ラナークエスト   作:テンパランス

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#105

 act 43 

 

 見学者が入れ替わり立ち代わりしても立花の鍛錬は終わらない。

 足元に飛び散る汗。

 健康的な肉体。

 羞恥心については言及しないが長く続ける体力は感心する。

 

「ねえねえ、カズマ、カズマ~。けっこう儲かったわよ~」

 

 と、威勢の良い声を響かせたのは先ほど大道芸をしていたアクアだった。

 

「毎回同じ芸だと飽きられるぞ。そろそろ冒険者の仕事もしなきゃ……」

「大丈夫。この女神アクア様にかかれば当分の生活費なんてチョチョイのチョイよ」

「……すみません。私が役立たずで……」

 

 鍛錬を続けていた立花が深く頭を下げた。

 

「何言ってるのよ。貴女の腕を治すのに莫大な資金が必要なのよ。こんなことで根を上げられては困るんですけど~」

「……あはは……」

「しかし、帝国から鞍替えしたのに冒険者の仕事がそのまま出来るのはありがたいな」

魔導国ってところが色々と根回ししたかららしいわよ。あのアンデッドの王は何なのかしら」

 

 口を尖らせつつアクアは唸った。

 その後で数人の人物がアクアの側に集まってきた。

 それぞれ年若い少女だった。一人は白銀の甲冑を身につけていた。

 

「我々の今日の昼食はどうする? 仕事を入れて夜まで我慢するのか?」

「いや。ここは素直に腹ごしらえだ。それくらいの資金はある。おい、アクア。女神だからってガボガボ酒とか飲むんじゃねーぞ」

「意外と値が張りますからね、大人のお酒って」

「う~」

 

 賑やかな集団を眺めていた龍緋は彼らと敵対する事に意味があるのか、と疑問に思う。

 無駄と分かってはいる。けれども、それが条件であるから仕方が無い。

 非常に心苦しいが我侭(わがまま)な神様が決定した事だ。

 

「……愚問か……」

 

 ふと漏れ出た龍緋の言葉にいち早く気付いたのは立花だった。

 見物人の一人なのは気付いていたがガタイのいい男性が気難しそうに見つめていたので少し恥ずかしさを感じていた。

 

「この場所を使う方ですか? すみません、すぐに移動します」

「いや、続けてもらって結構だよ」

「そうですか?」

 

 意味も無く殴り合いを始めるのは簡単だ。だが、それでは面白くない。

 特に条件付けされた戦闘は気軽に起こしていいものではない。

 

「んっ? 僅かにアンデッド反応が……。この邪悪な気配は……」

 

 と、言いながら辺りに顔を向けるアクア。

 見物人は龍緋を除けば子供たちくらいしか居ない。

 なのですぐに該当者が絞られる。

 

「あなた。アンデッドでしょう」

 

 と、龍緋に人差し指を突きつけるアクア。

 それに対し、龍緋は苦笑する。

 間違っていないが合ってもいない。それが今の龍緋の立場だ。

 厳密には()()()()死者というわけではないので。

 正確に説明できる者は現時点でこの世界には居ない。あと兎伽桜はいい加減な説明しかしないと思うので。

 

「……はい、そうですか。と言った方がいいのかな?」

「お、おいアクア。魔導国のアンデッドだったらどうすんだよ。いきなり先制攻撃はやめろよ」

 

 そうでなければ街に居辛くなるから、と小声でカズマはアクアに耳打ちする。

 見た感じでは龍緋がアンデッドとは思えない。

 何処となくイベントを起こしそうなキャラクターには見えるけれど。

 

「仮に……そうだと仮定し……。君たちと戦うのが運命ならば……。それは正しく僥倖だ」

「はっ?」

 

 龍緋の言葉にカズマはあからさまに不満を示した。

 また変態キャラが現れたのかな、と。

 

「君たちが敵だと断じるのであれば迎え撃たなければならない」

「いやいやいや。話しが飛躍しすぎですよ」

「そうかい? こちらとしても君たちが良ければ相手になっても良いと思ったんだが……」

 

 龍緋としても敵対行為は願ったりだ。自分から君たちの敵だ、と言うのも気恥ずかしいので。

 それと意味も無く戦いを始めるのも()()()()()()やりにくい。よく大人気ないと言われているので。

 ざっと見たところ女の子が多い。

 妹達よりも年下に見えるし、それはそれで拳を作りにくい相手だ。つまり龍緋にとって立派な難敵といえる。

 

「暴力以外でなら……」

「……私は武闘派だ。拳の方がいいな。……痛いのは嫌だろうから、いきなり殴ったりはしないよ」

 

 戦い方は人それぞれと言うけれど、龍緋としてもどんな戦い方ならば彼らと対等とまでは言わないが、戦闘行為に持ち込めるのか悩みどころだ。

 

          

 

 けが人が居るので大立ち回りはおそらく無理だ。

 龍緋はカズマ達の戦力をざっと見てそう判断した。

 せいぜい軽い手合わせだ。

 

「ここまで言えば分かると思うが……。一応、君たちの敵だ。別に物取りでは無いけれど……、さてどうしたものか」

 

 出会うきっかけは得た。では、次に何をすべきか。

 カズマも薄々はそう思っていたが、静かな登場は割りと薄気味悪いと感じた。

 ここで逃げても追ってくる相手だと思うし、迎撃はいずれしなければならない相手、かもしれない。

 仮に相手が立花(たちばな)と戦ったという槍使いのモンスター、またはそれに匹敵するような存在ならば撤退しかない。

 見たところ白髪の男性という以外に実力は未知数だ。

 身体はがっしりしているので殴り合いは不利。武器は見当たらないが拳を主体とするならばダクネスの武器では歯が立たない可能性もある。

 魔法は逆にこちらが卑怯だ。

 

ターンアンデッドが効きそうに無いがやってみるか?」

「まっかせて~。セイクリッド・エクソシズム!

 

 言うが早いか、アクアは額から青い謎の怪光線を龍緋に放った。

 アンデッドモンスターに対して大きなダメージを与える神聖属性の魔法は龍緋の身体の少し手前で巻き取られるように収縮し、消えた。

 

「ええっ!? 何今の!?」

 

 確実に光線というか魔法は龍緋に当たったハズだとアクアは確信していた。それが謎の現象で打ち消されてしまった。

 少なくともアンデッドモンスターでなくとも多少のダメージが入る上級魔法だ。

 

「街を破壊するような超絶魔法は無効化する、という話しだ。魔法使いには少し卑怯かな」

 

 アクアの魔法が街を破壊するような規模かは龍緋にもカズマにも分からないけれど、とにかく現実に魔法は無効化された。それは認めなければならない。

 

「魔法が無理なら武器はどうだ?」

 

 ダクネスが剣を構える。しかし、剣技においてダクネスは全く頼りならない。というよりまともに攻撃が当たらない事で有名で、戦闘になるのかも怪しい程だ。

 大人しく控えていたターニャ・デグレチャフは小石に貫通術式を仕込み、こっそりと打ち出してみた。

 結果は効果を無効化された小石だけが龍緋の身体に当たり地面に落ちる。

 今の攻撃で少なくとも単純な物理攻撃は通る事が証明された。

 

 この男を倒すには単純な物理攻撃しか方法が無い、かもしれない。

 

 一番効果的な方法を持つ立花は隻腕で戦力外。それが今はとても悔やまれる。

 錬金術師を自称するキャロルは未知だが、攻撃が通用するのかは彼女のやる気にかかっている。

 

「あの~」

 

 緊張する現場において(おもむろ)に手を挙げるのはめぐみんだった。

 

「どうしためぐみん?」

「魔法を無効化するなら……、この人に爆裂魔法を撃っていいですか? 何だか都合のいいに思えて……」

「はあ!? ……ああ、そういう事になるのか……」

 

 無効化かもしれない、という曖昧なもので実際に魔法を使えば現場はかなり被害を被るかもしれない。

 少なくとも建物が密集した場所でめぐみんの魔法はとても悪手だ。

 

「場所移動が必要なら従うよ。君たちが戦いやすい場所でも構わない」

 

 朗らかな笑顔で龍緋が言う。

 それは見る者によって様々な解釈がされる危険な笑顔だ。

 素直に信じるべきか。それこそが彼の目的だ、などなど。

 少なくとも密集した現場での戦闘は危険なのは大多数の気持ちだった。

 


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