ラナークエスト   作:テンパランス

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#110

 act 48 

 

 戦闘に猶予がある事が分かり、カズマ個人としてはほっとしていた。

 現行の戦力ではどうしてもアクア達に頼らざるを得ない。

 魔法が通じない時点で打ち手は限られてしまう。

 

「そういえば手合わせだったね。私としては一向に構わない。正直に言えば……、敵役は苦手でね」

「そうですか。……私はこんな状態ですが……、よろしくお願いします」

 

 利き腕を失っている事はかなり大きな痛手だ。

 もちろん気持ち的に強がっている。平気なわけが無い。

 弱音を吐いても仕方がないと思っているだけだ。

 龍緋は立花と戦える場所に移動し、周りを一瞥する。

 派手な戦闘をする気は無いが、建物への被害は一応留意しておく。

 

「武器は……、拳だけかい?」

「基本的には。それしか能が無いっていうか……。そんなところです」

 

 最初は軽い打ち込みから、と思って変身せずに拳を繰り出す。しかしながら左腕だけなので力が込めにくい。尚且つ、重心が安定しない。

 立花の拳を普通に掴む龍緋。

 引き戻そうとするが離れない。

 龍緋が軽く捻ると立花の身体が自分で回転させたように簡単に転がった。

 

「はあぁ!?」

 

 いくら重心が狂っていてもあっさりと転がされるとは思わなかった。

 

「万全の君はもっと強いんだろうね。……しかし、君たちだけで私を倒すのは難しそうだ。他に仲間は居ないのか?」

 

 仲間と思われる人物は多くが少女だ。

 意外な能力を持つと仮定しても戦力的には心許ない。

 自分の妹を追加しても結局、チームとしての力は僅かしか上がらない気がする。

 ラスボスとしても物足りない戦力では面白くない。

 

「……変身しても今の状態じゃあ……、無理かな~」

 

 立花は苦笑した。

 無理を押し通す戦闘経験は豊富だが、さすがに今のままでは無理だと思った。

 奥の手は頻繁には使えない。

 仲間との連携も脳裏に過ぎるが物理攻撃の面はとても薄いのは分かっている。

 

「腕が再生した後なら……、何とかなるかもしれません」

「……賢明だな。無謀な戦略を選ばないところは感心する」

 

 毎回のように命を()してばかりでは身が持たない。

 龍緋としても若者には長生きしてもらいたい。少なくとも彼らに死んでほしいとは思っていない。

 矛盾する気持ちがあるが、それらは時と場合で対処すればいいだけの話しだ。

 彼らには時間的猶予がたくさんある。それを奪う気は龍緋には無い。

 

          

 

 体格差で言えば立花より背丈がある龍緋との戦闘は(はた)から見れば実の娘と戯れているようなものだ。

 立花は本気で拳を繰り出しているようだが、それを意にも介さない龍緋。

 

「……やっぱり利き腕が無いと力が入らない……」

 

 だとしても鍛錬を怠るわけにはいかない。

 万全の体制を整えるのが自分の本来の仕事だから。

 

「私の爆裂魔法は……」

 

 折角の(まと)である龍緋を立花に取られて両膝をすり合わせ、もじもじするめぐみん

 一発大きい爆裂魔法を放ちたい。そういう欲望が沸々と湧いて来る。

 遠慮なくぶっ放せる相手だ。

 絶対に逃がしたくない。

 

「……あ、そうでした。で、では、どうぞ」

 

 空気の読める立花はあっさりと引き下がる。

 今の段階ではどう足掻いても進展が見込めない。少しでも相手の出方を窺えただけで満足する事にする。

 一応、めぐみんは周りを確認した。そうしないと色んな人に怒られるので。

 

「魔法を無効化するという神秘を我が爆裂魔法で暴いてやりますよ」

「それは楽しみだ」

 

 意外な事に龍緋は逃げ出さずに迎え撃とうとしている。その事にカズマは冷や汗をかくが今更止められない。

 キャロル達と共に魔法に巻き込まれないように彼らから距離を取る。

 何があっても責任はめぐみんが取ればいい、そう思うことにして退避していく。

 

「いいぞ、めぐみん。後は任せた」

「……ふふん。では、期待に応えましょう。我が名はめぐみん。紅魔族随一のアークウィザードっ! 我が灼熱の爆裂魔法に恐れおののくがいい!

 

 めぐみんは杖を握りなおし、改めて呼吸を整える。

 狙うは正体不明の怪人物。

 数日間我慢した魔力は今にも爆発しそうな勢いだ。

 つまり準備万端ということ。

 

「其は全てを灰燼に帰す万象の王。我、原初の使者が命ずる。爍滅の王はここに顕現せり。その誉れ高き名を(こうべ)を垂れて聞くがいい。エクスプロージョンっ!

 

 杖の先端についている丸い宝石に魔力が流れ込み、独特の詠唱と共に放たれるは極大の破壊魔法。

 それは龍緋の直上に複数の魔方陣を発生させ、一気に炸裂するもの。

 ただ、それを黙って見ているほど龍緋は暇人では無い。

 腰に備え付けていた黒い棒こと『幻龍斬戟』を複数取り出し、へし折り、曲げていく。

 数秒で出来上がったのは両手を覆うガントレット

 上からの攻撃と予想し、迎え撃つ準備を整える。

 

          

 

 離れて見ていたターニャ・デグレチャフとキャロルは話し出ていた黒い棒に驚いていた。

 短時間で扱っていたが、今何をした、と首を傾げたり疑問に思ったり不可解な気持ちに支配された。

 何をどうしてガントレットになったのだ、と。

 ダクネスとアクアは更に離れて巻き添えを防ごうとする。

 そして、天空より炸裂する爆裂魔法。

 それが頭に到着するとほぼ同時に見計らったかのように龍緋は拳を付き上げる。

 

「……ふっ!」

 

 拳と魔法が接触し、周りに暴風が吹き荒れる。

 けれどもめぐみんはその最中で確かに見た。

 龍緋の拳に押し返される爆裂魔法を。

 ただの人間が魔法を物理的に押し返している。それがとても信じられない。

 

「ふ、ふん。私の爆裂魔法は……、ただの一発芸などではっ……」

 

 魔法を無効化する。それは(にわ)かには信じられないものだが、実際に目で見て確認してしまうと恐ろしいものがある。

 ただ、今回は単なる打消しではない。

 物理的な拮抗が繰り広げられている。

 普通ではありえない光景であり、現象だ。

 爆裂魔法を嗜むめぐみんとしては驚くべきものとなった。

 

「……な、なな……、どうして……。どうしてなのです。物理攻撃で爆裂魔法を……」

 

 どうして押し返せるのか。

 いや違う。押し留めている。

 対象に着弾して破裂する筈の魔法が到達できずに暴れている。それは見ていて理解した。

 つまり、龍緋は今もって爆裂魔法を爆発させずに拳のみで押し留めている。

 

「……神はそれを望んでいる。気取った言い方だが……。充分な成果は見せられたと思う」

「ふざけないで下さいっ!」

 

 何処の世界に爆裂魔法を拳で受け止める変人が居るというのか。

 目の前に居るけれど。でも、めぐみんは信じられなかった。

 魔力は既に枯渇し、立っていることも実は難しいのだが、それでも結果を見届けないわけにはいかない。その気持ちだけで立ち尽くしている。

 我が爆裂魔法は無敵だ。無敵である筈だ、と。

 

「……爆発エネルギーを物理的に押し留めているのか、あの男は……。つくづく馬鹿げている」

 

 言葉としては簡単だが実演出来る人間が存在するとは思えないのはターニャとて理解出来る。だが、その理解を超えた光景が目の前にあるのだから疑う余地はない。

 キャロルも興味深く観察していた。

 膨大なエネルギーの本流をいかなる技術をもってすれば物理干渉できるというのか、と。

 拮抗している魔法だが、めぐみんに二発目を撃つ余裕は既に無い。

 ただただ結果を待つだけだ。

 


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