ラナークエスト   作:テンパランス

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#009

 act 9 

 

 ナーベラルが見張り役のお陰か、外敵は現れなかった。

 眠気と戦いつつカルネ村に到着したのは朝日が昇り始める頃だった。

 既に熟睡している者は後回しにして馬車を村の中に入れる。

 まずナーベラルが先行して村の様子を確かめる。

 煙が上がっていないし、道端に死体が散乱していない事を確認した。

 

「よし。中に入れろ」

 

 ンフィーレアは幌馬車を馬小屋まで移動させる。

 冒険者の寝床は専用の施設があるので、そこを使う。

 ンフィーレアは中をざっと説明して去って行った。不眠不休で働いていたので自分の寝床に向かっただけだ。

 完全に寝ている仲間をナーベラルに運ばせる。

 レベルが低くなっている筈だが力は強いようだ。苦も無くアルシェ達をベッドに寝かせていく。

 さすがは異形種、と言いそうになったが仲間を種族で差別するのはレイナースとて気が引けた。

 今は素直に感謝しておく。

 朝になりつつあるが眠気が酷いので暖かい寝床に入ろうかと思った時、ナーベラルがまた馬小屋に向かった。

 仲間なので一応、全員が眠るのを確認した方がいいと思ったレイナースは後を追う。

 勝手な行動はチームプレイに色々と影響するからだ。ナザリック地下大墳墓への定期連絡だとしても、だ。

 

「……ナーベラル・ガンマ。君は……」

 

 と、声をかけようとした時、レイナースは小首を傾げた。

 小屋に繋がられている馬の身体の臭いをかいでいたからだ。

 

「……何をしている?」

「臭覚の確認だ。という家畜はナザリックでは召喚物やモンスターでしか知らないからな」

「そ、そうか。一つ忠告しておこう」

「んっ?」

「馬という生き物は後ろに立たれるのが嫌いなんだ。蹴られるから注意しろよ」

 

 もちろん、嘘ではない。

 家畜といえども生物には苦手とする行動などがある。

 

「……そうなのか」

「試しに向かったりするなよ。責任は持てないぞ」

「了解した」

 

 異形種という事を思い出し、少し気になったので見物する事にした。

 始めて見るものに興味を持つのは人間の子供と同じだ。異形種とて恐ろしいものばかりではない。

 

「そういえば、ナーベラル・ガンマは寝ないのか?」

「睡眠不要だ。人間は眠る生き物なのだろう? いくら待っても寝ないぞ」

「……そうだったな。だが、実際のところは眠れないのか?」

「眠る、という事が分からない」

「お前の主に聞いておくといい。身体に悪影響かどうか知る事は大事だ」

 

 種族違いというものは色々と勉強になるはずだが、今はとても眠くて頭に入らない。

 レイナースは欠伸が止まらなくなってきた。

 

「……馬糞は触ったり、食べたりするなよ」

「ばふん?」

「そこら辺に転がっている黒いものだ。……女性として残念な事になる。いや、まず(あるじ)に聞いておけ。行動する前にな」

 

 ナーベラル一人を残しておくととても駄目な気がしてきた。

 疑問を感じるナーベラルはレイナースの言葉に従い魔法を唱える。しかし、何も起こらなかった。

 不審に思って何回か唱えたが何も起きない。

 習得魔法から必要な魔法が消失しているようだ。

 

「……仕方がないか……」

 

 ナーベラルは虚空に手を突っ込む。一部のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)アイテムボックスという異空間からアイテムを収納したり、取り出したりすることが出来る。

 そこから取り出すアイテムは巻物のスクロールという魔法を行使する為に使われるものだった。

 本来は自分が習得する予定のリストに載っている魔法をスクロールで代用するので、リストに無い魔法のスクロールは使えない。または何も起きない。だが、二重の影(ドッペルゲンガー)の種族スキルならば使用制限をある程度は緩和できる。

 レベル帯によって使用難易度が変わるので低レベルで第十位階の魔法が使えたりはしない。というか物凄く低確率という状態になるはずだ。

 適正レベルに見合っていれば成功率が上がる。

 

 兎の耳(ラビッツ・イヤー)

 

 貴重なアイテムを無駄にしたくないがやむをえない事情により、使用する事を決めた。

 魔法を唱えるとスクロールは燃え上がり、消滅していく。使いきりのアイテムだから複数回は使用できない。

 魔法が成功したのでナーベラルの頭に兎の耳が生えた。

 これは周りの状況を探る魔法。音や気配が分かるらしい。

 続いて『伝言(メッセージ)』を発動する。こちらは普通に使えた。

 指定した人物に魔法的に繋がりができる。音声が必要なので会話しながら喋る必要がある。更に『沈黙地帯(ゾーン・オブ・サイレンス)』をかければ完璧だが、それは唱えなかったようだ。というか使えなかった、が正しいかもしれない。

 

アインズ様。ナーベラル・ガンマにございます」

『おお、ナーベラル・ガンマ。冒険は順調か?』

下等生物(シャクトリムシ)達は睡眠の為に寝床に入っております」

『……時間的には朝になる前だな。ということは夜通しの稼動だったのか?』

「はい」

 

 ナーベラルが会話している間、レイナースは待機していた。

 助言が必要な気がしたから。あと、追い払われなかったので、という理由だ。

 

「……それで質問があるのですが……」

『おお、疑問があれば質問するのは当たり前だ。何が聞きたい?』

 

 主であるアインズはとても嬉しそうな雰囲気だった。

 

「今、馬小屋におります」

『うん』

「……ばふん、とはなんでしょうか?」

『ばふん? ……ばふんって言ったら……、馬糞だよな……。それが聞きたいことか?』

「はい」

『一言で言えば馬の排泄物だ』

 

 そう言われてナーベラルは馬の尻を見る。そして、今、出て来たものを確認した。

 

「これがばふん……。了解しました」

 

 変な質問にアインズは少し嫌な予感を感じた。

 

『……馬小屋に居るんだから馬糞くらいあるよな……』

「ぶしつけかもしれませんが、これは食べられるものでしょうか?」

『食べるんじゃないぞ、ナーベラル』

 

 そんなことだろうとは思っていた、とアインズは予想通りの展開にすかさず答えた。

 

『興味を持つことは悪い事ではないが……。色々と面倒な事になる。あと、素手で触るなよ』

「危険なものなんですか?」

『肥料にはなるのだが、興味だけで触るな、という意味だ』

 

 離れたところに居るレイナースにもアインズの声が聞こえていたので何度も頷いていた。

 何の対処も施していない為に『骨伝導』によって多少の音がナーベラルの頭部から漏れ出ているから聞こえた。余程の大きな声でも出さない限り、はっきりとは聞こえない。

 

「では、この草はどうでしょうか? 馬が食べるくらいですから」

『馬の食事を取るんじゃない。いいな?』

「……は、はぁ。了解しました」

『冒険者の仕事にそんなものは無いはずだ。興味が出たのか?』

「改めて考えますと私は色々と調査をしていない事があるなと思いまして。馬小屋のことも知識としては持っておりますが、目で見て直接触る機会がありませんでした」

 

 戦闘メイドとしての仕事は一から十まで理解していても冒険者の仕事や農村のことはほとんど知らない。尚且つ、下等生物と(さげす)む人間の食事もあまり知らないし、眠る事の大切さも分からない。

 知らないことばかりなので自分は本当はとても頭が悪いのではないのかと錯覚しそうになる。

 

          

 

 魔法の規定時間が来て頭の兎の耳が消えてしまった。

 もう一度、ナーベラルはスクロールを使って魔法を唱える。

 再度、頭に兎耳が生える。一緒に唱えるものだと思っているのかもしれない。

 

「申し訳ありません。魔法の効果時間で解除されてしまいました」

『そうか。まだ何か知りたいことがあるのか?』

「また分からない事があれば質問してもよろしいでしょうか?」

『気になることを後回しにするよりはいいだろう。こちらも忙しいことがある。その時は何かに書き留めておけ』

「畏まりました。それと……、こんな質問の為にお時間を割いてくださり、感謝いたします」

『それはいいのだが……。もう質問は終わりか?』

 

 まだ質問したそうな気配を感じるアインズ。

 質問一つだけで終わったことが少ないから、という経験からだ。

 

「……では、もう一つ質問したいのですが……」

 

 という言葉と同時にアインズは小さく『やっぱり』と呟いた。

 

『エロい事でなければいいな』

「えろい? 申し訳ありません。私はそのことが今ひとつ理解できないのです」

『……う。まあ、気にするな。それで次の質問は何だ?』

「はい。気になったものを食してもよろしいでしょうか? 毒無効のアイテムは持っておりますので」

『なんでも変なものを口に入れようとするな。……馬糞の味を確かめるとか言うつもりなら、すぐに帰って来い』

「………」

『なんだ、その沈黙は』

 

 少し声を大きくした為か、レイナースにも僅かばかり聞こえた。そして、苦笑する。

 

「正式な食事以外は我々に聞け。それと主にもそう言っておけ」

「……む。そういうものか?」

 

 横から余計な言葉をかけられたので少しだけ不機嫌になるナーベラル。

 双方から叱られているような気分になってきたので、ここは素直に言う事を聞く以外にないかもしれないと思った。

 なにやら自分の発言は色々と不味い、というのは薄々とだが感じてきた。

 

「ならば、この馬が食す草の味を……」

『おいこら、ナーベラル』

「は、はいっ!」

 

 少し強い語気を出したアインズに驚く。

 

『それは冒険者の仕事と関係ないだろう? お前は家畜ではない。それとも、そこに居る者が食えと言っているのか?』

「い、いいえ。そのようなことはございません」

『何でも気になるのは悪い事ではないのだが……。なんと言えばいいのやら』

 

 ナーベラルに限らず、ナザリックには様々な種族が居る。

 人間的な食事が出来る者から人間を食べるもの。虫類も居るし、飲食不要の者も居る。中には鉱石を食べるものも居る。

 それら全てに共通する食事にしろ、とは命令できない。

 第六階層の森では草食動物も居る筈だ。それを見せて解説するしかないのか、と色々と悩みだすアインズ。

 冒険者となって色々と学べと言った事の弊害か。

 気になる事を調査することは間違っていない。農家だって土の質を味で確かめると聞く。

 

『動物の生態より冒険者らしい仕事に集中してくれ。馬の生態くらいこちらで用意してやるぞ。……確か『双角獣(バイコーン)』とか』

 

 現地の家畜の方がいいのかもしれないけれど、放っておくと危険かもしれない。

 

『人間が食べる草(野菜など)では不満か?』

「生物によって何が好みなのか気になって……。家畜は人間とは違う種類の草を延々と食べている印象があり……、その……」

『食べずに資料だけ持って来い。家畜の本格的な調査はお前の本来の仕事ではないだろう』

 

 レベル5に落とされているんだぞ、と。

 

「申し訳ありません、アインズ様。では、冒険者としての仕事を続行いたします」

『無理に毒草を食べて確認しろとは言わないから。じっくりと強くなってこい』

「はっ。ご期待に沿うよう精進いたします」

 

 ナーベラルは別れの言葉を告げて魔法を解除した。

 

「なにやら色々と面倒なのは分かった」

 

 少しだけ口を尖らせるナーベラルは無理矢理に納得しようとした。

 知りたいことはあるが今は妥協しなければ更に起こられてしまいそうだった。

 

「なら風呂の用意でもして待機しててくれ。我々は……眠い。すまないが村の警護だけ、不審者は確保して構わないが……。殺さずに事を収めてくれ」

「了解した」

 

 少しだけ気になったのでレイナースはナーベラルを先に宿舎から出した。また舞い戻って馬糞の研究をするかもしれないが、今日はもう眠りたくて仕方が無い。

 次に目覚めた時に変な臭いが着いてたら頭を引っぱたこう。

 そう結論付けてアルシェ達の元に向かい、眠りにつく。

 


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