「すげぇ、レベルが違う」
モニタールームで誰かが呟いた。画面の右側では糸引と珱九郎の戦いが映されていた。もうすでに彼らは常人の目で追えるスピードを超えており、残像がちらつくまでに及んでいる。
「目で追えない…」
「追える限りでは、どんどん烏丸さんが傷ついておりますわ」
「珱九郎も強えけど先輩の方が上手だってことか…」
「あ、こっち!」
誰かが指差した方では丁度操司が自身の武器を取り出しているところだった。
「なんじゃありゃ、確保テープか?」
「それにしては多くないか?」
「でも、あれを避けてる先輩って…」
画面を見る限り操司の武器は縦横無尽に駆け回っているのだが、玲実はそれらを上手く躱し、払い、掴んでいた。
「ケロ、耳郎ちゃんが部屋から抜け出したわ」
「ん?なんか持ってるぞ」
「………もぅ、よく分からん!」
あまりの混戦状態に一部は混乱し始める。
「HAHAHA!この戦いは予想以上にハイレベルになってしまったからしょうがないさ!
さて、それでは皆に1つ質問をしよう。耳郎少女はおそらくあれを烏丸少年に渡しに行くのだろう。さて、どんな物を渡すと思うかな?」
「そりゃあ、珱九郎の武器とか?」
「いや、それは違うと思う。烏丸君は元々棒術や剣術が得意。既に持ってるものを渡すわけではない筈だ」
「なら飯田君はなんだと思う?」
「それは……」
「さて、それじゃもう少し見ていようか!」
オールマイトの問いの答えを考えながら皆はモニターを食い入るように見ていた。
*****************
その頃、珱九郎の戦況は防戦一方であった。
はじめは相手の手の動きと糸の動きが連動していると考え、手の動きに合わせていたのだが、糸のたるませ方や硬化・鋭利化させている糸がどれかの判別ができなかった。結果として現在では糸が身体に当たるその痛みに反応して動く、いわば後手に回っていた。
「ほらほらほら、攻めてこいよ!守んなよ!そんなつまんねぇ漢かお前は⁉︎」
「先輩に俺の全てを見せたつもりはない」
食い込みつつある糸から避けるが、珱九郎の身体は少しずつ裂けていく。
2人が距離をとった。
「(早く来い。これ以上耐えるのは辛いぞ)」
「…すまんな。玲実から呼ばれた。多分さっさと終わらせろってことだ。だから、これが、さい「珱九郎よけて!」…!」
重なった言葉と共に現れたのは、耳郎だった。耳郎は既にプラグをコスチュームに刺しており、珱九郎が避けるとすぐさま爆音を鳴らす。糸引は読んでいたのか斜め後ろに下がって避けた。
「指向性があるのも考えもんだな。避けられることもある」
うるさい、と耳郎は一喝し、珱九郎に持ってきたものを渡す。
「ありがとう。後は核の方に行ってくれ」
「分かった。待ってるよ」
「おう」
珱九郎はまた相手と向かい合う。珱九郎の右手にはバケツのような容器が、左手にはボールが収まっていた。糸引は珱九郎の持っている物に興味を抱いていた。
「なんだそれ」
「使ってみればわかります。それより、今度はこっちから動きますよ」
珱九郎の宣言に糸引はニヤリと笑う。覚悟を決めた男との戦いは糸引にとって何よりも愉しい事であり、その相手が強者である事は糸引にとっての悦びであった。
静寂の時間はほんの僅か。
珱九郎は短く息を吐きながら猛スピードで前進する。初めの攻撃と同じように直進運動だ。
糸引が左手を振るう。珱九郎はその進行方向に向けてボールを投げる。すると、
ビシャッ
ボールが破裂し、中から液体が飛び出てきた。
「うぉ、なんだこれ」
糸引が躊躇っている間に珱九郎は懐へと潜り込む。左手を振るってくる珱九郎に対し糸引は服を硬化した。その時、
ピシャッ
またもや液体が飛び散る。
糸引が左手を振るおうとすると、珱九郎はバケツのみを残して神足通で距離をとった。
バケツは糸で切られる。
ピシャッ
また液体が大量に飛び散った
「(この色、この臭い)カラーボールとペンキか?」
糸引は珱九郎の持っているものを見破る。
「そう。先輩の糸は見えなかったから怖かった。見えれば十分対応できるんですよ」
糸引は手元を見ると、糸が黄色、赤、緑とカラフルに染色されていた。
「透明じゃなくなったか。ま、しょうがない。正々堂々とやろう」
糸引の言葉に反応し、珱九郎は腰に下げていた2本の刀を抜く。
「本気でいきますよ」
2人の間には静寂が訪れる。勝負は一瞬。お互いに感じていた事であった。そして、
"ブオォォォォン"
突然の轟音に糸引は耳を抑える。背後を見ると、先ほど珱九郎にカラーボールを渡した少女、耳郎が立っていた。
その隙に珱九郎は
「神足通!」
一瞬で糸引の近くに寄り、確保テープを巻いた。
残り時間1分余り、
糸引鉤、確保完了。
*****************
珱九郎が無線を通して操司に伝えた事、それは
『相手は透明な糸を使う。助けが欲しい』
という事だけだった。そこから操司が耳郎に渡したものは前述の通り、カラーボールとペンキ。それに、耳郎に対して「珱九郎を助けに行ってくれ」と伝えたのみ。後は耳郎に全てを任せていた。
耳郎は悩んだ。そもそも相手は珱九郎でさえ勝てない相手。どうすれば自分は役に立てるのか、そして勝利に貢献できるのか。
そして考えついた事が今行った作戦だった。道具を渡したらすぐさま戻るふりをして階段を上り、1つ上の階を通って相手の背後に回る。その間珱九郎はどうにか珱九郎と糸引の配置を変えないよう留意する。後はタイミングを見計らって背後から攻撃。隙をついて確保テープを巻くだけだった。
糸引は思いもよらない結果に不服そうにしている。
「珱九郎。お前、戦う気は無かったって事か。俺との戦いは眼中にないって事か!おい!」
思わず熱くなる糸引。彼に珱九郎は告げる。
「先輩と戦うのは楽しかったです。やめたくないほどに俺の心は動かされました」
「ならよ「でも!」…」
「勝つ事が第一、それだけは変えてはいけないんです。敵との戦いを楽しんで負けたらそれこそ本末転倒。
今の俺では先輩に勝てないとわかった時点で助けを求める事にしました。それが、仲間だと思うので」
糸引は珱九郎の事をじっと見る。珱九郎の目は真っ直ぐに、そして正直に糸引の事を見つめていた。
ふぅ、と糸引はため息をつく。
「なら良いや。今度俺との自主練に付き合え。この続きやるぞ」
珱九郎は快活に笑みを浮かべ
「はい、よろしくお願いします」
とだけ伝えた。
そこで耳郎が珱九郎に声をかける。
何かと珱九郎が振り返って見ると、呆れたように笑いながら、手をあげていた。珱九郎はキョトンとしている。
「ハイタッチ、しよっか」
さらに呆れる耳郎に珱九郎は若干気まずそうに
「おう」
と返事をし近寄ろうと動き始める。
シュルルル
珱九郎に確保テープが巻かれた。
「は?」
「まだ終わってないよ」
背後には玲実が。手にはペンを持っている。
耳郎が爆音を鳴らそうとするが
「『estint(非常に弱く)』」
玲実が空中にペンを踊らせる。
耳郎による爆音は全く聞こえなかった。
狼狽える耳郎の懐に入り込み脇腹に拳を食い込ませる。そのまま耳郎の首元を鷲掴み、押し倒した。派手に倒れ込むが音は聞こえない。
「はい、かーくほ」
玲実が耳郎の脚に確保テープを巻き、
『ヒーローチーム、WIIIIIIIIN!!!!』
放送が鳴り響いた。
*****************
時は少し遡り、操司と玲実のいる3階の一室。操司は自身の武器を操り玲実を牽制していた。
玲実はこれを避けつつ操司に尋ねる。
「なにこれ、紙?」
「それだけならサポート会社に頼みませんよ」
ですよねー、と言いつつ背後からの紙を軽々と避けていた。
サポート会社に頼んだもの、それは3種類あった。1つはただの紙、1つは粘着テープ。そして、もう1つはタングステンを主とした特殊合金。これらは全て白に統一され、5cm×20cmに揃えられていた。
これらを操司は操っている。更に操司は個性によって合金であろうとも紙と同じようにたなびかせる事もでき、見ただけでは区別ができていなかった。
「なんか避けんのつらくなってきた」
「そうじゃないと困ります、よ!」
その時玲実の足に粘着テープが貼り付く。一瞬の間だが動きを止められる玲実。それを見逃すほどに甘い操司では無かった。合金と白い紙計350枚が全方位から襲い掛かる。
「(とった!)」
そう思った時、
「『allegroconfuoco(燃え盛るような熱を持って急速に)』」
空中に向かってペンを走らせる。すると、
玲実の周りが炎で包まれた。
あまりの熱量、眩しさに思わず操作を止め目を覆う操司。まだパチパチと燃える音がある中玲実が迫る。
「(やばい!)」
避けようとする操司、しかし、背後に避けるスペースは無かった。とっさにしゃがむが、玲実がペンを空に走らせる
「『tonante(雷のように)』」
途端、操司の身体に電気が通ったかのような衝撃が襲う。
「がっ!」
玲実は操司に確保テープを巻こうとするが、操司はなんとか横に避ける。操司は玲実と距離をとった。
「惜しいなぁ」
「はぁ、はぁ。簡単に負ける気はないですよ」
「うん、強いよ、君は。でもさ、もう君の負けだよ」
玲実の言葉に操司が不思議に思うと、急に心臓の付近が痛み出す。
「(なにこれ。よく分かんないけど、苦しい)」
「辛いでしょう。
それはね『schmezlich』って言って『苦しみに満ちた』って意味なんだ。君に電撃が走った時に書いといたよ」
玲実が走り込んで来る。操司はあまりの苦しさにそれに対応できなかった。
「はい、かくほ」
甘野操司、確保完了。
「んで、これに触れれば勝ちだよね」
玲実は核に触れる。この時点でヒーローチームの勝利が決まった。
筈なのだが、
「あれ?オールマイト先生?核に触れましたよー」
放送がならない。玲実は不思議そうな顔をするが、理由はすぐに分かった。操司がニヤリと笑っているのだ。
「まだ終わってないですよ、先輩。だってそれ、僕が作った偽物なんですから」
作戦会議の時点で耳郎が考えた案が
『核を操司の個性で複製する』
という事だった。オールマイトに許可を取ったため、オールマイトと3人だけは本物の核が何処にあるかを知っている。
「まじか、私結構無駄な戦いしてたんじゃん。上の階先に探せば良かったよ」
「頑張って探してきてくださいよ、先輩」
まだニヤニヤしている操司を見て玲実は1人得心する。
「これが偽物だって事は、上の階にも偽物があるんでしょう。うーん、時間の無駄だな」
この時点で残り1分を切っている。そしてまだ調べてないのは4〜6階の3フロア。時間内に探し切る余裕は玲実には無かった。
玲実は面倒臭そうに溜息を吐き、操司に告げた。
「ならしょうがない。彼らの事捕まえてくるよ」
「時間はないですよ?」
「なに言ってんの。去年の雄英高校体育祭準優勝者をなめてもらっちゃ困るよ」
ニヤリと笑って玲実は懐からメモ帳を取り出す。書いたのは、
『apagados(消音で)』
『molto presto(非常に速く)』
の2つ。
途端に玲実は操司の目の前から風のように去っていってしまった。それから約20秒後
『ヒーローチーム、WIIIIIIIIN!!!!』
放送が鳴り響く。
「いや、速すぎでしょ」
操司の呟きには何故か今までの様な力がない様に思えた。しかし、それを聞いていた者はオールマイトただ1人であった。
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オールマイトによる講評も終わり、全員が初めに集まっていた場所に集合する。
「お疲れさん!緑谷少年以外は大きな怪我もなし!初めての訓練にしちゃ上出来だったぜ!」
緑谷は既に保健室にて治療を受けていた。他の生徒達は擦り傷や切り傷など小さな怪我はあったが、それは戦闘訓練のためしょうがない部分もあるのだろう。
オールマイトはテンポよく続ける。
「私は緑谷少年に講評を聞かせねば! それじゃあ、皆は着替えて教室にお戻りーーー!」
そう言って、オールマイトは走って行ってしまった。
「んじゃ、俺らも戻る」
「また一緒にやる時はよろしくね」
糸引と玲実も戻って行ってしまった。2人ともまだやる事がある様だ。
皆が着替えをしている時に、反省会をしよう、という話になった。教室に戻ってからも盛り上がるA組。その中で浮かない顔をしていたのは爆豪と轟、それに操司の3人人だけだった。
爆豪は着替えを済ますと何も言わずに教室を出て行ってしまった。
「悪りぃ、俺も帰るな」
「あ、ちょっ、おい焦凍⁉︎」
轟もそれに続いて教室を出てしまった。
「僕もそろそろ時間だから帰るね」
「え、おい、操司もか」
操司は荷物を持って教室から出た。玄関に着くと轟と出会う。
「やっほー、轟くん。お疲れさま」
轟は操司を一瞥し、
「お疲れ」
とだけ言って、それ以降話さない。気まずくなった操司が何か話そうとすると、後ろから緑谷が走って2人を追い抜く。2人が緑谷の走って行った方を見ると、そこには爆豪と緑谷の2人が何やら話していた。
轟は2人を無視して帰ろうとするが、操司がそれを止める。
「2人の話に水を差しちゃいけないよ。少し待ってようか」
「…分かった」
特に話し声は聞こえてこなかったが、だんだんヒートアップしてきたのか声が届く様になる。
「………君に勝つよ!」
「………………こっからだ!こっから、俺は……ここで1番になってやる!!」
2人の言葉が轟と操司の胸に刺さった。
かたや推薦入学者として、かたや入試1位としてそれぞれ自信、プライドがあった。ましてや戦闘に関してはどちらも鍛錬を重ねていたために自分が負けるなんて事考えてもいなかった。自分が1番だ、その考えが今日崩れ去ったのだ。更に言えば、2人ともNo.1ヒーローになる事への決意が強い。そして、そのためにもここで負けてはいられない、という想いがあった。
2人とも少し種類は違えど似た様な壁にぶつかっていたのである。
そして、それは爆豪も同じだった。自分が負けるはずがない、その想いが人一倍強い爆豪にとって今日の敗戦は堪えるものだっただろう。
しかし、彼はそれを自ら、2人の目の前で、克服した。
「ねぇ、轟くん。また明日も頑張ろう」
「……あぁ、そうだな」
これが入学2日目の1-Aの記録である。
てな訳で第8話でした。
今回で戦闘訓練編は終わります。次回はUSJ編に入れると思いますが、なんせ1-Aのイレギュラーが3人、2-Aのイレギュラーが2人もいるので、どうなる事やら。楽しんで書きたいと思いますので、気長にお待ちください。
という事で、次回もお楽しみに〜
感想、評価の方も是非宜しくお願いします。