ラナークエスト 作:テンパランス
獅皇の騒動から丸一日経過し、王都に龍美の姉『
外に居た獅皇は無駄な動きをせず眠りについていた。
検問を通る時に護衛兵に囲まれたが武器を向けられる事は無く、街に案内された。
その彼女たちから遅れること五日。神崎家の長男が王都に現れる。
「……グゥ?」
ただならぬ気配を感じた獅皇が眠りから一気に目を覚ます。
「……街と比べるとお前の大きさが際立つな」
という声が聞こえた獅皇は後方へと飛び
まるで強敵が現れたかのように。
「グゥゥ」
威嚇してすぐに獅皇は理解する。
その者に敵対してはいけないことを。
すぐさま平伏し、耳を下げる。
「……急に逃げられると意外に傷つくな」
苦笑しながら獅皇を見上げる人物はかつて先代の獅皇を打倒した小さき人間『
白髪の髪に黒い衣服は以前のまま。
「随分と大きくなったな、さくら。まだ私の事は覚えているのか?」
「ウウ」
肯定の意を表す巨大な獅子。
「街と比べるとお前の方が大きいのかな。急に呼ばれて混乱しなかったか? 後で帰してもらうから、もう少し我慢してくれ」
龍緋の言葉に素直に頷く。
さくらの様子を確認した龍緋は巨大な獅子と戦う必要は無いが、助っ人としてなら参戦を許可してもいいかな、と思わないでもなかった。
改めて獅皇を見上げて迫力を感じた。
家で飼っていた時期からそれ程の期間が経っていないはずなのに随分と成長したものだと感心する。
前足を出すように指示し、突き出された巨大な前足を
体毛に覆われて丸っこい前足だが触り心地は良く、肉球も思っていたより柔らかい。
「……少し賑やかになるようだが、お前は鈴達の側に居てやれ」
「ガウ」
龍緋の言葉に素直に頷く獅皇。
敵として目に付くものを撃退しなければならない理由は無く、とりあえず街の中に入る事にする。
† ● †
単身で行動する事になったが
気弱な彼女を今頃苛めていないか気になったので。
そんな事を考えつつ王都リ・エスティーゼを散策する。
この地域がほぼ決戦地という事になっているのだが、雰囲気的には辺りを壊してはいけないようにしか見えない。
ここで戦闘行為はさすがの龍緋とて心が痛む。
「最初に誰と戦う事になるのやら……」
ラスボスなら黙って待ってて勇者たちを出迎えるのが正しい形ではないかと思う。
それが今はラスボス自ら出陣している。
相手方に下準備とか与えたほうがいいのか。それは会ってから判断しよう。
「ほい。はっ、よいしょ」
威勢の良い声が聞こえたので、顔をそちらに向けば大勢の人だかりが出来ていた。
何やら大道芸が始まっているようだ。
現代社会ではあまり見かけない、というよりは自分の居た地域では殆どお目にかかれなかった文化がここにはあるようだ。
排気ガスを吐き出す車は無く、空の景観を損ねる電線も無い。
龍緋は野次馬根性で人ごみに紛れ、様子を窺う。
今日中に誰かを倒さなければならない条件はなく、歩いていれば必然的に出会うという大雑把な説明に従っているだけだ。
「どうもどうも。この女神アクア様にかかれば不可能は無いわ」
水色の髪の女性が扇子を振りつつ、その扇子から水を噴水のように湧き出していた。
足元に水を供給するような管は無く、魔法か何かの能力だと思われる。
その様子を見た龍緋は他の者と同様に素直に拍手した。
「これは魔法というよりはスキルなんだけど……。私の宴会芸はまだまだこんなものじゃないわよ」
感心した客はアクアの足元に置かれている小さな容器に貨幣を投げ込む。
龍緋は手持ち無沙汰だったので少しだけ唸る。もしいくらかあれば投げ込んでいるところだ。
しばらく眺めた後、次の現場に向けて移動を開始する。
† ● †
敵と言っても相手方は龍緋が誰だか分からないかもしれない。
だから歩き回っても意味が無い、気がした。
かといって手近な建物を破壊するのも気が引ける。まして、通りを歩く子供を引っ叩くわけにもいかない。
ここは知り合いが見つかるまで気長に歩き続けるしか無い。
「……とはいえ、宿を見つけなければ……」
後は資金だ。
バハルス帝国では
敵よりまず家族探しか、と思考を切り替える。
外にさくらが居るなら中に誰かは居る筈だ。
まずは宿屋を一軒ずつ当たってみる事にする。
そうして歩き続けること、数十分後。空に何やら奇妙な物体が浮かんでいるのが見えた。
それは桃色の肉の塊。そうとしか思えないものだが、それがとにかく浮かんでいた。いや、飛行していた。
背中と思われる部分には枯れ枝のようなものが刺さっている。というよりは翼かもしれない。羽根は数枚程度。それでも浮かび、飛んでいる。
「………」
叩き落してみるか、という物騒な事が浮かんだ。だが、生き物を大切にしないと妹達に怒られるかもしれない。
龍緋は唸りつつしばし飛行する謎の物体を眺めた。
「……せいっ。 ……せいっ」
空から意識を地上に戻すと威勢の良い掛け声が飛び込んできた。
とにかく、人通りが多く様々な声や音が聞こえる。
空に謎の生き物が浮かんでいても気が付く人は驚き、それ以外は別段慌てるでもなく歩みを止めない。
子供たちの駆け巡る姿も見えて、街はとても平和なのだなと感心した。
そんな街を戦場にするのは不味いかも知れない。せめて建物や子供たちに被害が及ばないようにした方がいいかな、と脳裏に置いておく。
先ほどの掛け声の発生源に向けて龍緋は向かった。
細い通りの奥に少し開けた場所があり、そこで一人の人物が格闘技の練習をしていた。
薄着で足元は裸足。右腕は欠損しているのか、肩口に包帯があるだけだった。
短めの茶髪に利発そうな顔立ち。
遠目では性別までは判断できなかった。
「はっ! せいっ!」
汗を撒き散らし、回し蹴りや正拳突きなどを繰り返す。
片腕を失っているせいか、重心が安定せず、何度かよろめいていた。
龍緋のほかにも見学者が数人居た。
「なあ、立花はそんな事して楽しいのか?」
壁際で寝そべっている男子が声をかけた。ちゃんと地面に
緑色の上下のジャージ姿で普通の男子といった風体だった。
「楽しいかと言われましても。鍛錬は既に日課ですから」
「いや、別に俺は辞めろとは言うつもりはないよ。よく飽きもせずに続けていられるなと思ってさ」
人によって退屈を感じる事は龍緋も理解出来る。けれども普通に口にする者が多くなったものだと呆れもする。
大人として一言何か言わなければいけないところか。それとも現代の若者の感性として放置するべきか。
「はっ。……何かしている方が落ち着くといいますか。今まで続けて事を急に飽きたからといってやめられるものでもないので」
立花という人物は苦笑しつつ鍛錬を続けた。
声の感じや身体つきから女性のように思えるが、詳しく見つめるのは失礼かもしれないと龍緋は思った。
他の人間の邪魔にならない位置に移動し、鍛錬を見守る。