ラナークエスト 作:テンパランス
敵が居るというのに雰囲気的には落ち着いている事にカズマは脂汗を流しながら慌てていた。
元の世界に戻るのにとんでもない化け物と戦わなければならないと聞いては気が気ではない。
赤龍達から聞いた話しは大半が嘘臭い。けれども、それを疑う材料は無い。
実際に彼らは龍緋をバットで殴った。
興味本位で実物のバットを持たせてもらった。
とても硬そうなのは見た感じでも分かるのだが、重すぎてカズマの力では少し浮かせる程度が限界だった。それを龍緋は全く意に介さずに持たなかったか、と疑問に思った。
いやまて、ここまで重いとは思わなかった物体を赤龍達は振りかぶっていた。
これで軽く、または冗談で殴っても痛い筈だ。いや、痛いどころか確実に死ぬと思う。
それをあの男は思いっきり食らっていなかったか、と。
「自分の兄を殴るというのも……、常軌を逸しているというか……」
「自分の兄だからいいんだよ。本人もそのつもりのようだし」
「念のために持ってきて良かった。ついでに耐久テストも出来る」
初対面だからこそ色々と分からない事がある。それは理解したが、突拍子がなさ過ぎて何から突っ込みを入れればいいのか、カズマは困惑した。
普段であればお調子者のアクアが色々と騒動を巻き起こすところなのだが、今回は知らない人達だ。
「無理なら無理でいいと思うよ。相手を殺そうとかいう条件がつくなら俺達も協力するから」
「そ、それはどうも」
「……うちのお兄ちゃんを倒すのって実はとても難しいんだよ。お姉ちゃん以外に勝てそうな人って居なかったから。あと、今は無防備に見えているけど、実は黒い棒を持っててね。それを使われたら為すすべないから」
「はあ!?」
「最初の一撃は受けても歴戦の戦士たる兄ちゃんはすぐ対応しちゃうから追撃しなかっただけだよ」
驚きの連続だが赤龍達の気安さにも驚いていた。
嫌に詳しく教えてくれるけれどそれでいいのかと疑問に思う。
話し上手なのか、それとも本当に自分の兄を打倒する気があるのか。
カズマとして味方が多いのはありがたいけれど。
「それはそれとして本当にあの人を倒せば元に世界に戻れるのか? 倒さなければならない、という部分がいまいち理解出来ないのだが……」
ダクネスの疑問に赤龍達は首を傾げる。
龍緋を倒した
そもそも異常事態を引き起こす、または引き起こせる存在を赤龍達は
† ● †
おそらくカズマ達に協力しても問題は無い筈だ。
次はどうやって兄を倒すか、だ。
痛めつけるだけなら簡単だ。だが、倒すとなると話しが変わってくる。
兄は意外と負けず嫌いなので。最終的に負けを認めさせるのは容易ではない。
「現行のメンバーでは無理そうだが……。他にも仲間が居れば心強いな」
「我々はこのメンバーで全員だ。他にも転移している可能性は否定できないけれど……」
実力派と呼べるのは魔法使いだけだ。
戦士系では立花が現在役に立てない。ターニャとキャロルもおそらく戦力としては心許ない。
「……確かに攻撃が当たらないけれど……」
「一発にかけるのも怖いしな」
「外の大型猛獣は使えないわけ?」
「さくらは兄ちゃんに勝てない。一度負けを知っている獣は二度目の挑戦はしないだろう」
「はあ!? あれだけの大型猛獣でも勝てないってわけ!?」
「それくらいうちの兄ちゃんは本気を出すと恐ろしい事になるって意味だよ。……獣に期待するのは得策とは言えないな」
軽く赤龍は獅皇と戦うイメージを思い浮かべてみた。
簡単にのされる結果が数分で完成する。
とてもではないが、兄が本気モードになってしまうと勝つ可能性が限りなく
共についてきた平泉ならば少しは可能性が高まるけれど、彼女は何所かに行ってしまったので戦力に数えるのは難しい。
姉は平和主義だが場合によれば戦いに参加してくれる。けれども戦力としては数えられないところがある。
なにせ、兄第一主義者だから。
「時間制限が無いなら今日は諦めて、策を練るのもありだが……」
「そうですね」
カズマとしても勝てる見込みが無い相手に無理に戦いを挑もうとは思わない。
少なくとも相手が今日中に決着をつけようとか言い出さない限りは対策を練る必要がある。
黙って聞いていた立花は龍緋に顔を向け、この困った事態を打開できない自分の無力さに歯がゆさを感じていた。
だからこそ、ではないが今出来る自分の役目は大人しくすること。
けれども、それは本来の自分らしくない。
「……だとしても……」
という言葉を自分は何度も言い続けて苦難を乗り越えてきた。けれども今回ばかりは状況が悪い。
だから諦める、とは言いたくないけれど。思いたくないけれど、と。
それでも解決策が目の前にあるならば
立花は龍緋のそばに向かった。
今の自分は戦力外。それを充分に理解した上での行動だ。