻る必要が生じる。そして戻れば、過去は過去でしかなく、誰もいない今を彷徨うしかなくなる。

 

イストは自分を母に似せようとしていた。それは思い出を少しでも現実で叶えようとすること他ならない、それがどんなに哀れでか細い願いか。エッカートは座り込む彼女にかける言葉が見つからなかった。

 

「お前……」

「寂しさには慣れてます……だから、哀れっぽい目で見ないでください」

「……すまない」

 

互いの弱さを知った後、重い沈黙が二人を支配した。この時二人はラーナがいかに貴重なヒトであったかを再認識した。どこでもお喋りできることはある意味で才能であったのだ。

 

「こんな時、あのヒトがいたら違うのかもしれませんね?」

 

沈黙をイストが破った。

 

「……かもしれない。ラーナは……どんな時でも口を開きっ放しだ。例え、水の中だろうと喋るのを止めないだろうさ」

「そうなのですか?」

「ああ、いつも叫んでばっかりでな。奴は大声を上げることが好きなんだ」

 

エッカートがラーナの耳を手でマネして見せるとイストは笑った。傍目から見れば野戦服の男とフードの魔女が語らう様は奇妙であったに違いない。だが、この時二人は年相応に笑いあい、ついに解りあう切っ掛けをもつに至った。

 

内を知りあうことで二人の距離は少し近づいた。杖と銃を向け合った者同士だが、明確に敵意や怨恨があったわけではない。ただ、状況が彼らを動かしたに過ぎない。ヒトが解りあうのに必要な言葉を交わし、エッカートとイストは話し合った。

 

「どうして、ここに?」

「仕事の為だって言ったろ。お前こそどうして?」

「私には使命があるからです。果たしたい使命を」

「でも俺達を助けてくれるのか?」

「貴方たちこそ私を助けた。なら、魔女の礼を以って恩に報いるだけです」

「なら」

 

エッカートはハットを取り、イストと同じ目線になるために片膝を立てた。

 

「恩の返し合いと行こう。お前の使命を手伝う。俺とラーナが揃い次第だ。その後で俺達と来ないか?」

「ですが……」

「母親の地にいたいのは分かる。だが、お前はこのまま独りでいるか? 提案としては何だが俺達と来ないか? 同じ魔女同士なら仲良くやれるだろう?」

 

イストは瞬きを何度かして口を開く。

 

「貴方方には都合が良い提案ですね?」

「確かにな。で返答は?」

 

イストの脳裏に映るのは同胞の裏切りと母たちの姿の二つ。彼女は仲間がいないことを知り、今確かに同胞と呼べそうなのは目の前の魔女もどきしかいなかった。運命は彼女を一度裏切り、もう一度希望をもたらした。

 

「全てが魔女と龍のお導きなら、私はそれに従いましょう。まずは使命と貴方に報います。その後で貴方への答えを要します」

 

イストは先延ばしを提案した。それに対してエッカートは迷わなかった。

 

「よし、頼むよイスト。俺達は君を裏切らない。龍と魔女に誓ってな」

 

魔女は頷いた。二人は寂しさを忘れ、その手を交わし合った。その時、魔女の肩に放った竜が止まった。

 




色々と設定を考えるのは難しいですが楽しい物ですね。
尚今回は二話同時投稿ですのでもう片方も読んでいただければ幸いです。
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