ラナークエスト   作:テンパランス

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#109

 act 47 

 

 子供をあやす龍緋の目の前に行き、真っ直ぐに相手を見据える立花。

 雰囲気的には普通の大人にしか見えない。

 武術の師匠である風鳴弦十郎ならばこんな時どうするのか。

 答えはきっと考えるまでもない。

 無い右腕では相手に届かない。けれどもまだ自分には左腕がある。

 

「……せめて手合わせしてはもらえないでしょうか?」

 

 勝てる見込みは無い。戦闘も絶望的だ。

 相手が殺し合いしか望まないならどうしようもない。

 

「いいとも」

 

 笑顔で了承する謎の敵。

 正直に言えば明るい雰囲気を醸し出す龍緋をとても怖いと感じた。

 一方的にバットで殴られていたけれど。だからこそ、あれだけの痛みを受けた人間が笑顔でいる事等ありえるのか疑問に思う。

 

「さっき殴られたところは痛みますか? 見た感じでは本当に殴っていたと思うんですが……」

「不意打ちって感じでは無いけれど……。確かに痛かったな。普通なら死んでいるところだ」

 

 後頭部は今も赤いけれど、大出血というほどのケガではない。

 普通の人間ならば頭蓋骨陥没くらいはしていても不思議ではない。

 龍緋としても意外と丈夫な頭蓋骨に驚きを感じているほどだ。

 

「私を倒せば元の世界に戻すという話しだが……。今すぐって事はなくて、しばらく時間がかかる。だから、君たちは焦らずに対策を練っていてもいいんだよ」

「は、はあ」

「意味も無く戦闘行為に発展するのは簡単だが……、私としては戦士らしい舞台を整えたいと思っていた。少々、突飛だが……。戦闘開始としては合格点だろう?」

 

 と言われても返答に困る。

 いや、それはそれで微笑ましい事かもしれない。

 短絡的な相手なら小難しい理屈は必要ない。そう思えば確かに男性の言うとおりだと思う。

 

「期限ってあるんですか?」

「君たちの都合でいいよ。出会いは性急だったかもしれないけれど。私の感覚だと……、大雑把に一年ってところかな」

 

 一年の猶予をもって打倒すればいい。

 それは一見ありがたい事かも知れないが何の対策も取れなければ無駄に終わる。

 確実に勝てなければ一生閉じ込められる、という事ならば長い期間は意外と過酷だ。

 

「……龍さん。……あなたを倒す人が居るならば私も興味がありますが……、大型兵器は禁止という条件は()()ですか?」

 

 と、黒い服装の人物の言葉に対して龍緋は数秒で頷いた。

 

「君達が大型兵器を持ち出さなければ……、君達に合わせた戦い方で望む。ハンデは与えよう。対等な戦闘は……、おそらく無理だと思うし」

「……私が変身した場合はどうします?」

「んっ? 変身か……。それはそれで興味があるな。こちらは出来る限り人の身で相手をする。拳と蹴りくらいで」

「……龍さんは存在自体が既に凶器ですけど、女の子には適度に手加減してくださいね」

「わわ、私に手加減は……。これでも身体は鍛えていますから」

「……駄目ですよ、変な強がりは」

 

 黒い人の声は聞いているだけで気持ちが心地よくなる。

 不思議な音色につい聞き惚れそうになってしまう。

 見た目は変わっているのに澄んだ声の持ち主の素顔とは一体どんなものなのか興味が湧いてきた。

 

          

 

 戦闘も大事だがこの人は何者なのか、と。

 見た感じでは男性の奥さんらしいことは分かっている。

 

「……私の顔に興味がありそうな顔をしているわね」

 

 完全に黒い布で覆われているのに周りがちゃんと見えているのか、疑問に思った。

 自分の側からは素顔は全く見えない。けれども相手の側は意外と透けているのかもしれない。

 

「……特別に見せてあげましょう」

「えっ!? いいんですか?」

「……人に見られて困る顔ではありませんが……。……私は困りますけどね。あまりジロジロと見つめられるのは好きでは無いので」

 

 奇抜な姿なので見るな、と言われても困る。

 気になってしまうと中々視線を逸らすのは難しい。

 顔に巻かれていた黒い布を解いていく。

 それはやはり包帯状で、すぐに唇が現れる。

 

「おっ、姉ちゃんの素顔か……。我々も見に行くぞ」

 

 と、赤龍がカズマ達に言った後で兄の下に向かう。

 戦闘そっちのけで進行して行く事にカズマは驚き、アクア達は野次馬根性で行動する。

 ターニャとキャロルも場の流れで移動していく。

 (あらわ)になる黒い人物の素顔。

 それは何の変哲も無い、と言うには語弊があるが、とにかく美しいと思える女性の顔だった。

 特殊合金製のバットで殴られていた謎の怪人物『神崎(かんざき)龍緋(りゅうひ)』の妻の名はベアトリーチェという。

 腰にかかるほど長い黒髪。それは一切のクセっ毛が見当たらない美しさを持つ。

 白人系の肌を持ち、様々な美人を表す形容詞をふんだんに使っても余りある美貌。

 ただし、それは人それぞれの感想であって全員の総意ではない。

 それを今まで黒い包帯で隠していたのも頷けるのだが、実際は美しさを隠すためのものではない。

 二児の母であり、地球では現役の小学校の教師をしている。という細かい情報を神崎家の次男である赤龍(せきりゅう)が勝手に言った。

 

「姉ちゃんは黒い色が好きだから黒い包帯とか服を着ている。あと、絶対に黒じゃなきゃ嫌だってことは無い」

「……昔ほど人の視線を怖がる事は無くなりましたが……、かといって完全に慣れたわけではありません」

「小声なのは声の反響が凄いから。もう少し大きくなると身体に変な震えを感じるようになる。そうすると身体に力を入れ難くなるから」

 

 不思議な設定を伝えられたが立花(たちばな)としてはいまいち理解出来ない事だった。

 相手を知る事は大事なのだが。

 次女の龍美(たつみ)はベアトリーチェの背後に移動し、彼女を目隠しをする。

 

「お姉ちゃんの素顔は時間制限があるから、今日はここまで」

「……まだ大丈夫ですよ。……せっかく龍さんが活躍するのですから」

「無理しないようにね」

 

 龍美の言葉にベアトリーチェは軽く頷く。

 カズマは少しの間、美人に見惚れていたが人妻ということもあり軽く咳払いして現実に思考を戻す。

 話しが急なことで驚いていたが元の世界に戻れる可能性が見つかった。今はそれだけでも僥倖と思うべきか、それとも偽りの情報だと思って警戒するか。

 どのみち自分では何も分からない事は自覚している。

 

「非力な俺たちでどうにか出来るとは思えないけれど……。さて、どうしたものか」

 

 立て続けに強敵が現れて今のところ勝率が限りなく(ぜろ)だ。

 頭の悪い魔王軍となら知恵比べで難局を乗り切ってきたが、今回の相手は分が悪い過ぎる。

 

 油断を誘うパターンが通じない。

 

 急な展開で話しが逸れたがベアトリーチェがまた顔を隠すと雰囲気が落ち着いた。

 美人の登場は戦闘行為を止める不思議な効果があるのかもしれない。

 

「どうせ勝てないと思うんなら、兄ちゃんに稽古でもつけてもらえば? それくらいは許容出来るだろ?」

 

 赤龍の言葉に苦笑する兄。

 確かに彼の言う通りではある。けれどもカズマ達にとって有効かというと疑問がある。

 神が望むのは龍緋を打倒する(つわもの)の出現だ。

 自分の敵を自分で鍛える事を神が許容するのか、という問題がある。もちろん、それを禁止されているわけでは無いので龍緋個人としては問題は無い。

 

「それよりあんたらは戦わないのか?」

 

 カズマは疑問を赤龍達に投げかける。

 先ほどの戦闘は何だったのか、と。

 

「合金バットの試験」

「別にお兄ちゃんを倒すとかはどうでもいい。……というか後でお姉ちゃんに怒られるのが怖いので……」

「……この暴挙を笑って許すほど義姉(ねえ)さんは寛大な人では……」

 

 と、苦笑しながらベアトリーチェは呟いた。

 確かに声が出る度にカズマは聞き惚れそうになる。それほど美しい声だと思った。

 癒し系声優として充分稼げる才能を感じた。

 

「そんなことより兄ちゃん。あの女(兎伽桜娑羽羅)とつるんでるんだろ? どう考えても分が悪いんだが……」

「最終判断は神のみぞ知る、だ。きっと悪いようにはならない。……案外、魔女の彼女がなんとかしてくれるのでは、と思っている」

平泉先輩は……、性格的に問題があると思うけれど……。あの人にどうにかできる問題かね?」

「……出来ると思うわ。……神に等しい力を持っているんですもの」

「……さっきから私を差し置いて神とか言ってますけど……。女神アクア様を忘れてもらっては困るんですけど」

「アクアは何にも役に立たないだろう。女神を自称するくせに元の世界に戻る手段を持ってないじゃん」

 

 と、カズマに言われて唸るアクア。ついでにダクネス達からも冷たい視線を向けられる。

 大道芸ばかりで戦闘の役に立った事が無い、などと無言の圧力を受けているようだ。

 


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