ラナークエスト 作:テンパランス
襲撃者をあっさりと撃退した龍緋はバットを曲げることを諦める。
無理して曲げたい気持ちが湧かなかっただけだ。
倒された二人はその後、普通に起き上がり
「……でもまあ、本当に
「お兄ちゃん、どうやって生き返ったの?」
「神様の気まぐれでな。こうして別の世界で大活躍することになってしまった」
「……やっぱりさくらを連れて来たの兎伽桜さんか……。というかあの人以外に考えられないな……」
「しばらく見ない内に大きくなったな、
「そういう兄ちゃんこそ死んだ時のままじゃねーか。火葬したのはダミーってオチ?」
そんな筈は無い、と赤龍は思う。
兄の最期の姿はちゃんと見た。あれから復活するというのが信じられないが神様案件だと納得するしか無いのが歯がゆい。
生きている姿は例え幻でも受け入れるしかない。ここは地球ではなく、全くの異界。
「黙ってやられてくれれば話しもあっさり終わったのに……。しぶとく立たないで負けてくれないかな」
「そういうわけにはいかない。私の敵はまだ結構居るらしいから」
「普通に考えて、この特殊合金でも倒せない兄ちゃんをどう倒すんだよ」
赤龍が口を尖らせて抗議する。
突然の事に言葉を失っていたカズマ達は我に返り、目を大きく見開く。
本当に本気で人間の頭をバットで殴ったにもかかわらず平然としている。血は出ていたが平気そうに見えるのが信じられない。
弱そうというオチが瓦解した。
と、それぞれ龍緋に警戒していると小さな子供が走り寄って来た。そして、そのまま龍緋の足に抱きつく。
「とうさまだ」
「おっ、もしかして
長めに伸ばした赤黒い髪の毛の小さな少女は五歳児ほど。
にこりと微笑む笑顔を龍緋に見せる。
「兄ちゃん。未亡人に何か言わなきゃいけないんじゃないか?」
小さな子供を軽々と抱え上げた龍緋は赤龍の言葉に唸る。
確かに生前の自分は色んな物を置き去りにした。それがのこのこと生き返った事で色々と気まずい状況が生まれてくる。
抱きかかえた少女も自分の大切な家族の一人だ。それを思い出すと言葉も無い。
「……さっきまでの戦闘モードは何だったんでしょうか?」
期待に胸を躍らせていためぐみんが呟いた。
自分としては爆裂魔法を放つ
出来るだけ近付いて敵対行為を維持してもらおうかと思案する。だが、カズマ達は戦闘を避けたいのでめぐみんには大人しくしていてもらいたかった。
† ● †
恋龍という少女が来た方向から新たな人影が現れた。
それは例えるならば影が人の形を持って二足歩行している存在。
それくらい昼間なのに暗く感じる人影としか言いようが無い者だった。
「新手の化け物か?」
と、カズマは驚いたが赤龍達は苦笑するのみだ。
その影としか言えない人型は腰にかかるほど長い黒髪を有している以外は全く表情が見えない。
全身を黒い布で巻いていて肌の露出は極限まで抑えられていた。
「……龍緋さん? ……龍緋さんなのですか?」
不思議な声色がカズマの耳に届いた。
耳に心地良い不思議な女性の声。
少なくとも側に居るアクアよりも優しげに聞こえた。
「君も来ていたんだね。というより……、その子は?」
黒い人物が何かを抱えているのが分かったのは随分と近付いてからだった。それくらい離れていると見えなくなるほどに黒かった。
「……貴方の息子ですよ」
「兄ちゃんが死んだ後に生まれた男の子だ。知らないのも無理は無いけど……」
「……恋龍はお姉さんになったのか」
「うん」
と、にこやかな笑顔で答える少女。
しかしながら龍緋の後頭部は血で染まっている。その事に龍美は少々気まずい思いを感じていた。
「……そちらの方達は?」
黒い人物の言葉に赤龍はカズマ達に顔を向ける。
遠目からカズマ達には黒い人物の動向が判断できなかった。
「そういえば……。あんたらは……ここの人?」
「い、いえ。そちらの人と戦う事になっている者です」
という言葉を棒読み気味でカズマは言った。
いきなりの先制攻撃に驚いてしまったけれど、戦闘をもう少し続けてほしかった。
あわよくば、という気持ちが無いわけではなかった。
「兄ちゃんの敵か……。なら俺達の味方だな」
「こちらは貴方達の兄君なら我々は敵ではないのか?」
「兄ちゃんが君らと戦うって言ったのなら俺達は弱い方につくだけだ。……この人は本物の化け物だし、一騎当千を地で行く人だから」
という赤龍の言葉に龍美も頷く。
良く分からない家族だな、というのは感じた。
† ● †
まず厄介な兄こと龍緋を近くに座らせて赤龍達は自己紹介していく。しかしながらカズマ達についてはあえて尋ねなかった。
敵である龍緋がどんな存在かをまず知ってもらい、それからカズマ達の判断に委ねる事にしていた。
黒い人物は女性で龍緋の奥さんだと教えると大層驚かれた。
「顔は隠しているけど、すっごい美人なんだから。あと声がとても素敵なの」
声に関してはカズマも異論は無い。
何処となく癒し系の声優のような音色だった。
「そちらの戦力は見たところ、とても貧弱のようだが……。勝てそう?」
「物理攻撃主体の戦闘ならば難しい……、というところです」
赤龍の年齢は二十歳だというのでカズマは年上に対して一応は敬語を使った。
「無防備での攻撃はもう通じないと思うけれど、一対一で戦うのは無謀だね。集団で取り掛かるほうがいい」
「それでもうちのお兄ちゃんは強いんだけどね」
問題はどう倒すか、だ。
単なる暴力では負けを認めそうにない。完膚なきまで叩きのめす実力者に赤龍達は覚えがない。
結局のところ特殊合金製バットで殴れただけで満足する事にした。しかしながら戦闘はそれで終わるほど甘くないのは分かっている。
「……皆さん、あなたを倒す算段をしていますが……、良いのですか?」
龍緋の隣りで幼子をあやす黒い衣服に包まれた女性は言った。
恋龍の父をみんなで倒すという相談なのだが、子供はまだ幼いので理解していない。
周りの喧騒をよそに父にまた会えて嬉しい、という感情が湧いている最中のようだった。
「
折角なので武龍を抱っこする龍緋。
そこだけ見れば父親風に見えなくもない。けれども実際はあり得ない事態だ。
病気で命を落とした存在が良く分からない力で現世に復活しているのだから。
一歳は越えているが龍緋が扱うと赤龍すら赤子のようにあやすので黒い女性は苦笑しながら見守っていた。
旅の疲れで武龍はすやすやと眠っており、父の顔をまだ見ていないのが残念なところだ。
「……父を知らずに育てる事になるので将来が少し心配です」
「そうなるのか」
「……実は
扇子を振りつつ現れたのは中華風の衣装をまとう謎の女性。
年の頃は赤龍達より下である。
「貴女も呼ばれたのですね」
「まだ居るぞ。
魔女と聞いて龍緋は
来てはいけない相手まで来てしまった、という感じだ。
自分にとっては問題は無い。けれども兎伽桜にとっては最悪の相手だ。
「今頃好敵手を探しに出かけている頃だろうよ。それよりも武神様。後頭部が赤いのじゃが……、早速一撃を貰ったようで災難じゃな」
コロコロと鈴を転がすような声色で笑う女性。それに対して黒い女性は初めて気づいて驚いた。
夫が怪我をしている。それだけで一大事という風に慌て始める。
袖口から黒い鎖がたくさん出て来て龍緋の頭部を覆い隠す。しかし、すぐにボロボロに崩れて霧散した。
その後は黒い布に包まれた手で龍緋の顔やら頭やら身体などを触っていく。
「……やはり戦わなければならないのですか?」
「そういう条件だからね。悪役に徹するのは難しいけれど……」
「妾は参加しないのだが……、挑戦者は勝てそうかの?」
「難しいでしょうね」
龍緋の即答に女性は苦笑する。
地球最強の男と言われる龍緋は単なる力自慢の男性ではない。
それを踏まえても現場に居る挑戦者と思われる者達はとてもではないが強そうには見えない。